第16話「パーティ・ナイト」

 その夜は、盛大なうたげが開かれた。

 魔王の軍勢を氷河の向こうへとにらむ、北の大地に訪れた祝祭であった。

 城下町も賑わう中、晴れてエリスは正式に北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくリオンにとついだ。庶民から見れば、自分達の若き領主が花嫁を迎えたのである。

 大勢の賓客ひんかくを招いたパーティの片隅で、アツロウはまだ不安を抱えていた。

 不安ではあったが、同時に多幸感に包まれ浮かれてもいた。


「まあ、ではアツロウ様は、その、伝説の剣? それをさやから抜かれたんですね」

「素敵ですわ。このアルアスタには大勢の勇者様がいらしてますけど」

「ええ、ええ。アツロウ様みたいな真面目な方、初めてですっ」


 エリスをこれから世話することになった、十歳前後の少女メイド達。その幼くあどけない瞳で囲まれ、アツロウは得意げに武勇伝を語っているところだった。

 夢にまで見た、ロリっハーレムである。

 アツロウはロリっ娘をうやまい、とうとい存在としてあがめてきた。だが、逆にロリっ娘から慕われることなどあった試しがない。だが、例え無関心を決め込まれても、美しいロリっ娘は遠くから愛でて見守り、時には命をかけて守らなければいけない。

 ロリコンなれば紳士たれ、を貫いてきたアツロウにとって、至福の時だった。


「いやぁ、俺もずっと最弱無能を貫いてきましたからね……でも、それは全て、あの剣を抜くために過ごした雌伏しふくの時だったんだよなあ」


 幸せの絶頂、だけにね!

 心の中で突っ込みつつ、デレデレとアツロウはだらしなく笑う。無邪気なメイド達は、次々と料理や飲物を運んでくれた。パーティは大人の社交場と化しており、誰もアツロウと少女達のたわむれなどに関心は持っていないようだった。

 だが、顔をゆるみっぱなしにしながらもアツロウは仕事をしている。

 パーティ会場の各地に散った仲間達と、エリスを見守っているのだ。

 そのエリスは、リオンと共に多くの貴族や地元の名士達に挨拶して回っている。

 今の所、危険はなさそうだ。


「な、なあ。ええと……ゴホン! 子猫ちゃん達……よかったら教えてくれないかな。新しい北方辺境伯、リオン様のことについて。なんでもいいな、話して欲しい」

「まあ、子猫ちゃんですって……ふふ、アツロウ様ったら」

「きゃっ、うれしい! アツロウ様、わたくし達が子猫なら……ねーっ?」

「ふふふ、そうですわ。今夜にも忍び込んで、いたずらしますわよ? 夜は猫の時間ですもの」


 夢見心地ゆめみごこち、ここに極まれり。

 なんてかわいいロリっ娘達だ。しかも皆、メイド服である。

 大勢のロリっ娘が、全員アツロウに身を寄せ話を強請ねだってくるのだ。

 そんな中でも、仕事を忘れない自分をアツロウは偉いと思った。そして、エロいとも。下心丸出しだが、これは実益を兼ねた趣味、一石二鳥いっせきにちょうなんだと自分に言い聞かせた。


「リオン様は、前の北方辺境伯、ワルター様の御嫡男ごちゃくなんです」

「ずっと長い間、ワルター様は家族を持ちませんでしたので……親しい貴族のツテを頼って、養子に迎えたのですわ」

「血は繋がらずとも、気品と風格を感じます。さぞかし名のある高家にお生まれなんでしょうね」

「わたくし達下々しもじもの者にも、とてもお優しいです。このベイオグラードの未来は安泰あんたいだと、民も喜んでおりますわ」


 なるほどリオンは、取って付けたような好人物らしい。

 しかし、非の打ち所がないのがかえって怪しいとも思えた。

 だが、ここから見やるリオンは、エリスを気遣きづかいながらも、子供とは思えぬ作法で毅然としている。あの若さで、周囲をたばかってるようにはとても見えない。


「リネッタさんなら、なんて言うかな」


 そういえば先程から、少し姿が見えない。

 この場でエリスの警護を密かに続けているのは、陣頭指揮を取るアリューと、その補佐に徹しているリーゼとミラン。そして、半ば戦力外なのだが頭数に入れてもらってるアツロウだけである。

 普段からベタベタしてくる、のじゃのじゃうるさい年上の女性。自らをアツロウの恋人、彼女だとうそぶくリネッタを、自然とホールの中に探してしまう。

 視線を彷徨さまよわせていると、不意に来賓らいひん達が騒がしくなった。


「おお! なんと美しい……あの方がもしや、うわさに聞いた」

「そう、エリス嬢を護衛して、峠を超えて街道を旅してきた大魔導師」

第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルを統べるハイエルフ……リネッタとはあの方か」

「これはいかん! ダンスのお相手にお誘いしなければ」

「いいや、待て! 私が先だ!」


 紳士淑女しんししゅくじょが歓談する中を、ひときわ綺羅きらびやかな少女が歩いてくる。

 普段なら、少女を通り越して幼女に見えるだろう。そのたわわ過ぎる胸や豊かなヒップラインがなければ、外見は幼女そのものだ。

 だが、ドレスで着飾ったリネッタはとても美しく、ロリコンのアツロウでも呼吸を奪われる。


「嘘、だろ……あれが、リネッタさん……はっ!? い、いや、別に! 違う、あれはロリであってロリじゃない。しかも、化粧けしょうまでして! 胸の谷間を強調したドレスなんて!」


 普段からリネッタは落ち着いた服装を好んだし、化粧も最低限のナチュラルメイクである。もっとも、そこは400歳……お肌の曲がり角がどうとか、鏡台の前で忙しく自分を手入れする背中をいつもアツロウは見ていた。

 趣味ではない、絶対にノゥ! な女性、リネッタ……彼女は気付けばいつも、アツロウの側にいてくれた。母のように、姉のように、そして当然恋人であるようにと。


「まあ、綺麗……アツロウ様、あの方が大魔導師リネッタ様ですわね」

「素敵ね……見て、白い肌に赤いドレスがとてもお似合いよ」

「ええ、まるで鮮血のよう」

「あらあら、いけないわ。鮮血はもっと暗くて黒くて、深い傷からあふれるものよ」


 ロリメイド達は、なかなかに過激な表現力を持っている。

 だが、見惚みとれていた自分を忘れさせるようにアツロウが首を横に振ると、ロリメイドの一人が上目遣いに尋ねてきた。


「ねえ、アツロウ様。アツロウ様は……リネッタ様とはどんなご関係なんですか?」

「えっ!? あ、いやぁ……同じ血盟クランの仲間で、一緒に冒険したりクエストを片付けたり」

「男と女、ではないのですか? つがいではないのかと、気になって」

「つ、番って……た、ただの仲間ですよ。俺の保護者みたいなもんなんです」


 そう、旅の仲間……冒険者という仕事の同僚である。

 だが、リネッタが助けてくれなければアツロウは、異世界アルアスタで野たれ死んでいたかもしれない。この身一つで転生させられた時、アツロウをすぐに保護してくれたのがリネッタだ。

 そして、彼女が背負う宿命や使命と、アツロウの存在は無関係ではない。

 しかし、そのことをリネッタはなかなか話してくれないのだ。

 ただ、日々の事務仕事などで働いて恩を返してる身としては、彼女の無条件な愛情がこそばゆく、時に鬱陶うっとうしく、どうしても嫌いになない。最高のロリ顔なのに、婆臭ばばくさい喋りとトランジスタグラマーなボン、キュッ、ボン……ロリであってロリではない、それは本来アツロウの琴線きんせんに触れないはずなのだ。


「あら、そうだったんですか。じゃあ、アツロウ様は……今、特定のめすがいないんですね」

「ちょ、ちょっと、雌って……メイドちゃん?」

「ふふ、ごめんなさい。だって、アツロウ様が子猫ちゃんなんて言うから」

「そうですよ、アツロウ様。わたくし達、全員が等しくチャンスだと思ってますの……甘えてのどを鳴らしますわ。ごろごろにゃーん、って」


 嗚呼ああ、夢みたいだ。

 夢なら覚めないで。

 だが、その時背後でパンパンと手を叩く音が響いた。


「ほらほら、子猫ちゃん達? お行儀よく働かないメイドは、アツロウ様にしかられますよ? さ、仕事に戻って頂戴ちょうだい


 そこには、メイド服を着たエリューンが立っていた。彼女の上品な笑みに、ロリメイド達は「すみません、メイドちょう!」と、慌てて仕事に戻ってゆく。

 アツロウは働き者の背中を見送りながら、入れ替わるようにやってくるエリューンに警戒心を逆立てた。


「あの……とうげで会いましたよね? 俺達がグリフォンやヒポグリフで戦ってる時です」

「ええ。それと、昨日の夜もね? ふふ、ディッケンは小物だわ。でも、彼には彼の理想があり、願望がある。誰だってそうでしょ? ふふふ」


 リネッタとは真逆の色香いろかに、思わずアツロウはゴクリと喉が鳴った。これは、アツロウのロリコン趣味や性癖、そして好みといったものをすり抜けて感じる色気である。健全な十代の男子としての本能が、絶世ぜっせいの美女を前に反応しているのだった。

 それでも、アツロウは絞り出すように声を震わせる。


「ロンリー・コンクエスターなら、リネッタさんに預けてありますよ。俺のためにも、隠し場所は知らない方がいいって言ってくれました」

「そう……じゃあ、夜通し痛みと快楽で拷問ごうもんしても、口を割らない。吐くべき真実を最初から知らないということね」

「そ、そういうことです」


 まるでへびにらまれたかえるだ。

 伸ばした髪と同じ、真っ赤な瞳に魅入みいられているかのよう。

 だが、そんなアツロウの萎縮した硬直状態を、いつもの声が助けてくれた。


「エリューン、ワシのダーリンに手を出さんでくれるかのう? ……やはりエリューンじゃ、間違いない」


 そこには、多くの殿方とのがたの視線を集めるリネッタが歩み出ていた。

 彼女はアツロウの隣まで来ると、少し背伸びをして腕に抱き着いた。二の腕が胸の谷間に埋まって、やわらかさと温かさが伝わってくる。

 アツロウには拷問だ。

 ロリコンには、巨乳などただの脂肪のかたまりに過ぎない。すらりと平らな、絶壁ツルペタに限りなく近い体型こそが理想なのだ。

 だが、リネッタのおかげで気圧され飲み込まれていた自分を取り戻したのも事実だ。


「リネッタ様、わたくしは当家でメイド長を務めております者で、決してそのような――」

下手へた芝居しばいじゃなあ、エリューン。メイドに扮していながら顔も髪も変えぬのは、ワシとの接触を考えていたからじゃろう? ……二人だけで話す必要があるようじゃな」


 そっとリネッタが、アツロウの腕を手放した。

 その時、かすかな不安に思わずアツロウはなにかを言いかける。だが、肩越しに振り返るリネッタは「大丈夫じゃよ、ダーリン」と、いつもの優しい笑みを向けてくれた。

 そうしてリネッタは、エリューンと共にパーティ会場を辞する。

 その背中を思わず見送ってしまったアツロウは、あわててアリューとリーゼの元へ走るのだった。

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