イリシアからの依頼
「ふう、ようやく終わったか」
宿屋に併設された食堂で食事を待ちながらスモークがこぼす。
さっきまでスモーク達三人は依頼案内所で強化版クマについての報告をしていた。なんでも各地で似たような黒い靄をまとった強化モンスターの目撃情報があったらしく、スモーク達にも情報提供が求められたのだ。
黒い結晶のこともちゃんと伝えると、ほかのモンスターは結晶に気付かず倒してしまったり、気付いても破壊。またはモンスターから取り外したら自然に壊れてしまったらしく、イリシアの持つ結晶だけが唯一の手がかりなのだそうだ。
その結晶の調査は国からの正式な依頼としてイリシアに一任された。これは魔王を倒した事や世界中を旅して救っているイリシアの信頼と実績による結果だろう。
「そんなわけで私はこれからしばらくの間はマジャバ王都にある工房に籠ることになった」
「そっか。ここまでありがとな」
「寂しくなったらいつでも私の所に来てくれ。王都で『イリスの工房はどこ?』と聞けば大体の人間は分かるだろうし、レヴィヤも場所は知っているからな」
「ああ、王都に行く用事があったら尋ねるよ。それでレヴィヤ、俺たちはどうする?」
まずは修行のために今いる町の近くでモンスターを狩りながら金を溜めてもいいし、行きたい所があるならそちらに向かってもいい。
「私は特に希望は無い。スモークに任せるよ」
レヴィヤとしてはこれはスモークの力を取り戻す旅で、自分はそのサポートなのだから特に意見は無い。それに今までもイリシアの後についていくだけだったので急に意見を聞かれても何も思いつかないという事もある。
「特に意見が無いなら私の依頼を受けてくれないか?」
そんな二人の様子を見ながらイリシアが口をはさむ。
「依頼?」
「期限は無いから何かのついでで構わないのだが、この手紙をある人物に渡してくれ」
イリシアが懐から二通の手紙を取り出す。
「一人は鍛冶師の街サラドラに暮らすドワーフのゴスケ。もう一人はケーナモの森にいる猫型の獣人族のダニエルだ」
その名前にはスモークも覚えがある。かつて一緒に冒険をした仲間達の名前だ。
「今回のモンスター強化に関する内容が書かれている。近くに行った時でいいので渡してくれ。それともう一つ」
こんどは水晶が現れた。それにスモークは見覚えがある。この前クマから黒い結晶を取り出すのに使っていたやつだ。
「これは封印具で中に入れたものを時間ごと止めるんだ。だから私達の黒結晶だけ取り出しても壊れなかったんだよ」
「旅の途中で強化型モンスターにあったら結晶を集めろって依頼か」
「そうだよ。調査には複数のサンプルがあった方が助かるからね」
気楽に言ってくれる。この前はイリシアの強化魔法のおかげでなんとか戦えたのに、モンスターを倒さず無力化して黒い結晶を取り出すのがどれだけ大変か。
「それとこれは先払いだが依頼の報酬だ」
ペンダントが二つある。一つは中心に赤い石の飾られたもの。もう一つは青い石が中心にある。
赤い方をスモークに渡す。
「これは全ての属性に対して強力な防御を発するペンダントだ。力は強力だがそのかわりに代償がデカい。赤い方は装備した者に二倍の重力を与える代わりに一日装備すれば三十秒間その恩恵を受けられる。ちなみに防御発動中は重力は通常に戻る」
「一日で三十秒だと!? 割に合わなくないか?」
「安心しろ。この重力負荷は変えることが出来る。最低が二倍で最大百倍だ。百倍の時は一秒ごとに防御が一秒、つまり代償を払った時間分使えるようになる」
「二倍からスタートして慣れたら少しずつ負荷を増やせってことか」
つまりはイリシアなりにトレーニングのために用意してくれたのだろう。もし百倍で普通に動けるようになれば通常時はかなり動けるようになるかもしれない。
「レヴィヤに渡したのは効果は同じだが代償が魔力になっている。常にレヴィヤの魔力を奪うことで魔力の総量が増え、魔法の威力も上がるはずだ」
ギルド『クリスタルイーグル』の現状でもっとも破壊力があるのはレヴィヤの魔法だ。だが魔法は詠唱に時間がかかり、術者の魔力量により連発できる回数などに制限がかかるのがネックだ。そこを強化出来るのはありがたい。
「それとこのペンダントにはもう一つ能力があってな、いつでも私と連絡が取れ、さらにレヴィヤに渡した方にはこの水晶ぐらいの小型なモノなら私に送ることが出来るようになっている」
そういいながらさきほど出した黒い結晶を封印するための水晶を指さす。つまりは封印した結晶を素早く渡すための装置なのだろう。
「ペンダントに奪った魔力を利用してゲートを発動させるから、使用する場所には気を付けてくれよ」
「場所に気を付けろとは?」
レヴィヤが意味が分からないと質問する。
「ゲートは空間を繋げる魔法だが、街の中やダンジョンなど使えない場所があるんだ」
ゲートの使えない場所の条件は誰かの所有する土地であるかどうかだ。誰かの所有地にはなぜか無断でゲートを繋げることが出来ない。
「ダンジョンの場合、そこに住むボスを倒せば一時的に使える」
ダンジョンボスを倒すことでボスより強い、つまりその場の新たなボスとなりゲートで移動できる。ただししばらくすると別のモンスターがその場のボスになりまたゲートを繋ぐことが出来なくなるのだ。
「街の場合はそこに住んでいる人達のものと判断されゲートが開けないんだ」
街の場合はそこを統治している者を倒した所で新たな統治者となれるわけではない。だが、個人の家はダメだが街道に関しては街に住む人に許可をもらえばゲートを開くことが出来る。
「街や村で門番とか村人に○○村へようこそって挨拶された事があるだろ、あれはゲートで村に行くために必要な存在なんだ」
もっとも、ゲートを使えたとして術者の能力で開けるゲートの大きさや距離は変わるから絶対に必要な存在かは不明だが。イリシアは星の裏側でも人一人通れるゲートを開けるが、そんな存在は少数だろう。
「さて、依頼は分かった。報酬ももらったことだし出来る限りやってみるぜ」
依頼了承の返事をしながらペンダントを付ける。
「おっと、そのペンダントは一度つけたら外せない呪いがあるのを言い忘れてたよ」
「なん……だと……」
別に修行のために付けるつもりだったが、付けた後に呪いがあると言われるのはいい気分がしない。
なんだか体が重く感じるのは、はたして重力二倍のせいか、それとも気疲れのせいなのだろうか。
朝からダルそうな表情の二人が掲示板を眺めていた。ここは依頼案内所のFランク用の依頼が張られた掲示板だ。
「まさか魔力をずっと吸われ続けるのがこんなに疲れるとは」
「魔力の回復量が消費量より多くなれば平気になるだろう。どうしても辛かったら魔力回復ポーションを飲むのも手だぞ」
「心配してくれてありがとう。そういうスモークも辛そうだが大丈夫か?」
「ああ、二倍の重力で普通に戦えるように鍛えてたら寝るの忘れちまってな。頭がボーっとしてんだ」
スモークがあくびをしながら答える。
「寝てないって……。そんな状態で大丈夫か?」
「ダメそうなら簡単な依頼にするか、依頼だけ決めて二時間ほど寝ればいいさ」
そういいながら視線を掲示板に向けるスモーク。レヴィヤも簡単そうな依頼を探すことにした。
「お、これなんか良さそうだな」
やがてスモークが一つの依頼を見つけ、指をさす。
「なになに、旅の間の護衛任務か……。護衛は片道でよくて冒険者クラス不問と書いてあるが?」
どのクラスでもいいとはつまり弱くても歓迎という事だ。それに片道でいいとはどういう事だろう。それで護衛が出来るのだろうか?
「しかも募集人数も三十名とは、怪しくないか?」
レヴィヤが不審がる。護衛といいつつどこかに売り飛ばされたりするのではなかろうか。
「怪しくないさ。これは依頼案内所の頼みで商売人がよく出すクエストなんだ。冒険者がより安全に自分の行きたい方向に旅を出来るようにまとまって行動しましょうってな。しかもこの依頼は頼案からの要望でもあるから商人には次に安く依頼できる権利や、ちょっとしたマジックアイテム。現金なんかが出るんで余裕のある商人はけっこう利用してるんだ」
どうせ旅の間に護衛を雇うつもりなのだから、ついでに依頼案内所に恩を売っておこうと考える商売人が依頼を出してくれる。しかも、もしこの依頼で弱そうな冒険者しか集まらなかった時は依頼案内所が腕の立つ冒険者を数名あっせんしてくれる保証まである。
多めに冒険者を雇うマイナス面を差し引いても商人にとって十分にプラスになるよう出来ている。
「モンスターや野党が襲ってくるまでは馬車の中でゆっくりしてるだけ。それに出発は三日後で明後日までに依頼人の所に面接に行けばいいだけの簡単なお仕事だ」
危険は少なく、行先はイリシアの依頼にあったケーナモの森近くの街だ。確かに今の二人にはちょうどいい任務に思えた。
「しかし商人は片道だけの護衛で本当に大丈夫なのか?」
「別に行先で同じようなクエストを出すだけだよ。それに決まった拠点のある
商人ならともかく、行商人だと簡単な往復ってわけにもいかない。いろんな街を練り歩く都合上、ここからここまでで都合のいい人いませんか? って探す奴もいるんだよ」
レヴィヤはそんなものなのだなと納得し、依頼の紙を持ってクエスト受注用の窓口へと向かう。そのまま窓口のお姉さんから依頼人がいる宿の場所を聞き、二人は面接へと向かうこととなった。
面接の結果は特に問題もなく、二人はケーナモの森近くにある二チャーム街へと向かう商人の護衛に加わることとなった。
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