第7話「神のゲームが始まる」

 突然のことで、アツロウは驚きに目を見張った。

 野盗に身をやつした、自分勝手な勇者ヨシユキとの出会い。そして、有無を言わさぬ戦闘の中でハッタリをかましたら……その瞬間、彼の意識は突然消えた。

 正確には、こうしてよくわからない空間に引っ張り込まれたのである。


「確か、そう。ロリコンを……ロンリー・コンクエスターを抜いた時だったな」


 護衛対象であるエリスの父、元は勇者だったジャレッジから贈られた巨大な剣……その名は、ロンリー・コンクエスター。孤独なる征服者の名をかんした、華美な一振りである。

 それをさやから抜いた瞬間、アツロウはこの場所に吸い込まれたのだ。

 上も下もなく、奥行きも左右もわからない。

 ただ、明るい光の奥から声が呼びかけてきた。


「んー、あれ? 抜けた? 抜けちゃったかあ……じゃあ、


 とても気安く、変に緊張感のない声だ。

 声のする方へと振り向くと、まぶしさでなにも見えない。

 だが、うっすらの光の中に人影のようなものが浮いていた。

 声はそこから呼びかけてくる。


「あんた、誰だっ!」

「んー、私? 私はそうだなあ、この異世界アルアスタのあるじ……みたいなものかな。ぶっちゃけ言うと神様みたいなもん」

「ちょ、おま……なんだそりゃ、超展開にも程があるだろうっ!」

「まあまあお聞きなさいよ、ロリコン勇者アツロウよ」


 慇懃無礼いんぎんぶれいなアツロウに対しても、どこか親しみのある声だ。

 変に偉ぶらず、そしておごそかでもない謎のカジュアルな雰囲気。だからこそアツロウは、突然の異変にも変に冷静でいられたのだ。

 これがまさに、神対応。

 神様だけに、神対応だった。


「君、転生してきたけど特殊な能力も強固な肉体もなかったでしょ?」

「そ、そうですけど……これって、どういうことでしょうか」

「んー、それはまだ秘密。まあ、彼女の召喚が失敗しただけだと思うけどね」


 彼女とは? そもそも、異世界であるこのアルアスタへの転生は、神様がやってることじゃないのだろうか。魔王に支配されているので、その軍勢を打倒し平和を取り戻すために。

 そのことも聞いてみようと思ったが、向こうは向こうで伝えたい要件があるらしい。


「とりま、ちゃっちゃと話を済ますねん? その剣、ロンリー・コンクエスターは……その名の通り、孤独なる征服者の武器なのさ。文字通り、ロンリーでオンリーな君のための剣だよ、アツロウ君」

「えっ、マジ? ……そうか、俺にこんな秘められた力が!」

「400年も待って、やーっと始まったって感じかなあ。そゆ訳で、頑張って打倒魔王にはげんでクダサイ。私は基本、見守って待つことしかできないからさ、ほら」

「は、はあ」


 神様は簡単に、アツロウとロンリー・コンクエスターの関連性を説明してくれた。

 アツロウはどうやら、他の転生勇者達とは違う存在らしい。勿論もちろん、普通の転生勇者達同様、先程神様が彼女と呼んだ人物が召喚した人間である。

 だが、特殊能力を持たずに転生させられたのは、彼が特別な人間だから。

 そして、その穴埋めのために用意されたのが、ロンリー・コンクエスターという訳だ。


「ま、そゆ感じなんで……似た者同士、応援してるから頑張ってねん」

「あ、はい。え……似た者同士?」

「あっ、そろそろ現実に戻すからね。死なないように気をつけること。ほんじゃ」


 一方的に言いたいことだけ言って、神様は消えた。

 同時に、アツロウの意思が肉体へと戻ってゆく。

 気付けばアツロウは、抜き放った巨剣を両手で握って構えていた。そして、目の前には暴漢と化した勇者様御一行がいる。

 思い出した、凄いツワモノオーラを出して、ひるませていたんだった。

 そして、手の中に剣の重さが戻ってくる。

 勇者ヨシユキ達は、巨大な刃の威容に驚いていたが、逃げる様子はない。


「あっ、あんなデカい剣が振り回せるものか! 全員で攻撃なのであるっ!」

合点がってん! 悪く思うなよ、欠陥勇者!」

「そっちのお嬢ちゃん達もな!」


 ちらりと振り向けば、リネッタがエリスを背にかばいつつ魔法を準備している。彼女の周囲では空気が逆巻き、たおやかな金髪のツインテールが逆立っていた。

 リネッタの魔法が放たれれば、あっという間に相手は全滅である。

 伊達だて大魔導師だいまどうしなどと持ち上げられてはいないのだ。

 となれば、アツロウのやることは一つ。

 魔法の術式じゅつしきが組み上がるまでの間、時間を稼ぎつつ二人を守ることである。


「フッ、愚かな……では教育してやろう! 真の勇者の戦いを、っとっと、危なっ!?」

「そうそうハッタリに乗ってやるかよ!」

「ちょ、ちょっとタンマ! これ、マジで重くてですね、えっと」


 敵は容赦なく襲ってきた。

 しかも、大勢で。

 エリスの悲鳴を背後で聴きながら、必死でアツロウは剣を振り回す。だが、ロンリー・コンクエスターはあまりにも重過ぎた。

 もともと剣術の心得もないこともあって、完全に持て余してしまう。

 当たればただでは済まないので、男達は警戒はしてくれているが……全く驚異には感じてくれていないみたいだ。


「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと待った。タイム!」

「おいおい、へばったか? よーし、やっちまえ!」


 情けないが、すぐに息があがった。

 よろけて地に片膝かたひざを突き、ぐさりとロンリー・コンクエスターを突き立てる。

 その瞬間、驚くべきことが起こった。

 それを知ったのは、背後でリネッタが叫ぶのと同時だった。


「むぅ、なんじゃ!? やはりその剣……結界をっ!」


 背後で攻撃魔法を準備していたリネッタが、突然術式の構築を切り替えた。彼女くらいの腕になるともう、大きな魔法でも演算速度が違う。魔法は便利なこの世の理だが、体系化された学術的なものでもあるのだ。

 なんでもできるのが魔法ではない。

 大きな魔法ほど、術式の構築に時間がかかる。

 そして、術者の能力でそれを短縮することもできるのだ。

 咄嗟にリネッタは、エリスと周囲の馬を魔法の結界で覆った。なんだろうと思っていたアツロウは、足元が微動に震えているのがわかった。


「な、なんだ? 地震? いや、これは――」


 暴漢達が、あっという間に悲鳴を連ねて叫んだ。

 地に突き立てたロンリー・コンクエスターを中心に、地震が起こっていた。強い縦揺れが激しくなって、ひび割れた大地から無数の岩盤が刃となって突き立つ。

 あっという間に地ならしされた街道かいどうが崩壊した。

 まるで津波のように大地がうねって、そこかしこにとがった岩が突き出る。


「バカモノッ、ダーリン! もっと考えて使わんか!」

「あ、あの、リネッタさん……これ、俺が?」

「当然じゃ! ……なるほど、それでロンリー・コンクエスターとはよくいったものぞ。結界を貼らねば、ワシ等も巻き添えをくうとこじゃったぞ!」


 防御の魔法を張り巡らして、リネッタはエリスと荷を守っていた。

 どうやら、ロンリー・コンクエスターを地面に突き刺した、その衝撃がこの天変地異を呼んだらしい。そして、敵味方を問わず攻撃範囲に巻き込んでしまったのだ。

 自分でもドン引きするくらいの、強力な武器である。

 使い方に気をつけねばならないが、アツロウは初めて得た力に身震いした。神様が太鼓判たいこばんを推してくれた、


「フッ、フフフ、フハハハハッ! 凄くないですかこれ、見ました? 見ましたよね、リネッタさん!」

「調子に乗るでないっ! ……しかし、今まで誰一人としてその剣を抜いた者はおらぬ。やはりアツロウ、お主、お主は……ワシの愛するダーリンじゃのう!」

「調子に乗ってるのはどっちですか! さて……お前等、覚悟はいいよな? 次は……あ、あれ? ちょ、ちょっと!」


 キメ顔でアツロウは、敵へと向き直った。

 恐るべき力の片鱗へんりんを見たからか、先程と違って勇者ヨシユキ一行は動揺も顕だ。

 だが、ここはもう一押しと思ったが……ロンリー・コンクエスターは地面から抜けない。アツロウが必死で力を込めても、半端に刺さった剣はびくともしなかった。重過ぎる上に、深々と刺さってしまったためだ。

 それを見て、徐々に敵が状況を飲み込み始める。


「びびらせやがって! 死んだらどうすんだゴルァ!」

「今週は教会の蘇生率も、六割切ってんだぞ! ほんとに死ぬだろうが!」


 そんなことを言われても困る。

 そして、困ってるうちにやられてしまう。

 流石さすがにリネッタが危ういと思ったのか、結界を解除して再び魔法を練り上げる。だが、優れた術者である彼女でも、複数の敵を攻撃する魔法には時間がかかる。

 だが、以外な助けが現れ、間一髪でアツロウは救われた。


「なにこれ!? あーもぉ、街道グチャグチャだしー? 超サイアク……!」


 光が走って、男の一人が武器を落とした。

 ひづめの音も高らかに、一人の少女が細身の剣を走らせる。まるで楽団オーケストラを率いる指揮者マエストロのよう。そして、刃のタクトが振るわれれば、空気が死を歌って吹き荒れた。

 同じ血盟クランの仲間、エクストラメンバーと呼ばれる凄腕の女騎士……アリューだ。ビキニアーマーで小麦色の肌もあらわな剣士は、馬から飛び降りるなりアツロウの前に立つ。


「アリューさん! ええと、これはですね、その」

「あーしに任せなって! アツロウ、弱いんだから下んなー? リネッタの姐御あねご! おっつけリーゼとミランもくっから!」


 そこからは、目にも留まらぬ瞬殺劇だった。

 あっという間に敵は無力化され、一目散に逃げていった。

 それでようやくアツロウは、緊張感から解放されてその場にへたりこむ。重い鎧のリーゼがミランと一緒に追いついてくるまで、彼はひざが笑って立てなかった。

 しかし、先程リネッタは妙なことを言っていた。

 そのことを、震える声でエリスが思い出させてくれる。


「お父様すら抜けなかった剣なのに……アツロウ様、いったいこれは……」


 そう、リネッタも確かに言ったのだ……今まで誰一人として、ロンリー・コンクエスターを抜いた者はいないと。そして、それをアツロウはやってみせたのだ。

 謎が謎を呼ぶ中で、アツロウは自分が手に入れた法外な力に、浮かれながらも漠然ばくぜんと不安を覚えるのだった。

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