第3話「ロリっ娘のためなら死ねる」

 アツロウは怒っていた。

 自分の実力もわきまえず、激オコだった。

 何故なぜならば、彼がだったから。


「ロリっになんてことを……それでは、ロリニウムの純度が下がってしまう!」


 ざわつく山猫亭やまねこていの店内で、誰もが彼に道をゆずる。

 おびすくんだ看板娘のクエスラが、涙目でアツロウを振り返った。その周囲には、不遜な笑みを浮かべる冒険者達……どこかの血盟クランの構成員、それもかなりの実力者だ。

 だが、アツロウは下心を隠した紳士の笑みを、クエスラに向ける。


「おう、なんだボウズ! 俺達に文句があんのかあ? ええ?」

「ええ、ありますとも! ざっと並べても500回くらいは文句を言いたいですね!」

「ご、ごひゃっ……な、なんだって?」

「つまり、うーんと沢山! 文句を言いたいってことです!」


 この大陸、アルアスタでは識字率しきじりつが低い。当然、算術の心得がない者もいて、数を正確に計算できることは一つのスキルだ。

 そういった意味では、自分にその力があることでアツロウはなんとか食いっぱぐれずに暮らしてきた。拾ってくれたリネッタの血盟、ノルニルでは彼は数少ない事務処理屋じむしょりやである。

 指折り数を数える大男の前に出て、彼は説明を求めて目元も険しくにらんだ。


「なにか、クエスラちゃんがお気にさわりましたか?」

「お、おうよ! 見ろぉ! 俺の新調した剣を! このガキ、酒を俺の剣にぶちまけやがったんだ!」


 そうだそうだと、大男の仲間達も声をあげる。

 なんだそんなことかと、アツロウは鼻から溜息ためいきこぼした。

 くだらない、実にくだらない。

 そして狭量きょうりょうである。

 アツロウは、トレードマークのバンダナを解くと、ひょいとくだんの剣を取り上げた。そして、冷たいエールにれたさや丁寧ていねいに拭いてゆく。


「へえ、ミスリルの剣ですね。おじさん、かなり腕利きの剣士なんじゃないですか?」

「ハッ、ご機嫌取りか? ボウズ! その剣の値打ねうちがわかるなら、さっさと失せな!」

「値打ち、ですか……ええ、よーくわかりますよ」


 綺麗になったロングソードを元の場所に返して、毅然きぜんとアツロウは言い放った。

 彼は自分でも、臆病でことなかれ主義な軟弱者だという自覚がある。

 だが、愛するロリっ娘のためなら……死ねる。

 自分にできる全てで、あらゆるロリっ娘を守りたいと思っているのだ。

 本気のバカ、それもである。


「先週、ミスリル製の武器は大幅に値を下げてますね。これは何故なぜか? 加工しやすく頑丈がんじょうで、その上に魔力付与エンチャント効果の適正に優れたミスリルは、まさに魔法の銀ですが――」

「お、おいおい、ボウズ……なにを」

「先月、このミスリル鉱石を合金化ごうきんかする技術が発見されたのは御存知ごぞんじですよね?」

「……は?」


 アツロウは剣も振るえないし、魔法も使えない。

 ノルニルのメンバーにも戦闘以外のスキルを得意とする者達がいるが、そうした一極集中型スペシャリストでもない。ただ、日本の義務教育を終えた学力で、短期間で読み書きを習得し、数勘定かずかんじょうができるだけだ。

 ぼんやりとしか思い出せないが、昔は学校に通っていたような気もする。

 そんな彼がいつも、危険なクエストにリネッタ達が挑む間……ただぼんやりと、帳簿をながめながら酒場で油を売っていた訳ではないのだ。


「先月、とあるドワーフの工房こうぼうがミスリルを使った新素材を開発しました。ミスリルは切れ味鋭い刀剣を鍛造できますが、耐久力に問題がある……そこで、合金化することで頑強な素材へと生まれ変わらせる技術が完成したんです。ブルーメタルっていうんですけどね」

「な、なにを……ボウズ、それは」

「あなたが持ってるミスリルのロングソード、お値打ち価格じゃありませんでしたか? 安売りしてたでしょう?」

「ど、どうしてそれを!」

「従来のミスリル製品は今、在庫処分が始まっています。つまり――」


 言ってやった。

 それはもう、ドヤ顔で決めてやった。

 かわいいクエスラのロリっ娘スマイルが見たくて、謎の決めポーズまで取った。


「ご自慢のその剣は、今では大して高価なものではありません。それをこんないたいけなロリっ娘に怒って……剣よりまず、自分をみがく必要がありそうですよね、おっさん!」


 うっ、と大男がひるんだ。

 だが、強面こわもての顔を真っ赤にして、彼は激昂げきこうに叫ぶ。


「知ったふうな口を、きくなあ!」

「……さ、クエスラちゃん。ちょっと下がってて。あとは俺に……いや、俺の愉快ゆかいな仲間達に任せるん、ぎゃっ!?」


 いきなり視界が暗転して、闇の中に星々ほしぼしまたたいた。

 それで自分が、目の前の男にブン殴られたと気付いた。

 当たり前だが、アツロウは荒事あらごとが苦手である。

 だが、ロリっ娘のこととなると見境みさかいがなかったし、恐怖も打算も忘れてしまうのだ。

 酒場の壁に叩きつけられて、ずるずるとその場にへたり込む。

 グラグラと揺らぐ意識は、どうにか目の前の男を見上げることができた。


小難こむずかしいこと言いやがって……どこの血盟のバカだあ? 俺等が第二級戦闘特化血盟だいにきゅうせんとうとっかクラン、泣く子も黙るセブンズオーガと知っても、まだくだらねえこと言うつもりか!」

「グッ、イチチ……逆だろ、逆。泣く子も黙る?」

「ああ?」

「おとなしくて可愛い子を……愛すべきロリっ娘を、泣かせるだけだろ! おっさん!」


 あっという間にアツロウは、丸太みたいな腕で襟首えりくびつかまれた。

 そしてそのまま、天井高くへと吊るし上げられる。

 だが、男の暴挙もそこまでだった。

 固唾かたずを飲んで見守っていた客達が、まるで割れる海のように奇跡を見せる。左右に道を譲られる中、酷く華奢きゃしゃ矮躯わいくがアツロウには見えた。


「ワシの連れ……ダーリンがどうかしたかの? 若いの。失礼はびるが……その上でまだ、子供をいたぶる趣味があるなら……ワシも黙っておれんがのう?」


 ざわめきが広がり、ささやきとつぶやきが連鎖する。

 酒場の全ての視線を集めて、可憐かれんなエルフの少女が立っていた。

 腰に両手を当て、倍ほども身長のある大男を見上げている。

 そして、その先でくびり殺されそうなアツロウを見て、微笑ほほえんだ。

 我等が血盟の頭目とうもく、最強の大魔導師だいまどうし……リネッタだ。


「お、おい、あれ!」

「ああ……ハイエルフのリネッタ、だ」

「ノルニルのリネッタ……あれがそうか」

「なんて迫力だ、ガキみてぇなつらしておっかねえ!」

「なのにどうだ、あのちち……ったく、けしからんぜ!」


 着痩きやせするたちだが、どうみても幼女にしか見えないリネッタの胸は豊満だ。それを隠しきれぬばかりか、彼女は背を反らしてその実りを強調している。

 大男はアツロウから手を離すと、リネッタに向き直った。

 一触即発いっしょくそくはつのムードに、アツロウは緊張感に肌をひりつかせる。

 冒険者は誰もが、己の腕だけで成り上がったならず者という一面がある。無宿無頼むしゅくぶらいのアウトロー、報酬次第ではどんなクエストも引き受ける命知らずだ。

 視界のすみで、アリューやリーゼ、ミランといった仲間達が身構えるのをアツロウは見た。

 だが、それを視線で制して、リネッタがアニメ声で言葉を選ぶ。

 あどけない少女のような声音こわねなのに、背筋が凍るほどに恐ろしい。


「剣は戦士のたましい、じゃ……ダーリンの非礼はびようぞ。じゃが、なおもこの場で暴れるなら……ワシが少し、仕置しおきをせねばならんのう」

「へへ……言うじゃねえか、お嬢ちゃん。数少ない第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランだからって、最近調子くれてるようだなあ? ええ? 羽振りがいいらしいな、リネッタよう!」

「お陰様かげさまでの。手広くやっておるので、飢えぬ程度に稼げておるだけじゃ」

「ああ、そうかい……へっ、女風情おんなふぜいが集まって、女の腐ったようなのまでつるんでよ。しかも、その中にこのガキみたいな、までいるんだから笑えるよな!」


 男は周囲にも知らしめるよいうに、ガハハと笑う。

 このアルアスタには、定期的に異世界から勇者が転生してくる。誰もが皆、特殊な力を神より与えられ、魔王の軍勢と戦っているのだ。そうした勇者達の血盟には、一流の冒険者が参加するという。

 アツロウも勇者、なにかしらの理由があってこのアルアスタに転生してきた。

 だが、特殊な力などなにもない、

 裏社会では駄目勇者として有名らしく、そのことを今日も再確認してアツロウはうつむく。

 彼には、彼だけが振るえる勇者としての力が、ない。

 だが、やれやれとリネッタは左右に首を振って……そして、言葉をとがらせる。


「言葉に気をつけんか、青二才あおにさいが」

「なっ――?!」

「ワシのダーリンは、不届き者から幼子おさなごを守りたいと思える男じゃ。その勇気があるからこそ……アツロウはワシにとっては立派な勇者。違うかのう? 違うというなら……やはり、仕置じゃな」

「言わせておけばっ!」


 絶叫と共に男が、アツロウを投げ捨て拳を振りかぶった。

 風切る音が聴こえてきそうな豪腕ごうわんが振るわれる。

 だが、そのパンチはリネッタの眼の前でピタリと止まった。

 気付けば男は、その全身を光の球体に閉じ込められていた。


「こ、これは……」

「なに、防御魔法ぼうぎょまほうのちょっとした応用じゃよ。ワシの結界は、例えドラゴンのブレスであろうと跳ね返す……おぬしの腕で破るのは無理じゃ。そして、のぅ」


 リネッタはあどけない顔に妖艶ようえんな笑みを浮かべて凄む。

 ぞくりとするほど美しいのに、触れれば切れるかのような冴え冴えとした表情だ。温厚な彼女が怒った時にだけ見せる、死を呼ぶ怜悧れいり微笑びしょう……個人的には、顔だけは完璧過ぎるロリっ娘美少女なので、それを悪役ヒロインみたいに崩すのはやめてほしいと思うアツロウだった。


「お主がまだ駄々だだをこねるなら」

「こ、こねるなら」

「絶対無敵の結界の内側、お主だけを煉獄れんごくほむらで焼いてやろうかのう? それとも、ちょっとずつ深海の水を注いで空気を奪うのはどうじゃ? おおそうじゃ、地獄の餓鬼蟲がきむしを召喚して……生きながらわせるも一興いっきょうぞ」


 そう言ってリネッタは、完全に男の心をへし折ってから結界をく。

 放心状態でひざをつく男を尻目に、彼女はアツロウに駆け寄り、ぺたぺた触って怪我を確認してくれた。胸以外は完璧なロリっ娘の介抱に、複雑な気分でアツロウは立ち上がる。

 そうしてリネッタは、アツロウの会計処理に目を通して満足にうなずくと、仕事を言いつけエクストラメンバーの三人と旅立った。彼女達は女子供だけの血盟……そして、アルアスタでも最強クラスの戦乙女達ヴァルキリーズなのだ。

 その背を見送るアツロウに、看板娘のクエスラが何度も頭を下げてくるのだった。

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