第9話「北への道は波乱万丈」

 結局アツロウは、目が覚めたら狭い部屋の床に転がっていた。

 どうやらリネッタは、あの後は腹を立てて帰ってしまったらしい。それで今朝は、体中のアチコチが痛かった。あまり休めてない肉体に、今日もロンリー・コンクエスターが重い。

 だが、この巨大な剣はアツロウに無限の力を与えてくれるのだ。

 この時点では、まだ無邪気にそう思っていたのだった。


「ひい、ふう、み、と……これでいいかな?」


 アツロウは今、宿の女将おかみに一泊の宿賃やどちんを払っていた。

 会計係なので、こうしたことは全部アツロウの仕事である。

 恰幅かっぷくのいい老女将は、豊満な身を揺すって数え直し、銅貨と銀貨を受け取った。異世界アルアスタの通貨単位は、ィエン。三部屋、大部屋とダブルベッドの部屋、そしてアツロウの屋根裏部屋で500ィエンは……少し安い。

 ちょっと気になってつい、アツロウは財布の革袋をしまいながら聞いてみた。

 周囲は朝の喧騒に満ちて、出立する旅人で混雑しているが……この規模の宿にしては数がやけに少ない。女将も忙しそうに見えなかったので、それもなにか気になった。


「なあ、女将さん。ちょいと景気が悪そうだけど……なにかあったのかい?」


 アツロウの声に、中年の女将は困り顔でほおに手を当てる。

 どうやらビンゴ、大当たりのようだ。

 こうしたことから仕事に発展するケースは少なくない。

 そして、小さな仕事も拾ってゆくのが、アツロウ達の第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルだった。


「そうなのさ、ボウヤ。ちょいと困ったことになっちまってねえ」

「よかったら聞かせてもらえるかな? 一宿一飯いっしゅくいっぱん恩義おんぎ、なんて言うしね」


 女将が話し出したのは、やはりというかモンスターがらみだった。

 ここから先、北へと伸びる街道にアクシデント。峠越とうげごえの山道を巨大なモンスターが塞いでいるという。これが、ちょっとやそっとでは排除できない魔物な上に、好戦的で手がつけられない。

 北から来る旅人と物流は途絶えた。

 それは同時に、北へと向かう道も閉ざされていることになる。

 アツロウはフムとうなって、早速交渉を開始した。


「なるほど、そいつはよかった」

「ちょいとアンタ、よかったってこたないだろう? こちとらおまんまの食い上げさね」

「いえいえ、よかったですよ。俺達ノルニルにとっても、女将さんにとっても」

「ノルニル……あのノルニルかい? じゃあ、昨夜のちっこいのが」

「ええ。偉大な大魔導師だいまどうし、リネッタ・ラュラ・ストラトスフィアです」

「まあまあ、なんてことだい。あたしゃ知らなかったよ。そうかい、そうかい……じゃあ」


 女将の顔が明るくなった。

 先日は、勇者ジャレッジの仕事を勝手に受けて怒られた。

 それは、報酬や経費の話をしなかったからである。

 基本的にアツロウは、ノルニルの中でも数少ない、血盟自体が請け負う仕事を決めていい人間だった。数勘定や管理の能力をリネッタは認めてくれているのだ。


「女将さん、俺達はある人を守って北へ向かってる。つまり、北へ続く街道を通らなきゃならない。だから、モンスターは退治する」

「そいつはありがたいねえ、願ったりかなったりだよ。……で? いくらかかるんだい?」

「それなんだけど、俺達がもしモンスターを倒せたら……その時は、報酬はいらないよ」


 女将が目を丸くした。

 血盟を組んで動く冒険者は皆、命をして仕事を受ける。いわゆる、クエストというやつだ。だが、その報酬をまずはアツロウは断った。そのうえで話を続ける。


「もし俺達が北へと抜けられたら、それはそれでいいんだ。どのみちそのモンスターとは戦うことになるし、海の方へ迂回している時間は惜しいからね」

「それで? もってまわるねえ、ボウヤ」

「その代り、北への道が開いたら……行き交う人達が戻ってくる。そうしたら、この宿も忙しくなるだろうから、せいぜい宣伝してほしいんだ。あのノルニルが、モンスターを倒して街道をこじ開けた、ってね」


 血盟は評判が第一、セルフプロデュースは欠かせない。

 それに、街道を北に抜けるのは当初からの予定なので、立ち塞がる障害を仲間達は全力で排除するだろう。もともとこれは、避けられぬ戦いなのだ。こうした場合、行き掛けの駄賃だちんとばかりに報酬を得ることは、リネッタは普段から選んでこなかった。

 結局、自分達の目的完遂と同時に、周囲の民も助からるならそれでいい。

 一石二鳥であれば、なにも言うことはないという、そういう女性なのだ。


「そんなことでいいのかい? 随分気前がいいだねえ、第一級非限定血盟ってのは」

「その代り、また賑やかになったら頼みますよ。うちはどんな仕事も迅速丁寧じんそくていねい、迷子の猫探しからモンスター討伐までなんでもござれですって。……あと、ですね」


 神妙な顔を作ってアツロウは、真面目な声を僅かに潜めた。

 なにか別途の要求があるのだと知って、ゴクリと女将ものどを鳴らす。


「女将さん、お孫さんとか……いますか? 小さい女の子の、お孫さん」

「へ?」

出立しゅったつまでまだ、時間があります。うちのメンバーは朝に弱いばかりでね、あと小一時間は部屋から出てこないでしょう。その間……」

「その間?」

「俺はそこでお茶でも飲みながら……そうですね、情報収集。小さな女の子とお茶を飲みながら、アレコレ聞いておきたいことがあるんですよ」


 嘘である。

 大嘘だった。

 単純に、ロリっとお話がしたかった。かわいい女の子とお茶して、ロリニウムを補充したかったのである。

 女将は腕組み考えるが、どうやら心当たりはなさそうだ。

 だが、酷く残念なものを見る目で溜息ためいきをつく。

 どうやら年の功もあって、アツロウの見え透いた魂胆こんたんを察したらしい。


「若いのがいけないねえ、どうしたってんだい。そんなんじゃよめももらえないよ?」

「大丈夫ですよ、いずれ嫁だけのハーレムを作る予定ですから。年下だけの楽園ですよ? ……最高かよっ! でも、ここじゃロリっ娘には会えないって感じですかね」

「悪いねえ、あたしゃ孫達がもう成人しちまってる。曾孫ひまごはみんな遠い街にいるよ」

「トホホ、そうですか……」


 だが、女将はニヤリと笑って面白いことを教えてくれた。

 それでアツロウは、生きる活力を取り戻す。


「北の峠を越えると、小さな村があってねえ。そこにかわいい子がいるんだよ。確か歳は……7、8歳くらいだったかねえ」

「マジですか!? くっ、詳しく!」

「その村でも評判でね、宿の看板娘さね。どんどん客を呼ぶってんで、まるで女神様みたいな扱いだよ。まあ、北へ抜けたら寄ってみるんだね。名前はエリスってんだ」

「エリス! なんていい名前……ん? エリスって……護衛してるエリスさんと同じじゃないか。……ま、いっか。高嶺の花のエリスさん、そして村娘のエリスちゃん……イイ!」


 一人でガッツポーズしていたアツロウは、後ろから頭を叩かれた。

 スパコーン! といい音がして、振り向くと剣を肩に担いだ少女があきれ顔だ。細身のレイピアに露出過多ろしゅつかたなビキニアーマー、小麦色の肌はアリューである。

 彼女は朝から、まるでウジ虫を見るような視線でアツロウをすがめてくる。


「あ……おはようございます、アリューさん。な、なんです? 朝からぶたないでくださいよ」

「ういーっす、超眠いんですけど? それよかアツロウ、あんたさ」

「ああ、低血圧ですか? とりあえず出発まで時間あるので、そこでお茶でも」

「……マジ? えっ、あ、う、うん……アツロウが、一緒にって、言うなら……あーしは、別に、いいけど?」

「なんで俺が適齢期てきれいきを過ぎたアリューさんとお茶しなきゃいけないんですか。お茶出してもらうよう頼んできますから、そこで普段通りだらけててくださ、ぎっ!」


 アリューに何故なぜか、思いっきり足を踏まれた。

 痛い、死ぬほど痛い……ちょっとヒールの高いブーツだから、とても痛い。

 グリグリとアツロウを踏みにじって、アリューは肩をすくめた。


「超うざいんですけど……ロリペド野郎」

「あっ、酷い!」

「酷くないし……あーし、ちょっと期待、したし」

「へっ? なにを」

「う、うっさい! それよかアツロウ、その北のモンスターの話」

「あ、聞いてたんですか? ええ、討伐の話を受けようと思って」


 アリューは不思議な少女で、めっぽうリネッタになついている。血盟の長を姐御あねごと呼んで、まるで実の姉のようにしたっていた。

 そんな彼女は、時々こういう謎な態度を見せてくる。

 だが、アツロウは大人だ……きっと、自分の大好きなリネッタを盗られるのではと思って、それでアツロウに攻撃的なんだと思うことにしている。それに、アツロウはロリっ娘以外からは嫌われてもあまり困らない。

 そして、仕事ではアリューはアツロウを信頼してくれているし、その逆もしかりだ。


「女将ー、そのモンスターってどんな? も少し情報欲しいってゆーか」

「ああ、そうだねえ……酷く大きなモンスターだって聞いてるよぉ」

「大型、か……サンキュねー、リーゼやミランにも伝えとく。勿論もちろん、姐御にも」

「女の子が多いみたいだけど、大丈夫かい? あのノルニルでも心配だねえ」

「にはは、あざっすー、マジ感謝ー? でも、あーし達はこれが仕事だし」


 その後もアリューは、アツロウとはまた別の角度で女将から情報を得てゆく。

 アツロウは今まで、直接戦闘とは関係がなかった。コストやリターン、そしてリスクの管理が彼の仕事だったのだ。だが、アリューは最前線で戦うメンバーだ。卓越した剣技と身のこなしを誇る彼女でも、事前に敵の情報を得ることには熱心だった。

 そうこうしていると、他のメンバーもチラホラ現れる。

 リネッタはエリスをともない、朝から少し疲れた顔をしている。恐らく、エリスに話を聞かせてやって、昨晩は少し寝不足だろうか? そう思って、アツロウはすぐに駆け寄った。


「おはようございます、エリスさん。っと、リネッタさん、ちょっとお耳に入れたい話が」

「おはようございます、アツロウ様」

「ふぁ、ふ、ふぅ……眠い。なんじゃアツロウ、手短にの? 朝食のあとすぐ、出発するんじゃから」


 アツロウが峠の街道を塞ぐモンスターの話をすると、リネッタは瞬時に眠気を振り払った。そしてアツロウは、今日はリネッタも馬に乗って体力を温存すること、自分が馬を引くことを提案する。


「なんじゃあ……ダーリン、随分と優しいのう? ……ワシ、そういうとこがやっぱり、その、むふふ……グフフ、ゲヘヘヘヘ」

「ちょっとちょっと、リネッタさん。大魔導師がしちゃいけない顔になってますって。いえ、戦闘もありそうですし、それに……寝不足の原因、俺にもありますから」


 無邪気に笑うエリスの横で、美貌を台無しにしていたリネッタは……そんなアツロウの声に、頬を朱に染めた。そんな彼女の可憐な美貌は、その笑顔だけは完璧に美少女なロリっ娘なのだった。

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