第23話「アベンジャー・アツロウ」

 早朝のベイオグラードには、混乱が広がっていた。

 無理もない……長らくこの街を守護し、列強各国のたてとなってきた城塞じょうさいが崩れたのだ。それも、一夜にして。民は皆、通りに出ては瓦礫がれきの山を見てうろたえる。

 堅牢な要塞ようさいを一撃で破壊したアツロウは、そんな人々の中を歩いた。

 真っ直ぐ前だけを見て、大通りを城の跡地へ進む。


「聞けぃ! 我が北方辺境領ほっぽうへんきょうりょうの民よ! 我輩わがはいはディッケン、先代の北方辺境伯ワルターの意思を継ぐ者なり!」


 城門の前には、兵達と共にディッケンの姿があった。

 辺境伯であるリオンが脱出した今、やりたい放題だ。そして、集まった民衆達へと、彼は誘惑的なアジテーションを叫び続ける。


何故なぜ、我等が北方辺境領は貧しいのか! 何故、我々だけが魔王軍の防波堤なのか!」


 群衆の中から「そうだそうだ!」「あんたの言う通りだ!」と声があがる。

 人類の生存圏の最北、北方辺境領は最前線だ。この先の大氷原を超えて、魔王の軍勢は南進を続けている。それを迎え撃つことで、この地は長らく二つの敵と戦ってきた。

 魔王が率いる闇の軍勢と、かさむ戦費からくる貧しさとである。

 これといった産業もなく、周囲は凍てついた荒れ地のみ。そんな立地で、南の国々からは足元を見られる。生まれ育った国を捨てることなど、誰もできないというのに。


「いいぞー、ディッケーン! お、おいっ! 押すなよ、って……うわああっ!」

「なっ、なな、なんだ!? おいボウズ、お前」


 アツロウが歩けば、振り返る市民は自然と道をゆずった。

 当然だ。

 みなぎる怒りを闘志に変えて、北風に被ったボロ布を棚引たなびかせる姿。顔をフードのように隠すボロ布は、擦り切れたマントを拾ったものだ。そして、右手は巨大な両手剣を握っており、その刃はズルズルと引きずられてわだちを作る。

 巨剣ロンリー・コンクエスターがひっかくだけで、大通りに無数のひびが走って亀裂が広がった。

 異様な迫力で歩くアツロウは、ただ前を見て……ディッケンを見て進む。

 高説をうたうディッケンも、目の前の騒がしさが左右に割れるのを見て気付いたようだ。


「今こそ我々は、かつて邪悪な魔王と思い込んでいたこの世界の、アルアスタの真の支配者と手を組み……ん? ほう、あの時の少年か。確か、アツロウといったな」


 アツロウは、積み上げた瓦礫の上に立つディッケンを見上げる。ひっかけていたボロ布を捨て去り、険しい目つきでにらみながら叫んだ。


「ディッケン! 奴は……魔王ヨネスケはどこだ」

「ヨネスケ様はしばし休まれた後、大氷原を超えて宮殿へと戻られる。ふ、ふふ、ふはははははは!」

「なにがおかしい?」


 すぐに周囲の民を追い散らして、兵士達が十重二十重とえはたえ

 だが、アツロウは全く動じない。唯一にして最強の武器、ロンリー・コンクエスターを構えもしなかった。ただ、黙ってディッケンの言葉を待つ。

 恐怖心を抑え込んでいるのは、勇気ではなく怒りだった。

 燃えたぎる憎悪で今、己さえも焼き尽くしてしまいそうに思えるほどだ。


「これは失礼、勇者アツロウ。ヨネスケ様は、単身一人であの大氷原を……人の進むことがかなわぬ極寒地獄ごっかんじごくを行き来できるのだ。これだけでもう、神の奇跡よ!」

「……もし、お前達の言う大氷原が厳しい大自然なら」

「なら? そうなら、その恐ろしき世界を超える力は、人を超越した存在にほかならない」

「違うな……大自然はいつだって、人の手で超えてゆける。その都度つど、人は文明を発展させ、知識と経験をたくわえ共有していくんだ。それより」


 人類の進歩や文明の発展、そんなことはどうでもいい。

 ヨネスケが魔王であると同時に神でも、絶対の存在でも構わない。

 アツロウの目的はただ一つ、今はたった一つしか考えられなかった。


「それより、リネッタさんはどうした? 死んだなんて言わせないっ!」

「ほう? 何故……完全に崩落ほうらくしたこの城を見よ! お前がやったのだ! 大罪たいざい叛逆者はんぎゃくしゃリネッタともども、お前が壊してしまったのだ!」


 遠巻きに見守る市民達から、ざわざわと不穏ふおんな声が連鎖する。

 それでも、アツロウは注がれる視線がとがり出しても、それに刺し貫かれても動じない。


「あの人は、自己犠牲や献身で命を捨てる人じゃない」

「ほう? 400年間、手の中で遊ばせてきたヨネスケ様は言っていたぞ……愚かしい、恋だの愛だのを知って、かの大魔導師は弱くなってしまったと」

「それは弱さじゃない……優しさだ! もともと優し過ぎたから、いつも傷付いてたはずなんだ。それを、俺はっ!」


 ドン! と一歩を踏み出し、両手でロンリー・コンクエスターを振り上げる。

 その切っ先を向けられ、わずかにディッケンがたじろいだ。


「いいか、リネッタさんはなあ! ああ見えてプライベートはだらしないし、性格はオッサン臭いし、ロリっぽいのは顔だけで……本当に仲間思いで、曲がったことが大嫌いで」

「は、はは……だがっ、我輩から見れば魔女よ! 神に歯向かう背徳の魔女!」

「魔性の女、ならわかるけどな。でも、魔女でも聖女でも関係ない……俺はリネッタさんを助けに来た! 俺が救世主ってんなら、救うのはリネッタさんだ!」


 兵士達の包囲がせばまる。

 だが、今のアツロウに躊躇ちゅうちょはない。ロンリー・コンクエスターが強過ぎる力だというならば、自分はそれを振るう暴力の権化になっても構わないのだ。

 ディッケンは表情をピクピクと痙攣けいれんさせながら、背後を振り返って手を挙げる。

 そして、アツロウは目の前に現れた光景に絶句した。


「アツ……ロウ……馬鹿、もの……逃げる、ん、じゃあ……」


 天へと十字架が打ち立てられた。

 そこに、リネッタがはりつけにされている。

 両手首と腰とを、鋼を編み込んだ縄で縛られていた。

 見るも無残なその姿に、アツロウは奥歯を噛み締める。

 同時に、信じていた通りリネッタは生きていた。彼女は常に仲間を優先して守るが、それは自分を捨てるのと同義ではない。いつだって、仲間を家族と思うからこそ……リネッタはギリギリの状況でも生還してきた。

 今回も同じだ。

 彼女は安易に死を選ばないし、自分に死ぬことを許さない女性なのだ。


「魔女は火炙ひあぶりだ! 魔王軍との和平、ヨネスケ様との新たな未来を前に……叛逆者は断罪する! どうだ、小僧……これでは手足が出まいっ!」


 ちらほらと周囲の兵士達に、先日戦った獣人タイプのモンスターが入り交じる。ワーキャットやワーウルフ、ワータイガーといった獣の力を宿す亜人だ。

 徐々に間合いを詰めてくる敵意を一瞥いちべつし、アツロウは乾いたくちびるめた。

 怒り狂う程に憤っているのに、自然と思考はクリアになってゆく。

 昨夜、エリューンを倒した時とはまるで違う。

 あられもない姿とはいえ、リネッタの生存を確認したら落ち着いたのだ。


「……リネッタさんは凄腕の大魔導師だ。それが、こんな姿に……消耗が激しいか、縛るロープがマジックアイテムの可能性がある」

「クククッ! そうとも! 満身創痍まんしんそういだが、念には念を入れてある! 400年の伝説にも、ついにピリオドの時っ!」

「ピリオド? 終わりなんかじゃない……終わらせない。始まってすら、いないっ!」


 そう、ロンリー・コンクエスターを引き抜いた時にヨネスケは言った。

 ゲームの始まりだと。

 そうならば、本当の始まりは今この瞬間……リネッタが探し求めた真の勇者、リネッタだけの救世主として立ち上がる時だった。

 アツロウはロンリー・コンクエスターを振りかざす。

 威力を知るからこそ、兵士達はすくんで悲鳴を上げた。

 逆に、獣人のモンスター達がおどりかかってくる。

 構わずアツロウは、地面へと刃を叩き付ける。


「ひっ、ひいいいいっ! 誰か! 誰か我輩を守れっ! 我輩は、亡き先代の――」

「触れる全てを消し飛ばせっ、ロンリー・コンクエスター! うおおお、燃えろロリコンっ!」


 激震に大地が揺れ、街中に尖った岩盤が無数に屹立きつりつする。石畳いしだたみは津波のようにうねってめくれ上がり、瓦礫の山となった城がさらに崩れ出す。

 街にもかなりの被害が出ている筈だが、今のアツロウには構わなかった。

 唯一、天変地異にも似た状況の中で、アツロウだけがリネッタへと走る。次々と獣人を薙ぎ払い、返り血すら蒸発させる圧倒的なエネルギーの爆発に巻き込んでゆく。


「リネッタさん! 今ロープを……しまった、まずいぞ。こいつで切ったら」

「ワシは、いい……アツロウ、奴を……ヨネスケを!」

「まずはリネッタさんです! 俺にはそれが一番大事なんです!」

「……ダーリン」

「そうですよ、あなたのダーリンですよ俺は! あなたがいてくれなきゃ、ロリっを追いかけるライフワークだって、打倒ヨネスケだって色褪いろあせる。意味がないんだ」


 愛の告白にも等しい、いつわらざる本音の本心だった。

 胸が大きくたって構わないし、毛が生えてても別にいい。

 どうでもいいし、ありのままのリネッタがいいのだ。

 リネッタがいなければ駄目で、彼女と並んで歩き、進みたい。

 アツロウは木材を組み合わせた十字架によじ登って、ロープに手をかける。だが、硬く閉ざされた結び目はほどけず、ただただリネッタの血が滴るだけだ。

 そして、あせるアツロウの背後で殺気が剣を抜く。


「我輩のっ! 先代のっ! 悲願を! 夢を! 何故……どうして壊す! 冒険者風情ふぜいが!」


 鬼の形相でディッケンが飛びかかってくる。

 十字架の上で不安定なアツロウは、慌ててロンリー・コンクエスターを振り上げた。だが、武器を握る右手は疲れて重く、思うように動かない。

 体力や筋力は、やはり人並みかそれ以下だ。

 それでもアツロウは、力任せに振り抜いて攻撃を弾く。

 体勢を崩しながらも、ディッケンは十字架の根本にこらえて取り付いた。


「この国は……この街はぁ! もはや魔王軍と戦ってはならんのだ! 飢える者がいる中で、いたずらに戦いへと国費を投じては、誰も救えん!」

「ならっ、あんたは南の国にそう言って戦えばいい!」

「戦った! 戦ったのだ! 先代のワルター様と共に! だが、そんな我輩達に優しかったのは、ヨネスケ様だけ!」

「誰かにすがるって、そういうことだろ! 少しでも国の自立を考えたことあるのかよ!」

「言うな、小僧ぉ!」


 よじ登ってくるディッケンの、刺突しとつ

 それを切り払った反動で、重いロンリー・コンクエスターが手から離れて落ちていった。


「勝機っ! 我輩の道は、まだ! クハハッ! 武器を落としおったな!」

「そうさ、落とした……。落っことしたんじゃない。地面に……投げたんだ!」


 瞬間、大地に突き刺さるロンリー・コンクエスターから爆風が舞い上がる。

 周囲を薙ぎ払う衝撃波の中、アツロウは身を盾にして磔のリネッタを守った。

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