第15話「北の地での再会」

 残りの旅路たびじを一言で言えば、安全そのものだった。

 何度かモンスターに襲われたが、アツロウ達ノルニルの出る幕ではなかった。北方辺境領ほっぽうへんきょうりょうから来た屈強な戦士達が、あっという間にモンスターを倒してくれたのだ。

 ディッケンの采配も冴え渡り、彼が指揮官として有能であることもわかった。

 そのことでアツロウは、ますます警戒心を胸のうちに高めてゆく。

 そうしているうちに、日が暮れる頃には北方辺境領に到着していた。


「ここが北の果ての都、ベイオグラードかあ」


 城壁の内側へと入ると、石造りの家々が並ぶ都市が広がっていた。賑わいもかなりのもので、とても最果ての街とは思えない。

 この異世界アルアスタはそれほど広い大陸ではなく、人類の生存権は限られていた。このベイオグラードより北は、白い死が年中満ちた大氷原……そして、その向こうにあるのが、魔王の居城である。いわばベイオグラードは人類の最前線でもあるのだ。

 街の最奥まで少し歩くと、領主の屋敷らしき建物が見えてくる。


「相変わらずものものしいのう。最後に見た時からまた、城塞部分を増築しおったか」


 エリスと共に歩くリネッタは、この街は初めてではないらしい。

 彼女の言う通り、威圧感を放つ灰色の要塞がそびえ立っていた。

 門のところには、すでに使いの人間から到着を聞いた者達が集まっている。どうやら出迎えてくれるらしいが、いよいよアツロウは緊張感に身を固くした。

 ここは敵地かもしれないし、ここでは全員が敵に回るかもしれない。

 ディッケンは、謎の女エリューンと裏で結託しているのだから。

 そんなことを考えるていると、出迎えの人だかりの中から小さな影が飛び出した。


「エリスさんっ! ああ、到着をお待ちしてました。無事でよかった」


 身なりのいい子供が、走ってくる。

 まるで海が割れるように、エリスとリネッタを囲んでいた男達は左右に控えた。そのまま片膝を突いて臣下の礼を取るので、アツロウにもすぐに理解できた。

 この子が、新しい北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくリオンだろう。

 エリスとそう歳も変わらないように見えるから、12か13くらいか。ややサイズの大きい服を着せられていることから、アツロウの洞察力は瞬時に多くの情報を掴み取った。恐らく代替わりは急いで行われ、しかも急な話だったのだろう。そして、このリオンという少年自身はもしかしたら、言いなりの傀儡かいらいなのかもしれない。

 息せき切って駆け寄ったリオンに、エリスはスカートを両手で摘んで慇懃いんぎんに挨拶を述べる。


「北方辺境伯、リオン様。お出迎え、いたみいりますわ。わたくしはジャレッジの子、エリスですの。これよりリオン様をお支えして、この北国の一員としてご一緒させていただきますわ」

「遠いところをよくぞ……僕がリオンです。うんうん、固い挨拶は抜きにしよう、エリスさん。僕も先日家を継いだばかりで、なにより子供だ。婚礼も急いではいないし、どうかここを我が家、故郷ふるさとと思って過ごして欲しい」


 にこやかなリオンの笑顔には、嘘も偽りも感じられない。

 アツロウの中で心配事の一つが消えてゆくのを感じた。

 エリスが嫁ぐ先で、相手がどんな人間かが一番気になっていたのだ。アルアスタはずっと昔から、中世の地球を思わせるような封建社会だ。娘の未来を親が決めることは、当たり前である以上に美徳とされている面もあった。

 そういった意味では、ジャレッジの娘への最期さいごの義務は果たされたと見るべきだろう。

 ほっとしてりと、隣で長身の甲冑姿が舌なめずりをしていた。


「ショタい……ショタみを感じる。フフ、フフフフフ!」

「ちょ、ちょっと、リーゼさん?」

「ミランあたりと、からまないかな……アツロウも交えて、三人で……デュフフフ」

「……ある意味凄いですよね、リーゼさんって……ぶれないっていうか、あきれるっていうか」


 やはりこの人は、腐女騎士ふじょきしだ。

 そして、カップリングに見境のないスケベな騎腐人きふじんなのだった。

 一方で、第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルの双璧、そのもう一人はというと……エリスの元からこちらへ戻ってくるリネッタに、ようやくいつもの笑顔を見せていた。


「皆もお疲れ様じゃのう。まずは無事を祝うとして、今後じゃが」

姐御あねごっ、リネッタの姐御っ! ……よかったし。なんか連中、感じ悪いし」

「これこれ、アリュー。まったく、なんじゃ? ふふ、かわいいとこがあるのう」

「心配じゃんかよ、あんな……あーし、やっぱり今はノルニルのリーダーにはなれないよ、姐御。でも……いつか、姐御みたいに立派な冒険者になるから。絶対、なるから」


 甘えた様子で抱きつくアリューに、リネッタも笑顔を浮かべていた。

 これでクエストは完了となる。

 ジャレッジの依頼通り、北方辺境伯へと無事にエリスを送り届けた。だが、アツロウはむしろ、これからが始まりだと心の中に呟く。

 そう、謎はまだ解けていない。

 そして、この地ではなにか策謀がうごめいている気がした。

 だが、エリスと手を繋いでこちらにやってくるリオンには、他意も裏も感じられない。


「ご苦労でした、ノルニルの冒険者達。噂に名高い大魔導師リネッタは、貴女あなたですか?」

「お初にお目にかかる、北方辺境伯。いかにも、ワシがリネッタじゃ」

「父からよく聞かされていました。ジャレッジと共に北の防備にも貢献し、多くの知識や知恵をこの地に残してくれた……歓迎しますよ。どうかゆるりと逗留とうりゅうしてほしい」

「もったいないお言葉……時に、リオン様。ワシはちと、気になることがあるのじゃが」


 抱きつくアリューをやんわりと手で制して、リネッタは一歩前へと歩み出た。

 彼女の横顔を眺めて、すぐに仲間達は緊張感を取り戻す。アツロウも、背中の巨剣きょけんロンリー・コンクエスターこそ握らぬものの、いつでも動けるように身構えた。それを気取られぬようにしたつもりだが、ディッケンと戦士達も即座に反応する。

 リネッタを信じているし、彼女は皆を代表して問いただしてくれるはずだ。


「先代の北方辺境伯、ワルターは何処いずこに? ワシとは旧知の仲、顔ぐらい見せたいと思うのじゃが」

「……父は、亡くなりました。流行はやりの病で」

「そうかや……さびしくなるのう。ワルターもジャレッジも、当然のようにワシを置いていきおる。ま、これもエルフが俗世ぞくせで生きれば常じゃが、やはり寂しいのう」


 リネッタの言葉には、妙な実感が感じられた。

 400年を生きるハイエルフには、何度こうした別れがあったのだろう? それを想像するだけで、アツロウは寂寥せきりょうに震えた。

 エルフは皆が長寿で、中には何百年も生きる者もいるとかいないとか。

 だが、やはりアツロウには気にかかることがある。この異世界アルアスタは、400年の歴史しかないのだ。そのことを考えると、不意に大事なことが思い出される。


「あっ!」

「ん、どした? アツロウ……いいカプでも思いついたか」

「い、いえ、違うんですよリーゼさん。ってか、その腐女子脳どうにかなりませんか?」

「アツロウは、ロリっのことを忘れる時間、ある? 忘れられる? 一瞬でも」

「すみません! 俺、無理難題を言ってましたね……失礼しました。それより」


 マッハで前言を撤回する。

 そして、リーゼにだけ声をひそめてアツロウは話した。

 昨夜、ディッケンはエリューンと怪しい密会を行った。その時に声だけで圧倒的な存在感を示した謎の男がいる。エリューンが『あの方』とうやまう、黒幕とおぼしき人間。その声をアツロウは、どこかで聞いたことがあるような気がしていたのだ。

 それが今、ようやくわかった。


「俺、ロンリー・コンクエスターを初めて抜いた時……」

「ふむふむ、?」

「ちょっと、やめてくださいよ。俺はロリっ娘を純粋に愛してるんです。そんなふうにあつかうことはないですよ! ……ま、まあ、礼節を持って、創作物としてのロリっ娘だけなら」

「話の腰、折らないで」

「最初に折ったのはリーゼさんでしょ! ベッキベキに折ったでしょ!」


 それでもなんとか、アツロウはリーゼに思い出したことを伝える。

 ロンリー・コンクエスターを抜いた時、アツロウは時間も空間も違う場所へと意識を飛ばされた。そこで妙な男と話したが、その声が昨夜の男と同じだったと思うのだ。

 ロンリー・コンクエスター、謎の男とエリューン、そして不自然な北方辺境伯の代替わり……その全てがもしかしたら、アツロウの秘密に繋がっているのかもしれない。そして、アツロウは今でも、救世主と呼ばれたことを忘れてはいなかった。

 なによりリネッタが、アツロウは特別な転生勇者だと教えてくれたのだ。


「あとでリネッタさんにも話しますが、ノルニルのみんなで誰にも聞かれず話し合える場所が必要ですね」

「だな。今夜はこの城に厄介になるとして、だ……私もちょっと、気になることがある。……リネッタねえさん、ちょっと、ほんのちょっと……あせってる」


 あとでこのことは、リネッタにも話そうと思ったが……ふと、リーゼの一言でアツロウは自称恋人のトランジスタグラマーを見詰めた。いつも通りの凛としたリネッタに見えるが、リーゼの方が付き合いは長い。

 アツロウには普段通りのリネッタに見えたが、彼女がなにかを背負っているのは知っている。この世界の秘密や、アツロウの記憶喪失と無能力にも深く関わっているのだ。

 だが、次の瞬間……アツロウは驚きに目を見張る。


「リオン様、エリス様はおつきになったようですね? 歓待かんたいの用意はできてますわ」


 城の方から、メイドが歩いてくる。絶世の美女という言葉がぴったりな、どこか蠱惑的こわくてき妖艶ようえんな女性だ。

 それは、次々と謎をばらまいていた、あのエリューンだった。

 そして、エリューンを見たリネッタの顔がわずかに表情を失う。


「お主は……生きておったか、エリューン」

「あら、人違いでは? わたくしはリネッタ様とは初めてお会いします。ささ、ノルニルの皆様もどうかゆるりと休んでくださいな。それと、エリス様の周囲には同じ年頃の者達を……メイド達、こちらへ」


 エリューンはリネッタの視線を逃れて、知らぬ存ぜぬで微笑をたたえていた。だが、リネッタにとって彼女は、顔見知りというレベルではないらしい。そして、既に死んだ人間かと思わせる言葉も気になった。

 だが、不意にアツロウの思考と理性が蒸発する。


「ふおおおっ! ここは天国か!? ああ、神よ……今日という日に感謝感激です!」


 エリスと同じか、少し幼い年頃の少女達がダース単位で現れた。皆、メイド服を着ている。である。ロリコンのアツロウにとって、夢のような光景が突然現れたのだ。

 エリスは少し驚きながらも、リオンにうながされて城へと入った。

 ロリメイドにかしずかれるエリスは、その中でもとびきりかわいいロリっ娘だが……笑顔でリオンに応じるその表情のその下に、僅かに疲れを感じさせる。それが気になるアツロウなのだが、今はロリメイドのことで頭がいっぱいになってしまったのだった。

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