第2話「飛び出せ!愉快な仲間達!」

 その大陸の名は、アルアスタ……無数の国家がひしめく、神秘と冒険の舞台である。古くより魔王の軍勢に脅かされているが、各国は異世界から転生を果たした多くの勇者達によって守られている。

 少なくない数の勇者達が、定期的に召喚されてくるのだ。

 世はまさに、大勇者時代……闇の勢力との戦いは激化の一途を辿たどっている。

 冒険者達はギルドに登録し、血盟クランと呼ばれる組織を立ち上げ戦っていた。


「はぁ……いややされる。網膜もうまくに張り付いたけがれが浄化される思いだぜ」


 アツロウは今、屋根裏部屋やねうらべやを借りている酒場のテーブルで仕事をしていた。

 雑多な冒険者で混雑する店内は、朝から大繁盛である。この時代、酒場は飲食の場である以上に、情報をやり取りする冒険者達の社交の場だ。やれ、どこそこでゴブリンが大発生しているとか、なにがしがドラゴンの怒りに触れて村が消滅したとか……互いが情報を交換し合うし、時には金銭による報酬が発生する時もあった。


 そんな中でアツロウが眺めているのは……この酒場、山猫亭やまねこてい看板娘かんばんむすめである。

 緑のポニーテイルを揺らして、まめまめしく働く少女。見た目は10歳か、もう少し下か……エプロン姿がとても愛らしい。アツロウにとって、ベストな年齢と容姿、そして気立ての優しい娘だった。


「いいよなあ、クエスラちゃん……よめに欲しいよなあ」


 ちなみにアツロウの中では、正妻は12人までOKである。それを含め、アルアスタ中のロリっを集めたハーレムを作るのが、彼の夢なのだ。

 だが、目下その野望は全く進展していない。

 今は所属する血盟の雑用係として、コツコツ仕事をこなす日々だった。

 帳簿やアイテムの在庫管理、冒険や戦闘のサポートがアツロウの仕事である。

 今日も帳面ちょうめんを開いて、リネッタに言われたメンバーの給与を計算していた。


「血盟の金庫番きんこばんを任されるってことは……まあ、信用されてるんだろうなあ」


 自分の不思議な境遇に、アツロウは改めてラッキーな身分だとうなる。

 このアルアスタでは名の知れた大魔導師だいまどうし、リネッタ・ラュラ・ストラトスフィア。熟練冒険者であり、アツロウ達のリーダーである。

 記憶喪失のまま、突然このアルアスタに放り出されたアツロウは、彼女に拾われた。訳もわからず荒野に放り出され、呆然としていたところに……リネッタが現れたのである。彼女は母のように、姉のように接してきて、最後には恋人気取りを始めたのだった。

 そんなことを思い出していると、不意に周囲が騒がしくなってくる。


「おっ、おい……あいつ! もしかして」

「ああ、間違いないぜ。気をつけな……可愛い顔しておっかねえからよ」

第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランノルニルのエース、かあ。エクストラメンバー、初めて見るぜ」


 泉の女神をあしらった紋章は、最強と名高い血盟、ノルニルのメンバーのあかしだ。えがかれた女神のマークで、それぞれエクストラクラス、ベテランクラス、ノービスクラスと三つに分類されている。

 アツロウの所属する、リネッタが作った血盟だ。

 そのエースである女騎士は、露出の激しい軽鎧ライトアーマーでこちらへやってきた。

 優美な曲線でかたどられ、日に焼けた健康美にアツロウは眉根まゆねを寄せる。


「うっ、露出……しかも下品なビキニアーマー……相変わらず、最悪だ」

「ちーっす、アツロウ。あーしの給料は? 色つけてくれてもいーし?」


 少しハスキーな声の少女は、アリュー・ナリュー。露骨な偽名ぎめいだが、アツロウは心の中でギャル騎士と呼んでいる。

 小麦色の肌をさらした、軽薄なビキニアーマー。

 腰には銀の細剣レイピアをはいて、一度ひとたび抜刀すれば神速の剣姫けんきとして名高い達人クラスだ。

 いつでもけだるげで、紅茶色こうちゃいろの髪をギャルギャルしく巻いている。

 アリューは黙っていれば美少女だが、アツロウから見れば女のしゅんを過ぎた老婆ろうばだった。


「アリューさんのは……これですね」

「あざーっす。あれ? なんか……マジで多くね? なになにアツロウ、あーしにやっぱ……れた?」

「どうやってですか、いいからそのムチムチした胸を近付けないでくださいよ」


 アリューは受け取った革袋の重さに、猫みたいな笑みを浮かべる。

 彼女はノルニルのエース、攻撃のかなめだ。多くの血盟で看板を張ってるアタッカーは、戦斧ハルバード破壊鎚ウォーメイス等の重量級ウェポンを好む。だが、アリューはスピードをそのまま攻撃力に上乗せできる腕があるのだ。

 装飾も綺羅きらびやかな銀の剣が抜かれる時、あらゆる敵は血の花を咲かせる。何度か彼女の腕を見たが、剣舞に踊るソードダンサーアリューの戦いは華麗なものだ。


「先月、でっかいクエストをやっつけましたからね。その分じゃないですか?」

「あ、なーる! ……あ、今ちょっとすけべなこと考えたっしょ? アツロウ、むっつりー」

「いじらないでください。あと、離れて!」


 多分同年代か、少し年上だろう。だが、このギャル騎士がアツロウは苦手だ。

 あわてて視線を逃し、エールのジョッキを運ぶクエスラを見てを補給する。

 ロリニウムとは、アツロウが勝手に命名している架空の物質だ。ロリっ娘から摂取できる特殊なエネルギーでもあり、これがないとアツロウは死んでしまう。

 そう勝手に思い込んでいる程度には、アツロウはガチのロリコンだった。

 そんな彼の好みにストライクな幼女が現れて、親しげに語りかけてくる。


「アツロウさん、お疲れ様ですっ。あ、あのぉ……ボクのお給料、もう計算できてますかぁ?」


 ふと声のする方へと視線をスライドさせると……テーブルに両手でぶらさがるようにして、顔を出す幼女がいた。酷くあどけない顔立ちで、ホビット特有の耳はエルフとはまた違った広がりを見せている。

 ホビットは別名小人族とも呼ばれ、成人しても容姿は子供のような者が多い。

 まさに神種族かみしゅぞくなホビットの幼女が、じっとアツロウを見上げてきた。


「ああ、ミランさんもお疲れ様。はい、これですね」

「ありがとうございますっ! わあ……そだ、アツロウさんっ。今夜、よかったら一緒に……その、えっとぉ」


 ほおを赤らめ、ミランと呼ばれたホビットが恥ずかしそうにうつむく。

 かわいい……ロリっ娘たるもの、かくあるべしだ。

 だが、アツロウは普段通りの言葉を返す。


「ミランさん、気持ちだけ受け取っときますよ。俺、ロリっ娘としか恋愛しないんで」

「はぐっ! ふぇぇ……ボク、アツロウさんの好みの女の子だと思うんですけどぉ」

「性別以外は完璧っすねー? でも、

「……やっぱり? 駄目ですかぁ?」

「そもそも、教会の司祭がいいんですか? 俺みたいなのに岡惚おかぼれしてて」


 そう、ミランは男だった。

 アリューも彼女の……いな、彼の頭をポンポン叩きながら「あきらめろしー」とだるそうにからかう。

 基本的に女しかいない血盟、ノルニルのメンバー。

 その中で、アツロウとミランだけが男だ。

 ただ、ミランは生まれや育ちを理由に、女として扱われている。なにより本人がそれを望んでいた。アリューもそうだが、メンバーの過去は誰も詮索しない。知りたがり屋は嫌われるのだ。

 改めてそう思っていると、不意にアツロウを影が包んだ。


「……ん? なんだ……うわっ! って、なんだ……リーゼさんですか」


 振り返ると背後に、鎧のオバケがいた。

 フルプレートにフルヘルムの長身が、ガシャリとアツロウを見下ろしている。

 この人物もノルニルの仲間だ。アリューやミランと同じ、エクストラメンバーを示す歴史の女神ウルドが鎧に刻印されている。アリューのマントやミランのローブも同じだ。

 無言を貫く彼女は、かぶとのバイザーだけをあげてすずしげな目元を覗かせる。

 リーゼとだけ知らされているが、アツロウは彼女の素性が一番ミステリアスだ。決して鎧を脱がず、プライベートでもほとんど仲間達と行動を共にしない。仕事の時にふらっと来て、またふらっといなくなるのだ。


「……おはよ、アツロウ」

「ど、ども……あ、これがリーゼさんの分です。確認してみてください」

「ども。で……今、ミランとアツロウ……いい感じ、だった?」

「ど、どこがですか?」


 特筆すべきは、リーゼの特殊な性癖だ。

 アツロウが言うのもおこがましいが、リーゼは変態……しかし、絶対にアツロウは彼女を同好の士、同じ穴のムジナとして認める訳にはいかなかった。


「ミラン×アツロウ……リバリバーシブルあり。ミランの鬼畜攻きちくぜめ……どう?」

「どう、って言われても……うるさい黙れとしか」

「フフ、照れてる」

「勝手にカップリングしないでくださいよ! あと、ミランさん! なんで嬉しそうなんですか!」


 リーゼは男色同士の恋愛ボーイズラブが好きな、腐女子ふじょしなのだ。それでも自慢の槍と盾とで、仲間を守る鉄壁の騎士である。アリューと並んでノルニルの双璧そうへき、勝手に心の中では腐女騎士ふじょきしと呼んでいる。

 そのリーゼだが、アリューとも二、三の仕事の確認をし始めた。

 このメンバーに血盟のあるじリネッタを加えた四人が、エクストラメンバーの最強パーティである。

 確か、少し難易度の高いモンスター討伐のクエストを受注してあるはずだ。

 勿論もちろん、そんな危険な仕事にはアツロウはお呼びじゃない。

 だが、宿の手配や消費アイテムの準備等、任されたからには仕事はキッチリこなしたつもりだ。旅費も計上してあるし、不測の事態にも備えてある。


「あとはリネッタさん待ちか……遅いな、なにやってんだろ」

姐御あねごなら大丈夫っしょ。問題ないしー、ってか……アツロウ、朝まで一緒だったっしょ?」

「えっ? なっ、なな、なんで」

「なーんか、アツロウから姐御のにおいがするんだよねー」


 スンスンとアリューが顔を近付けてくる。

 蕁麻疹じんましんが出そうになって、慌ててアツロウは椅子から転げ落ちそうになった。

 山猫亭の店内に悲鳴が響いたのは、そんな時だった。


「ごっ、ごめんなさいっ! あ、あの、お代は結構ですので……」

「あぁ? なんだチビこら……お前、なにをやったかわかってんのかぁ!?」


 見れば、看板娘のクエスラがいかつい巨漢きょかんからまれている。かわいそうに、小さな小さなクエスラは今にも泣きそうだ。

 どうやら、給仕ウェイトレスにてんてこ舞いだった彼女は、客になにか失礼を働いてしまったらしい。

 ロリっ娘の危機……即座にアツロウは、考えるよりも先に身体が動く。

 立ち上がるや、ざわめく周囲をよそに騒ぎの中心へと歩み出るのだった。

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