第25話「異世界転生が流行る訳」
多くの兵達が、アツロウと擦れ違う。
皆が正門に向かいながらも、ディッケンとリオンの対決に動揺している。だが、流れに逆らい走るアツロウには、もうわかっている。この国の明日は、若き正当なる領主によって導かれるだろう。
そして、リオンはきっとディッケンの気持ちを
この
「頼んだぜ、少年領主さんよぉ……俺はっ! 国より、世界より……ロリっ
リオンはまだまだ頼りないが、きっと賢王に育つだろう。
そんな少年になら、エリスを
アツロウは城壁沿いに内側を走り抜けて、裏手の小さな門をくぐる。
この混乱の中で、
開けた視界は、一面に広がる寒々しい
そこには、今まさに飛び立たんと翼を広げる男がいた。
「はぁ、はぁ……見付けたぞっ! 魔王ヨネスケ……いやっ、神様気取りの大馬鹿野郎っ!」
アツロウは既に息があがっていた。
吹き付ける寒風の中で、全身が
それでも、息を荒げて叫ぶアツロウへと、目の前の男は振り返った。
それなのに、どこか
ヨネスケはアツロウを見て「へぇ」と感心した様子だが、さして感慨深くもないようで驚きを見せない。
「おやおや、アツロウ。え? マジ? ディッケン、失敗しちゃったの? へぇ」
まるで関心がないようだ。
これが神として振る舞う人間の
アツロウは手にするロンリー・コンクエスターを引きずりながら、ゆっくりと大氷原へ踏み出す。人の侵入を拒む、絶対零度の死の世界……この北方辺境領が貧しい最前線であらねばならぬ、その元凶の一つだ。
身を切るような寒さの中、ゆっくりとアツロウはヨネスケへと歩く。
「お前の演出する全てが、終わりだ。俺が今、終わらせるっ!」
「おっ、いいね! 救世主っぽい! んじゃ……ラストバトルの続き、する?」
「悪いけどな、俺にはここは通過点……どうしてもケリを付けなきゃいけないだけの、ラストバトルでもなんでもない戦いなんだ!」
巨剣を構えて少しよろけ、それでも両脚に力を込めてアツロウは叫ぶ。
「400年、リネッタさんを
徐々に歩調を強めて、そのまま駆け出す。
加速する中で、ロンリー・コンクエスターを振り上げる。
アツロウは最強の武器を振りかざして、体ごとぶつかるように斬りかかった。
「おっとっと、あぶなっ!」
ヨネスケはとぼけた口調で悲鳴をあげながら、
空振りに終わった
急いで食い込む刃を引っこ抜き、再びアツロウは
ヒュン、と刃から真空の波動が飛び出したが、ヨネスケには当たらなかった。
だが、無様に踊るアツロウを嘲笑うように、ヨネスケは余裕の笑みを浮かべたままだった。
「ほらほら、救世主。ガンバだよ? ほれほれ。あっ、
「うっ、うるさいっ! ぜぇ、ぜぇ……ちょ、ちょっとタンマ」
「あ、限界? もうやめる?」
「やめない、けど……ちょっとだけ、タイム」
情けない。
本当に情けない。
こんなことなら、アリューにちゃんと剣を習っておけばよかった。最強の剣があるにもかかわらず、全くその威力を活かすことができないのだ。
悔しさに視界が歪んで滲むが、アツロウはグッと涙を
まだ泣いては駄目だ……自分が泣いてはいけない。
本当に泣きたい人は、400年ずっと戦ってきたのだ。
泣くことさえ自分に許さず、
だが、そんな宿命を背負わせ、
「アツロウさ、リネッタのこと、好きなの?」
「あぁ!? そ、その、いや……俺、ロリコンだから」
「ならいいじゃん。ロリ顔だしロリ声だし、しかもロリボインだよ? 造った奴、天才だって……あ、私かそれは。どう? いわゆる『ぼくのかんがえたさいこうのヒロイン』なんだけど」
「……いや、まあ……最近は、ちょっと……いいかなって、思ったり、思わなかったり」
なにを言っているんだと、自分に
だが、急激な運動の連続で身体が悲鳴を上げていた。
そして、どこかヨネスケの声は
イラッとするのに、今は受け答えする以外にできることがなかった。
加熱して
「私はね、この世界の本当の神様によって召喚された……この世界に転生して、次の神様をやらされてるんだよね」
「それは、前にも、聞いた……だからなんだってんだ、よ」
「私さー、結構しんどい現実から異世界転生してんの。毎日毎日、学校、部活、
身動きできないアツロウは、なるべく会話を引き伸ばしながら体力回復を待つ。
だが、聞くに
確かにアツロウは、以前いた平凡な日常が、そこそこ幸せだった。高度な文明が栄えているのに、
ただ、混沌とした世界の中で、自分の周囲には平穏が満ちていた。
それなのに、ヨネスケにとっては
それでも、アツロウにとっては懐かしい
「ま、そういう訳でね……ストレスフリーな神様を目指したのさ。異世界転生モノはよく読んでたけど、ノー特訓! ノー挫折! イェスハーレム! みたいなのね」
「……それ、なにが楽しいんだ? なあ、ヨネスケ」
「まあまあ、聞いて聞いて。異世界転生ならぬ、
リネッタは、ヨネスケが理想とする要素だけで造られた、この世界のヒロイン……そして、新たな人類の母となる
だが、彼女はそれをよしとしなかった。
リネッタは髪の毛一本までヨネスケに造られた存在だが、その心は彼女だけのものだったのだ。性格や人格を造り込んだのに、ヨネスケはリネッタを自分だけのイヴにできなかったのである。
「……ヨネスケ、お前がリネッタさんを造ったんなら、その性格だってわかってた筈だろ」
「うん、まあ、そうだね。でもさ、同じロリコン同士、ちょっと考えてみてよ」
「お前と一緒にするなっ! ロリコンってのはなあ、ロリコンてのは」
「私はロリロリしいトランジスタグラマーが好き、アツロウはガチのロリっ娘が好き、そこになんの違いもないでしょうよ」
「違うっ!」
そう、違うのだ。
確かにアツロウはロリコン、それも救えないレベルを自覚する真性のロリコンである。
アツロウはそんなロリっ娘を見守りたいのだ。
それ以上を求めたことはないし、望むことを己に
まして、自分にとって都合がいいだけのロリっ娘を造ろうなどと、
「確かにリネッタさんは喋りがババ臭いし、
「最高っしょ? ロリババァ、ロリボイン」
「ちょっと、いいよなあ、なんて思う。けどっ! そんなリネッタさんを支配し、なんでも思い通りにしようなんて……それは、愛がない!」
「……愛?」
「そう、愛……ロリっ娘かどうかにかかわらず、愛がなければ意味がないだろ!」
大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。
そうしてアツロウは、ロンリー・コンクエスターを杖代わりに立ち上がった。
全身の関節が痛むし、今すぐ帰りたい……熱いシャワーを浴びて寝たい。気だるげな身体に疲労物質が充満して、身体が
ふらふらと身構えるアツロウに、ヨネスケは
「愛してやるって言ったのにさ。逃げたんだよ? あれは私に歯向かったんだ」
「愛して、やる?」
「そう。ハーレム要員第一号だしさ、ゆくゆくは……まあでも、ゲームは結構楽しかったけどね。アツロウが現れるまで、本格的にゲームが始まるまで400年かかったけど」
その間ずっと、ヨネスケは見ていた。運命に
それをヨネスケは、ニヤニヤしながらずっと見ていたのである。
「どんな勇者がその剣を……私の造ったロンリー・コンクエスターを抜くかと思ったら、アツロウみたいな最弱系とはね。多分さ、リネッタも沢山召喚したから、術を失敗したのかもなあ。特殊能力がないのも多分そう。最近、ちょっと気持ちが弱って見えたし」
「黙れよ……黙れ、ヨネスケッ!」
「そう怒んないでよ。リネッタ、アツロウにベタ惚れだよ? 毎日アツロウのことばかり考えててさ、なんか笑えるの。うぶな
――
アツロウは脳裏に、バキバキと奥歯を噛み締める音を聴いた。
瞬間、絶叫と共に風になる。
再び怒りに身を焦がして、己さえも焼き尽くすような熱さがアツロウを突き動かした。
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