第14話「ロリ成分皆無なデカい女」

 明けて、翌日。

 陰謀を知った夜は、アツロウに満足な睡眠を許してくれなかった。

 その原因をちらりと見れば、溜息ためいきこぼれる。


「はぁ……どうなってんだ、ったく。でも、警戒だけはしといた方がいいな」


 今日も今日とて、背の巨剣きょけんロンリー・コンクエスターが重い。それが今は、自分が巻き込まれた運命の重さに感じた。

 そして、晴れた朝の街道を歩けば、自然と昨夜のことが思い出された。






 突然、アツロウは背後から視界を奪われ、次いで言葉を奪われた。

 あっという間に拘束こうそくされて、強引にしげみの中から連れ去られたのだ。

 彼が自由になったのは、暗い部屋に押し込められてから。恐らく村の宿屋だと思うが、なにがなにやらわからない。ディッケンと、謎の女エリューンの密談……そして、『あの方』と呼ばれる奇妙な黒幕の存在。

 解放されたアツロウは、部屋のランプがともされると共に振り返った。


「ふぅ、殺されるかと思った……説明してくれますよね? リーゼさん」


 そこには、長身の美女が立っていた。

 同じ血盟クラン、ノルニルのエクストラメンバーで、重騎士じゅうきしのリーゼだ。男性同士の恋愛が好きなことから、腐女騎士ふじょきしとアツロウは心の中で呼んでいる。彼女が普段身につけている、全身をくまなく覆うフルプレートのよろいや大きな盾が部屋にあるので、間違いない。

 目元しか常に見せないリーゼが、こんなに美人だとは思わなかった。

 年の頃は二十代なかば程で、短く切り揃えた黒髪がつやめいている。薄手のチュニックを羽織はおっているが、女性的な起伏の曲線美はグラマラス……もっとも、アツロウにとって女性の輪郭は直線ツルペタに近いほどいいが。


「アツロウ、危ない真似はいけない……」

「ど、どっちがですか!」

「多分、女の方は気付いてたっぽい」

「えっ、ホントですか!?」

「運が悪ければ、消されてた、かも?」


 物騒なことを言うリーゼの、どこかのんびりとした呑気のんきな口調は普段通りだ。そして、ここは宿屋の彼女の部屋。リーゼはどういう訳か、アツロウを助けてくれたらしい。

 今までずっと、リーゼは謎の仲間だった。

 仕事は完璧、アリューと並んでノルニルの双璧そうへきとさえ言える強さだ。

 だが、プライベートは謎に包まれており、合う時は常に鎧にかぶとで顔は見えない。時々バイザーをあげて目元を見せるが、三白眼気味さんぱくがんぎみのジト目がいつも眠そうだ。

 そのリーゼが、初めて素顔をさらしていた。


「……リネッタねえさんから、頼まれてる。アツロウを守ってくれって」

「えっ!? い、いつの間に」

「夕食の時の一悶着ひともんちゃく、寝る前に聞いた。その時、頼まれた」

「あ、ああ……いやあ、今日は色んなことがあって」


 つくづくアツロウは自分が情けなくなる。

 常日頃から、一部の人間にだと思われてるのだ。そして、残念だがそれは現実的にはそう大きく違わない。仕事を与えてくれるのもリネッタだし、戦いとなれば守ってくれるのも彼女だ。

 そんなリネッタが、気を回してくれていた。

 嬉しいような、なんだか微妙な気持ちである。

 そのことを察したのか、リーゼがぼんやりとした顔でフォローしてくれた。


「姐さんは、あのデカい剣……オンリー・コンソメサワー? を、守るって」

「ロンリー・コンクエスターですって」

「そう、略してロリコン。……姐さん、アツロウの部屋に行った?」

「あ、そういえば」

「おねショタ、最高……」

「そういう趣味まであるんですか! ったく」


 ムフフと笑うリーゼは、心なしか普段よりゆるーく見えた。多分、常にフル装備だった武具を脱いでいるからだ。だが、彼女は改めて表情を引き締めると、普段と変わらぬ平坦な声で喋り出す。


「姐さんは夜這よばいに行った訳ではない。その気もあったし、そっちの方が重要だったかもしれない、年甲斐もなくハッスルしてたかもしれないが……」

「え、ええ……まあ、その、日常茶飯事にちじょうさはんじなので」

「ロンリー・コンクエスターを狙う者がいると警戒しているのだ。だから、アツロウの部屋に行った。……多分。でも、単純に夜這いだった可能性も微レ存びれぞん

「あ、あれ? その、前から思ってたんですけど、リーゼさんって」


 リーゼはあまりお喋りな方ではないし、話しかけてくることも少ない。

 だが、今の言い回し……微粒子レベルで存在、微レ存というのはこの異世界アルアスタでは使われるはずがない。


「ああ、いい忘れてた。私もアルアスタに転生させられた勇者だ」

「ええっ!? ……知らなかった、こんな身近なところに同業者、ってか同じ境遇の人間がいるなんて」

「だから、ロリコンことロンリー・コンクエスターについても……知ってた」

「へ?」


 このアルアスタの歴史や成り立ちを調べていた、勇者ジャレッジ……エリスの父親だ。彼は勇者として魔王の軍勢と戦う中、書を集め、世界中を歩いて知識をたくわえていった。

 その中で得られたものが、抜けずの巨剣ロンリー・コンクエスターだ。

 それをアツロウはたくされたのだが、鞘から抜刀する姿にリネッタは驚いていたのを思い出す。そして、なにか訳を知るように意味深な呟きを零していたことも。


「ロンリー・コンクエスターは……まず、勇者でないと抜けない、らしい」

「つまり」

「リネッタの姐さんは、私にも昔、さやから抜いてみろと言った。勿論もちろん、抜けなかった。私の馬鹿力でも、無理」


 アルアスタ開闢かいびゃくと時を同じくして、偉大な大魔導師だいまどうしが生まれた……400年の時を生きるハイエルフ、リネッタだ。彼女の冒険譚ぼうけんたんは今や、世界中の酒場で吟遊詩人ぎんゆうしじんが歌っている。

 そんな彼女が、ジャレッジと知り合いだったことはすでに聞いていた。

 エリスを迎えに行った時、彼女は今生こんじょうの別れと知ってジャレッジに会わなかった。そこには、なにか二人だけの物語があるようだし、だからこそアツロウは詮索せんさくを避けたのだ。


「アツロウ……姐さんはなにか、こう、凄い運命を背負ってる。気がする」

「リネッタさん自身も言ってましたよ。今こそ使命を果たす時、って」

「守られるだけで終わるな、アツロウ。私達も協力するが、お前が、お前こそが姐さんを守るんだ。あの人は、家族である私達にも全てを話してくれない」


 そう言って、少し寂しそうにリーゼは笑った。

 いつものムフフという邪笑じゃしょうではなく、素直な笑みだった。

 そして、意外な事実が明らかになる。当然といえば当然で、今まで気にもとめていなかった……リネッタはそういう人で、アツロウも無条件の優しさに守られてきたから。


「姐さんは、転生してきた勇者のケアも、してる。定期的にこのアルアスタには、勇者が召喚されるからな」

「確かに……俺もこっちに飛ばされてから、すぐにリネッタさんが会いに来てくれましたよ」

「姐さんは、なにかを知っている……魔王から人の世界を守るため、神が勇者を召喚していると、そう一般的には思われているけど。だけど、なにかがあるのだと思う」


 その後は、互いの元の世界の話なった。

 リーゼはドイツという国の人間で、向こうの世界でも腐女子全開な毎日だったらしい。そして、彼女が勇者として得た能力は……常人を逸した強力極まりない筋力、怪力だ。普段の重装備は、彼女自身の力に対するかせでもあるのだ。

 こうしてアツロウは、周囲で動き出す策謀の中で改めて誓った。

 守ってくれるリネッタを、いつかその時が来たら……守ってみせると。






 昨夜はそのあと、リーゼの部屋を辞して自室に戻った。

 リネッタは既に寝ており、その横で渋々同じベッドで寝るしかなかった。


「うっ、思い出してしまった……リネッタさんは、あの邪魔な胸がなければ見た目は完璧なロリっ娘なんだけどなあ」


 街道を歩くアツロウは、昨夜の居心地が悪いベッドを思い出してしまった。

 そして、ちらりと視線を横へとスライドさせる。

 今日もガシャガシャと甲冑を鳴らして、鎧のオバケみたいなリーゼが一緒に歩いている。その手には、大の男でも扱い難いであろう、重々しいやりさやで刃を覆っていても、巨大なポールウェポンは重装備と相まって異彩を放っていた。

 とりあえず、まずはエリスの護衛に専念しようと、アツロウも気合を入れ直す。

 そのエリスは、少し前をリネッタと並んで歩いていた。

 周囲には物々しい男達が囲んで、まるで人質ひとじちだ。

 そんなことを思っていると、いきなり肘で脇腹を小突かれた。


「わっ、な、なんですか? アリューさん」

「ぼーっとするなっての。……人質、取られてんだからさ」

「え、ええ。エリスさんがああしてとらわれの身に等しいですからね。慎重にいかないと」

「それだけじゃないっての。リネッタの姐御あねごも、あーし達が下手を打てば」


 アリューに言われてアツロウは、はたと気付いた。

 伝説の大魔導師といえど、少女を守ってあの人数と戦うのは難しいかもしれない。取り巻く男達は、エリスの護衛と監視、そしてリネッタの命をも握ろうという魂胆なのだ。

 知らぬ間にアツロウは、リネッタを無敵の存在と認識していたのだ。

 そしてそれは、どうやらアリューも同じらしい。


「アツロウさ、昨日の話……あんじゃん?」

「え、ええ。あ、俺は異論ないですよ。アリューさん、ちょっと短気で喧嘩っぱやいけど、あとニンジン食べられないけど……リネッタさんゆずりの決断力があるじゃないですか。あと、結構優しいし」

「あっ、あーしが優しい!? なっ、なな、んぁ……適当言うなし!」


 不意にアリューは、褐色かっしょくの肌を赤らめた。

 そのまま赤面に俯き、それでもアツロウにだけ聴こえるように小さく呟く。


「こっ、この依頼、絶対成功させるし……」

「ええ。俺、昨日の夜思ったんです。リーゼさんに言われたからもありますけど」

「えっ!? 昨日の夜!? リネッタの姐御じゃなくて、リーゼ!? どどど、どうして」

「あ、いえ、ちょっとありまして」

「……詳しく話せコラ」

「あっ、ちょ、ちょっと! 蹴っ飛ばさないでくださいよ。なんですかもう!」


 時々アリューは、すぐ手が出る。脚が出て蹴っ飛ばされるなど、日常茶飯事だ。そんな彼女が血盟のリーダー……どうかと思う反面、リネッタの決断に異議はない。アリューは性根の真っ直ぐな少女だし、ああ見えて利発で賢い。こともある。たまに、極稀ごくまれにだが。

 新しく第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルが若返ろうとする中での、なんてことはない護衛のクエスト。

 だが、それが大きな陰謀の中にある……アツロウは改めて気合を入れ直すのだった。

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