第25話「異世界転生が流行る訳」

 瓦礫がれきの山となった城内は、大混乱だった。

 多くの兵達が、アツロウと擦れ違う。

 皆が正門に向かいながらも、ディッケンとリオンの対決に動揺している。だが、流れに逆らい走るアツロウには、もうわかっている。この国の明日は、若き正当なる領主によって導かれるだろう。

 そして、リオンはきっとディッケンの気持ちをむだろう。許すかどうかは別の話だが、ディッケンの想いはかされると信じている。

 この北方辺境領ほっぽうへんきょうりょうを、真に豊かにする戦いが始まるのだ。


「頼んだぜ、少年領主さんよぉ……俺はっ! 国より、世界より……ロリっよりも! あの人のために、戦う!」


 リオンはまだまだ頼りないが、きっと賢王に育つだろう。

 そんな少年になら、エリスをたくしてもいい……ひょっとしたら、彼女の父はそれを知っていたのかもしれない。エリスの父ジャレッジは、長らくリネッタと共に冒険し、世界の秘密をあばこうとした勇者だった。アツロウと同じ、この異世界アルアスタに転生した人間……リネッタが召喚した勇者だったのだ。

 アツロウは城壁沿いに内側を走り抜けて、裏手の小さな門をくぐる。

 この混乱の中で、すでに警備の兵はいなかった。

 開けた視界は、一面に広がる寒々しい大氷原だいひょうげん

 そこには、今まさに飛び立たんと翼を広げる男がいた。


「はぁ、はぁ……見付けたぞっ! 魔王ヨネスケ……いやっ、神様気取りの大馬鹿野郎っ!」


 アツロウは既に息があがっていた。

 吹き付ける寒風の中で、全身がただれるように熱い。

 それでも、息を荒げて叫ぶアツロウへと、目の前の男は振り返った。

 仰々ぎょうぎょうしいマントに、背から伸びて広がる蝙蝠こうもりの翼。漆黒の衣を身にまとった、その姿は正しく魔王と呼ぶに相応ふさわしい異様をたたえている。

 それなのに、どこか達観たっかんしたような、諦観ていかんにもにた薄笑いが不気味だった。

 ヨネスケはアツロウを見て「へぇ」と感心した様子だが、さして感慨深くもないようで驚きを見せない。


「おやおや、アツロウ。え? マジ? ディッケン、失敗しちゃったの? へぇ」


 まるで関心がないようだ。

 これが神として振る舞う人間の傲慢ごうまんさ、緩慢かんまんさなのだろうか?

 アツロウは手にするロンリー・コンクエスターを引きずりながら、ゆっくりと大氷原へ踏み出す。人の侵入を拒む、絶対零度の死の世界……この北方辺境領が貧しい最前線であらねばならぬ、その元凶の一つだ。

 身を切るような寒さの中、ゆっくりとアツロウはヨネスケへと歩く。


「お前の演出する全てが、終わりだ。俺が今、終わらせるっ!」

「おっ、いいね! 救世主っぽい! んじゃ……ラストバトルの続き、する?」

「悪いけどな、俺にはここは通過点……どうしてもケリを付けなきゃいけないだけの、ラストバトルでもなんでもない戦いなんだ!」


 巨剣を構えて少しよろけ、それでも両脚に力を込めてアツロウは叫ぶ。


「400年、リネッタさんをもてあそんだむくいを受けろっ! 正義とか勇気だとかじゃない……単純に腹が立つんだよ! なんでも思い通りになると思うな、ヨネスケッ!」


 徐々に歩調を強めて、そのまま駆け出す。

 加速する中で、ロンリー・コンクエスターを振り上げる。

 アツロウは最強の武器を振りかざして、体ごとぶつかるように斬りかかった。


「おっとっと、あぶなっ!」


 ヨネスケはとぼけた口調で悲鳴をあげながら、やなぎのようにゆらゆら揺れて回避した。

 空振りに終わった渾身こんしんの一撃は、凍土をえぐって巨大な爆発音を響かせる。最強の武器であるロンリー・コンクエスターの破壊力は、使うアツロウの技量や体力とは関係がない。唯一使い手として認められたアツロウの、その貧弱な無能力を補って余りある。

 急いで食い込む刃を引っこ抜き、再びアツロウは横薙よこなぎに斬りつける。

 ヒュン、と刃から真空の波動が飛び出したが、ヨネスケには当たらなかった。

 出鱈目でたらめに振り回せば、どんどん周囲の地形が崩壊してゆく。

 だが、無様に踊るアツロウを嘲笑うように、ヨネスケは余裕の笑みを浮かべたままだった。


「ほらほら、救世主。ガンバだよ? ほれほれ。あっ、しい! 惜しいよ今のは」

「うっ、うるさいっ! ぜぇ、ぜぇ……ちょ、ちょっとタンマ」

「あ、限界? もうやめる?」

「やめない、けど……ちょっとだけ、タイム」


 情けない。

 本当に情けない。

 こんなことなら、アリューにちゃんと剣を習っておけばよかった。最強の剣があるにもかかわらず、全くその威力を活かすことができないのだ。

 悔しさに視界が歪んで滲むが、アツロウはグッと涙をこらえた。

 まだ泣いては駄目だ……自分が泣いてはいけない。

 本当に泣きたい人は、400年ずっと戦ってきたのだ。

 泣くことさえ自分に許さず、大罪たいざいと知りながら召喚を重ねた。自ら転生させた勇者達を見守り、時に寄り添いながら、その死をずっと見続けてきた人がいるのだ。

 だが、そんな宿命を背負わせ、宿業しゅくごうの人生をいた男は飄々ひょうひょうとしていた。


「アツロウさ、リネッタのこと、好きなの?」

「あぁ!? そ、その、いや……俺、ロリコンだから」

「ならいいじゃん。ロリ顔だしロリ声だし、しかもロリボインだよ? 造った奴、天才だって……あ、私かそれは。どう? いわゆる『』なんだけど」

「……いや、まあ……最近は、ちょっと……いいかなって、思ったり、思わなかったり」


 なにを言っているんだと、自分にあきれてしまう。

 だが、急激な運動の連続で身体が悲鳴を上げていた。

 そして、どこかヨネスケの声は馴々なれなれしい。

 イラッとするのに、今は受け答えする以外にできることがなかった。

 ひざを突いて崩れ落ちつつ、どうにかヨネスケをにらむ。

 加熱して火照ほてった身体に、氷雪の冷たさが心地よい。


「私はね、この世界の本当の神様によって召喚された……この世界に転生して、次の神様をやらされてるんだよね」

「それは、前にも、聞いた……だからなんだってんだ、よ」

「私さー、結構しんどい現実から異世界転生してんの。毎日毎日、学校、部活、じゅく、習い事……ほんと、ストレスだらけの競争社会だったよん?」


 身動きできないアツロウは、なるべく会話を引き伸ばしながら体力回復を待つ。

 だが、聞くにえない話に苛立いらだちはつのった。

 確かにアツロウは、以前いた平凡な日常が、そこそこ幸せだった。高度な文明が栄えているのに、飢餓きが貧困ひんこん、地域紛争なんかがある世界の出身である。

 ただ、混沌とした世界の中で、自分の周囲には平穏が満ちていた。

 それなのに、ヨネスケにとっては鬱屈うっくつした記憶しかないのだろう。

 それでも、アツロウにとっては懐かしい故郷こきょう忘却ぼうきゃくされつつあるふるさとである。


「ま、そういう訳でね……。異世界転生モノはよく読んでたけど、ノー特訓! ノー挫折! イェスハーレム! みたいなのね」

「……それ、なにが楽しいんだ? なあ、ヨネスケ」

「まあまあ、聞いて聞いて。異世界転生ならぬ、異世界創造いせかいそうぞうを任されて神様になったから……とりあえず、私の人生のヒロインを作ったのさ。で、新世界のアダムとイヴをやろうと思ったんだけど」


 リネッタは、ヨネスケが理想とする要素だけで造られた、この世界のヒロイン……そして、新たな人類の母となるはずだったと言う。

 だが、彼女はそれをよしとしなかった。

 リネッタは髪の毛一本までヨネスケに造られた存在だが、その心は彼女だけのものだったのだ。性格や人格を造り込んだのに、ヨネスケはリネッタを自分だけのイヴにできなかったのである。


「……ヨネスケ、お前がリネッタさんを造ったんなら、その性格だってわかってた筈だろ」

「うん、まあ、そうだね。でもさ、同じロリコン同士、ちょっと考えてみてよ」

「お前と一緒にするなっ! ロリコンってのはなあ、ロリコンてのは」

「私はロリロリしいトランジスタグラマーが好き、アツロウはガチのロリっ娘が好き、そこになんの違いもないでしょうよ」

「違うっ!」


 そう、違うのだ。

 確かにアツロウはロリコン、それも救えないレベルを自覚する真性のロリコンである。たいらな胸が好きだし、幼児体型つるぺたが好きだし、無垢むくで無邪気な愛らしさが好きだ。けがれなき幼女や少女の、まだまだ純真な姿を見ると心がやされる。

 アツロウはそんなロリっ娘を見守りたいのだ。

 それ以上を求めたことはないし、望むことを己にいましめている。

 まして、自分にとって都合がいいだけのロリっ娘を造ろうなどと、言語道断ごんごどうだんだ。


「確かにリネッタさんは喋りがババ臭いし、自堕落じだらくでおっさん臭いし、巨乳だし……ゴニョゴニョに毛が生えてるし」

「最高っしょ? ロリババァ、ロリボイン」

「ちょっと、いいよなあ、なんて思う。けどっ! そんなリネッタさんを支配し、なんでも思い通りにしようなんて……それは、愛がない!」

「……愛?」

「そう、愛……ロリっ娘かどうかにかかわらず、愛がなければ意味がないだろ!」


 大きく息を吸って、ゆっくり吐き出す。

 そうしてアツロウは、ロンリー・コンクエスターを杖代わりに立ち上がった。

 全身の関節が痛むし、今すぐ帰りたい……熱いシャワーを浴びて寝たい。気だるげな身体に疲労物質が充満して、身体がなまりのように重い。そんなあるじ気遣きづかってか、ロンリー・コンクエスターを構えれば既に重さを感じなかった。

 ふらふらと身構えるアツロウに、ヨネスケは溜息ためいきを一つ。


「愛してやるって言ったのにさ。逃げたんだよ? あれは私に歯向かったんだ」

「愛して、やる?」

「そう。ハーレム要員第一号だしさ、ゆくゆくは……まあでも、ゲームは結構楽しかったけどね。アツロウが現れるまで、本格的にゲームが始まるまで400年かかったけど」


 その間ずっと、ヨネスケは見ていた。運命にあらがうリネッタの、その心を見透みすかしていた。ヨネスケにつねに心を読まれてるとも知らず、リネッタは異世界から勇者を転生させ、その戦いに寄り添い、敗北と別れの度に泣いてきた。

 それをヨネスケは、ニヤニヤしながらずっと見ていたのである。


「どんな勇者がその剣を……私の造ったロンリー・コンクエスターを抜くかと思ったら、アツロウみたいな最弱系とはね。多分さ、リネッタも沢山召喚したから、術を失敗したのかもなあ。特殊能力がないのも多分そう。最近、ちょっと気持ちが弱って見えたし」

「黙れよ……黙れ、ヨネスケッ!」

「そう怒んないでよ。リネッタ、アツロウにベタ惚れだよ? 毎日アツロウのことばかり考えててさ、なんか笑えるの。うぶな乙女おとめみたいでさ、超ウケるって感じ」


 ――撃発げきはつ

 アツロウは脳裏に、バキバキと奥歯を噛み締める音を聴いた。

 瞬間、絶叫と共に風になる。

 再び怒りに身を焦がして、己さえも焼き尽くすような熱さがアツロウを突き動かした。

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