第9話「北への道は波乱万丈」
結局アツロウは、目が覚めたら狭い部屋の床に転がっていた。
どうやらリネッタは、あの後は腹を立てて帰ってしまったらしい。それで今朝は、体中のアチコチが痛かった。あまり休めてない肉体に、今日もロンリー・コンクエスターが重い。
だが、この巨大な剣はアツロウに無限の力を与えてくれるのだ。
この時点では、まだ無邪気にそう思っていたのだった。
「ひい、ふう、み、と……これでいいかな?」
アツロウは今、宿の
会計係なので、こうしたことは全部アツロウの仕事である。
ちょっと気になってつい、アツロウは財布の革袋をしまいながら聞いてみた。
周囲は朝の喧騒に満ちて、出立する旅人で混雑しているが……この規模の宿にしては数がやけに少ない。女将も忙しそうに見えなかったので、それもなにか気になった。
「なあ、女将さん。ちょいと景気が悪そうだけど……なにかあったのかい?」
アツロウの声に、中年の女将は困り顔で
どうやらビンゴ、大当たりのようだ。
こうしたことから仕事に発展するケースは少なくない。
そして、小さな仕事も拾ってゆくのが、アツロウ達の
「そうなのさ、ボウヤ。ちょいと困ったことになっちまってねえ」
「よかったら聞かせてもらえるかな?
女将が話し出したのは、やはりというかモンスター
ここから先、北へと伸びる街道にアクシデント。
北から来る旅人と物流は途絶えた。
それは同時に、北へと向かう道も閉ざされていることになる。
アツロウはフムと
「なるほど、そいつはよかった」
「ちょいとアンタ、よかったってこたないだろう? こちとらおまんまの食い上げさね」
「いえいえ、よかったですよ。俺達ノルニルにとっても、女将さんにとっても」
「ノルニル……あのノルニルかい? じゃあ、昨夜のちっこいのが」
「ええ。偉大な
「まあまあ、なんてことだい。あたしゃ知らなかったよ。そうかい、そうかい……じゃあ」
女将の顔が明るくなった。
先日は、勇者ジャレッジの仕事を勝手に受けて怒られた。
それは、報酬や経費の話をしなかったからである。
基本的にアツロウは、ノルニルの中でも数少ない、血盟自体が請け負う仕事を決めていい人間だった。数勘定や管理の能力をリネッタは認めてくれているのだ。
「女将さん、俺達はある人を守って北へ向かってる。つまり、北へ続く街道を通らなきゃならない。だから、モンスターは退治する」
「そいつはありがたいねえ、願ったりかなったりだよ。……で? いくらかかるんだい?」
「それなんだけど、俺達がもしモンスターを倒せたら……その時は、報酬はいらないよ」
女将が目を丸くした。
血盟を組んで動く冒険者は皆、命を
「もし俺達が北へと抜けられたら、それはそれでいいんだ。どのみちそのモンスターとは戦うことになるし、海の方へ迂回している時間は惜しいからね」
「それで? もってまわるねえ、ボウヤ」
「その代り、北への道が開いたら……行き交う人達が戻ってくる。そうしたら、この宿も忙しくなるだろうから、せいぜい宣伝してほしいんだ。あのノルニルが、モンスターを倒して街道をこじ開けた、ってね」
血盟は評判が第一、セルフプロデュースは欠かせない。
それに、街道を北に抜けるのは当初からの予定なので、立ち塞がる障害を仲間達は全力で排除するだろう。もともとこれは、避けられぬ戦いなのだ。こうした場合、行き掛けの
結局、自分達の目的完遂と同時に、周囲の民も助からるならそれでいい。
一石二鳥であれば、なにも言うことはないという、そういう女性なのだ。
「そんなことでいいのかい? 随分気前がいいだねえ、第一級非限定血盟ってのは」
「その代り、また賑やかになったら頼みますよ。うちはどんな仕事も
神妙な顔を作ってアツロウは、真面目な声を僅かに潜めた。
なにか別途の要求があるのだと知って、ゴクリと女将も
「女将さん、お孫さんとか……いますか? 小さい女の子の、お孫さん」
「へ?」
「
「その間?」
「俺はそこでお茶でも飲みながら……そうですね、情報収集。小さな女の子とお茶を飲みながら、アレコレ聞いておきたいことがあるんですよ」
嘘である。
大嘘だった。
単純に、ロリっ
女将は腕組み考えるが、どうやら心当たりはなさそうだ。
だが、酷く残念なものを見る目で
どうやら年の功もあって、アツロウの見え透いた
「若いのがいけないねえ、どうしたってんだい。そんなんじゃ
「大丈夫ですよ、いずれ嫁だけのハーレムを作る予定ですから。年下だけの楽園ですよ? ……最高かよっ! でも、ここじゃロリっ娘には会えないって感じですかね」
「悪いねえ、あたしゃ孫達がもう成人しちまってる。
「トホホ、そうですか……」
だが、女将はニヤリと笑って面白いことを教えてくれた。
それでアツロウは、生きる活力を取り戻す。
「北の峠を越えると、小さな村があってねえ。そこにかわいい子がいるんだよ。確か歳は……7、8歳くらいだったかねえ」
「マジですか!? くっ、詳しく!」
「その村でも評判でね、宿の看板娘さね。どんどん客を呼ぶってんで、まるで女神様みたいな扱いだよ。まあ、北へ抜けたら寄ってみるんだね。名前はエリスってんだ」
「エリス! なんていい名前……ん? エリスって……護衛してるエリスさんと同じじゃないか。……ま、いっか。高嶺の花のエリスさん、そして村娘のエリスちゃん……イイ!」
一人でガッツポーズしていたアツロウは、後ろから頭を叩かれた。
スパコーン! といい音がして、振り向くと剣を肩に担いだ少女が
彼女は朝から、まるでウジ虫を見るような視線でアツロウを
「あ……おはようございます、アリューさん。な、なんです? 朝からぶたないでくださいよ」
「ういーっす、超眠いんですけど? それよかアツロウ、あんたさ」
「ああ、低血圧ですか? とりあえず出発まで時間あるので、そこでお茶でも」
「……マジ? えっ、あ、う、うん……アツロウが、一緒にって、言うなら……あーしは、別に、いいけど?」
「なんで俺が
アリューに
痛い、死ぬほど痛い……ちょっとヒールの高いブーツだから、とても痛い。
グリグリとアツロウを踏み
「超うざいんですけど……ロリペド野郎」
「あっ、酷い!」
「酷くないし……あーし、ちょっと期待、したし」
「へっ? なにを」
「う、うっさい! それよかアツロウ、その北のモンスターの話」
「あ、聞いてたんですか? ええ、討伐の話を受けようと思って」
アリューは不思議な少女で、めっぽうリネッタに
そんな彼女は、時々こういう謎な態度を見せてくる。
だが、アツロウは大人だ……きっと、自分の大好きなリネッタを盗られるのではと思って、それでアツロウに攻撃的なんだと思うことにしている。それに、アツロウはロリっ娘以外からは嫌われてもあまり困らない。
そして、仕事ではアリューはアツロウを信頼してくれているし、その逆もしかりだ。
「女将ー、そのモンスターってどんな? も少し情報欲しいってゆーか」
「ああ、そうだねえ……酷く大きなモンスターだって聞いてるよぉ」
「大型、か……サンキュねー、リーゼやミランにも伝えとく。
「女の子が多いみたいだけど、大丈夫かい? あのノルニルでも心配だねえ」
「にはは、あざっすー、マジ感謝ー? でも、あーし達はこれが仕事だし」
その後もアリューは、アツロウとはまた別の角度で女将から情報を得てゆく。
アツロウは今まで、直接戦闘とは関係がなかった。コストやリターン、そしてリスクの管理が彼の仕事だったのだ。だが、アリューは最前線で戦うメンバーだ。卓越した剣技と身のこなしを誇る彼女でも、事前に敵の情報を得ることには熱心だった。
そうこうしていると、他のメンバーもチラホラ現れる。
リネッタはエリスを
「おはようございます、エリスさん。っと、リネッタさん、ちょっとお耳に入れたい話が」
「おはようございます、アツロウ様」
「ふぁ、ふ、ふぅ……眠い。なんじゃアツロウ、手短にの? 朝食のあとすぐ、出発するんじゃから」
アツロウが峠の街道を塞ぐモンスターの話をすると、リネッタは瞬時に眠気を振り払った。そしてアツロウは、今日はリネッタも馬に乗って体力を温存すること、自分が馬を引くことを提案する。
「なんじゃあ……ダーリン、随分と優しいのう? ……ワシ、そういうとこがやっぱり、その、むふふ……グフフ、ゲヘヘヘヘ」
「ちょっとちょっと、リネッタさん。大魔導師がしちゃいけない顔になってますって。いえ、戦闘もありそうですし、それに……寝不足の原因、俺にもありますから」
無邪気に笑うエリスの横で、美貌を台無しにしていたリネッタは……そんなアツロウの声に、頬を朱に染めた。そんな彼女の可憐な美貌は、その笑顔だけは完璧に美少女なロリっ娘なのだった。
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