初めての戦闘 VS.パラライズスネーク
葉の動く音がした。風ではない、生き物が動いたことによて起こるそれだ。
スモークが腰に差した短剣の柄を握る。レヴィヤも魔法の杖を握る手に力がこもった。
藪から白い塊が飛び出した。それは一メートルはあるウサギだ。
「ノウサギ……」
レヴィヤが警戒を解く。ノウサギは草食のおとなしいモンスターだ。こちらから攻撃しない限り向こうから攻撃してくる事はない。
「レヴィヤ、まだま」
スモークはまだ武器から手を離さず藪をにらんでいる。その理由を尋ねようかと思ったが、答えはリヴィヤにもすぐに分かった。
藪から細長い影が飛び出す。
レヴィヤ達の倍はありそうな影の正体は巨大なヘビだ。
「パラライズスネークだ。ノウサギが大好物で、牙にはマヒ性の毒があって、動けなくなった獲物をゆっくり飲み込むんだ」
聞いてもいないのにスモークが説明しながら短剣を鞘から抜き、眼前に構える。ヘビがレヴィヤ達を見つめ、口を大きく開け威嚇した。
「ふむ、好物より三人の人間。質より量を選んだわけか」
イリシアが冷静に分析する。すでに自分の周りを見えない壁で覆っていた。
「ギルド『クリスタルイーグル』の初戦闘だ。うまく息を合わせられるかな?」
魔法で木を操り、即席の椅子を作りイリシアが座っている。完全に観戦モードだ。
ヘビがスモークに向かって噛みつこうと飛び出した。横に避けながらすれ違いざまに胴を斬りつける。だが浅い、ヘビは斬られたことなど気にしていないようで、尻尾が再びスモークに迫る。
「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」
スモークの左手に魔力が集まり、魔法の盾で尻尾を防ごうとする。が、盾はほんの一瞬尻尾の動きを止めただけで壊れてしまった。スモークの腹部にヘビの攻撃が当たった。そのまま吹っ飛ばされ木に背中を打ちつける。
「かはっ」
スモークの全身に痛みが走り、意識がもうろうとする。ヘビが口を開き追撃を仕掛けた。
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
レヴィヤが魔法の杖を構える。杖の先の空中に魔力が集まり、次第に氷の槍が形成されていく。レヴィヤが杖を振り下ろす動きに合わせ氷の槍がヘビに向かって飛んでいく。
ヘビの攻撃がまさに今スモークに届こうとしたそのタイミングで氷の槍がヘビの眼球に刺さった。
ヘビが苦悶の鳴き声を発する。
その声を聴きながらスモークの意識が徐々にはっきりしていく。目の前に苦しんでいるヘビの姿が映った。
右手に短剣の感覚があるのを確認し、そのままヘビの口の中に突っ込んだ。内側から脳を目指し剣を刺しこむ。
ヘビが口を閉じる前に急いで腕と剣を引き抜く。
「レヴィヤ、尻尾は頼む」
ヘビが最後の力を振り絞りスモークを尻尾で殴ろうとしていた。
「氷の槍よ、その鋭き穂先で敵を刺し貫け。アイスランス」
再び氷の槍を放ちヘビの尻尾を地面に刺し止める。そのまま完全にヘビが動きを止めた。
「終わったのか?」
レヴィヤが恐る恐る尋ねる。彼女にとって人生で初めての戦闘だった。今まではイリシアが呪文一発でどんなモンスターをも倒してしまっていたので恐怖を覚える暇すらなかったのだ。
「あぁ……」
簡単に答えて短剣を鞘に納める。全身が痛む、口の中に鉄の味がする。口内もどこか切っているのだろう。肋骨も二、三本折れているようだ。
「弱りし体に活力を取り戻し、その怪我を治したまえ。ヒーリング」
怪我の治りを早める呪文を自身にかけ、そのまま木に体を預ける。
まさかここまで弱くなっているとは思わなかった。パラライズスネークは決して強いモンスターではない。むしろ弱い方のモンスターだ。
マジックシールドだって完全に防げるつもりでいた。それなのに結果はどうだ、マジックシールドは攻撃をわずかに弱める事しか出来ず、攻撃は皮膚をわずかに切っただけだ。
そして自分は重傷を負い、レヴィヤがいなければ死んでいただろ。この初心者用のこの森で余裕で戦えるモンスターはどれだけいるだろうか。
「悪いけどしばらく休憩させてくれ。三十分もすれば怪我も治るから」
「大丈夫なのか?」
「ヒーリングもかけたからな、大丈夫だろう。それよりパラライズスネークの解体頼めるか? 牙はマヒ矢の矢じりに使えるし、皮も鞄や服の材料として売れるし、肉は筋肉質で固いから売り物にはならないが旅の間の食料として取っておくのはいいだろう」
「すまないが解体の経験はないのでうまくやれる自信はない」
「わかった。解体は後で俺がやるから、とりあえずここにその死体を突っ込んでおいてくれ」
そういってスモークは腰に下げた巾着をレヴィヤに渡した。
「これはマジカルバックか」
「レヴィヤは持ってないのか?」
「師匠が持ってるので私には不要だったからな」
ヘビを巾着に入れながらレヴィヤが答える。
「そうか、じゃあ買いに行くか」
ヘビが巾着に完全に入ったことでレヴィヤは安心する。この巾着には生き物を入れる事は出来ない。完全に入ったということはヘビはもう生きていないということだ。
「買いに行くって、マジックバックは高いだろ?」
「いいんだよ、目的があった方が冒険は楽しいだろ。まずはマジックバック買えるまで稼ってことで」
「ありがとう」
レヴィヤが巾着をかえしながら礼を言う。スモークが受け取った巾着に手を入れ、液体の入ったガラスの瓶を二本取り出した。
「魔法力の回復を早めるポーションだ。今のうちに飲んでおこう」
魔法力は時間がたてば自然に回復する。街にいるならそれでもいいが、ここはモンスターの生息地。いつ襲われてもおかしくない。
今の所周囲にモンスターの気配はない。回復できるときにできるだけ多く回復しておこう。そうスモークは判断した。
「休憩なら私が手を出しても大丈夫だよな?」
それまで二人の様子を黙って見ていたイリシアがニヤリと笑うと指をパチンと一回鳴らす。
すると土が盛り上り三人座りの椅子が出来上がった。座る場所と背もたれには巨大な葉っぱがある。さらに椅子の上には巨大な葉の日傘まで用意させている。
「木によりかかってるだけではたいして休めんだろ?」
そう言ってイリシアがスモークを抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこの形だ。そのまま椅子まで運んだ。
「うわ、この葉っぱすごいふわふわだな」
椅子に座ってみると葉に体が沈み込む。そして冷たくて気持ちがいい。
「中に水の膜を張ってある。低反発で気持ちがいいだろう?」
「ああ」
スモークは短く答えそのまま目を閉じた。
「スモーク!?」
驚いたレヴィヤが大きな声を出す。
「大丈夫、疲れて眠っただけだよ。回復に集中させるためにも今は放っておこう」
イリシアが相手の状態を診れる片眼鏡を右目にかけて確認する。
「レヴィヤも立ってないでこっちに来たらどうだい?」
イリシアが自分の左にある空いている席を叩きながら誘う。
「は、はい」
レヴィヤが空いている席に座りスモークからもらったポーションを飲むことにした。
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