Lv.99→Lv.1
戸下ks/トゲカッス
序章1 そして男は旅に出る (前編)
「ふははは、なんだその姿、くくっ」
女が近くにあったテーブルを叩きながら盛大に笑っている。女の前には十歳 くらいの少年がいる。少年はその身に合わない大人物の服を着ていた。
「あ~苦しい、まったく君は…… はははは」
その様子を見ながら少年は舌打ちをした。
「チッやっぱり予想道理の反応かよ。笑いたきゃ笑えよ。でも気が済んだらちゃんと診断してくれよ」
「はは、任せておけよ。私の実力は君がよ~く知っているだろう」
やっと笑いが収まったらしく、女は少年の頭をなでながら微笑んでいる。
「あぁ、伝説の魔導士イリス様のすごさは子ども頃よりよーく知ってるさ」
「そこは『伝説の魔導士イリス』でなく『幼馴染のイリシア』と言うべきところだろ。だから君は四十五にもなって未だに独身なんだろ」
「同い年で同じ境遇のお前に言われてもなぁ~」
「君はヒト族で私はエルフだ。まだまだ結婚適齢期の許容範囲内さ」
「そうかよ」
少年は何を言っても勝ち目はなさそうなのでもう黙ることにした。
「さて、そろそろ何があったのか聞こうか。オッサンが突然小さな子どもになった原因を」
「あぁ。そいつが俺の前に現れたのは昨日の夜で……」
それは彼が畑仕事を終え、そろそろ夕食の準備をしようかと小屋に向かおうとした時だった。
少し先に動くものが見えた。暗くて詳細は分からない。
「まさか人間か?」
ここは人里離れた森の中だ。そんな所に人間が一人でいるなんて迷ったか、モンスターに襲われたか、盗賊に誘拐され逃げ出したか、とにかく普通の状態ではないだろう。
もしただのモンスターなら脅して森に返せばいいだけだ。そう思い急いでそこに向かった。
近づくにつれ詳細が見えてきた。だが正体は分からない。
それは黒い塊だった。シルエットは人のようだが、影がそのまま立っている様だ。
その場で立ち止まり持っていたクワを構える。
影もこちらに気付いたようで顔のような部分が男の方に向いた。一つしかない目が彼を凝視している。
「見ツケタ。主ノ欠片」
突然影の腕が伸びた。五メートルは離れていた二人の距離を伸びた腕が向かってくる。
クワで弾こうとしたが、クワはスルリと腕を通り過ぎた。
「チッ、実体じゃないのか?」
腕が伸びたのでなくそう見えるだけの魔法のたぐいなのか、それとも影そのものに物理が効かないのか、一つわかることはクワでは影に対抗する武器にはならないということだ。
男が左手の手のひらを腕に向けた。
「盾よ、迫りくる脅威を止めよ。マジックシールド」
男と腕の間に透明な壁が現れた。これで腕を止められるとは限らない。男は壁を出すと同時に後ろに飛んだ。
さいわい腕は魔法の壁によって弾かれた。男は持っていたクワを地面に置いて右手に魔力を集中させる。
「空間を越え彼の地との道を繋げよ。ゲート」
右手の前に小さな黒い円が現れる。離れた場所と場所を繋ぐ呪文だ。男はその穴の中に手を突っ込み目的の物を掴んだ。
「頼むぜ相棒」
それは一本の長剣だった。過度な装飾などなく、シンプルな白銀の剣。男が長年使っているモンスターの命を刈る道具だ。
弾かれた腕が再び男を襲う。別の魔法を発動させた事により光の壁はもう消えている。腕を遮るものはすでにない。
男が剣を振り上げる。腕はそれで切断され、地面に落ちる前に消えた。
「さすがミスリス銀で作られた聖剣デーモンスレイヤー。『あらゆる魔を断つ剣』の謳い文句は伊達じゃないな」
余裕な男と反対に影のほうは自分の攻撃が効かぬことに焦ったか男に向け突進した。
「主様、必ズ取リ戻ス」
影の背後から百を超える腕が現れる。
「逃げはしないか……。無駄な殺しはしたくないんだがな」
向かってくるならばしょうがない。男は剣を構え、振り下ろした。
たったそれだけの動きで百もあった腕はすべて消えた。
影が男の目の前、手を伸ばせば届くところで切られ真っ二つに裂ける。
「結局こいつはなんだったんだ?」
いきなり襲われたから対応したが、男はそのモンスターに見覚えはない。森で生活して十年になるが森のモンスターにこんなのはいなかった。
「捕マエタ」
影が笑ったような気がした。影から黒い煙が噴き出し男を包んだ。
「しまっ」
煙はすぐに消えた。その時影のモンスターはもうそこには居なかった。
周囲になんの気配も無い。
「逃げるための煙幕だったのか?」
戦いの緊張を解く。すると手に急激な重みを感じた。剣を持っていられなくなり、たまらず地面に刺した。体が熱い。立っていられなくなり膝をつく。
「毒を盛られたか?」
右手の人差し指を自分の額に当て魔力を込める。
「体の不調を払い健全な状態に戻せ。キュア」
体内の毒や穢れを払う魔法を発動させようとしたが発動しない。
「く……」
男の体から黒い煙があふれ出した。痛みはない。それどころか煙が抜けるにつれ体調がもとに戻っている気がする。
「なんだったんだ?」
完全に煙は抜けきり消えてしまった。
とりあえず剣を抜き家に帰ろうかとする。が、剣が抜けな。
そして気付いた。刀身に映る自身の姿が十代の頃の子供の姿であることに。
「これっていったい……」
こうして男は少年になった。
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