第6話「ロリ蔑む、故にロリあり」

 穏やかな天気は、絶好のとつ日和びよりかもしれない。

 アツロウは今、馬を引いて街道を歩く。

 もうすぐ昼時で、メイドさん達が持たせてくれたお弁当が楽しみである。そして、なにより馬上のエリスが元気なのが嬉しかった。

 やはり、ロリっは元気な笑顔が一番。

 それでこそ、あふれて輝くロリニウムも味わえるというものだ。


「エリスさん、よかった……こんなに喜んでくれて、俺も嬉しいですよ」

「ありがとうございます、アツロウ様。だって……あのリネッタ様と一緒の旅なんですもの! ああ、今日の宿では同じ部屋に、いえ……同じベッドに寝ますわ」


 エリスは元勇者の父親と共に、この世界のことを色々と調べていた。

 ここは異世界アルアスタ……400年しかない、不思議な歴史を刻んできた土地である。そして、異邦人いほうじんであるアツロウから見れば、確かに少し不自然だ。

 アツロウが以前いた場所では、神や信仰、宗教といったものは実在性を持たなかった。だが、このアルアスタははっきりと『400年前に神様が作った』とされているのだ。


「そういえば、リネッタさん」

「なんじゃ、ダーリン。……おお、そうかや、そうかや。アツロウも一緒に寝るかのう! ワシと二人でしっぽりと……エリスにはまだ早い、大人の添い寝というものを」

「や、リネッタさんとはちょくちょく寝てるじゃないですか。なにより、エリスさんの夢を壊すなんて、それでもロリっ娘が憧れる伝説の大魔導師だいまどうしですか!」

「……ワシ、そんなつもりないんじゃが。大魔導師、のう」


 リネッタは今、エリスを乗せた馬の後ろを歩いている。

 彼女は魔法を使って、十頭近くの馬を整然と歩かせていた。

 魔法とは、地水火風の精霊に働きかける攻撃的な術ばかりではない。むしろ生活で重宝ちょうほうするのは、うらないやおまじないのたぐいだ。リネッタは伊達だてに400年もハイエルフをやってきた訳ではない……家畜や野のけものと言葉を通わせるなど、造作もないことらしい。

 改めてアツロウは、自分に付きまとってくるリネッタの凄さを知った。

 無能力な転生勇者である自分にとって、ある意味彼女の存在がチート級だ。


「それにしても……重いなあ、この剣」


 先程からずっと、背の巨大な剣が重い。

 まるで棺桶かんおけを背負ってる気分だ。

 先程、メイドを通じてエリスの父親から贈られたものである。恐らく、かの勇者ジャレッジが愛用した名剣だろうか? 伝説の剣、魔剣かはたまた聖剣か……真偽しんぎの程は定かではないが、見る者が見ればきっとうらやむだろう。

 アツロウとしては、エリスの手前、邪険にはできない。

 だが、正直に言えば売り飛ばして金に変え、きたるべきロリロリハーレムに向けての軍資金にしたいくらいだ。きっと高く売れそうな気がする。


「この重さは、デカさからくるものじゃないな……流通してる鋼やミスリル、勿論もちろん最近出回ってるブルーメタルでもない。つかさやの意匠を見るに、そもそも戦闘用じゃない可能性もある」


 ぶつぶつと独り言を呟き、チラリと背後のエリスを振り返る。

 彼女は今、夢中でリネッタに過去の冒険譚ぼうけんたん強請ねだっていた。護衛対象である以前に、小さなうら若き乙女なのだ。リネッタも参ったような顔をしつつ、気前よくチラホラと自分の武勇伝を語る。

 七匹のドラゴンがどうとか、地底の墓所ぼしょと聖杯がどうとか、凄い内容だ。

 キラキラを笑顔を輝かせるエリスには、父親と別れた悲しみの表情がみられない。やはり、ロリっ娘には笑顔、それが絶対の正義にして真理だとアツロウは一人うなずく。


「はぁ……とうとい。エリスさん、尊みに溢れてる。ああ、ときよ止まれ……彼女の美しさを、今の年齢に凝縮したまま永遠にしてくれ。……にしても、本当に重いなコレ!」


 なにせ、自分の胴体ほどもある幅広の剣だ。便宜上はグレートソードになるのだろうが、その大きさはちょっと異常である。これで戦うには、よほどの膂力りょりょくが必要になるだろう。

 勿論、アツロウにそんなものはない。

 加えて言えば、そもそも戦う気概きがいもないのだ。

 だが、第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルの会計係として、アイテム管理も任されている。武具に対する鑑定眼は、この半年ですでにベテランに引けを取らない。勇者特有のフィジカルもメンタルもないし、特技も特殊能力もないが……ないならないなりに生きていけるもんだと楽観しているのだ。

 そんな彼に、リネッタが声をかけてきた。


「これ、アツロウ。そう嫌そうな顔をするでない。その剣は貴重な物じゃ」

「ですよねえ……俺、顔に出てました?」

「ダーリンのことなら何でもわかるぞよ? すぐに小さな子供に鼻の下を伸ばすし、ワシには素直になれず隠した好意を仮面でおおう」

「子供じゃないです、ロリっ娘です! あと、小さな女の子にしか興味がないんで、俺! ……あっ、しまった」


 エリスは一瞬、二人がなにを言ってるのかわからない様子だった。

 それをいいことに、アツロウは急いで会話をくだんの剣で繋ぎ止める。


「で、なんです? この馬鹿でっかい剣。多分これ、戦うためのものじゃないですよね」

流石さすがに鋭いのう……剣の姿を借りた神器、をロンリー・コンクエスターという」

孤独なる征服者LONELY CONQUESTA……?」

「そうじゃ。信じられないかもしれんが、その剣こそがあやつの研究の集大成よ。しかし、その剣はいまだに――」


 時々リネッタは、遠くを見て不思議なことを言う。

 このアルアスタと同世代、同じく400年の歳月を過ごしてきたハイエルフだからだろうか? だが、アツロウは時々不安になる。無条件に優しく構ってくれる彼女は、なにか大きな秘密を抱えているのではないだろうか? そして、自分みたいなどうしようもない人間を好きでいてくれる、その理由も過去と関係があるのではないだろうか、と。

 そう思っていた時、パム! と馬上のエリスが手を叩いた。


「そうですわ、お父様は確かにロンリー・コンクエスターと。……それで、というお話でしたのね。びっくりしましたわ、わたしはてっきり


 リネッタが「えっ!?」と真顔になった。

 勿論もちろん、アツロウもである。

 エリスは、これだけあけっぴろげにアツロウが性癖を暴露してても、目の前に犯罪者級のロリコンがいることに気付いていないようだった。

 そして、さらに言葉を続ける。

 その可憐かれんな声は丸い刃となって、アツロウの心を切り裂いた。


「ロリコンとは、とてもけがらわしい人間のクズだと本で読みましたの。いえ、人間ですらない、クズという形容すらあたいしない存在……モンスターや魔王の軍勢よりも罪深い、言うなれば絶対悪。


 はい、死んだ!

 アツロウ、死亡確認!

 名を知った巨剣ロンリー・コンクエスターが一層重くなった気がした。

 文字通り、ロリコンという名の烙印らくいんを背負わされた気分だ。


「うう、酷い……」

「ぷっ、ぷくく……ふはははっ! ダーリン、エリスはよく世間せけんを知っとるのう! ワシもそう思うぞ? やはり女の魅力は、豊満な肉付きのよさ、そして器量と包容力じゃ」

「違う……違いますよリネッタさん。幼女にあらずんば女性にあらず、リネッタさんなんか、見た目だけロリっ娘でも大人じゃないですか。ロリババアじゃないですか。……ん?」


 そんなやり取りをしながら歩いていると、不意に街道の向こうに人垣を見た。

 道沿いに大きな荷馬車を止めて、その周囲に男達が立っている。

 自然とアツロウは目配せして、背後のリネッタから頷きを拾った。

 コロコロと笑っていたエリスも、緊張感が満ちた空気に表情を強張らせた。

 予想通り、男達は道をふさいで話しかけてくる。


「おーっと、ストップ! ストップだ! 俺たちゃ、勇者ヨシユキ御一行ごいっこうさ!」

第一級勇者血盟だいいっきゅうゆうしゃクラン、あのムラマサとは俺等のことさ!」


 この世界には定期的に、召喚された勇者が転生してくる。誰もが皆、神に祝福されて特別な力を持っていた。アツロウ以外の全員がそうである。

 そして、打倒魔王を目指す心正しき勇者が大半だが……まれに例外もあるのが世のつねだ。

 奥から、マント姿のせた男が歩み出てくる。

 腰の剣も上等なあつらえを感じたし、よく手入れされた革鎧を着込んでいた。

 左手の装飾も鮮やかな籠手こてなど、ひょっとしたマジックアイテムかもしれない。

 その男、勇者ヨシユキが早口で喋り出す。


「つまりこういう話です。小生しょうせい達は魔王を倒すべく旅をしてるのですが、その軍資金のカンパを……早い話が、荷を半分、いや全部置いていきなさいよ!」


 ちょっとヒステリー気味にヨシユキが声を張り上げる。

 既にもう、彼の仲間達は臨戦態勢だ。

 だが、エリスを馬ごと背にかばって、アツロウは真っ直ぐ睨み返した。

 ハッタリである。

 本物の勇者と、そのパーティなのだ。

 はっきり言って、戦闘のプロである。

 対してアツロウは、武芸の心得もないし筋力も人並みなのだ。

 だが、背後には守るべきエリスがいて、頼もしいリネッタがいてくれる。だから、アツロウは精一杯の虚勢きょせいで、事態を打開すべく口を開いた。


「勇者ともあろう者が恥ずかしい! アチコチから援助もらってるくせに、どうして野盗まがいなことを……愛しいロリっ娘の教育に悪い! エリスさんがグレたらどうすんだ!」

「お、おう……まあ、悪いとは思うのですが、そこはそれ。……ん? ひょっとして御同輩ごどうはい? 同じ日本人? んでもって……おお! ですかな?」


 やっぱりアツロウ、有名人。

 無能で非力な転生勇者、それは彼だけが持つ境遇なのだ。勇者同士の情報共有は頻繁になされるが、そもそもアツロウには誰かにとって有益な情報など持ちえない。戦いの経験も積めず、迷宮ダンジョンの攻略なんて夢のまた夢。街を出ずに過ごすことが多く、ゴブリン一匹倒したことがないのだ。

 だが、ハッタリをかましたら最後までかまし通す、そういう根性だけはある。

 なにより、かわいいエリスの前では勇者らしいとこも見せたかった。


「ふう……俺が無能力、一般人レベルの弱い勇者だってうわさ……信じてるんだな、お前等」

「な、なんなの? みょうな余裕こいてんじゃないの。有名ですからして、勇者アツロウのヘタレっぷりは。小生、既に聞き及んでおりますぞ!」

「じゃあ……なんであの偉大な勇者、ジャレッジさんは俺にコイツを……伝説の神器、ロンリー・コンクエスターをゆずったと思う? 次なる振るい手に選ばれたんだよ、俺は。今まで隠しに隠して隠し通した、剣の腕を見込まれてな!」


 大嘘おおうそである。

 そもそも、なんでもらったのかもわからない。

 それでもアツロウは「ふう、やれやれだぜ」などとドヤ顔で背の剣を下ろし、ドスン! と地に突き立てる。演技力だけならかなりイケてるのではと思った。なにより、こうして時間を稼げば、リネッタが魔法を展開しやすい。いつだってアツロウは、自分にできることはできる範囲で最大限に努力するたちだった。


「お前等……味わうか? 神話の時代から受け継がれし、伝説の剣の威力をなあ!」


 そう言って、ちょっと鞘から抜いて見せた。それで相手はビビるはずだった。

 だが、柄を握って引き抜いた瞬間……鞘走さやばしる音と共に、アツロウの意識は真っ白に吹き飛んでしまったのだった。

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