第13話「巨乳のじゃロリとは眠れない」

 妙な胸騒ぎを感じて、アツロウは寝付けなかった。

 結局、ベッドを抜け出てくつく。夜風に少し吹かれればと、ありきたりなことで気を紛らわせようと思ったのだ。だが、そんな彼を背後のベッドからの声が呼び止める。


「んぁ……なんじゃ、ダーリン。寝付けんのかや?」

「そーですよ、多分どっかの誰かさんのせいだと思うんですけどね」

「それは……罪なことじゃなあ。犯人は恐らく、とびきり美人で器量よし、その上にナイスバディな最強魔道士ウルトラヒロインじゃろうて」

「いい年して、部屋を間違えたフリなんかで逆夜這ぎゃくよばいしてくる、アラフォーのロリババァですかね」

「むぐぅ、酷いのじゃ」


 勿論もちろん、お互い本気じゃない。

 そして、アツロウの「どっかの誰かさんのせい」というのは、本音だ。嫌に女臭おんなくさくしなを作るリネッタを、肩越しに振り返れば苦笑するしかない。

 男ならこれは、ぜんというものだろう。

 だが、アツロウが食べたいのは豪華御膳ごうかごぜんではなくて……とびきりのスィーツ。古今東西の菓子にも勝る甘やかな可憐さ、ロリっなのだ。

 ロリコンだもの、アツロウ。


「ちょっと外の空気を吸ってきます。リネッタさんも自分の部屋で寝てくださいね」

「つれないのう」

「……なんか、きな臭いなって思って。夕飯のあと、見ました? 連中、エリスさんの部屋の前につきっきりですよ。警護っていうより、あれじゃ見張りだ」


 今宵こよいの宿は、エリスに一番いい客室が与えられた。

 そして、ディッケンと名乗った男の一団は、彼女をその中に閉じ込めてしまった。

 やはり、なにかがおかしい。


「リネッタさん、もしエリスさんになにかあったら」

「心得ておる。なに、アリューが自分で率先して寝ずの番を買って出たんじゃ。なにかあればアリューがまず動く。……ふふ、やはりワシの目に狂いはないのじゃなあ」

「……ホントにアリューさん、ノルニルの次期リーダーになるんですか?」

「それはアリューが決めることじゃよ。じゃがあやつは、目に入れても痛くない、かわいいかわいい愛娘まなむすめも同然じゃ。信じておるよ……ワシと育んだ後継者の資質、努力で勝ち取った力と技、心と知恵を」


 そりゃそうだ、とアツロウも納得した。

 ずっともう納得していたし、それを確かめただけなのだ。

 第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクラン、ノルニル……基本的に女性だけで構成された、異世界アルアスタでも屈指の冒険者集団だ。その実態は、どうしても弱い立場の女同士が身を寄せ合い、協力して生き抜くための組織でもある。

 皆、事情を抱えていた。

 唯一の男である、アツロウとミランだってそうだ。

 そして、なにも聞かずにリネッタは迎え入れ、仕事を与え、技能と知識を学ばせる。ノルニルでは今も、百人を下らぬ女達が働いているのだ。

 部屋をあとにし、廊下へと出てアツロウは改めて考える。

 アリューなら皆も信頼しているし、実績も十分だ


「けどなあ、ああ見えてアリューさん、リネッタさんにべったりなとこあるからなあ……ん?」


 外をぶらつき、村の酒場で冷たいものでも一杯と思ったが……宿の一階に降りると、外へと出てゆく背中が見えた。

 こんな深夜に、随分と急いでる様子だ。

 そしてそれは、アツロウが気にもとめずにスルーしていい人物ではなかった。


「……ディッケンだ。なんだ? 部下達にエリスさんの部屋を任せて、どこへ?」


 自然とアツロウは、気配を殺して足早にあとを追う。

 勿論もちろん隠密おんみつのスキルなど持っていない。アツロウにできるのは、数勘定さんすうと読み書きだけだ。謎の巨剣きょけんロンリー・コンクエスターがなければ、無力な転生勇者である。おまけに、記憶もない。

 だが、かえって目が覚めてきたこともあって、アツロウも闇の中へと進む。

 ディッケンは周囲を気にしているようで、何度も背後を振り返っては……村の外れへと歩いてゆく。そっちには森が広がっており、深夜は危険なモンスターだって出るはずだ。


「妙だな……ん、誰かを待っているのか? 誰を……もしや、よからぬたくらみが?」


 しげみに身を伏せ、用心深く様子をうかがう。

 どうやらディッケン自身も、アツロウとどっこいどっこいのようだ。追うのも素人しろうとなら、見えぬ追跡者に怯えて警戒するディッケンも素人である。剣や武芸には覚えがあるように見えたが、あの神経質そうな痩身そうしんはもしかしたら、頭脳労働を得意とするタイプかもしれない。

 洞察力を総動員していたアツロウは、不意に声を聴いた。


「見付けたわよ……ふふ、コソコソしちゃって。悪い子ね」


 ドキリとした。

 心臓を鷲掴わしづかみにしてきた、その声は女だ。

 そして、聴き覚えがある。

 それも、つい最近……今日聴いたばかりだ。

 自分が見つかってはいないことを確認して、咄嗟とっさに逃げたくなる衝動とアツロウは戦う。焦ってうかつに動いたりして、物音がたてば危険は確定する。動揺から自分の存在を明かしてしまう、それだけは避けたかった。

 どうやら、アツロウは見つかった訳ではないらしい。

 そして、ディッケンは声のする方を振り返って表情を明るくさせた。

 わずかな月明かりの中でもはっきりとわかる、美貌びぼう麗人れいじんが現れた。


「あれは……とうげでグリフォンやヒポグリフと戦った時の、あの女か」


 そう、アツロウが見守る中で現れたのは、昼前の戦いを見ていた女だ。彼女は人間ではない……ロンリー・コンクエスターの力を使ったアツロウを見て、意味深な言葉をつぶやくや飛び去ったのだ。それも、背から悪魔のような翼を生やして。

 まともな人間には見えなかったが、確信する。

 ディッケンがこそこそと会いたがるだけでもう、怪しいとしか言いようがない。


「ああ、すまない。どうしても、その……もう一度確認したくてね。手間をかける、エリューン」


 エリューン、それが例の女の名か。

 水着だってこれほどとは、という格好で、見せるために隠しているのではと思えるような薄着だ。そして、見せても恥ずかしくないと言わんばかりの抜群のスタイル。青い月明かりの中で、エリューンはふくみをもった笑みを浮かべていた。


「接触は最小限にしてほしいわね。そして……確認したのだけど、残念ながらジャレッジの方が一枚上手だったみたい。娘を通じて、すでにロンリー・コンクエスターは救世主の手に渡ったわ」

「そ、そうなのか!? 我輩わがはいはただ、今回の婚礼に際して……そう、お家のため! 我が主のために」

「そういうのはいいの。ただ、安心して頂戴ちょうだいの目的達成のためには、まだエリスじょうには使いみちがあるの。当然、貴方あなたもよ……ディッケン。まだ貴方は有用、そして有能でしょ? ねえ」


 話は読めた。

 アツロウの脳裏で人物の相関図そうかんずが更新されてゆく。

 それも、誠に遺憾いかんながら自分を中心とした狭い世界の相関図だ。


「あの女の人は、俺を……俺のロンリー・コンクエスターを狙っているのか? でも、救世主? おいおい、俺は無力で無能な最弱勇者だけどなあ」


 今回の急な婚姻こんいん、そして急過ぎる北方辺境伯ほっぽうへんきょうはく代替わり……その裏では、エリューンが糸を引いていたのだ。恐らく、ディッケンはなにかしらの魂胆があって協力し、見返りを約束されたのだろう。

 そして、更に謎は深まる。

 エリューンが『あの方』と呼ぶ人間、それは誰か?

 便宜上、黒幕としておくにしても物騒だ。

 だが、思いがけず事態は好転する。


「まあ、いいわ。ディッケン、あの方から伝言があるのよ? それを聴いて、少しは安心してほしいわね……ふふ、臆病で卑劣で、そのことを隠しきれない。好きよ、貴方みたいな小物」

「な、なんとでも言うがいい! そ、それより」

「ええ。心して聴いて頂戴」


 エリューンは胸の谷間から、なにやら一枚の呪符じゅふを取り出した。

 うわぁ、よくファンタジーでセクシー担当がやるやつだ。まさか、本当に胸の谷間を収納スペースにしてる人がいるとは思わなかった。そんなことをつい、アツロウは考えてしまう程度には冷静だった。

 エリューンは呪符になにかをささやいた。

 たちまち炎が呪符を包んで燃え上がる。

 あれは時々見かけるマジックアイテムで、人の音声や音楽、物音などを記録する呪符だ。再生する際に燃えてしまうため、繰り返し使うことができないのが難点だが。

 赤々と燃える呪符は、この場に不釣合いな緊張感のない声を振りまいた。


『やあ、ディッケン。不安かな、と思ってね……なぁに、職業柄そういうのはピンとくるんだ。で、やっぱり職業柄フォローしてあげたくなるって訳だ』


 男の声……しかも、アツロウはどこかでこの声を聴いている。

 すぐには思い出せないが、確かに覚えている。

 どこか軽薄で、呑気のんきで、そして達観した声だ。


『ゲームは既に始まってるんだ、ディッケン。大丈夫だよ、うまくやれば君も君の主も安泰あんたいだ。私はね、ずっと待ってたんだから……まあ、エリューンなんかはロンリー・コンクエスターを酷く気にしててね。しかもアレ、抜いて使う子が……救世主が現れたからなあ』


 思い出せそうで、思い出せない。

 なにか、記憶の一部分に白いもやがかかっているかのようだ。

 だが、無責任を決め込んだ声音には覚えがあるのだ。

 ディッケンは呪符が燃え尽き言葉が途切れると、文字通り胸をなでおろした。やはり、エリューンが言うように小物、それもテンプレ通りの人間らしい。


「安心したかしら? ディッケン……なるべく接触は避けたいのよ、あたしは。ほら、あれでしょう? ふふ……あの方と違って、あたしは用心深いのさ。嫉妬深いしねえ」

「あ、ああ……手間を掛けさせた。計画をこのまま進めよう。我輩は我輩の務めを果たす。それで望みが叶えられるのなら、なにも不満はない!」


 わからないなりにアツロウは理解した。

 今、この瞬間……目の前で陰謀が現在進行系だ。そして、エリスはそれに巻き込まれる……エリスを守るノルニルの仲間達と一緒に、巻き込まれてゆくのだ。

 まずは戻ってリネッタと相談しなければいけない。

 そう思った瞬間、背後から手が伸びて口を塞いでくる。

 そのまま強い力がアツロウを拘束し、声もあげられぬまま彼は闇に包まれたのだった。

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