第11話「明かされた秘密は、秘密の存在だけ」

 どうにかアツロウ達はとうげを超え、次の村へと辿たどくことができた。

 道中、ずっとアツロウはアリューに文句を言われ、その都度小突かれた。モンスターの一角、ヒポグリフを跡形もなく消し飛ばしてしまったからだ。このアルアスタでは、倒したモンスターから得られる牙や爪、毛皮や肉は冒険者達の貴重なかてとなる。

 強過ぎる謎の巨剣きょけん、ロンリー・コンクエスターの威力は規格外だった。

 そして……アツロウは今、失意の中で宿屋の階段を上がる。


「くっそぉ、あの女将おかみ……騙しやがったな。エリスちゃん、10歳……確かに、メチャかわいいがよ……」


 護衛対象と同じ名の、護衛対象と違ってフラグの立つ気配があるロリっ。それだけが、峠を超えて九死に一生を得たアツロウの楽しみだった。

 エリスという名の看板娘が、この村の宿にはいる。

 そう確かに、昨日逗留とうりゅうした宿の女将は言っていた。

 そしてそれは、事実である。

 しかし、アツロウには厳し過ぎる現実でもあった。


「エリスちゃんて……! でけえ犬じゃねえかよ!」


 招き猫ならぬ招き犬が、アツロウを出迎えてくれた。

 今年で10歳になる、狼みたいにデカい雌犬めすいぬだった。

 ようするに、ノセられハメられ、だまされたのだ。

 落胆のアツロウの背に、今もロンリー・コンクエスターが重い。だが、唯一にして絶対の力を、彼は手放すつもりはない。力は力でしかないが、強さに変えてゆけるのが人間だと信じているから。

 そのことで、彼はリネッタに話を聞かねばならないと思っていた。


「リネッタさん、いますか? 入りますよ?」


 今日は全員が個室で、そのドアをノックする。

 中からはいつもの声が、入室を促してきた。その声音はあどけない少女そのものだが、年寄り臭い口調がアンバランスなギャップをかなでる。

 それでも、耳に心地よいその声色に従い、アツロウはドアを開けた。

 そこには、しばしばプライベートで見受けられる素顔のリネッタがいた。


「……リネッタさん、なにやってんですか」

「ふむ! 見てわからんかや?」

「わからないから聞いてるんです」

「見ての通りじゃあ、ダーリン……


 リネッタは、下着姿でソファに寝っ転がっていた。

 テーブルの上には、煎ってスパイスをまぶした豆や果物を干したチップ、千切ちぎった燻製くんせいなんかが並んでいる。そして当然のように、大きなグラスが酒を満たして汗をかいていた。

 家でだらけるアラフォー丸出しなリネッタが、そこにはいた。

 人間の方のエリスが見たら、さぞかし幻滅するだろう。

 今いるエリスは、リネッタからおやつを与えられて嬉しそうだが。


「犬のエリスまで連れ込んで……もう、しゃきっとしてくださいよ」

「ヤじゃ! 疲れたのじゃあ。のう、アツロウ。おぬしもちょっとやらんか?」

「未成年はお酒、飲めないんですよ。俺のいた国じゃ、そうなってるんです」

「妙な奴じゃなあ。インコーザイとかトジョーレーは守らぬくせにか」


 トランジスタグラマーという言葉がぴったりのリネッタは、全力でゴロゴロしていた。だらけている。大魔導師の威厳が全くもって見受けられない。

 だが、彼女は時々こうなのだ。

 アツロウの前では、だらしない姿を隠そうともしない。

 最高のロリ顔で、やってることが完全におっさんである。


「で、なんじゃ? 用があったんじゃろ」

「あ、はい。あの……このロンリー・コンクエスターのことがまず一つ。あと、さっき妙な女に会ったんで報告です。それと、ずっと気になってたんですが」


 アツロウは異世界アルアスタに来てから、すでに半年になる。その間ずっと、リネッタの血盟クランであるノルニルで生きてきた。そして、魔王を倒すべく転生させられた勇者としては、完全に死に体だった。

 屈強な肉体もないし、特殊な技術もない。

 異能を操る超常の力もないのだ。

 そんな彼をずっと保護して職を与え、何故なぜかダーリンと呼んで好意を寄せてくれるのがリネッタである。それも無条件にだ。

 前からそのことが疑問だったが、二人の時に聞くといつもはぐらかされてばかりだった。


「ふむ。……まあ、そろそろ話す時かのう」

「そうしてください。あと、服を着てください」

「最後の一枚まで脱がしてくれたら、最後は一緒に服を着てやるんじゃが」

「首から下を着衣で覆えば、ギリギリロリっ娘に見えるんですよ、リネッタさんは! どうして無駄な脂肪分やデカい尻を丸出しにしようとするんですか!」


 リネッタは、女の子がしてはいけない顔で「やれやれじゃ」と肩をすくめた。

 だが、ソファに座り直してグラスの酒を飲むと、トントンと革張りの隣を叩く。

 並んで座れという意味らしく、渋々アツロウは腰掛けた。


「覚えておるかや? ダーリンとワシの出会い」

「忘れられませんよ。異世界に転生するなんて、一生に一度の経験ですからね。一回こっきりにしたいとも思いますし」


 そういえば、改めて思い返すと二人の出会いは少し不自然だ。

 アツロウには、このアルアスタに来る直前までは、普通のロリコン少年だった。そして、新天地での最初の記憶は、広がる荒野と青い空。全裸でアツロウは見ず知らずの大自然に放り出されていたのだった。


「軽くパニクったんですけど、すぐにリネッタさんが来ましたよね」

「うむ。冒険者たるもの、困っている者を見捨てることなどできぬ」

「もしかして、俺がアルアスタに来るの知ってました? 待ち受けてたとか」

「……おー、よしよしエリス。燻製くんせいをやるぞよ? 食べませい」

「ちょ、ちょっとリネッタさん! 話を逸らさないでください」


 わざとらしくリネッタは、犬のエリスに構い出した。

 だが、ワシワシと大型犬の頭をでながら、彼女は話を続ける。


「それについては否定はせぬ。じゃが、信じてほしいのう……ワシは、助けを求める声を無視したりはせん。ダーリンに対しても、そうでない者に対してもじゃ」

「冒険者だからですか?」

「それもある。ただ……ワシにはワシの果たさねばならん責任があるのじゃよ」


 リネッタは嘘をつかない女性だ。

 それは、半ば同棲状態で暮らしているアツロウにはよくわかる。

 同時に、秘密を沢山もっている。

 彼女が口にする「秘密はいい女の条件じゃよ」なんて言葉は、本当なのだ。そして、アツロウもかわいいロリっ娘になら秘密の一つや二つ、なんてことはないと思う。だから、納得している。

 だが、いよいよその秘密について語ってもらう時がきた。


「リネッタさんには感謝してます。それに俺、嫌いじゃないですよ……リネッタさんみたいなひと」

「ダーリン……続きはベッドでじゃな? ほれ、お姫様抱っこでワシを運びませい」

「真面目な話をしてるんですよ、リネッタさん」

「真面目に愛し合うんじゃ、嫌いじゃないとはそういうことじゃろ? ……まあ、いい機会よのう」


 ようやくリネッタは、秘密を話してくれた。

 その一部しか今は語れないと言って。


「ワシにはある使命がある。そして、アツロウ。お主がこの世界に来たことは、それと無関係ではない。お主は……数多くこの地にやってくる他の勇者達とは違うようじゃしな」


 アルアスタは今、魔王が君臨する闇の時代に沈んでいた。

 そんな中、神は異世界より多くの勇者達を招いている。

 アルアスタから見ての異世界……アツロウ達が生きていた地球の国々だ。

 皆、特殊な力を与えられ、屈強な冒険者として打倒魔王を目指している。


「変な女の人が今朝、俺を勇者じゃなくて……救世主だって」

「変な女かや……アツロウから見れば、二次性徴にじせいちょうを終えたら全員変な女じゃろうて」

勿論もちろんそうですが、老いても女性は偉大ですよ。例えば、ロリっ娘は素晴らしい存在ですが、子供に子供を産めなんて言えないでしょう? 年かさの女性にも、ちゃんと敬意なら感じますって」


 ふむ、とうなって不意にリネッタが立ち上がった。

 そのままソファを回り込んで、アツロウの背後に立つ。


「これなら首から下が見えんじゃろ? 胸が当たると嫌がられるのも飽きたしのう。……当たってるんじゃなくていつも、当ててるんじゃが」

「リネッタさん? ちょ、なにを」


 リネッタは背後からアツロウの頭を抱き締めてきた。

 真上から彼女の声が、みつのように甘やかな香りと共に包んでくる。


「その女は恐らく、ワシと因縁浅からぬ者……ロンリー・コンクエスターを使う者が現れたので、魔王の右腕として動き出したのじゃろう」

「えっ? まじですか……ま、確かに人間じゃなさそうでしたけど」

「ロンリー・コンクエスターはの、アツロウ。お主のために作られた……つくられた武器なんじゃよ。ワシは400年、ずっとお主を待っておった」


 意外な言葉だ。

 同時に、これ以上は聞き出せないとも思った。

 リネッタの両手は今、震えていた。

 まるで彼女は、見えない重荷を背負わされているようだ。アツロウのロンリー・コンクエスターよりも重く、身体以上に心へ食い込んでいく暗いなにかだ。


「……最後に一つだけ聞かせてくださいよ。その……いつもこうしてくれるのって」

「言わせるのかや? 悪い奴じゃあ……ワシはダーリンががたいロリコンでも、気になどせん。算術や読み書きができるのも、ワシには関係ないんじゃ」

「もしかして、リネッタさんて俺の――」


 アツロウの中で、閃きが生まれた。

 突飛なことを考えて、そこに思惟しいを逃したかったのだ。

 リネッタの無償の愛を、重いとは思わない。けど、今までなにもできてこなかったアツロウには、まだ少し優し過ぎる。転生すれども勇者じゃない年には、溺れてしまいそうな程のぬくもりだった。


「リネッタさんて、俺の……ママ? リネッタママなんですか!? そうか……神はロリコンの俺にロリボインのママを与えてくれたのか!?」

「……ワシ、ダーリンのことは男として好きなんじゃが。マザコン属性まで持たれたら、流石さすがにお手上げなのじゃあ」

「じょ、冗談ですよ。……安心してください、リネッタさん。話してくれるまで気長に待ちますし、気持ちには応えられそうもないけど、一緒にいます。同じ血盟クランの仲間ですしね」


 うなずく気配があって、柔らかな吐息をうなじに感じた。

 首に回るリネッタの、その白く小さい手をアツロウはそっと握る。不可解でアンバランスな美少女、400歳のハイエルフは……今この瞬間だけは、どんなロリっ娘よりも弱々しくて庇護欲ひごよくを刺激してくるのだった。

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