第8話「オンリー・ロリコン・グローリー」

 最初の宿場町しゅくばまち辿たどいても、アツロウは浮かれ気分でニヤケ笑いが止まらなかった。

 謎の武器、ロンリー・コンクエスター……その圧倒的な破壊力にしびれた。今まで無能な最弱勇者と言われてきたアツロウが、初めて手にした力だった。

 今もこうして、宿のベッドに座って相棒をみがいている。

 重くてデカくて邪魔だった贈り物は、あっという間に彼の宝物になっていた。

 だが、そんなアツロウを囲む面々はあきれ顔である。


「超キモいんですけどー? つーかさぁ、アツロウ……アンタ、ちゃんと姐御あねごにお礼言った? マジ最悪だし……街道、あんなにデコボコにしてさあ」

「それに、気をつけて使わないと危険ですよぉ。強過ぎる力は、それを扱う責任も多いですぅ」


 アリューとミランが、嫌悪と心配の眼差しで見詰めてくる。

 実はあのあと、ロンリー・コンクエスターの破茶滅茶はちゃめちゃな力のせいで街道は崩壊してしまった。それをリネッタが、精霊を召喚して直してくれたのだ。

 ただ地に突き立てただけで、ロンリー・コンクエスターは周囲を破壊する天変地異を起こした。それは仲間達から見れば、自分さえ巻き込みかねない諸刃もろはつるぎだった。

 だが、アツロウは全く悪びれない。

 ようやく自分が手にした、勇者らしい力。

 いな、勇者という概念がいねんを超えた強さがここにあった。


「ふっふっふ、アリューさん……嫉妬いてるんですか? この俺の……成長した強さに!」

「あっ、そーくる? むかつくー、なにコイツ、調子くれてるしー?」

「だっ、駄目ですよぉ、アリューさぁん! 暴力反対ですぅ」


 増長を自覚してはいたが、今晩だけはそれを野放しにしたい。長い間ずっと、無力な状態を強いられてきたから。だが、今は違う……今回のクエストの依頼主は、とんでもない武器をアツロウへとゆずってくれたのだ。

 引退した勇者から、無力な勇者へ今、伝説の武器は引き継がれた。


「ま、確かにこいつは危険ですよ。危うく護衛対象のエリスさんを……愛すべきロリっを巻き込んでしまうところでした」

「おうこら、あーし達はどうでもいいってか」

「いえいえ、そんな! ただ、今後は俺も戦いに……いや、戦いは俺に任せてくださいよ。俺が一人でパパパッと、なんでも片付けちゃいますから」


 会計係きんこばんの仕事は大事だし、帳簿の管理を任されてるのは信頼のあかしだ。リネッタも十二分の給料を払ってくれるし、仲間達からもそれなりに尊敬されていた。だが、ここは剣と魔法の異世界アルアスタなのだ。

 そして、アツロウはこの世界へと呼び込まれた勇者なのだった。

 やがて、呆れ果てたでアリューは溜息を零す。


「も、いーし。いこ、ミラン……あーし、今日は馬に長時間揺られて疲れた。……馬鹿につける薬がないって、ホントかもー? みたいな?」

「あっ、ちょ、ちょっと、アリューさぁん! そ、それじゃあ、アツロウさん、お疲れ様でしたぁ」


 ミランを連れて、アリューはアツロウの部屋を出ていってしまった。彼女はここにはいないリーゼと一緒、三人部屋である。

 アツロウがこの狭いベッドだけの屋根裏部屋で、どうしてミランはギャル騎士&腐女騎士ふじょきしと一緒が許されるのだろう。男も男、男の娘オトコノコなのに。だが、リーゼは先程よろいの下から「ミランがアツロウと一緒だと……危険」などとのたまった。

 心外だ。

 アツロウがミランの貞操ていそうを襲うなど、心外である。

 何故なぜなら、彼はなのだから。

 二人を見送り、ちょっと浮かれ過ぎかなと内心反省のアツロウ。


「ま、でも……今までは守られるだけだったからなあ。今後は、俺だって戦力になる。魔王討伐にも加われるし、血盟クランのみんなだって楽させてやりたいしな」


 勿論もちろん、会計係も続けるつもりである。

 とりあえず、今後は空いてる時間を使って少しは剣術を勉強してみなければいけない。色々試して、広域破壊能力を持つロンリー・コンクエスターも使いこなしたかった。

 ゴブリン退治なんかの簡単なクエストなら、アツロウだけで攻略も夢じゃない。

 そんなことを思っていると、ノックもなくドアがバン! と開いた。


「わっ、えと……リネッタ、さん。どしたんですか?」

「ダーリン、すまぬ! ちょっと……ベッド、いいかのう!」

「えっ? いや、駄目ですよ普通に。リネッタさん、首から下は非ロリですし。身長はロリだけど、全身が女の色気でロリえてますし」

「ええい、頼むっ! ワシをかくまってくれ!」


 言うが早いか、リネッタが部屋に入ってきた。そして、靴を左右順に脱ぎ捨てるや、アツロウのベッドにもぐって毛布を被る。

 何事かと想いつつ、アツロウは彼女の小さな靴を揃えて隠した。

 それは、ドアがノックされるのと同時だった。


「あ、どうぞ」


  先ほどと違って、上品にドアが開いた。

 そして、アツロウは現れた少女の姿を見て、感嘆かんたんの言葉を漏らす。


「お、おお……いい……いいっ!」

「あ、あの、アツロウ様?」

「あ、いえ、すみません! なにか御用ですか? エリスさん」


 護衛対象のエリスがそこにはいた。

 これから丁度、寝るとこなのだろう。少し大きめの、そでを余らせたパジャマがとても愛らしい。平らな胸の上に細い首があって、襟元えりもとはボタンを留めても鎖骨がうっすらと見える。

 アツロウは今日一番のロリニウムを感じ、その全てを心で摂取した。

 エリスは戸惑とまどいながらも、おずおずと話し出す。


「あの、リネッタ様は……こちらにいらっしゃいませんでしたか?」

「へ? ああ、リネッタさん。えっと、どうかなあ」

「実は……わたくし、つい嬉しくて……御無理を言ってしまって」


 エリスは少し恥ずかしげに、話し出した。

 実は今日、エリスはリネッタと同じ部屋にしてもらえるよう頼んだのだ。丁度、リネッタがダブルの部屋を自分用に取っていたので、頼み込んでしまった。

 リネッタは少し驚いたようだったが、護衛対象の望みならと了承してくれた。

 そして、寝物語に沢山の冒険譚ぼうけんたんを聞かせてもらえたという。

 薔薇色ばらいろほおに両手を当てて、うっとりしながらもエリスは物憂ものうげにつぶやく。


「でも、わたくしったら……つい楽しくて、もっともっと、って」

「あー、それでですか」

「今日、アツロウ様があの剣を……ロンリー・コンクエスターを抜きましたでしょう? わたくし、お父様の研究を手伝ってたから、知ってますわ。あの剣は、抜けずの剣」


 そういえば、リネッタも驚いていたのを思い出す。

 かの勇者ジャレッジが、生涯をして探求したアルアスタの謎……それを紐解ひもとかぎが、誰にも抜けないロンリー・コンクエスターだった。

 それが何故か、アツロウにはすんなりと抜けた。

 だが、秘密がある……抜いた瞬間、アツロウは人ならぬ者の声を聴いたのだ。

 超然として揺るがぬ声は、アツロウになにかの始まりを告げたのだった。


「はぁ……失敗してしまいましたの。リネッタ様にもしや、嫌われたのでは。わたくし、どんどんお話を強請って……つい、400年前のことを」


 そのリネッタ様が、背後の毛布の下にいる。

 そして、アツロウは知っていた……泣く子も黙る大魔導師、最強の第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランを率いる女傑じょけつは、優しい。とても優しいのだ。アツロウにそうなのだから、こんなことでエリスを嫌ったりする道理はない。

 そのことを教えてやったら、エリスは安渡あんどの笑みを浮かべてくれた。


「では、わたくしはベッドでリネッタ様をお待ちしますわ。ありがとうございます、アツロウ様……おやすみなさいませ」


 行儀よく一礼して、エリスは行ってしまった。

 それをドアの向こうに見送り、ちらりとアツロウは振り返る。

 毛布を持ち上げ、ニヤニヤと締まらない笑みを浮かべた、その時だった。


「リネッタ様、だって。なんですか、超なつかれてるじゃないですか。うらやましい……あ、あれ? リネッタさん? 怒ったの? ……寝ちゃったの?」


 そこには、安らかな寝顔があった。

 まだ、たおやかな金髪はツインテールに結ばれている。着衣も軽装だが、まだ寝間着に着替えてはいないみたいだ。そんな彼女が、安らかな寝息を立てている。

 そういえばとアツロウは思い出す……彼女は今日、アツロウのしでかした街道破壊の、その尻拭しりぬぐいに大量の精霊を使役しえきしたのだ。のみならず、ロンリー・コンクエスターの強力な破壊力からエリスを守って、魔法の結界を張ったのもリネッタである。


「なんか……お疲れ様です、リネッタさん。そして、ごめんな……俺、なにやってんだろな。それと……それと、なんか」


 そっとアツロウは、リネッタのほおに触れる。すべやかな白い肌の感触が、しっとりと瑞々しくて温かかった。

 だが、次の一言をしみじみとアツロウは噛み締めてしまう。


「やっぱ、顔だけは最高にロリニウム出てるよなあ……胸とかがなあ、残念なんだよなあ」


 そう笑った、次の瞬間だった。

 突然リネッタが、むくりと起き上がった。


「なっ、なんじゃアツロウ! こんなにワシがぜんしてるのに、なにしとるんじゃあ!」

「あっ、起きた。え? ……狸寝入たぬきねいり?」

「あーもぉ、ダーリンは酷いのじゃ……もっとこう、にしてくれてもいいんじゃぞ」

「それ、無理ですよぉ。だってほら、リネッタさんは……あ、でも、そうだ! リネッタさん!」


 アツロウは突然、リネッタの細い肩に両手を置く。

 ポッ、と頬を朱に染めて、リネッタは目をしばたかせながら黙った。


「リネッタさん……ここで今夜、寝ていってくださいよ」

「ダーリン……そ、それって、ワシ、ワシ……う、嬉しいのじゃあ」

「その代り、俺がエリスちゃんと一緒に寝、はうっ!」


 次の瞬間、アツロウの世界が逆転した。リネッタに蹴っ飛ばされ、ベッドから落ちたのだ。そのまま彼は、怒りに肩を震わすリネッタが出てゆくのを、情けない格好で見送ることになったのだった。

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