第5話「ロリに会ってはロリに従え」

 アツロウの日々はいそがしかった。

 なにせ、ただただ『かわいいロリっのお役に立ちたい!』という一念で、クエストを勝手に引き受けてしまったのだ。

 クエストとはとどのつまり、冒険者達に依頼される大小様々な仕事である。

 モンスター退治から倉庫の整理、商隊キャラバンの護衛など様々だ。

 コストやリスクを吟味ぎんみして、引き受けるか否かを決めるのが当たり前である。何故なぜなら、冒険者にとっては命がけ、一歩間違えば命を落とすクエストも少なくない。アツロウのように報酬や経費の交渉をスッ飛ばすなど、論外である。

 そんな訳で、朝からリネッタは不機嫌だった。


「ダーリン、ほんっ、とぉ、にっ! バカじゃのう!」

「まだ怒ってるんですか、リネッタさん。もー、許してくださいよ」

「絶対に許さん! 絶対じゃ! 支度したくもバタバタしたし、突然のことでワシとアツロウしか来れんかったしのう」

「今度おごりますから、二人で甘い物でも食べにいきましょ。ね? ねっ?」

「ぜっ、ぜぜ……絶対に、許さんと言っておろう」


 だが、リネッタは口で言うほど怒ってはいない。

 アツロウにはわかる。

 まだ付き合い始めて日は浅いが、このハイエルフの大魔導師だいまどうしはしたたかで聡明そうめいだ。勿論もちろん、付き合い始めて、とは男女のお付き合いの意味ではないが。

 アツロウの短慮たんりょを責めはしたが、リネッタは血盟クランのスケジュールを確認してクエストの用意をしてくれた。アツロウだって、色々な書類や手続きに奔走ほんそうしたのだ。

 勇者ジャレッジの名を出したら、リネッタは少し態度を変えたように見えた。


「ほ、ほら、リネッタさん。もうみんな、出発の準備ができてますよ」

「別のクエストで、アリューもリーゼも不在、ミランは休暇中……他のメンバーも予定を消化するので手一杯じゃ。まあ、ワシがおれば街道沿かいどうぞいくらいなら安心じゃろうが……」

「リネッタさん?」

「ん、なんじゃダーリン。ま、いまさら言ってもしかたないかの」


 再び訪れたジャレッジの屋敷は、巨大な門の前に人だかりができていた。

 十人以上のメイドが総出で、荷物を背負った馬を次々と並べている。恐らく、一人娘のエリスがとつぐにあたっての、結納ゆいのうの品だろう。流石さすがに元勇者となると、持参品も大量だ。その質は、荷をほどかなくても知れるだろう。

 そして、その中にアツロウは旅装を整えた小さな女の子を見つけた。。

 旅立ちの日を迎えたエリスの姿は、以前にも増して愛らしい。

 緊張を滲ませた横顔を見ていると、彼女は視線に気付いて振り返った。


「……お迎えがきたようです。では、皆さんはお父様をよろしくお願いしますわ。どうか、お父様が最期さいごの日まですこやかでいられますよう」


 エリスにとってはもう、父親との今生こんじょうの別れだ。

 これから長い道のりを旅して、北方の辺境伯へんきょうはくへと嫁ぐ。そして彼女は代々伯爵の家柄であるガイエス家のよめになるのだ。現当主はまだ十代の少年で、年の差はそこまで問題にならないだろう。

 それがエリスにとって幸せかどうかは、わからない。

 老い先短いジャレッジにすれば、精一杯だったのかもしれない。

 アツロウにできることは、可憐かれんなロリっ娘を守って、その旅路たびじを少しでも楽しい思い出にしてもらうことだけだった。

 そんなことを考えていると、エリスはこちらを見て目を丸くする。


「あら? まあ……まあまあ、まあ!」


 突然、エリスは薔薇色ばらいろほおを染めた。

 そして、顔に広がる熱を確かめるように、両手を当ててひとみうるませる。

 ついには彼女は、フード付きのマントをひるがえして駆けてきた。

 両手を広げて走るエリスに、自然と同じポーズでアツロウは出迎える。


「エリスさん、このアツロウが! 迎えに! 参りました!」


 これは……と思った。

 満面の笑みで駆け寄ってくるエリスを、この手で抱き締め勇気付けてやれば……きっと彼女は、顔すら知らぬ相手へ嫁ぐさびしさを忘れてくれるだろう。

 もしかしたら、考え直してくれるかもしれない。

 父の教えにそむいてでも、愛の逃避行……自分との駆け落ちだって。

 何故なぜかアツロウは、フラグが立つという単語を思い出していた。

 次の瞬間にはへし折られる、ただの妄想でしかないフラグだが。


「さあ、俺の胸に飛び込んでください……あなたを、あなただけを守る騎士がここに――あ、あれ? えっ、なんで!?」


 スカッ、とアツロウは空気を抱き締め、自分へと両手を巻き付けた。

 彼が抱き留めるはずだったエリスは、横をすり抜け声を弾ませる。

 憂鬱ゆううつを吹き飛ばすような声音が、アツロウの背後で偉大な大魔導師の名を呼んだ。


「リネッタ様! ああ、本当にリネッタ様……あのノルニルの大魔導師、リネッタ様!」

「っとっとっと、な、なんじゃ!? ……ワシ、そんなに有名人かのう」


 エリスは、外見だけは自分とそう歳も変わらないリネッタに抱き着いた。

 驚きに目を丸くしたリネッタは、チラリとアツロウを見て……ムフフと勝ち誇った笑みをこぼした。

 多分、アツロウは死ぬほどくやしそうな顔をしていたのだろう。

 そんなアツロウに構わず、はしゃいだエリスがリネッタへと目を輝かせる。


「リネッタ様のことは、お父様から色々と聞かされてますの。わたくし、小さな頃からお父様の研究のお手伝いを。ずっと、あこがれておりましたわ! おしたいしておりますの!」

「そ、そうかや? 参ったのう……それより、ジャレッジもとうとう、か。寂しいもんじゃ」


 引っ付くエリスの頭をでながら、ふとリネッタが遠い目をした。

 そういえば、クエストの準備中に彼女は言っていた。勇者ジャレッジとは面識めんしきがあり、共に戦ったことも何度もあると。リネッタも、ジャレッジがこの世界のなりたちや転生勇者の謎について、研究していたことを知っていた。

 だが、それ以上のことを彼女は言わなかった。

 もしかして、などとアツロウは思ったものだ。


「まさか、元カレってことは……ないよなあ」

「ん? なんじゃ、アツロウ。なにか言ったかのう?」

「あっ、いいえ! そこらへんは俺の関知するとこではないので! 全然ヤキモチとかないです! はは、は……そうだよ、リネッタさんはロリっ娘じゃないんだから」

「妙な奴じゃ。のう? エリス。しかし、あの時の赤子がもう、こんなに大きくなったんじゃなあ」


 アツロウはロリコンである。

 真性のロリコン、重度のロリコン、とにかく小さくて幼い女の子にしか興味がない。だから、局所的に完璧過ぎるロリ美少女、リーダーのリネッタが常々しい。

 今もまた、どこか寂しげに視線を虚空こくう彷徨さまよわせている。

 どこか老成ろうせいした眼差しが、可憐な容姿を裏切っていた。


「ま、いいじゃろ。とりあえず離れるのじゃ、エリス」

「あっ……と、とんだ失礼を、リネッタ様」

「様はいらんぞ? リネッタでよい。それと、もう会っておるから知っておるかと思うが、そこの冴えない少年がアツロウじゃ」

「はい。先日、御挨拶いたしました。アツロウ様、改めてお願いいたします」


 以前同様、エリスは丁寧にアツロウにも挨拶してくれた。

 やはり、かわいい。

 守りたい、この笑顔。

 だが、エリスはにっこり笑うと、再びリネッタに向き直った。両の拳を握って、前のめりに次々と言葉を浴びせる。

 どうやら、そうとうリネッタにお熱らしい。

 第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルをべる、最強の大魔導師……リネッタ。

 なかば生ける伝説であり、神話の時代より生きるハイエルフ、それが彼女だ。


「リネッタ様、沢山の本や文献ぶんけんで見ましたわ! ああ、なんて素晴らしい旅でしょう。ノルニルの名を聞いた時は、まさかと思いましたわ……でも、本当にリネッタ様がいらしてくださるなんて!」

「ん、ちょっと他のメンバーが都合つかなかったんじゃが……まあ、旅は長い。ワシが守るからには安心せい。モンスターなど、決してエリスに寄せ付けまいぞ」


 実際、リネッタは強い。彼女と互角に戦える冒険者など、アルアスタに五人といないだろう。

 実際、アツロウも何度も危機を救われた。

 彼女がいなければ、今頃荒野で野垂のたれ死にしていたかもしれない。


「でも、なんでリネッタは俺なんかを……ん?」


 ふと気付けば、背後で自分を呼ぶ声がする。

 振り向くと、一人のメイドが立っていた。

 その両手は、巨大な剣を抱きしめていた。


「あの、アツロウ様……ですね? 旦那様だんなさまからこれを」

「えっ? 俺に?」

「今回のクエストの、アツロウ様への個人的な報酬ということでした」


 不思議な話だが、アツロウはそのメイドから剣を受け取る。

 大きいだけでなく、見た目通りに重い。

 幅広はばひろの刃を収めたさやは、それだけでひょろりと細いアツロウ自身をすっぽり覆いそうだ。つかつば、そして鞘自体が深い青で、金色の装飾で縁取られていた。

 アツロウは武器に精通していないので、いつも自衛用にナイフを持つ程度だ。

 それも、ロープを切ったり草を刈ったりと、なたのように使うだけである。


「これは……嬉しくないなあ、はは。あ、いや、ありがたく頂戴ちょうだいします」

「確かにお渡ししました。どうか、エリス様をくれぐれも……」


 メイドが下がると、アツロウは突然のプレゼントに困惑しつつ、それを背負う。

 やっぱり重い。

 使い手に修練と技能がなければ、剣などただのお荷物でしかない。やり戦鎚ハンマーなどもそうだが、特に剣は種類も多彩で技術を要する。

 だが、エリスになつかれまくっているリネッタが不思議な言葉を発した。


「……それを手放したとはのう。いよいよ、か……ジャレッジ、今際いまわきわに顔を見せたりせぬワシを許せ」

「あ、あの、リネッタさん?」

「その剣は、ジャレッジがこのアルアスタの研究をする中で得られた太古の遺物……この世界の始まりと共に生まれたものじゃよ。丁重ていちょうあつかうがよいぞ? ダーリン」


 それだけ言って、リネッタは用意された馬にエリスを乗せた。

 こうして、北の大地へ向けての旅が始まる。アツロウは奇妙な胸騒ぎを感じて、もっとリネッタのことを聞きたくなったが……詮索屋せんさくやは嫌われるし、親しき中にも礼儀ありである。結局なにも問わずに、リネッタと一緒にエリスを守って出立するのだった。

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