第18話「終わりの始まりを、終わらせろ」

 アツロウ達が戻ったパーティ会場は、騒然としていた。

 はなやいだ来賓らいひん達は今、怯えた表情で一箇所に集められている。そして、城の兵士達を指揮しているのはディッケンだ。エリスをリオンの花嫁はなよめとして迎えに来た、北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくに仕える男。

 ついに奴が、袈裟けさの下からよろいを出したのだ。

 もっとも、以前からずっと鎧を隠しきれていなかったが。

 だが、警戒していたつもりでも、いざことが起こってしまうと悔しい。


「アリューさん!」

「わーってる! 人質ひとじち取られてる……エリスは? リオンってのと一緒?」

「あそこに!」


 アツロウはすぐに、一般の招待客とは別に拘束されている二人を発見した。怯えた表情のエリスを、リオンが守ろうと背にかばっている。

 まだ若いのに、リオンはちゃんとエリスを守っている。

 ロリっを守る男は信用できる……これはアツロウが短い人生で得た教訓のようなものだ。そして、自分が同じ立場でもそうするだろう。ロリっ娘に限らず、女子供や老人は尊く大切な存在だからだ。

 アツロウ達ノルニルの冒険者へと、ゆっくりディッケンが振り返る。


「これはこれは……泣く子も黙る第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクラン、ノルニルの皆様」

「チッ、やーな感じ! あーし達が来たってことはわかってるね、ディッケン!」

「おやぁ? 大魔導師だいまどうしリネッタがいませんね。どうしたことでしょう……クククッ」


 もともと慇懃無礼いんぎんぶれいな印象だったが、すでにディッケンは自分の本性を隠そうともしない。それは、なにかの魂胆があって悪事に加担し、欲望のままに突き進む男の笑みだ。

 その醜悪に歪んだ表情は、高揚感に彩られて上気していた。

 間違いない、企みあっての行動、そして悲願の成就を思わせる興奮に支配されている。

 そんな彼へと、仲間達を手で制してアリューが叫んだ。


「リネッタの姐御あねごは今、忙しーし! あんたなんか、あーし等で十分だし!」

「ほう? 次期リーダーとうわさされる、確か……そう、アリューでしたね。神速の剣を自慢にしてるとか」

「試してみる? あんたが剣を抜くまでに、あーしはあんたを三回は殺せる」


 誇張こちょうに聞こえないのが、アリューの怖いところだ。

 二人が場の空気を険悪に濁らせてゆく中、アツロウは周囲に視線を配る。

 エリスはリオンと一緒に、複数の男達に囲まれている。リオンの表情を見れば、寝耳に水の不意打ちだったことは明らかだ。つまり、現時点ではリオンには他意はなかったと思った方がいい。

 精神衛生上、そこはとりあえず信頼しておいた方が、自分達のためでもある。

 洞察力を総動員するアツロウは、ふと妙なことに気付いた。


「ん……なんだ? みんな、外を気にしてる。外になにかあるのか?」


 一箇所に集められた紳士淑女しんししゅくじょは、兵士達に囲まれ落ち着かない様子だ。それでも、誰もが悲観といきどおりを口にしながら……不思議とチラチラ外を見ようとしている。

 誰もが窓の外、開け放たれたバルコニーの向こうを気にしていた。

 そのことが妙に気になった、その時だった。

 不意に外で稲妻いなずまとどろく。

 それも、凄く近い落雷の音だ。

 まばゆい光がパーティ会場を照らし、轟音に悲鳴が連鎖した。

 そして、ディッケンの笑みがさらなる醜悪さを増してゆく。


「ほほう、派手にやってるようですな……流石さすがの大魔導師リネッタも、分が悪いと見える」

「なっ……姐御は、リネッタの姐御はどこっ! 外!? なにがあったし……」

「なに、というところですよ」


 今度は爆発音。

 爆縮する炎の巨大な熱量が、暴風となって吹き込んでくる。

 閉まっている窓は全て割れ、会場を照らすシャンデリアの蝋燭が消し飛んだ。薄闇の中で、時折外が光って周囲を照らす。

 パーティ会場は今、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌しようとしていた。

 やはり、外にリネッタがいる。

 そして戦っている。

 この光は、彼女の魔法の力だ。


「でも、誰と? なにと戦ったら、こんなにも……苦戦してるんじゃないのか!? リネッタさんっ!」


 アツロウはれた。

 今までずっと、リネッタは無敵の大魔導師だった。どんな相手にも臆せず、決しておごらなかった。そして、己が強者たるを知るからこそ、敵にも敗者にも寛容かんようだった。

 勿論もちろん、非道を改めぬ者へは容赦はしない。

 だが、問答無用で力を振るう彼女を、アツロウは見たことがなかった。

 そして、いつも颯爽さっそうとしていて、華麗に魔法で敵を粉砕する。

 世に魔法を使う者達は多く、転生してきた勇者などは強力な術を使う。しかし、リネッタ程の魔力、その量と質、速度と精度を持って振るえる人間など存在しない。

 ――はずだった。


「クククッ! さて……ノルニルの冒険者達よ、そこで見ておれ。でなくば、エリスじょうは勿論、リオン様も……リオンの小僧も最後の北方辺境伯として命を落とすことになる!」

「あったまきたし! リーゼ、ミラン! みんなをお願い! アツロウは――」


 ヒュン、とアリューが細剣レイピアを抜いた。

 他の仲間達も臨戦態勢を取る。

 実力行使は不可避に見えたが、アツロウは外がやはり気になる。そして、相手は城の兵士達……その数は、10人や20人ではない。そして、先程のロリっ娘メイド改めワーキャット達も気になる。

 獣人とはいえモンスターが城内にいるのだ。

 兵士達の他に、まだ見ぬ強敵がひかえている可能性がある。


「……こーゆー時、さ。リネッタの姐御がいてくれたら」


 仲間だけに聴こえる声で、小さくアリューが弱気を呟く。

 しかし、リーゼとミランが即座にその弱腰を否定した。


ねえさんなら、自分がいない時のことだって考えてる。だから、アリューがここにいる」

「そうですぅ! アリューさんならきっと、僕達をちゃんとみちびいてくれますっ!」


 不安げに振り向くアリューに、アツロウも大きくうなずいてやる。

 それでアリューも、普段の強気な笑みを取り戻した。

 同時に、アツロウは小さく叫んで飛び出す。


「俺はエリスちゃんとリオン君を! こいつなら……ロンリー・コンクエスターなら、一人の方がかえって有利!」

「おいっ、アツロウ! ……二人に当てるなよー? そっち、任せた!」


 アリュー達はディッケンへと一気に詰め寄る。

 だが、よく訓練された兵士の動きは迅速だった。組織だった行動に慣れており、その鉄壁の守りがディッケンを守る。

 それでもアツロウは信じている。

 アリュー達は、ノルニルの仲間はみんな、何度も死線をくぐり抜けてきた。

 あのリネッタが育てて、信頼している者達である。


「で、あればっ! 俺がやることは、一つっ!」


 エリスとリオンの周囲にも、兵隊達が集まって防護の壁を作る。

 守るべき少年少女に、傷一つつけてはいけない。先程言った通り、ロリっ娘は絶対に守らなければいけない。であれば、自分以外の全てを攻撃する巨剣ロンリー・コンクエスターは不自由だ。

 不便だが、なにもできない訳じゃない。

 そして、やってやるという気概きがいだけは確かだ。


「うおおっ、不肖ふしょうアツロウ、ロリコン歴16年っ! ロンリー・コンクエスター、お前も略してロリコンなら……俺の熱いロリコンに応えろぉぉぉぉ!」


 ロリだましいと書いてロリコンと呼ばせる、このこじらせ具合。

 背の巨大な剣をアツロウは、さやに覆われたまま両手で構える。

 伝説の剣の噂はもう、兵士達に届いているのだろう。アツロウが抜刀する気配を見せないので、彼等の安堵感が非道な仕打ちに勇気を与える。

 それを蛮勇ばんゆう以下の行為だと、思い知らせたい。

 兵士達に罪はないとしても、少しおとなしくしてもらう必要があった。

 大振りな一撃を力任せに振るえば、剣の重さに身体が持っていかれそうになる。

 そして、素人しろうと丸出しの薙ぎ払いがあっさりと兵士の剣にガードされた。


「ヘヘッ、伝説の剣? 抜かなきゃなあ! 抜けなきゃ、怖かねえぜ!」

「抜けないんじゃない……! 少ししか、抜かない!」


 鞘を相手が手で握った。

 その瞬間、そっとアツロウは握るロンリー・コンクエスターを少し引く。

 また、僅かな隙間に眩く輝く刀身があらわになった。

 ぼんやりと光るその刃を、ほんの数センチだけ空気にさらして……そして、。その瞬間、伝説の剣は対となる鞘の中で爆発的な力を生み出した。

 あっという間に、鞘を握っていた兵士が吹き飛ばされる。

 しかも、背後に控えていた完全武装の兵士達数人を巻き込んで。


「どうだ……見たか、俺のありったけの手加減てかげんを! だが、これ以上やるなら……ッ!」


 アツロウはわざと仰々ぎょうぎょうしい構えで、再びチラリとロンリー・コンクエスターをちょっと抜く。その姿に、見るからに奇妙な構えに兵士は動揺した。

 

 とりあえず抜けばなんとかなる。

 問題は、その威力を制御し、範囲を絞ることだ。

 ひらめいたままに上手くいったが、アツロウは「狙ってやってるんだぜ」というドヤ顔を忘れない。

 エリスがリオンの背後から叫んだのは、そんな時だった。


「アツロウ様っ! 後ろですわ!」


 振り向くとそこには、回り込んだ巨漢きょかんの男が剣を振り上げていた。ロンリー・コンクエスター程ではないにしろ、両手で掲げられた刃は重々しく巨大だ。

 だが、完全にアツロウを不意打ちに捉えた大男は……突然、シュボン! と発火して身悶みもだえ苦しむ。全身と呼吸をかれてのたうち回る男は、すぐに火が消えても悲鳴をあげて転げ回った。

 そして……窓の外からリネッタが現れた。

 彼女は周囲を一瞥し、無事なアツロウに弱々しく微笑ほほえむと……その場に倒れてしまった。自分が助けられた、そして自分を助けたことでもしや? そう思うと、アツロウはロンリー・コンクエスターの重さも忘れてリネッタに駆け寄るのだった。

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