冒険者基本セット購入と過去ばな
「ここがケーナモの森だよ」
スモークが机の上に広げられた地図の目的の場所に指を置く。ここはニチャーム街にある依頼案内所の資料室だ。
二人は護衛任務を終え、依頼終了の報告に来たついでにここに立ち寄っていた。資料室にはその街の周辺の地図や出現するモンスターの情報や自生している植物のことなどがまとめられた書物があり、誰でも自由に閲覧可能になっている。
「向かうルートは二つで、山を突っ切る方法と山を避けて迂回するルートがある」
山を向かうルートなら道は険しいが二日で向かうことが出来る。迂回するルートなら道は平坦で楽だが四日から五日かかってしまう。
「二つのルートで出現するモンスターに違いはあるのか?」
もし道は険しくても山の方がモンスターが現れないならそっちを選んだ方がいいし、出現するモンスターの情報は道を選ぶ重要な参考になるだろう。
「山は鳥系のモンスターが多く、迂回する道は植物系や虫系のモンスターが多いな」
スモークは棚からモンスターに関する本を取り出し確認する。
「強さで言ったらどっちも同じくらいだが、山は足場が悪いから戦いになるとつらいかもしれないな」
「だったら迂回ルートで行く方が安全か」
ここまでの話を聞きレヴィヤは迂回ルートを選んだ。山道を選んだ方が修行になっていいとの考えもあるかもしれないが、それで命を失っては意味がない。
急ぐ旅ではないので時間がかかっても安全な道で行った方がいいと判断した。
「しかしそうすると問題は食料か……」
レヴィヤは前回の試験の時と、今回の護衛の報酬を合わせた額から二人の五日分の食費が足りるだろうかと考え始める。
「食料のことなら考えなくていいぞ」
レヴィヤには伝えていなかったがスモークの持つ魔法の巾着には大量の食料が入っている。これは巾着が中に入れたものが腐らず、入れた時の状態のまま保存される特性のため彼が巾着を冷蔵庫代わりとして使っていたからだ。
そのことを彼女に伝える。
「それに金の使い道はもう決まってるんだ」
「なにに使う気なんだ?」
「冒険者基本セットだよ」
「冒険者基本セット?」
冒険者基本セットとはロープやランタン、毛布や三日分の保存食など冒険に必要な道具をまとめたもので、案内所内の売店で売っている。セットになっていることでばらばらで買うより安く手に入る。
しかも購入時に会員登録することで依頼終了時に無料でメンテナンスをしてもらえて、壊れた部分の修理や無くなったものの補充が行われる。
「それだとアイテムをすべて失ったことにして毎回補充してもらおうとする
「そのために冒険者のランクによって無料で補給してもらえる数に差があるんだよ」
スモーク達Fランクの場合は一回の依頼で一品まで無料。二品目の補充から有料となる。それでも普通に買うよりは安くはなっている。そしてランクが上がることで無料補充しえもらえる数が増える仕組みだ。
ちなみに、一部が破損してパーツを変えれば修理可能な場合はそのクラスでも、何個でも無料で行ってもらえる。
「これだけだと上位ランクの方が有利に思えるだろ?」
「そうだな、下位の方が一回の依頼でもらえる収入も少ないのに補充に金がかかるんじゃ苦しくなるだけだ」
「そのために下位にも救済措置が用意されてんだ」
下位のクラスには補充が無かった場合、次に有料で補充が発生した時に無料になるポイントが与えられる。これはGなら一回補充なしで二ポイント、Fなら一回で一ポイント、Eなら二回で一ポイントとランクが上がるほど受けられる恩恵が減っていく。
「下位クラスなら
「そう、つまりは頼案にとって有益な存在なら多少の事なら目を瞑りますってことだな」
「色々考えられてるんだね」
スモークの説明を聞き、感心する。
「持っていると冒険になにかと役立つものだ。今回の護衛任務でこれを二人分買う金が貯まったんだ」
ならばさっそく買おうではないか。そうレヴィヤは思った。スモークの話を聞く限り決して損な買い物ではない。
二人は机の上を片付けて売店に向かった。
冒険者基本セット購入後、二人は依頼の掲示板の前でケーナモの森に向かう途中でついでにこなせそうな依頼は無いものかと眺めていた。
「この『終了報告のみ』と書かれた依頼はなに?」
レヴィヤが気になる依頼を見つけ尋ねる。
「あぁ、これか」
通常、依頼を受けるときは案内所の窓口で依頼を受けることを伝え、受けた依頼が終わればそれを窓口で報告する。
「これは依頼を受けたことをわざわざ言わずに、依頼が達成された時だけそのことを窓口に来て伝えてくれってことだよ」
説明しながらその依頼の内容をスモークが確認する。
それは迷子捜索の依頼だった。
「迷子探しなら依頼を受けたからと言って確実に見つけられるもんでもないからな、確かに成功した時だけ報告すればいいってのも納得だな」
依頼書の中に探し人の簡単な情報が書かれている。
「猫の獣人族の少女、毛の色は茶色で手足は白ね……」
「窓口で言えば探し人の情報をまとめた紙を渡すって書いてあるから、気になるなら一枚もらっとくか?」
依頼書を真剣に眺めているレヴィヤに提案する。
「そうしてもらえるか」
すぐさま返事をしたレヴィヤは嬉しそうな顔をしている。
「家族が心配しているのだ、早く見つけてあげたいな」
わざわざ依頼を出すほどなのだ、家族にとってはよほどの事なのだろう。
「そうだな……」
イリシアはレヴィヤを九年前に拾い、それからずっと一緒に旅していたと言っていた。はたして彼女の家族はどうしているのだろうか。それがスモークは気になった。
気になったが聞いていいものなのか悩む。スモークは幼い頃にモンスターに家族を殺されている。幸い幼すぎて家族の思い出が薄いのと、孤児院で共に育った者達を本当の家族のように思っているから辛くはない。
だがもし彼女が似たような状況だとしたら話したくない話題かもしれない。
「急に黙ってどうしたんだ?」
レヴィヤがスモークの変化に疑問を感じる。少し考え自分なりの答えにたどり着く。
「そっか、スモークは師匠と同じ孤児院で育ったのだったな……」
どおやら勘違いしているようだが、スモークは別にそのままでいいかと判断した。
「ああ、孤児院で育った兄弟達が今何してるかなと思ってな」
そのまま彼女の勘違いに乗ってみる。
「兄弟か……。私にも妹がいたんだ」
「いた」と過去形でレヴィヤは言った。これはスモークの予想が当たったようだ。
「モンスターにやられちゃったけどね。師匠が来なければ私も家族と同じ所に行ってたかもしれない……」
「……」
なんと答えていいものか悩む。
「あ、気にしないで。あの頃はまだ魔王が倒されてすぐだから、まだ狂暴なモンスターも残っていたもの。師匠と一緒に旅する中で同じような人を何人も見たわ」
スモークの沈黙にレヴィヤが誤魔化すように付け加える。それが本心なのかスモークには判断できない。
「それにしても、私ずっと師匠と旅してたのに魔法の使い方を教えてもらった事ないのだけど、才能無いのかな……」
これまでレヴィヤはイリシアから薬草の事を教えられたことはあるが、魔法の事は全く教えてもらったことがない。最初に氷の魔法が得意なようだと言われ、後は魔導書を渡されただけだ。
「あ~才能無いからな……」
あきれたようにスモークが言う。
「やっぱり私は……」
「違う違う、才能無いのはイリシアの方だよ」
レヴィヤが勘違いしていることに気付き慌ててスモークが否定する。
「そんな、師匠に魔法の才能がないなんて事あるわけないだろ」
イリシアは無詠唱で魔法を発動することが出来て、しかも全ての属性の魔法が使える。他の人間は多くても三つの属性を扱えられる程度だというのにだ。
そんな彼女をスモークは才能がないというのだ。誤魔化すにしてもとんでもない。
「説明するから一回場所を変えよう」
さっきからのやり取りで周囲がスモーク達に視線を集中させていた。そんな中で話を続けるのも嫌なので提案する。レヴィヤも言われて自分たちが注目の的であることに気付きその提案を受け入れた。
「それで師匠に魔法の才能がないとはどうゆうことだ?」
スモーク達は泊まっている安宿にいったん戻り話を続けた。
「知ってるか、イリシアは生まれた時から魔法が使えたんだ誰に教えられたわけでもないのに、息をするように簡単にな」
そのせいで親から気味悪がられ、孤児院の前に捨てられていたし、孤児院でもスモーク以外に近寄る者もなく孤立していたのだが、今はそのことまで話すことは無いだろうとスモークは考えた。
「やっぱり魔法の才の塊ではないか」
スモークの説明では才能がない発言の証明には全くならない。どころか魔法の天才だと言っているようなものではないか。
「レヴィヤはさ、どうやったら呼吸できるかって聞かれて上手く説明できるか?」
「なんだいきなり?」
スモークのなんの脈絡も無い質問に混乱する。
「息を吸って、吐けばいい。俺が説明出来るのはその程度だ。でも息を吸うにはどうすればいいのか、吐くにはどうすればいいのかなんて聞かれても答えられない。レヴィヤはどうだ?」
「私も無理だ」
そんな事考えたこともない。意識して呼吸を止める事は出来るし意識して吐くことも出来る。だが常に意識して呼吸をしているわけではない。何も考えなくとも自然に行えている。そこに理屈を求めたことなどない。
「つまりはそうゆうことだ。さっき言ったろ、イリシアにとって魔法は呼吸と同じなんだ。気付いたら当たり前に出来ててやり方が説明できない」
そこまで言われてレヴィヤにもスモークの言いたかった事がわかった気がした。
「アイツには魔法を他人に教える才能が無いんだよ。天才すぎて凡人のつまずく所がわからないし、説明できないんだ」
「つまり私に魔導書だけ渡して全く魔法の指導をしなかったのは」
「しなかったんじゃなくて出来なかったんだ。それに氷の魔法の才があると認め、魔導書まで用意したんだろ? それで今ではアイスランスが使えるんだ。十分じゃないか」
イリシアには魔導書など不要だ。そんなものなくても十二分に魔法が扱えるのだから。それなのに魔導書を渡したという事は、つまりレヴィヤの才能を見抜き、期待していたからに違いなかろう。そうスモークは考え、そのままレヴィヤに伝える。
「そう……だったのか……」
今まで魔法の才能がないから師匠から何も教えてもらえなかったのだと思い込んでいたが、スモークの説明に長年のコンプレックスが解消され気分が楽になった気になる。
「ほっとしたらおなかか空いた。何か食べに行こう」
「そうだな。そのあとで改めて依頼を探そうぜ」
「そうだな、すっかり忘れていた」
そういえば依頼を探している途中であったことを思い出し、レヴィヤはおかしくて笑った。
迷子の件は気に留めておくとして、もう一つ何かちゃんとした依頼を受けなくては。
とりあえずまあ、まずは昼食だとレストランを探して二人は街に出ていった。
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