第14話「ロリ成分皆無なデカい女」
明けて、翌日。
陰謀を知った夜は、アツロウに満足な睡眠を許してくれなかった。
その原因をちらりと見れば、
「はぁ……どうなってんだ、ったく。でも、警戒だけはしといた方がいいな」
今日も今日とて、背の
そして、晴れた朝の街道を歩けば、自然と昨夜のことが思い出された。
突然、アツロウは背後から視界を奪われ、次いで言葉を奪われた。
あっという間に
彼が自由になったのは、暗い部屋に押し込められてから。恐らく村の宿屋だと思うが、なにがなにやらわからない。ディッケンと、謎の女エリューンの密談……そして、『あの方』と呼ばれる奇妙な黒幕の存在。
解放されたアツロウは、部屋のランプが
「ふぅ、殺されるかと思った……説明してくれますよね? リーゼさん」
そこには、長身の美女が立っていた。
同じ
目元しか常に見せないリーゼが、こんなに美人だとは思わなかった。
年の頃は二十代
「アツロウ、危ない真似はいけない……」
「ど、どっちがですか!」
「多分、女の方は気付いてたっぽい」
「えっ、ホントですか!?」
「運が悪ければ、消されてた、かも?」
物騒なことを言うリーゼの、どこかのんびりとした
今までずっと、リーゼは謎の仲間だった。
仕事は完璧、アリューと並んでノルニルの
だが、プライベートは謎に包まれており、合う時は常に鎧に
そのリーゼが、初めて素顔を
「……リネッタ
「えっ!? い、いつの間に」
「夕食の時の
「あ、ああ……いやあ、今日は色んなことがあって」
つくづくアツロウは自分が情けなくなる。
常日頃から、一部の人間にリネッタのヒモだと思われてるのだ。そして、残念だがそれは現実的にはそう大きく違わない。仕事を与えてくれるのもリネッタだし、戦いとなれば守ってくれるのも彼女だ。
そんなリネッタが、気を回してくれていた。
嬉しいような、なんだか微妙な気持ちである。
そのことを察したのか、リーゼがぼんやりとした顔でフォローしてくれた。
「姐さんは、あのデカい剣……オンリー・コンソメサワー? を、守るって」
「ロンリー・コンクエスターですって」
「そう、略してロリコン。……姐さん、アツロウの部屋に行った?」
「あ、そういえば」
「おねショタ、最高……」
「そういう趣味まであるんですか! ったく」
ムフフと笑うリーゼは、心なしか普段よりゆるーく見えた。多分、常にフル装備だった武具を脱いでいるからだ。だが、彼女は改めて表情を引き締めると、普段と変わらぬ平坦な声で喋り出す。
「姐さんは
「え、ええ……まあ、その、
「ロンリー・コンクエスターを狙う者がいると警戒しているのだ。だから、アツロウの部屋に行った。……多分。でも、単純に夜這いだった可能性も
「あ、あれ? その、前から思ってたんですけど、リーゼさんって」
リーゼはあまりお喋りな方ではないし、話しかけてくることも少ない。
だが、今の言い回し……微粒子レベルで存在、微レ存というのはこの異世界アルアスタでは使われる
「ああ、いい忘れてた。私もアルアスタに転生させられた勇者だ」
「ええっ!? ……知らなかった、こんな身近なところに同業者、ってか同じ境遇の人間がいるなんて」
「だから、ロリコンことロンリー・コンクエスターについても……知ってた」
「へ?」
このアルアスタの歴史や成り立ちを調べていた、勇者ジャレッジ……エリスの父親だ。彼は勇者として魔王の軍勢と戦う中、書を集め、世界中を歩いて知識を
その中で得られたものが、抜けずの巨剣ロンリー・コンクエスターだ。
それをアツロウは
「ロンリー・コンクエスターは……まず、勇者でないと抜けない、らしい」
「つまり」
「リネッタの姐さんは、私にも昔、
アルアスタ
そんな彼女が、ジャレッジと知り合いだったことは
エリスを迎えに行った時、彼女は
「アツロウ……姐さんはなにか、こう、凄い運命を背負ってる。気がする」
「リネッタさん自身も言ってましたよ。今こそ使命を果たす時、って」
「守られるだけで終わるな、アツロウ。私達も協力するが、お前が、お前こそが姐さんを守るんだ。あの人は、家族である私達にも全てを話してくれない」
そう言って、少し寂しそうにリーゼは笑った。
いつものムフフという
そして、意外な事実が明らかになる。当然といえば当然で、今まで気にもとめていなかった……リネッタはそういう人で、アツロウも無条件の優しさに守られてきたから。
「姐さんは、転生してきた勇者のケアも、してる。定期的にこのアルアスタには、勇者が召喚されるからな」
「確かに……俺もこっちに飛ばされてから、すぐにリネッタさんが会いに来てくれましたよ」
「姐さんは、なにかを知っている……魔王から人の世界を守るため、神が勇者を召喚していると、そう一般的には思われているけど。だけど、なにかがあるのだと思う」
その後は、互いの元の世界の話なった。
リーゼはドイツという国の人間で、向こうの世界でも腐女子全開な毎日だったらしい。そして、彼女が勇者として得た能力は……常人を逸した強力極まりない筋力、怪力だ。普段の重装備は、彼女自身の力に対する
こうしてアツロウは、周囲で動き出す策謀の中で改めて誓った。
守ってくれるリネッタを、いつかその時が来たら……守ってみせると。
昨夜はそのあと、リーゼの部屋を辞して自室に戻った。
リネッタは既に寝ており、その横で渋々同じベッドで寝るしかなかった。
「うっ、思い出してしまった……リネッタさんは、あの邪魔な胸がなければ見た目は完璧なロリっ娘なんだけどなあ」
街道を歩くアツロウは、昨夜の居心地が悪いベッドを思い出してしまった。
そして、ちらりと視線を横へとスライドさせる。
今日もガシャガシャと甲冑を鳴らして、鎧のオバケみたいなリーゼが一緒に歩いている。その手には、大の男でも扱い難いであろう、重々しい
とりあえず、まずはエリスの護衛に専念しようと、アツロウも気合を入れ直す。
そのエリスは、少し前をリネッタと並んで歩いていた。
周囲には物々しい男達が囲んで、まるで
そんなことを思っていると、いきなり肘で脇腹を小突かれた。
「わっ、な、なんですか? アリューさん」
「ぼーっとするなっての。……人質、取られてんだからさ」
「え、ええ。エリスさんがああして
「それだけじゃないっての。リネッタの
アリューに言われてアツロウは、はたと気付いた。
伝説の大魔導師といえど、少女を守ってあの人数と戦うのは難しいかもしれない。取り巻く男達は、エリスの護衛と監視、そしてリネッタの命をも握ろうという魂胆なのだ。
知らぬ間にアツロウは、リネッタを無敵の存在と認識していたのだ。
そしてそれは、どうやらアリューも同じらしい。
「アツロウさ、昨日の話……あんじゃん?」
「え、ええ。あ、俺は異論ないですよ。アリューさん、ちょっと短気で喧嘩っぱやいけど、あとニンジン食べられないけど……リネッタさん
「あっ、あーしが優しい!? なっ、なな、んぁ……適当言うなし!」
不意にアリューは、
そのまま赤面に俯き、それでもアツロウにだけ聴こえるように小さく呟く。
「こっ、この依頼、絶対成功させるし……」
「ええ。俺、昨日の夜思ったんです。リーゼさんに言われたからもありますけど」
「えっ!? 昨日の夜!? リネッタの姐御じゃなくて、リーゼ!? どどど、どうして」
「あ、いえ、ちょっとありまして」
「……詳しく話せコラ」
「あっ、ちょ、ちょっと! 蹴っ飛ばさないでくださいよ。なんですかもう!」
時々アリューは、すぐ手が出る。脚が出て蹴っ飛ばされるなど、日常茶飯事だ。そんな彼女が血盟のリーダー……どうかと思う反面、リネッタの決断に異議はない。アリューは性根の真っ直ぐな少女だし、ああ見えて利発で賢い。こともある。たまに、
新しく
だが、それが大きな陰謀の中にある……アツロウは改めて気合を入れ直すのだった。
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