三人目

 お腹が一杯になり、ランは寝息を立てていた。


「二日間穴にははまっていたし、よほど疲れがたまっていたのだな」


「それだけじゃないさ。ここまで一人で旅してきたんだ」


 一人で旅をするのは大変だ。休んでいる間でもモンスターに警戒する必要がある。そうすると十分には疲れを取ることは出来ない。


「今は警戒せずに休んでいられるからな。そっとしておこう」


 スモークがランの体に毛布を掛ける。


「ところでスモーク、ランの事で気になることがあるのだが……」


 レヴィヤが紙を持っている。あれは案内所でもらった迷子の情報が書かれたやつだ。


「この迷子の特徴とランの見た目が一致するんだ」


「家出したって言ってたしそうなのかもな」


 レヴィヤの持っている紙をのぞき込む


「依頼人の住所はケーナモの森、依頼人は村長のジャックさんか」


 自分たちと目的地がかぶっているようだ。都合がいい。


「逃げ出さないように今のうちにロープで縛っておくか……」


 気持ちよさそうに寝息をたてているランを見る。こっちの行先を知ったら逃げる可能性がある。だったらその前に自由に動けない様、縛っておけば楽かもしれない。


「そのやり方はどうなんだ? 本人を納得させて連れていきたい」


 レヴィヤがやんわり否定する。


「じゃあ説得はレヴィヤに任せる。俺はそういうの苦手だから」


 昔の仲間からは人の気持ちに対して鈍いや鈍感だとよく言われていた。実際にイリシアがスモークとの会話中になぜだか突然怒り出すことがしょっちゅうあった。


 だからあまり説得事を自分でやりたくはなかった。


「そういうことなら任された」


 同じギルドの仲間なのだ。苦手な事はカバーし助け合うのは当然だ。


「さて、明日どうするかな」


 スモークが地図を見る。グールビーの巣はすでに一つ見つけている。まだ未探索のルートを通りつつケーナモの森に行ける道を確認する。


「レヴィヤもそろそろ寝とけよ」


「ありがとう。無理はするなよ」


 夜行性のモンスターに襲われ全滅しないよう、寝るときは交代で見張りが起きている必要がある。今回は先にレヴィヤが寝て、スモークが見張りをするのだ。


 レヴィヤが眠り、周囲が静かになった。


「レヴィヤには無理するなと言われたけど……」


 イリシアの護りを取り出し負荷を八倍から十倍にする。その状態で鞘に入れた短剣を構える。

 この前戦った強化されたクマを思い浮かべ、その想像を相手に戦いを始める。この想像の戦闘は初めてではない。イリシアの護りをもらってから何度もやってきた訓練だが、今のスモークでは一人でクマを倒すことは出来ていない。

 クマの攻撃をかわして、腕を切り落とそうとする。だが動きが鈍いせいで避けることに失敗し、そのまま大量の腕によって引き裂かれた。


「一回死亡……」


 負荷を上げてすぐはまだ体が慣れてないから簡単にやられてしまう。あくまで空想の敵相手だからそれでもいいが、はやいところ強い負荷にも慣れ、強くならなければ。

 スモークがまた短剣を構えなおした。





 ランが目覚めた時、まだ空は真っ暗だった。横でレヴィヤが寝ている。スモークはどうしたのかと探してみると、少し離れたところで一人短剣をふるっている彼の姿が見えた。 スモークが飛んだり跳ねたりしながら何かと戦っている。


「クマ?」


 そこには何もいないはずなのに、ランにはスモークと戦うクマの姿が見えた気がした。

 スモークの動きは一つ一つが洗練され、きれいだとランは感じた。何十年も戦いの中に身を置き、鍛え続けた者のようだ。彼はヒト族だから見た目からすると十歳くらいのはずなのに、一体どんな生活をしているとあの年であれだけの動きを身に着けることが出来るのだろうか。

 どれくらいの時が過ぎただろうか、ランはしばらくの間スモークの動きを見続けていた。

 突然スモークの動きが止まり地面に膝をつく。


「にゃ!? 大丈夫かにゃ?」


 驚いて彼のもとに走る。


「あ、ラン。起きたのか……」


 こちらを見たスモークの全身はボロボロで、血の匂いもする。


「スモーク怪我してるのにゃ? 一瞬クマの幻影が見えた気がしたけど……」


 ランは昔、おじいさんから聞かされた話を思い出した。達人が仮想敵を思い浮かべ修行する時、あまりに集中しすぎるとその仮想敵から受けた攻撃で実際に体が傷ついたり、周囲にその仮想敵の姿が見えたりすることがあるという話だ。

 これは魔法と同じ原理で、あまりの集中力が世界に影響を与え、本人の意思に関係なく実際に存在しないもに形を与えてしまうせいらしい。


「こんなのヒールかけときゃすぐ直るよ」


 ヒールを唱え自分にかける。ヒールはすぐに傷を治す魔法でなく、治癒能力を活性化させて治りを早くする魔法だ。だからきつい筋トレをしても次の日に筋肉痛や疲れを残すことなくトレーニングをすることもできる。


「それより、さっきのスモークの動きすごかったにゃ。ぜひランのバックダンサーとして一緒に世界を目指してほしいにゃ」


 キラキラした目でスモークを見る。もっともまだ周囲は暗く、猫の獣人であるランにはよく見えていても、スモークにはあまり見えていなかった。ランの声だけで彼女の表情を想像する。


「なんなら二人でダンスチームでもいいにゃ。きっと楽しいにゃ」


「ダンスなんてやったことないぞ」


「大丈夫にゃ。戦闘と同じ、ランの動きに合わせてスモークの動きを織り込めばそれっぽく見えるにゃ」


 ランが気楽な調子で言う。


「無理だな。俺には俺の目的があって旅をしている。ランとダンスで世界を目指す時間は無いんだ」


 スモークには自分を子どもにした存在を探し、もとの姿に戻るという目的がある。そのためには冒険者として活躍しつつ情報を集める必要がある。だからランと一緒に歌って踊るなどやってられない。


「目的にゃ?」


「ああ、俺の大切なものが誰かに奪われたんだ。その犯人を探し出し、奪われたものを奪い返す。そのために冒険者をしながら世界を旅してるんだ。冒険者ほど世界中歩き回って情報集めれる存在は居ないからな」


 話せない所は誤魔化しつつ、真実をランに伝える。


「大切なもの……」


 ランがなにかを考えているようだ。


「そうにゃ、ランをスモークのギルドに入れて欲しいにゃ。そして村や町にいる間だけでいいからランとコンビを組んでほしいにゃ」


 これは断るのがめんどくさそうだ。それにしても……


「どうしてそのしつこそうな熱意で親を説得しなかったんだ?」


 自分の目的のためにこれだけしつこくこれるなら、時間をかければ親を説得して納得させて旅に出ることもできたんじゃないだろうか。


「いくら説得してもダメにゃ。お父様もダニエルじい様もランが森から出るのを認めるわけないにゃ」


 ダニエルの名前が気になった。まさかあのダニエルじゃないだろうな。スモークはそう思いながら黙って話の続きを聞いている。


「ランの家はケーナモの森に住む人を守る騎士をしてるにゃ。兄様も姉様もみんなそうにゃ。ランも騎士になるため昔から育てられたにゃ。しかも兄弟の中でランが一番才能があるとかですごく期待されて厳しく育てられたにゃ」


「それで、どうして歌や踊りで生きていこうって思ったんだ?」


「昔、森に旅のサーカス団が来たことがあるにゃ。その時に村人を笑顔にしていた彼らをみて憧れたにゃ。それでサーカス団が森に居る間、ずっと会いに行ったにゃ。そこで歌手のお姉さんと仲良くなっていろんな歌を教えてもらったにょ」


「で歌手を目指すことにしたのか」


「そんな感じにゃ」


ランが照れ隠しにほほを掻く。


「それで、話は戻すけどどうにゃ? ランをギルドメンバーにして、一緒に村でパフォーマンスしにゃいか?」


 今は二人しかいないギルドだ、正直戦力が増えるのは助かる。だけどランの実力は分からない。それにもっとも重要なのは……


「その話、考えてもいいがその代わり条件がある」 


「条件?」


「ちゃんと親を説得してから旅に出ろ。そうすればギルドに入れてやる」


 ランの家族はわざわざ捜索願いを出すほど彼女を心配しているのだ。このまま黙って旅に出るのは彼女の家族にも、彼女自身のためにもよくない。だからきちんと話してから出ていくべきだ。


「でも歌で生きてくなんて、きっと認めてくれないにゃ」


「別に真実をすべて言わなくたっていいよ。強くなるために修行の旅に出ます。世界中の格闘技を見てみたいんです。なんて嘘でもいい。黙って家を出たらランの家族も心配するだろ? せめて旅立つのだけでも話してこい。ランの爺さんも修行の旅に出たんだろ? その理由ならむげにはされんだろ」


 もしスモークの知るダニエルがランの爺さんならの話だが。


「そうにゃ、なんでスモークがおじい様の事知ってるにゃ?」


「魔王を倒した一人として有名なんだよ。お前の爺さんは」


「そうにゃの!? 修行の旅に出てにゃんかすごいことしたらしいとは聞いてたけど、外でも有名にゃ人だったとは……」


 本当は親のスパルタ指導が嫌で嘘ついて家を飛び出し、行く街行く街で女の猫獣人見つけてはナンパをする軽い奴だったが、わざわざそれを孫に教える必要はないだろう。もしランの旅立ちを断ったらスモークはこれをネタにダニエルを脅そうとまで考えていた。

 奥さんと出会ってからはナンパはしなくなり、奥さん一筋になったし、きっと脅しの効果はバツグンだろう。


「わかったにゃ。ちゃんと親の許可もらって、スモークのギルドに入れてもらうにゃ。もちろん嘘はつかずに歌で生きていきたいって伝えるにゃ」


 正々堂々と真正面から説得するらいしい。ランは素直でいい人間のようだ。


「それじゃ、ランがギルド加入予定だってレヴィヤを起こして伝えるか」


 そろそろ見張り交代の時間だ。レヴィヤを起こし、ついでに今あったことを伝える。そしてスモークは眠りについた。



 翌日、なんやかんやあって湖に来ていた。ランは二日間穴に挟まっていたせいで全身泥だらけで、水浴びをしていこうという話になった。


「説得は私がやると思ってたんだがな」


 ランから少し離れたところで二人で話をしている。


「流れでそうなったんだ……」


 寝るまに頼まれて、起きたらなんか解決してました。じゃ確かに納得できないだろう。


「それはもういいよ。それで、本当にランを仲間にするのか?」


「そのつもりだが?」


「ランの実力はどれくらいなんだ?」


「さぁ? まだ確認してないぞ」


「え!? それで仲間にすると言ったの?」


「会話の流れで自然とそうなったんだ。戦闘で使えるかは戦えば分かるし、ダメなら最低限自分の身を守れる程度まで鍛えればいいと思ったから……」


 なんともいい加減で行き当たりばったりな考えだろう。


「ふにゃ~ さっぱりしたにゃ」


 ランが二人のもとに来た。


「ちょっとラン。服はどうしたの?」


 何も着ていない姿のランがそこにいた。


「汚れてたからついでに洗濯したにゃ。 ランはあれ一着しか持ってないから乾くまで着れないにゃ」


 服が干してある木を指差しながら言う。


「そういう事は先に言っとけよ」


 スモークが巾着から予備の服を取り出す。


「俺の服だから大きいけどこれ着てろ」


 そのままランに服を渡す。さすがに変えの下着は無いがそこは我慢してもらおう。


「ありがとにゃ」


 礼を言いながら受け取った服を着る。


「尻尾用の穴が無いのにゃ……」


 ズボンはスモークに返した。まあ服の余った布が大事な部分は隠してるから大丈夫だろう。


「すこし聞こえたけど、ランの実力を見るためにスモークと戦うのかにゃ?」


 獣人は耳もいい。少し離れていたがスモーク達の会話の最後の方はきこえていたようだ。


「そうだ。服が乾くまで時間がかかるし、その間に試させてもらうぞ」


「かまわないじゃ」


「戦うって言っても、俺が殴るからそれを避けたりさばけばいい。今は服も借りものだしまともな戦いは無理だろ」


「じゃあ早速やるにゃ」


 ランが構えを取る。


「いや、その前にやることがある」


 スモークが木の枝を集め、ランの服が干してある近くでたき火を作る。


「これで少しは早く乾くだろう。それじゃ始めるか」


 イリシアの護りの負荷を最低のニまで下げる。そのまま全力でランに向かい走る。レヴィヤにはスモークの姿が消えたように見えた。次の瞬間には防御しているランと、それにより拳を止められているスモークの姿があった。


「あれが見えたのか!?」


 レヴィアには見えなかったスモークの動きにランが合わせれたことに驚く。

 スモークが連続で殴る。それをランが避けたり弾いてそらしたりしている。


 しばらくやっていて、急にスモークが戦いをやめた。


「もう充分だろう」


 これだけ動ければ仲間にしても大丈夫だろう。そうスモークは判断した。


「うん。これは頼れる仲間が増えたな」


 レヴィヤも満足そうだった。


「ふにゃ~ 運動したらお腹が空いたにゃ~」


 ランがお腹を押さえ主張する。服もまだ完全に乾いていないし、三人は少し早いが昼食を取ることにした。


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