第17話「激突!ロリメイド地獄!」

 リネッタは事前に、アツロウが狙われることを察していた。

 アツロウの持つロンリー・コンクエスターこそが、狙われると知っていたのだ。恐るべき力を秘めた巨剣きょけんは、アツロウに鞘から抜かれるまで眠っていた。それが目覚めた今、謎の敵が伝説の最強剣を奪わんと暗躍あんやくしているのだった。

 まるで物語の主人公だと、アツロウは苦笑するしかない。


「で、なんでみんなで俺の部屋に集まってるんですか。それより、リネッタさんを!」


 リネッタが謎の女エリューンと行ってしまった。

 だが、ノルニルの仲間達が集まったのはアツロウに与えられた客室だった。北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくの城だけあって、室内は上質のあつらえだ。調度品も高いものばかりで、アツロウのようなド庶民には落ち着かない部屋でもある。 

 集まったアリューとリーゼ、そしてミランの表情は硬い。

 まるで皆、母を見失った迷子のようだ。

 しかし、アリューは一度だけ深呼吸すると、行動を開始する。


「リーゼ、あれ出して」

「うい」


 突然、アリューに言われてリーゼがベッドの下へとかがんだ。

 何故なぜかは知らないが、アツロウは自分に断罪の時が訪れたような気がして、心当たりもないのに慌ててしまう。

 何故なら、アツロウは健全な十代の男子で、ベッドの下には当然――


「ちょ、ちょっとリーゼさん! なにを……あ、あれ? それ」

「ほい、ロンリー・コンクエスター。……なに? えっちな本でも隠してた?」

「今日、ここに来たばかりですから!」

「まだなんだねえ」

「い、いや、持ってきてないですから! そういうの!」

「じゃあやっぱ、住んでる部屋のベッドの下かあ」

「……ぎゃふん」


 出てきたのはえっちな本……ではなく、ロンリー・コンクエスターである。

 驚いたことに、アツロウが知らぬ間にリネッタはこの場所に隠していたのだ。まさに、灯台下暗とうだいもとくらしである。

 アツロウのために隠し、そのことをアツロウのために秘密にした。

 そして、謎の根源である最強の武器は、アツロウの近くにあったのだ。

 それを再度自分へと言い聞かせ、重いロンリー・コンクエスターを背負う。

 アリューはそれを確認してから、全員を見渡し静かに話し出した。


「これからまず、パーティ会場に戻る。エリスと、可能なら北方辺境伯リオンも保護する。混乱すっと思うけど、リオンからは事情も聞きたいし」


 アリューは落ち着いていた。

 リネッタの不在で、一番取り乱しそうな少女だと思っていたのに。

 きっと、リネッタに今後は血盟クランを任されると知って、彼女なりに自分を奮い立たせているのだ。だったら、アツロウと仲間達のすることは一つだ。

 今はアリューを信じて従い、一緒にリネッタを救い出す。

 その背後に潜む陰謀があるなら、エリス達を守らなければいけなかった。


「やりましょう、アリューさん!」

「アツロウ、あんたにも手伝ってもらうけど……一つだけ、いい?」

「は、はい」

「その剣……

「……へ?」


 うんうんと腕組みリーゼがうなずく。

 ミランも納得のようで、彼女が……彼女にしか見えない彼が、丁寧に説明してくれた。


「その剣は強過ぎるんです、アツロウさん。恐らく、下手に使えばこのお城が崩れちゃいますね。屋内おくないの戦闘になるでしょうし、その時は僕の後ろに」

「で、でも」

「リネッタさんも同じこと、言うと思いますぅ」


 その名を出されちゃかなわない。

 そして、アツロウも納得するしかなかった。

 あらゆる転生勇者が抜けなかった、伝説の巨剣……ロンリー・コンクエスター。その力は、素人しろうとのアツロウが使っても恐るべき威力を発揮する。そして、アツロウが素人ゆえにその力を制御しきれない。

 叩き付けただけで、大地はひび割れ岩盤は崩れて隆起する。

 モンスターへ振るえば、チーズを切るような手応え……そして敵は爆散する。

 取って付けたような埒外らちがいの威力は、正しく伝説の剣にふさわしい。


「わかりました。でも、それじゃあ俺はなにを」

「あんたはさ、文字が読めるし数字にも強いじゃん? ……あーしは、読み書きはちょっと。でっ、できない訳じゃないけどね! 全然じゃないし!」

「ア、ハイ」

「場合によっちゃあ、リネッタの姐御あねご抜きで何かしらの折衝せっしょうをする必要、あるかもだし。そういう時……あーしを支えてよ。みっ、みんなのために。そ、そゆこと!」


 少しほおを赤らめ、アリューは武具を確認してから部屋を出る。リーゼもミランも、普段から冒険の時に身につける装備で完全武装していた。

 昼間の疲れも見せずに、危機に即しては臨機応変……やはり、アリュー達は第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルのエクストラメンバーに相応ふさわしい冒険者だった。


「さ、いくよっ! あーしが先頭に立つから、周囲を警戒して。城の兵隊にも気をつけて……誰が敵で誰が味方か、慎重にならなきゃだし」

「あっ、ちょっと待ってください! アリューさん、彼女達から少し情報を」


 アツロウの部屋を出た一同は、廊下の向こうにメイド達を発見する。

 都合がいいことに、エリスの世話をするためにいる少女達である。エプロンドレスのロリっ達に、自然とアツロウはゆるみかけるほおを引き締めた。

 彼女達を守るためにも、なにが起こっているのかを知る必要がある。

 先程エリューンをメイド長と呼んでいたので、普段の彼女のことを聞けるかもしれない。そう思って近付いたアツロウの不用意さを、すぐに背後でアリューが引き止める。


「こらっ、勝手に動くなし!」

「大丈夫ですよ、彼女達とはさっき仲良くなりましたから」

「ゲッ、マジ!? ……やっぱ、ああいうのがいんだ……うう、ロリコン! 死ね!」

ひどっ! 本当のことを言われると傷付きますって。さて、おーい! かわいい子猫ちゃん達! ちょっと聞きたいんだけど――」


 その時だった。

 こちらへ振り向いたロリメイドが、目を見開く。

 そして、発せられる声が棘となってアツロウを串刺しにした。


「あらあら、まあまあ……アツロウ様、見つけましたわ」

「やっぱりお部屋に戻られてましたのね」

「そして、見つけましたわ……ロンリー・コンクエスター」

「そんなところに隠してるなんて、いけない人……ふふふ」


 先程の純真な笑顔は、そこにはなかった。

 少女達は、あどけない童顔をみにくゆがめる。そこには、獲物を見付けた肉食獣のような笑みが浮かんでいた。

 耐えられない、見たくない。

 かわいいロリっ娘がしてはいけない表情に、アツロウはドン引きしてしまう。

 しかも、命の危機まで感じて脚を止めた。


「えっと……あの、子猫ちゃん達……?」

「うふふ、そうですよ? アツロウ様のかわいい子猫ちゃんです、私達」

「そう、アツロウ様とたわむあそぶの……アツロウ様で、その身体と血で楽しむの!」


 あっという間にメイドの矮躯わいくが膨れ上がった。

 数は三人、その全員が内側から盛り上がる筋肉でメイド服を散らす。そこには、全身を剛毛で覆った獣人のモンスターが現れていた。

 猫人間、いわゆるワーキャットである。

 辛うじて人の面影おもかげを残す顔には、猫目の瞳が充血に見開かれていた。


「うおおっ! ロリっ娘メイドが! になってしまったああああ!」

「アツロウ、邪魔っ! 下がって!」


 すぐに仲間達が応戦体制に入る。

 咄嗟とっさに飛び出したリーゼが、全身に着込んだ鎧の装甲でアツロウを守ってくれた。

 その鉄壁の守りがなければ、今頃アツロウの首は切り落とされていただろう。

 リーゼのかざした盾に、真横一文字に爪での斬撃が傷を作る。


「アツロウ、下がって……目、覚めた? ロリコンには、いい薬」

「くっ、あんなに可愛かったロリっ娘達が」

「現実、見ようね。さて……ねえさんを助けるためにも、邪魔者は、排除」


 屋内での戦闘が始まった。

 リーゼの槍さばきは、廊下の狭さを全く感じさせない。普段のように薙ぎ払う大ぶりを避け、素早い突きを繰り出してワーキャット達の爪を封じる。ミランの法術が神の加護を皆に授ければ、アリューが突出して細剣レイピアしならせた。

 だが、次々とロリメイドが現れ、その愛らしい姿を捨てて咆える。

 アツロウには見ていられない光景だが、仲間のためにできることがないのが一番堪えた。会計を任されたりとノルニルでは大事な仕事をしているが、戦力的にはノービスメンバーなのがアツロウだ。


「ロンリー・コンクエスターなら一発だけど、この場所ごと破壊してしまう……どうしたら? いや……こうしてみるか!」


 不意にアツロウは、背のロンリー・コンクエスターを降ろした。

 そして、さやを吊るすベルトを手に、つかを握る。

 肩越しに振り返るアリューが、すぐに止めるよう叫んだ。


「アツロウ、あほっ! 駄目つったし!」

「使い方ですよ、アリューさんっ!」

「加減もできないくせに! 剣術素人が危ないっしょ!」

「剣を振るえば、確かに危険……でもっ、これでなにかが起こるはず! せてくださいっ!」


 アツロウはロンリー・コンクエスターを抜く。

 鯉口三寸こいくちさんずんわずかに刀身を覗かせる。鋭い刃を思わせる輝きがあらわになって、そして……アツロウはそのまま、

 チン! と鍔鳴つばなりの音が響いたその瞬間……伝説の神器は、その力の何千分の一かを解放する。ロンリー・コンクエスターを中心に、衝撃波が同心円状に広がった。


「ニャニャッ!?」

「ひっ! イタタ……こんなの聞いてないですぅ」

「そんなチャチな技で! これだけの威力!」


 ワーキャット達は皆、見えない風に包まれ吹き飛ばされた。長大な刀身の、その鍔の高さを薙ぎ払う風圧。ロンリー・コンクエスターが望外な力を秘めていることは知っていたが、ただ抜いて戻すだけでもこの威力である。

 そして、伏せていた仲間達は立ち上がるや、混乱するワーキャットを次々と無力化する。鮮やかな手並みで、あっという間にワーキャット達は敗走して消えた。

 廊下を染める血を乗り越え、アツロウは急いでパーティ会場へと走るのだった。

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