第4話「仕事よりもロリっ娘だ!」

 午後の日差しが温かく、すでに初夏の風が吹いている。

 身分ある者の屋敷は、廊下を歩くだけで緊張をもたらした。

 アツロウはリネッタに言われた通り、第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルの代表として仕事に出向いていた。因みに、アツロウは一番下っ端のノービスメンバーである。

 勿論もちろん、あのリネッタはアツロウが働かずともやしなってくれる気がする。

 何故なぜか何故だか、彼女はアツロウにベタ惚れなのだ。

 だが、そんなヒモみたいな生活などは嫌だ。そんな暮らしでは、ロリっハーレムなどの夢のまた夢である。


「旦那様、ノルニルの方がいらっしゃいました」


 眼の前を歩いていたメイドは、屋敷の最奥さいおうにある扉をノックする。

 日当たりの良い廊下を、もうかれこれ5分以上は歩いただろうか? 大豪邸だいごうていという表現がピッタリの屋敷は、主の栄光と武功を無言で語っていた。

 入室をうながされ、アツロウは依頼人の前へと歩み出る。


「えと、こんにちは。第一級非限定血盟、ノルニルから来ました。俺は――」

「知っているよ、勇者アツロウ君……だろ? うわさはかねがね聞いている」


 ベッドの上に、髪も髭も真っ白な老人が寝ていた。

 わずかに首を動かし、アツロウを見上げてくる。

 自分が転生勇者であることを、老人は知っていた。その理由は考えるまでもないので、アツロウはなんだか面白くない。そして、老人は御丁寧ごていねいに説明までしてくれた。


「異世界より召喚され、このアルアスタに転生してきた勇者……しかし、他の勇者と違って特殊な力も屈強な肉体も持ち合わせていない」

「は、はあ……その通りです、けど」

「フッ、気にさわったら済まない。私も勇者なものでね。もう、アルアスタに来て半世紀になる。今日はよろしく頼む、アツロウ君。私はジャレッジ・アンダーソン。アメリカ人さ」


 アメリカ、という国の名前が懐かしい。


「私がアルアスタに転生したのは、確か1998年。大好きな日本への旅行中、飛行機事故が起こってね。はは、トラックにかれなくてもこれたみたいだ」

「1998年…俺がいた時代より、少し過去ですね」

「そうだ。しかし、私が転生してきたのは、50年以上も前になる。休暇を取って秋葉原などに行く予定だったんだが」

「あー、なるほど。俺もよく行ってましたよ、アキバ」


 ふむ、とうなってジャレッジはこの話を打ち切った。

 どんな状態であれ、アルアスタに来た以上は元の世界に戻る道はない。その方法はまだ、発見されていない。そして、アツロウ達転生勇者に、あらゆる者達が打倒魔王を期待した。

 多くの国家が惜しみなく支援してくれる。

 どの街も村も、勇者様御一行ごいっこうを手厚くもてなした。

 だが、未だに魔王は討伐されていない。

 無数の勇者が、救国の英雄として散っていった。


「さて、アツロウ君。今回、ノルニルに頼みたい仕事だが……私には娘が一人いてね」

「はあ」

「目に入れても痛くない、愛娘まなむすめだ。彼女の護衛を頼みたいのだよ」


 ジャレッジは時折みながらも、教えてくれた。

 遅くに授かった、たった一人の娘……名は、エリス。彼女はこのたび北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくへととつぐことになったという。そのため、この王都から遠く離れた北国まで行かねばならない。

 道中、街道かいどうはモンスターが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする危険な旅路だ。

 とてもじゃないが、女の一人旅などありえなかった。


「しかし、私はもう長くない……自分の身体だ、自分が一番よく知っているよ」

「そ、そんな! だって、ジャレッジさんも勇者なんじゃ」

「そう、勇者だ。剣をこの手に、数多あまたの戦いをくぐり抜けてきた。だが、魔王を倒すこともなく引退し、こうして築いた富で余生を送っていたのだよ。だが、それももうすぐ終わりだ」


 そこには恐怖もおびえもなかった。

 おだやかな笑顔で、ジャレッジは細い目をさらに細める。


「いやはや、楽しい半生だったよ。昔から日本のアニメやゲームが大好きでね……まさか、自分で伝説の勇者になって、和製わせいファンタジーの世界を旅できるとは思わなかった」

「和製ファンタジー?」

「そうさ。私達アメリカでのファンタジーといえば、もっとハードなものだよ。もっとも、このアルアスタでの日々も十分に過酷だったがね」


 このアルアスタが、和製ファンタジーそのものだとジャレッジは言う。

 サムライやゲイシャ、フジヤマが出てくる訳ではない。日本特有のアレンジをもって創られた、古き良きファンタジー世界だという。

 言われてみれば確かに、アツロウにも心当たりが山ほどある。

 自分なりに、このアルアスタが中世の封建社会ほうけんしゃかいに似ているとは思っていた。それも、まるでゲームの世界のごとき単純さなのである。


「エルフは耳が長く、とても美しい。そして、ホビットは小柄で利口だ。ドワーフやダークエルフだっているし、魔法のことわりも世に満ちている。子供の頃にやったゲームそのものだ」

「いやあ……まあ、絵にいたようなファンタジーってとこは、同意ですね」

「そう、絵に描いたような……つまり、このアルアスタをえがいた人間がいるのでは? そう思って、長年旅の合間に私は研究を続けた」


 ジャレッジは、意外なことを口にする。

 そして、言われて初めてアツロウは違和感に気がついた。このアルアスタで、そのことを奇妙だと思わない者達は多数派だ。むしろ、そのこと自体がおかしいとさえ思える。

 まるで創作物フィクション、それも昨今の日本で生み出されたかのような世界、アルアスタ。

 その秘密に、以前からジャレッジはメスを入れてきたというのだ。


「アルアスタの歴史は、400年前の世界創生せかいそうせいを起点としている」

「それ、俺も知ってますよ。神が混沌こんとんの中に光をともして、このアルアスタを生み出したって聞きました。教会の教えもそうですよね?」

「ああ。各地の少数民族まで全て、エルフやホビットといった種族を問わず、同じだ。それが逆に不自然でね。この世界には、教会がほうじる神以外の宗教が存在しないんだ」

「それって、変なことですかね?」

「私みたいなアメリカ人には、ちょっとね。それと……この世界には、本当に400年より以前、


 そりゃそうだ、とアツロウは思った。

 最初は、ジャレッジの言いたいことがわからなかった。

 だが、神妙しんみょうな顔でジャレッジは声をひそめる。


「神がこのアルアスタを創生したのだから、それ以前の歴史はない。それ以前にはあらゆるものは存在しない。つまり、神はいる」

「でしょうね。……待てよ? 400年っていったら……」


 ふと、リネッタのことを思い出す。

 彼女は天地創造、アルアスタの開闢かいびゃくと共に生まれたことになる。幼くあどけない顔立ちはそのままに、あの余計なちちもなければ、全身ツルツルの無垢むくな状態……想像するだけで、自分の中にロリニウムが充填じゅうてんされて元気になる気がした。


「どうしたかね、アツロウ君。その、顔がゆるんでいるようだが」

「あ、いえ! なんでもないです! はい。と、とりあえず、リーダーであるリネッタさんに話してみます。多分、オッケーだと思いますけど」

「ああ、すまないね。娘のエリスはまだ若い……彼女の未来に道筋をつけてやることは、私の最後の仕事になるだろう」


 その時、外からドアがノックされた。

 ジャレッジが「入りなさい」と言うと、ドアが開く。

 その音を振り返って、アツロウは目を見開いた。


「失礼します、お父様。お客様にお茶をお持ちしましたわ」

「おお、丁度よかった。アツロウ君、娘のエリスだ」


 そこには、天使がいた。

 そうでないなら、女神だ。

 テーブルへとポットやカップを置いて、エリスと呼ばれた少女は礼儀正しくお辞儀する。両手でスカートをつまんだその姿は、絵本の中から出てきた不思議の国のアリスか、それとも魔法の国のドロシーか。

 アツロウはエリスが発散する瑞々みずみずしい若さ、幼さを飾った可憐かれんさに目を見張った。


「はじめまして、エリス・アンダーソンと申します。冒険者様、よろしくお願いいたします」

「……」

「あの、冒険者様?」

「あっ、ああ! よっ、よよよ、よろしくお願いします! 俺、アツロウって言います」


 エリスは、ジャレッジの孫かと思えるくらい小さな女の子だった。年の頃は十歳前後、とても愛らしいエプロンドレスに身を包んでいる。短く切りそろえた銀髪をヘアバンドで抑えて、ピカピカのオデコがとてもまぶしい。

 間違いなく、アツロウにとってストライクな少女だった。

 ナイスなロリっ娘、まごうことなきロリニウムの純粋な結晶だ。

 勿論、そんな元素はアツロウの妄想の中にしかない。

 だが、かわいいエリスが微笑ほほえむので、ついついアツロウはデレデレと鼻の下を伸ばしてしまう。そして、次の瞬間には表情を引き締めイケメンを気取っていた。


「ジャレッジさん、先程のお話の件……お引き受けしましょう」

「おお、やってくれるかね。噂に名高いノルニルが護衛に付き添ってくれれば、これで一安心だ」

「お任せください。そして、エリスさん」


 片膝を突いてうやうやしくひざまずくと、アツロウは小さく白いエリスの手を取る。

 そして、不思議そうに見下ろす彼女へ白い歯をこぼして笑いかけた。


「エリスさん、俺があなたを守ります。我々ノルニルは、超一流のスペシャリスト集団……なにも心配はいりません」

「は、はい……えと、あの」

「エリスさん、嫁ぐあなたを守る騎士……それが俺、アツロウです。どうかお見知りおきを……ん?」


 その時、アツロウは見た。

 生粋きっすいのロリコンである彼だからこそ、気付けたのだ。

 嫁ぐという言葉に、エリスは表情をわずかにくもらせた。そして、笑顔の裏に隠されていた悲しみが浮かび上がる。しかし、浮かんだ憂鬱ゆううつを掻き消すように、再びエリスは笑顔になる。

 その切ない気丈きじょうさが、アツロウの心にきざみつけられた。


「ありがとうございます、アツロウ様。お頼りしますわ」

「……守りますよ、エリスさんの笑顔を」


 こうして、安請け合いで次の仕事が決まった。

 当たり前だが、いつもの山猫亭やまねこていに戻ったアツロウは、夜に合流したリネッタに死ぬほど怒られるのだった。

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