序章1 そして男は旅に出る(後編)

「そして困った君は夜中であるにも関わらず私に連絡してきたと」

「そうだよ。緊急通信用の魔道具が魔力を必要としないもので助かったぜ」

 男は少年になってすぐに小屋に戻り、昔一緒に冒険していた仲間が別行動になった時に連絡できるよう渡してくれた通信用ペンダントを使い、魔術に詳しい彼女を呼んだのだ。

 連絡したときは「ねむい」と言われすぐに切られたが、翌朝には男の家に訪ねてきてくれた。何だかんだ言ってもすぐに助けに来てくれる彼女の友情に男は感謝している。

「なぜかこの姿になってから魔法が全く発動しないんだよな」

「そうか。なに、原因はすぐにわかるさ」

 そう言うとイリシアはどこから取り出したのか手に持っていた片眼鏡を掛け少年を診た。

「なんだ、その魔道具?」

「これかい? これは相手の能力値や健康状態、取得しているスキルを視る道具さ」

「そんな便利な道具あったのか」

「私の旅には必要なものだったのでね、君達と別れてから創ったのさ」

 イリシアは特に目的もなく色々な地を巡りながら、そこで病気やモンスターの被害などで困っている人を救っているらしい。

 たまに男の家を訪ねてはそんな話をしていたことを思い出す。

「ふむ、なるほどね」

「何かわかったか?」

「今の君の状態はね。だが元に戻す方法は分からない」

「説明してくれ」

「今の君は十歳の時の君と同じ状態だ」

「十歳って言うと孤児院を二人で出て、冒険者を目指して旅を始めた頃か」

 男は昔の事を思い出した。男が四歳の時、村は狂暴なモンスターに襲われ両親は殺された。そして隣町の孤児院に引き取られたのだ。そこには男と同じような境遇の子どもがたくさんいた。そんな中、いつも一人でいる少女がいた。

 水色の髪、その瞳はきれいなエメラルド色で耳は少し尖っている。男はその尖った耳がきになり少女に話しかけた。その耳がエルフ族の特徴なのだと男は その時知った。それが男とイリシアの出会いだった。

 年齢が一緒だった事と、彼女がいつも一人で居た事から男は事あるごとにイリシアに話しかけた。いつしか二人でいるのが当たり前のようになっていた。

 ある日イリシアが「世界を見たい」と言い出し、二人で旅に出ることにしたのだ。

「懐かしいな……。それで十歳の状態ってのはどういう事だ?」

「力が全て奪われたんだよ。剣が重くて持てなかったのは筋力が足りなかったからで、魔法が発動しなかったのは魔法力が足りなかったせいだね。今の君は冒険したての冒険者に劣る能力しかない」

「それで能力低下以外に何か問題はあるのか? すぐに戻らないと死ぬ呪いとか……」

「それは大丈夫だ。むしろ体が十歳に戻った事で寿命は延びただろう。だが身体能力は落ちたのでモンスターにやられるリスクは上がったと言えるな。なんせ今の君ではクマにすら勝てないんだからな」

「クマだって!? 体を火で覆っている火グマや殿と呼ばれる個体を中心に群れで行動する城クマなんかじゃ無く、魔法も使えずただ腕力で攻撃するだけんのあのクマにか?」

 クマと言えば初心者では苦戦するが、攻撃力はあるがそれは純粋な腕力のみなので、ある程度の冒険者になるとそんな苦労することもないモンスターの一体だ。

「そうそのクマだ。それなりの力と防具さえ整えていれば容易い相手さ。だが、そのそれなりの力すら君には無い。そのことを理解しておけ」

「おう、わかった。気を付けるよ」

「それと魔法に関してだが、発動しなかったのは君が最大限の力で発動させようとしているからだ。必要最低限の魔力のみでの発動なら現状でも使えるものがいくつかあるはずだ」

 イリシアがテーブルの上に置かれた果物ナイフを手に取る。

「試しにマジックシールドを使ってみよう。今からこの果物ナイフを投げるから止めてみな」

 返事を聞かずに果物ナイフが投げられた。

「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」

 言われた通り最低限の力を右手に注ぎ呪文を唱える。少年の顔と同じくらいの大きさの透明な盾が目の前に現れ果物ナイフを弾いた。

 弾かれた果物ナイフをイリシアが空中で掴みテーブルに戻す。

「さて、これで君の現状は把握できたかな?」

「あぁ、ありがとな」

「では、これからどうする。元の力を取り戻すのかい?」

「出来るならそうしたいな。でも力を戻す方法はわかんないって言わなかったか?」

「取られた力が今どんな状態か分からないからね。実際にこの目で確認しないと何とも言えない。だが逆を言えば力のありかがわかれば戻せる可能性はあるぞ」

「じゃああの影のモンスターを探せばいいのか」

 突然どこかに消えてしまったモンスターをどう探そうか悩んでいると

「いやそのモンスターはもう死んでいるだろう」

 とイリシアは静かに言った。

「斬られた時に魔法が発動したんだろ? きっと自身の命を代償にして相手のすべてを奪うような魔法だったのだろう」

「それじゃあ俺の力はどこに行ったんだ?」

「そのモンスターの仲間の所だろうね」

「初めて見たモンスターの仲間のどんな姿の奴か分からないモンスターを探す、それもこんな弱くなった状態でか~」

「相手がモンスターとは限らないがね」

「え!?」

「君がモンスターだと思っただけで、魔法で作られた何かかもしれない」

「そうか? 魔法で生物は作れないだろ」

 魔法でも出来ない事がある。それは命を作り出す魔法だ。死者に新たな命を与え蘇生させたり、新たな生物を作ったり、既存の生物を混ぜて新たな生物を作ることは出来ない。

「確かに生物は作れないが、予め決められた行動だけをこなす人形を作り出す魔法や、他者を一時的に操る魔法は存在するだろ?」

「そっか。相手がモンスターだと思うのは危険なのか」

「そうだ、相手は謎のモンスターか謎の組織かすら不明。ヒントとなるのは『主の欠片』という発言だね」

『主の欠片』それは影のモンスターが男を見つけた時に言った言葉だ。

「さて問題だ。モンスターが主と呼ぶ存在に心当たりはあるかな」

イリシアがニヤリと笑い問いかける。

「ドゲルネブブか……」

 少年は苦い顔で答えた。

「そう、魔王ドゲルネブブ。十年前に君が倒した男だ」

 かつてこの世界には魔王と呼ばれる存在がいた。その者はモンスターを自在に操る力を持ち、ドラゴンを操ろうとした。だが失敗しドラゴンに食べられてしまった。しかしその精神はドラゴンを逆に飲み込み最強最悪の存在となった。

 その魔王の影響により世界中のモンスターが狂暴化し、百数十年間人々は恐怖して過ごした。そんな魔王を倒したのがイリシア達四人の冒険者であり、トドメを刺したのがこの男だった。

「ドラゴンに食われても食い返したほどの男だ。君に倒された時に何か復活する方法を残した可能性もありえるだろう」

「魔王復活の可能性か……」

「さてどうするか。今の君は戦力にならない。ダニエルは……」

「アイツは獣人族だからもう爺さんか」

 獣人族は最も寿命が短い種族だ。動物の種類にもよるが四十年も生きれる種族はいない。そんな事を人懐っこく笑う猫の少年を思い出しながら考えた。

「そうだな。そうなると私達のパーティーで戦えるのは私とゴスケの旦那だけだな」

「旦那はドワーフだから十年ぐらいじゃ何の変化もないだろうな。でも二人じゃ魔王と戦うのは不可能だな」

 四人がかりで辛くも勝利した魔王との戦いを思い出す。それをその半数でなんとかするなど無茶もいい所だ。

「魔王が倒されたことによりモンスターの被害は減り、冒険者の質は残念ながら落ちている。ほかの者に頼るのもあまり期待できないな」

「となると修行だな。魔王が復活するまでに俺が前以上に強くなってればいいんだろ」

「君ならその結論にたどり着くと思っていたよ。ま、安心したまえ。魔王復活は仮定の話で別のナニカの可能性もあるのだ」

「修行しつつ怪しげな噂や危険な情報を集められる場所と言えばライアンだな……」

 依頼案内所、通称『頼案』は様々な事情で困っている人が依頼を出し、冒険者がその依頼を確認し仕事を受けるための施設だ。世界中の各地にあり、大きな街には必ず存在し、各店舗の情報は専用の通信用魔道具でリアルタイムで交換されどこの施設でも最新の世界情勢を仕入れることが出来る。

 それに冒険者が集まれば裏社会の危険な話や危ないモンスターの目撃情報など多種多様な情報が集まる。

 モンスター退治の依頼をこなせば修行になり、情報も集まる。今の少年にとっては望ましい場所だ。

「また冒険者を始めるんだね」

「一緒に来るか?」

「それは大変うれしい誘いだね。だが私が一緒では君の修行にはならんだろ。残念だが私は君とは別で捜査を進める事にするよ。そのかわり一人君の旅に同行させたい者がいるのだがかまわないかな?」

「べつにいいぞ。どんな奴なんだ?」

「九年ほど前にモンスターに襲われていた所を助けて以来共に旅をしている。十八のエルフの小娘でな、真面目で面白味のない奴だが、からかった時も真面目に反応してきて楽しいぞ」

 少女の話をしている時のイリシアの表情や声から彼女がその少女をどれだけ気に入っているのかが感じ取れる。

「魔法の才能は有るんだが、一緒にいるのが私なせいで自分は魔導士に向いていないんじゃないかと悩んでいるようでな、そろそろ独り立ちさせるべきかと考えていた所なんだ」

「イリシアにはいつも世話になってるからな。かまわんぞ」

 話が決まると少年は旅の準備を始めることにした。台所に向かい壁にかかった巾着袋を手に取る。この巾着袋は魔法のアイテムで重量や質量を無視していくらでも物を詰め込める。ただし生き物は入れられないという代物だ。

 ゲートの魔法でも巾着の中には空間を繋ぐことが出来ないため貴重品を入れるのにも便利だったりする。

 食べ物を入れておくと腐らず保存しておけるのでこの家では現在、冷蔵庫代わりに使われていた。

「旅立つとしてまずは武器と防具だな。デーモンスレイヤーが使えないとなると代わりになるものがな……」

 この家にある武器はあれだけだ。防具は農具や野菜の種や苗を買うためにすべて売ってしまっている。

 巾着袋の中にそれらしいものは入っていたかと手を巾着の中に入れる。頭の中に袋の中身がリストで現れる。

「それらしいものは無いな」

 リストの七割ぐらいを確認した所でそう結論付ける。巾着には無尽蔵に物が入るがこのような時は入れすぎると情報量が多くなりすぎて探るのにうんざりしてしまう。

「これはどうだい?」

 他に家の中に何かあっただろうかと考えていた時に玄関の方からイリシアの声がした。家の外に立っていた彼女の手に短剣が握られている。

「井戸の前に置いてあったんだが」

「リメンバか……」

 それは狩ったモンスターを解体する時に使っていた短剣だ。『いつまでも変わらぬ切れ味を』を目的に作られた魔力を込めると刃こぼれが治る魔法の込められた武器。それが短剣リメンバだった。

「今の君の筋力や体型ならロングソードやアックスとかよりこっちの方が扱いやすいのではないか?」

 イリシアからリメンバを受け取り軽く振ってみる。

「なるほど確かに」

 短剣の使い心地に少年は満足した。そのままリメンバの鞘を腰のベルトに付け装備する。

「よしそろそろ行くか」

 武器も決まり出かける準備を済ます。

「まずはイリシアの言ってた少女と合流か?」

「そうだな。だがその前にこの場所に時間停止と封印を施しておこう。旅から戻ってきたら畑は荒らされ家はありませんじゃ君も嫌だろ?」

「あぁ。何から何まですまねぇな」

 イリシアが少年の家に封印の魔法を施し、二人は少女のいる村に向かうことにした。

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