第二の冒険の始まり

 昼食を終え依頼を決め終えた時、午後二時になろうとしていた。今ならまだ明るいうちに少しは進めると、二人はさっそく旅に出ることにした。

 二人が決めた依頼は人食い蜂、グールビーの巣の捜索と可能であれば破壊だ。グールビーはもうすぐ繁殖期を迎える。そうすると巣の警戒度は上がり、栄養補給のため人間をより多く襲うようになる。つまり一年で最も被害の多くなる時期を迎えようとしていた。

 スモーク達下位クラスには繁殖期の前に巣の場所を特定する任務が案内所から出されていた。場所さえわかれば後は上位冒険者が処理する予定になっている。


「このへんはまだ誰も調べていないようだ」


 レヴィヤが案内所から貸し出された魔道具を見ながら言う。

 手のひらに収まる大きさの板の形をした魔道具で、魔力を込めることで現在いる場所の周囲の地図が浮かび上がる。倍率を変えることで地図の拡大や縮小も可能だ。

 この地図に発見した巣の場所を記入すると、リアルタイムで同じ魔道具を持つ者と情報の共有が可能だ。

 これによって既に捜索の終了した場所やまだ誰も調べてない場所の把握が容易で、上級冒険者が見つけた端から処理することもできる。

 この支給された地図が便利なのが理由でスモークはこの依頼を受けることにした。


「どこから探そうか」


 今いるのは山の下の方にある樹海だ。右側は崖が見えて、左側は森が広がっていて緩やかな下りに傾いている。


「グールビーの巣は土の中にあって、入口は不自然に土が盛り上がっていたり、周囲の木や藪の中に見張りが隠れていたりするからそれを目印にして探すといいらしい」


 レヴィヤが資料室のモンスター図鑑で調べた情報を伝える。聞きながらそれらしいものが見当たらないか眺める。


「見える範囲に入口はなさそうだな」


「その言い方だと近くに巣があるみたいじゃないか」


 スモークの言い方だと巣はこの辺にあるのに入口が見当たらないと言っているように聞こえる。彼にそんな意図はなく、自分が過敏になっているだけかもしれないのだが。


「グールビーかは分かんないがたぶんヤバいのの巣がある可能性はあるな」


「なんでそんなことがわかるんだ?」


「周囲にモンスターが見当たらないからだよ。餌になるのを恐れて誰も近付かないエリアなのかもしれない。だとすると何かの巣が近くにあるってことだ」


「なるほどな……」


「ケーナモの森に行く前に一か所くらいは巣を見つけたいんだがな」


 今回の任務は見つけた巣の数によって報酬が変わる。そして一つも見つけられなければ任務失敗。報酬はゼロだ。

だから最悪でも一つは見つけておきたいのだ。


「ねえ、あれじゃないかな?」


 レヴィヤが何かを見つけたらしくスモークの肩を叩き知らせる。スモークは黙ってレヴィヤの見ている方を確認した。

 崖に大きな穴が空いている。洞窟だろう。

 近くに生えた木の上を見てみる。木の葉に隠れてハチの姿が見え隠れりている。


「あたりみたいだな」


 むこうからはまだこちらは気付かれていないようだ。


「場所は分かった。逃げよう」


 スモークの提案にレヴィヤは素直に従う。気付かれる前にその場から逃げ出した。




「これでよしと」


 安全な場所まで逃げ出し、レヴィヤがグールビーの巣の場所を地図に記す。


「今日はここで野宿だな」


 太陽が沈み始めている。このまま無理に移動するのは危険だ。

スモークは枝を拾い集め冒険者基本セットから火打石を取って火をつける。


 次に巾着から肉を取り出し焼き始める。


「レヴィヤ、アイスランス出してくれるか?」


「わかった」


 レヴィヤが呪文を唱えアイスランスを出す。

それを短剣で小さくし片手鍋に入れる。徐々に氷が解けて水になていく。


「いい匂いだね」


 肉の焼ける匂いがあたりに広がる。巾着からコップや皿を出し盛り付けていく。


「あの~誰かいるかにゃ?」


 遠くで誰かの声が聞えた。


「今なんか聞こえたか?」


「私も人を呼ぶ声が聞こえた」


 どこから聞こえたのか周囲を見てみる。暗くてよく見えない。


「にゃ! そこにょかた、申し訳にゃいのですが助けてくださ~い」


 確かに声がする。少女のような高い声だ。

 スモークは冒険者基本セットに手を伸ばし、ランタンに火をつけた。

 声のした方向に明かりを向ける。


「こっちから声がしたと思ったんだがな……」


 明かりを向けても人影は見えない。声の主を探して声の方に向かう。

 少し進むと急に地面を踏む感触が無くなった。


「おっとあぶね!!」


 すぐにバランスを取り踏み出した足を後ろに下げた。

 ランタンを下に向けると大きな穴が空いていた。


「にゃにゃ、ここです、助けてにゃ~」


 声は穴の中から聞こえている。だがこの位置からはでは明かりが届かない。


「ちょっと待ってろ」


 ランタンにロープをつけて穴におろす。下が明るくなり、猫の顔が見えた。獣人族だ。

手足が天に向かている。穴にはまり込んで動けなくなってしまったようだ。


「自力での脱出は無理そうだな。レヴィヤのロープをそこの木に巻いてこっちに貸してくれないか?」


 スモークの持つロープだけでは穴に下ろして終わってしまった。救出するためにはもう少し長さが必要だ。

 二本のロープを結んで繋げる。


「あと必要なものは……」


 使えるものは無いかと冒険者セットの中を探ってみる。とくにそれっぽいものが見当たらない。巾着の中も見てみる。


「あ、それでいいか」


 目の前に地面に刺さったアイスランスの残りが見えた。先端の尖った部分が残ている。片手で持てる大きさまで削り取っ手を作り地面から抜く。


「はにゃ~。まだですかにゃ?」


 猫の少女が待ちきれずに呼びかけてきた。


「大丈夫。今行くから」


 スモークが穴に降り、アイスランスを構える。それで少女の足の方の土を削り始めた。 

 三十分ぐらい掘り続けると足のほうにだいぶ余裕が出来てきた。スモークが少女の手を掴み引き上げる。

 足の方に隙間ができたおかげで少女の体勢を戻すことが出来た。


「自力で登れるか?」


 スモークが優しく尋ねる。


「無理にゃ、二日も同じ姿勢でいたから体が固まってるにゃ」


 その可能性もあると思っていた。とりあえずヒールを唱え、少女を背負って穴を抜け出す。


「すっかり冷めちまったな」


 皿に盛られた肉を見る。お湯はどうせ白湯さゆだ、また温めればいい。肉は我慢して冷たいまま食うか。


「冷めててもいいにゃ、二日ぶりのご飯にゃ」


 少女がスモークの背からジャンプし肉に飛びつく。

素手で肉を掴み必死に口に運んでいる少女を眺めながらスモークは苦笑した。二日間同じ姿勢と言ってたし、その間何も食べられなかったのだろう。それにしてもヒールをかけたとはいえもう動けるまで回復したとは。


「さすが獣人族だな」


「それはどういう事だ?」


「獣人族は身体能力や治癒能力が各種族中で一番高いんだ。そのかわりに魔法が使えないけどな」


 魔法は使えないが、それはイコール魔力が無いというわけではない。魔力が運動神経のサポートや細胞の活性化などに使われているのだ。


「なるほど」


 レヴィヤが感心したようにつぶやく。そんな様子を見ながら新しい肉を取り出し焼き始める。


「おかわりにゃ!!」


 少女が二人分の肉を食べ終わり元気に叫んだ。


「あいよ、今焼いてるからこれ噛んで待てろよ」


 冒険者セットから保存用乾燥肉を取り出し渡す。噛めば噛むほど味が口いっぱいに広がる。

 少女は満足しているようで尻尾が左右に動いている。


「そういえばお前名前はなんていうんだ?」


「そういえばまだ名乗ってにゃかったにょ。ランの名前はラン

にゃ」


 少女が肉を飲み込んでから名乗る。


「助けてくれてありがとにゃ、えっと……」


「俺はスモーク、それでそっちにいるのが」


「レヴィヤよ。よろしくね」


「スモークとレヴィヤにゃ。ありがとにゃ」


「ところで、どうしてあんな所にはまってたんだ?」


「モンスターから逃げてたらあそこに落ちたにゃ。スモーク達が来てくれて本当に助かったにゃ」


 こんな森の中じゃいつ誰が通るか分からない。しかも穴の中にいると人が通り過ぎたのかも確認できない。


「お肉の匂いがしたから声を出してみたにょ」


「それはよかった。ところで一人で森にいたの?」


 レヴィヤが気になったことを尋ねる。モンスターの出る場所を一人で歩くなんて危ない。普通は護衛の冒険者をつけるか、複数人で行動したりするものだ。

 それをしないのはよほど実力のある者だけだが、目の前の少女がそうだとは思えない。


「ランは家出してきたにゃ」


 帰ってきた予想外の発言。どう返そうか。


「ランは歌って踊って暮らしたいのに、お父様もおじい様もランに戦いの才があるから戦士になれって言うにゃ。だから五歳の誕生日に旅に出たのにゃ。ランは歌で生きていきたいにゃ」


「そっか、大変だったな」


 スモークが相手に合わせて適当に返答する。獣人族は成長が早い。五歳と言えば獣人族にとっては成人と認められる年だ。


「聞かせてくれよ、お前の歌」


「わかったにゃ」


ラン、ラン、ラララ~ン♪


「上手いな……」


 鈴の音のような綺麗な歌声が響き渡る。聞いている者の疲れを吹き飛ばし、傷の痛みを忘れさせてくれる。そんな暖かくて優しい歌。聞き終えたスモークは自然と拍手していた。


「それだけの実力あるなら家出なんかしないで、ちゃんと親を説得したらどうだ? きっと心配してるだろ?」


「ダメにゃ、お父様はランと一流の戦士にするために暇さえあれば稽古させるにゃ。いくらランが歌や踊りをやりたいと言っても話も聞いてくれないはずにゃ」


 はずという事は直接言ったことは無いのだろう。もしかしたら遠回しに言った時にあまり反応が良くなかったからあきらめたとかかもしれない。そうスモークはランの様子を見て判断した。


「さて、あらたに肉も焼けたし、話はここまで。食事にしようか」


 このまま話を続けても意味はなさそうだと判断し、切り替える。巾着から添える野菜を取り出し切り始める。


「待ってましたにゃ」


「ちゃんと野菜もたべろよ?」


「はいにゃ~。ランは苦いと辛い以外はなんでも大好きにゃ」


 三人の楽しい食事が始まった。

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