第1話「バカは転生しても治らない」

 ふと目を覚まして、少年は差し込む朝日に目を細めた。

 名は、利根篤郎トネアツロウ……、アツロウと呼ばれている。


「ん、朝か……って、なんで俺は裸っ!?」


 そう、裸。

 全裸だった。

 慌てて白いシーツの上に飛び起きる。

 周囲へ首を巡らせれば、見慣れた自分の部屋だ。

 たった一つを除いて、全く代わり映えしない屋根裏部屋やねうらべやである。

 だが、たった一つの大きな違いが今、アツロウへと背を向けていた。


「ア、ハイ……って、またこのパターンかよ」


 アツロウの視線の先には、鏡に向かう小さな少女の姿があった。

 酷く小柄で華奢きゃしゃで、いうなれば幼女といったおもむきだ。その淡雪あわゆきのような肌はどこまでも白く、滑やかな背中の感触をアツロウは思い出してしまう。

 抱き合い眠ると肌をくすぐってくる、長く伸びて尖った耳の感触も蘇る。

 そう、昨夜もきっと同衾どうきんしてしまったのだ。


「……ま、好きで一緒に寝てる訳じゃないんだけどな」


 だが、眼福である。

 いつもはツインテールにっている金髪も、今は椅子に腰掛けた尻のあたりで揺れている。その隙間からちらちらと見える、やや幼児体型な細い腰。

 アツロウの視線に気付いた少女は、鏡の中で微笑ほほえんでから振り返った。

 瞬間、アツロウは全身を走る電流のような不快感に絶叫する。

 急いで布団を被って視界を覆い、込み上げる悪寒おかんに震え出した。


「ああっ、みっ、みみ、見てしまったああああ! クソッ、最悪な朝だっ!」


 丸く団子だんごになってうずくまり、絶叫するアツロウ。

 そんな彼を、毛布の上から優しくでる声。


「なんじゃ、ダーリン。目覚めておったか。どうじゃ? 朝飯でも食べにいかんかのう?」


 とても幼くあどけない、少し高めのアニメみたいな声だった。

 アニメどころか漫画もゲームもないこの世界に来て、アツロウが出会った最も創作物フィクションっぽい少女……彼女はいつも、アツロウに優しい。

 あの手この手で好意を寄せてくる。

 しかし、その気持ちにアツロウは応えることはできない。


「みっ、認めねえ! 絶対に認めねえ!」

「……ワシ、。へばったお主を連れ帰って、ついでに一晩やっかいになって、一緒に寝ただけじゃ。……まだ、手をつけておらん。キスすら、して、ない、のじゃあ……」

「のじゃロリ、駄目! 絶対! 認めない……認められないっ!」


 彼女の名はリネッタ・ラュラ・ストラトスフィア……アツロウのこの世界での保護者だ。よわい400歳のハイエルフで、名の知れた大魔導師だいまどうしでもある。

 しかし、そんな彼女の肩書や実力を、彼女自身の容姿が裏切っている。

 そしてアツロウは、その半端に裏切られた美しさが気に入らないのだ。


「俺はですねえ、リネッタさん!」

「ん? なんじゃ」

「駄目なんですよ……駄目っ、なんっ、です! どうしてあなたみたいな合法ロリが、のじゃロリしゃべりなんですかっ!」

「だってワシ、400歳じゃし」

「あーっ、もぉ! いいですか、ロリっていうのは……幼女って言うのはぁ!」


 利根篤郎、16歳……生粋きっすいだった。

 ロリータコンプレックスという、不治ふじやまいを持った高校生男子。健康な肉体に不健全な性癖を宿したまま、彼はこの世界へとやってきた。

 誰もが一度は夢見る、異世界……剣と魔法の冒険に満ちた時代だ。


「なんか、朝から腹が立つのぅ……ワシ、傷つくのじゃあ」

「違うっ! 違うんですよリネッタさん! ロリっならそこは『グスッ、酷いよぉ……お兄ちゃんのイジワル』なんです! それが理想なんです!」


 思わずアツロウは、興奮して立ち上がる。

 被っていた毛布を取っ払って、目の前のリネッタを指差す。


「それがなんです、リネッタさん! あなたは、こん、な……に……ロリ、くない!」

「イヤン、お兄ちゃんのえっちぃ! ……って感じがいいんじゃな?」

「とっ、とにかくなにか着てええええええええ!」

「ああ、そうじゃった。ぱだかじゃったなあ」

「いやああああ! ロリなのに胸が! 胸が! 巨乳、ボイン! 駄目絶対! しかも、しかもおおおお……股間に薄っすらと亜熱帯あねったいしげみがああああああ!」


 こうして今日も、ロリコン勇者アツロウの一日が始まる。

 取り立てて異能や超常の力を持たない、ただの男子高校生だったアツロウ。無双するようなチート能力もない彼が、リネッタに拾われたことは幸運だったはずなのだ。

 だが、このトランジスタグラマーなハイエルフに妙に好かれてても嬉しくない。

 アツロウはそれでも、夢を見る。

 異世界だからこそ、自分の信じる道を突き進む。


「くっ、早く年齢一桁のロリっ娘を見て目を清めなきゃ……うう、酷い、朝から酷い」

「アツロウ、ワシ……その、すまんかったのう。……じゃ、じゃあ、っちゃったら、ええかのう?」

「あ、それはそれで引くので。あと、その胸の無駄な脂肪はどうしようもないじゃないですか。とりあえず服着てください」


 頑張れアツロウ、負けるなアツロウ!

 ここは神秘と冒険の大陸、その名もアルアスタ……半ばリネッタのヒモみたいになって、簡単な仕事しかできない彼にも夢がある。

 アルアスタには、都条例とじょうれいがない。

 アルアスタには、淫行罪いんこうざいもない。

 アツロウとロリっ娘達の間をへだてる、無粋ぶすいな法など存在しないのだ。

 今日もまた、ロリっ娘だけのハーレムを夢見て、アツロウの一日が始まろうとしていた。

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