第10話「非常時以外、ロリには触るな」

 峠道とうげみちは険しくもなく、平坦ななだらかさも感じない。

 好天の中、アツロウは背中の重荷に汗をかきながら歩いた。手に引いた馬の上では護衛対象のエリスがひっきりなしに喋り続けている。本当にリネッタのことが好きらしく、色々と話をねだられながらもリネッタ自身も笑顔だった。

 昨夜泣きついてきたのが嘘のようである。


「まあ、これもまたロリっの力、ロリニウムの効能だよなあ……誰だってかわいい子と話せれば嬉しいもんな」


 勝手な自分の妄想理論に納得しながら、アツロウは歩く。

 リネッタが400年生きてきた経験と冒険譚ぼうけんたんは、途切れることなく旅路を彩っていた。そして、隣の馬上にリネッタを見詰めるエリスの瞳が輝いている。

 まぶしい……守りたい、この笑顔。

 だが、アツロウにはアツロウで楽しみなことが待っているのだった。


「無事に峠を越せば、次の村には……待ってろよ、まだ見ぬエリスちゃん! でまくるぜっ!」

「あ、あの……アツロウ様? わたくしがどうかなさいましたか?」

「ん? ああ、ごめんごめん。エリスさんの方じゃなくて、自由度高いほうのエリスちゃん。俺の直感が言っている……とびきり純度の高いロリニウムの輝きが待っていると!」


 首をかしげるエリスに、アツロウは白い歯をこぼして笑った。

 もちろん、バッチリ決まってない。

 それどころか、キモい。

 そして、そう思ったままに言葉をとげにする声があった。


「つーかなに? 朝からキモいんですけどー? アツロウ」


 同じく徒歩のアリューは、容赦なくアツロウの尻を蹴っ飛ばしてきた。

 心の中でギャル騎士と呼んでいる健康美の少女は、今日は馬には乗りたくないらしい。昨日、リネッタとアツロウに追いつくために飛ばし過ぎたのだとか。

 そのことをチクリと言ってしまう、それくらいアツロウはアリューに興味がなかった。

 、である。


「なんです、アリューさん。やっぱ女の人も年を取ると長時間の乗馬はこたえますか?」

「誰が年寄りだコラァ!」


 また尻を蹴飛ばされた。

 さっきより腰の入ったミドルキックで、とてもいい音がした。

 アリューは股擦またずれで股間が痛いのかもしれないが、アツロウの尻だってれてきそうだ。それでも、一同が愉快な笑みを連鎖させて峠道を行く。

 今朝の話では、この先に手強いモンスターが待っているらしい。

 戦いは不可避だとしても、無駄な緊張を広げないのがベテランの冒険者だ。そして、アツロウの周囲に集った仲間達は、第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルのエクストラメンバーなのである。

 真っ先に異変を察知したのは、鋭い直感を持つホビットのミランだ。


「皆さん、気をつけてくださぁい。な、なにかが……いますぅ」


 聖職者でもあるミランは、手にした長杖ロッドを構える。

 エリスの馬を中心に、真っ先にアリューが抜刀した。黙ってついてきていたリーゼも、重々しい鎧姿でかぶと装面フェイスオフする。臨戦態勢の緊張感の中、アツロウも背のロンリー・コンクエスターに手を伸ばした。

 だが、馬から降りるリネッタが釘を刺してくる。


「ダーリン! それは使ってはいかんぞ? また無駄に被害が広がるからのう」

「で、でもっ」

「強い武器を得た瞬間が危険なのじゃ。何故なぜなら、強いのは振るい手ではなく、武器なのじゃから。アツロウ、よいな?」


 リネッタの声は優しげだが、否定を許さぬ強い響きが籠もっていた。

 思わず頷くと「いい子じゃ」と笑ってリネッタはポンと胸を叩いてくる。

 耳をつんざく絶叫が響き渡ったのは、その瞬間だった。

 穏やかな朝の空気が霧散し、強烈な殺気が向かう先から放たれた。


「あ、あれは……グリフォン!?」


 たかの頭と翼を持つ猛禽獣もうきんじゅうが、風圧を広げて頭上を飛び去った。グリフォンはとても好戦的なモンスターで、特に旅人が襲われることが多い。何故か馬を狙う習性があり、特に牝馬めすうまへの執着をみせることがある。

 だが、旋回して戻ってくる巨体はアツロウ達の馬より何倍も大きかった。

 危険度の高さは、悪魔や魔神のたぐい、ドラゴンほどではないが凶暴なモンスターである。特別な力がないため対処に難しいことは必要ない。凄く強い暴力の塊、それだけだ。単純故に脅威である。


「おーしっ、やったろうじゃん? あーしが攻める、リーゼが守る! いつのもフォーメーション、よろっ!」

「フフフ……攻めと対をなすのは、守りではなく……受け。私の総受け……フフフフフ」


 ノルニルの頼れる双璧、アリューとリーゼが前に出る。

 疾風迅雷しっぷうじんらいの剣士と、堅牢堅固けんろうけんごな重戦士……二人の騎士がいつものコンビネーションで戦闘へと突入した。

 肩越しに振り返るアリューは、矢継ぎ早に戦いの指示を飛ばす。

 妙だなとアツロウが思ったのは、それは普段ならリネッタの仕事だからだ。


「ミラン! サポートよろ! アツロウ、アンタは怪我しないようにしなー? あと、エリスちゃんは死守、いい?」

「あ、ああ……ってか、なんでアリューさんが仕切ってるんですか?」


 だが、満足げにリネッタはうなずいていた。そして、彼女は少し離れた位置で精神力と集中力を高めながら……一歩引いて、戦いの場を俯瞰ふかんするように眺めていた。


「いいんですか? リネッタさん」

「なに、いずれはアリューがノルニルを背負って立つのじゃ。……そういう時期も近付いておる。それというのも、ダーリン……お主が。お主が――」

「っと、危ないっ! エリスさんも! 馬から降りて!」


 風が襲った。

 その中で咄嗟に、アツロウはエリスの手を引き馬から降ろす。紳士たるもの、ロリを愛でても、本来ならばロリっ娘に触るのは禁止だ。アツロウのマイルールではそうなっている。

 ロリっ娘が好きだからこそ、干渉も接触も最小限に留めるのが望ましいのだ。

 抱き寄せ全身でエリスを庇えば、彼女を乗せていた馬がいななきを残して空に持ち去られた。鋭い鉤爪かぎづめの前足が、軽々と馬を遠くへ放る。


「……間一髪! で、リネッタさん。なんか……妙じゃないですか?」


 丁度今、アリューがトントンとステップを踏むなり駆け出したところだった。神速の剣士の脚力を、ミランの法術ほうじゅつが支援する。神へと捧げた祈りは、ノルニルの戦士達に守りの加護を与えた。

 祝福を帯びた身で、アリューの跳躍がグリフォンと交錯こうさくする。

 やはり妙だと、アツロウは周囲を見渡した。


「冒険者ギルドでも、グリフォンくらいになればかなりの討伐報酬が出ますよね! 爪や羽、毛皮といった素材も高値で売れます。そして、それなりに市場に出回っている……世間じゃ強いモンスターといっても、ボチボチ討伐されるレベルですよ」

「……ほう? 気付いたようじゃな。流石さすがワシの見込んだダーリンじゃのう」

「そういう台詞せりふ、十歳未満の女の子に言われたいですね……ッ!? ――いたっ! !」


 北の街道を塞ぐ驚異の、その正体。それは、グリフォンと……もう一匹。グリフォンが牝馬に産ませる魔物、ヒポグリフも同時に君臨していたのである。

 二匹の強力な魔物によって、人と物資の行き来がせき止められていたのだった。


「アリュー! そっちでグリフォンに対処するんじゃ。おぬしならもう、一人でも勝てるが……リーゼとミランの力を借りて戦い、倒したあとのことも考えませい!」

「りょうかいー、姐御あねごっ! あーしならもう、やれる……ただ倒すだけじゃ、ないしっ!」


 リネッタはアリューを信頼している。

 アリューもまた、それに応えようと真剣だ。

 そして、ふとアツロウは気になる。ノルニルはリネッタの血盟クランだが、彼女はまるでアリューを後継者に選んだかのようなことを話した。そういえば最近、リネッタはアリューの意見を求め、時には熟考を欲していた気がする。

 なにか、一抹いちまつさびしさを感じつつも、まずはエリスを連れて木々の間へと逃げる。

 だが、魔法を準備するリネッタに、更に三匹目のヒポグリフが襲いかかった。

 難なく術式じゅつしきの構築を切り替え、火柱で敵意を包んで翼だけを燃やすリネッタ。


「三匹もいたのか……グリフォンと、ヒポグリフが二匹! なら、残るこいつはっ!」


 ひょいと小脇こわきにエリスをかかえる。うーん、いい匂い……ロリっ娘は体温が高い、これは心の温かさがロリニウムに宿っているからだと主張しているが、みんな残念な子を見る目で無言になる。それはいい、だが今はエリスを守らなければいけなかった。

 ロンリー・コンクエスターを片手で引き抜き、その反動でよろける。

 持ち主だけは安全だというのは、昨日の大惨事で得られた数少ない教訓の一つだ。


「手加減、手加減……いいか、ヒポグリフだけを狙って……はああ!」


 急降下するヒポグリフへと、無造作に大剣を振り上げる。

 ロンリー・コンクエスターは、まるでバターをスライスするように。自分の突進力で、ヒポグリフは己を両断してしまったのだ。恐るべき切れ味は、天へと向けただけで烈風を生んで、気流の刃を空へと放つ。

 左右に割れたヒポグリフは、そのまま衝撃の余波で消し飛んでしまった。


「アツロウ、あほー! ってか、マジ? やりすぎだしー、素材とれないじゃん!」

「加減ができないんです! 俺はアリューさんと違って、剣を習ったこともない」

「……今度、教えてもいいけど?」

「それ、いいですね。とりあえず……大丈夫ですか、エリスさん。すみません、神聖不可侵しんせいふかしんなロリっ娘を抱き上げたばかりか、荷物のように小脇に」


 アツロウ的には、そのシチュエーションが許されるのは王子様ポジションだけだ。お姫様だっこも、お米様こめさまだっこ……米俵こめだわらのように肩にかつぐだっこも同じである。

 だが、目を白黒させつつ安堵するエリスの笑みが、なによりの報酬だった。

 そう思った瞬間、耳に冷たい声が忍び込んでくる。


「おやおや、本当だねえ……言われて見に来りゃ、ロンリー・コンクエスターじゃないか。本当に抜けてる……フフッ、なるほど。じゃあ、ボウヤがあれかい? リネッタの」


 振り向くとそこには、嫌に肌の青白い女が立っていた。若くグラマーな美女で、身体の起伏が浮き出た露出の激しい服……否、薄布をまとっている。いわゆる目の毒という蠱惑的こわくてきな姿で、ロリコンのアツロウには致死量の猛毒だ。見てるだけでクラクラする。

 彼女は真っ赤な長髪と同じ色の唇を歪め、より赤い舌でちろりとめた。


「ま、頑張んなさい? 無能な勇者あらため……


 それだけ言って、女は突然背に翼を生やした。まるで蝙蝠こうもりになったかのように、羽撃はばたきが巻き起こす風だけを残して消える。

 そして振り向けば……素材を集める仲間達から離れて、リネッタが呆然ぼうぜんと立ち尽くしているのだった。

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