第七章-03
そんな訳で、俺、司馬繁と二人の同志はK県と瀬戸内海を挟んだ位置にあるO県K市Mという、四菱の車両生産ラインのある町に来ている。それも海岸にほど近い、船釣り宿『大漁旗』を拠点としていた。とある筋から、四菱が所有している島のひとつ、釜谷島という周囲3.2kmという三角形の形をした無人島が今回の目的地である。この釜谷島、遠い昔には住人もいた模様だが、今では四菱の保養施設があるくらいだ。夏になると社員の保養地として開放しているのだが、この夏に限って、その動きがない。
否、むしろ警備員が増員されているという情報がある。それも、丁度先輩たちが行方不明となった辺りからだ。これらの情報を掴んできた村川の情報網の凄さには毎度毎度頭が下がる。あらゆるチャンネルを使って、とは言ったものの、本当に政治家や経済人のトップからそのような話を持ち込んでくるとは! ニュースソースは明らかにはできないが、その面々の名前を聞いた時には目玉が飛び出るほど驚いたものである。とにかく、今夜は決行の日。宿の主人には話を通しており、何度もムリな時間に船を出してもらっている。可能であれば、今夜で終わらせたいものだ。
「お~い、学生さんよぉ。晩飯が届いたぞぉ!」
間の伸びた船主兼宿の主人が俺達に声をかける。
「まいど、上海亭です。焼肉ラーメンとタンメン、ちゃんぽんメンお届けにあがりました~!」
「おぅ、待ってました!」
戦いに赴く前には、腹を起こして(腹を起こす=空腹を満たすの意)おかねばならない。万が一の時に空腹で残念な最後を迎えることだけは避けなければならないためである。だからといって、満腹にしてしまってはこちらの動きが鈍る。程よく安くて程よい量のある… -しかも24時間経営と来たもんだ- …なこの上海亭は、俺達のお気に入りの店だった。
「兄ちゃん達、いよいよらしいネ! 武運長久・必勝を祈ってるヨ!」
少し中国なまりのある店主自らが配達にきてくれていた。
「マスター。気持ちは嬉しいんだけどさァ、あんまりあちこちで触れ回っていないでしょうねェ…」
と、村川。
「大丈夫ね、ワタシ、これでも口硬いヨ!」
との返事に、苦笑いをする俺達だった。
◇ ◇ ◇ ◇
店に戻る上海亭のマスターを見送った後、俺達は部屋に戻って綿密に予定を確認する。
「さて、侵入するのはこの浜辺と岩場の境辺りなわけなんだが…」
「船で乗り付けられないってのが痛いよなぁ」
俺の言葉に、野村が応える。
「ああ、そこんところは大丈夫」
と村川は続けた。
「ここの主人のツテで、エンジン付きのゴムボートを借りてきている。沖合で乗り換えて、岩場近くで繋船しよう」
「流石、手が早いな」
「任せろ、司馬さん。最終的におれはこのゴムボートの近くで待っている、これで間違いないな?」
「ああ、施設の内部は四菱の公式パンフにあるとおりだろうし、ここ…」
俺はパンフレットに書かれている図面のあるポイントを指差した。
「どうもここが臭いんだ、プンプンと匂いやがる。どう考えても、ここに何らかの部屋がないとおかしいんだよ」
不自然な無地のスペース。どうやら物置か何かがひとつ入りそうなだけのスペースがある。俺は赤鉛筆でチェックを入れた。
「他にも何点か気になる箇所があるんだけれど、…そこはなんとかなるでしょ?」
村川は念を押すように問いかけてくる。俺は自分に言い聞かせるように答えた。
「ああ、上手くやってくれていればな」
「さぁて、そろそろ時間だぜ、お二人さんよォ」
野村が檄を飛ばす。
「よッしゃ! なら出かけようか」
「「異議なし!」」
「ならば、時計合わせだ。…30…20…10…ご…よん…さん…ふた…ひと…今!」
こうして今、俺達は船宿『大漁旗』の所有する船『第五大福丸』に乗り込んでいる。
「さぁ、作戦開始だ!」
◇ ◇ ◇ ◇
一方、ここは富野研内のメインPC。
かちり、と音がすると、起動画面が表示される。
自動的にパスワードが打ち込まれると、即座にIP選択画面に入った。
フリーで公開されているIPが複数表示されるとその幾つかをランダムに選択し、それらが線で結ばれる。
そして、スタンバイ画面が開かれた。
◇ ◇ ◇ ◇
「なぁ、一成。突然飛び起きて、何やってるんだ?」
俺は隣の部屋でパソコンに向かっている一成に声をかけた。
「ああ、俊樹クン。始まるよ。もう少しで司馬さんたちが事を起こす!」
「事?」
「そうさ。丁度今夜、ある作戦が決行される。井上さんと三田さんの救出作戦さ!」
「え…!? そんな話、ちっとも聞いてなかったぞ」
「だろうね。ギリギリまでナイショにしておく必要があったからさ。今なら丁度沙耶ちゃんや舞衣姉さんはいないし、ようやくこうやって話すことができるのさ」
「どうして沙耶がいるといけないんだ?」
「沙耶ちゃんのお父さんの仕事、知ってる?」
「確か、車関係の仕事してるって…あッ!?」
「そう。部署さえ違えど、四菱に関係のある人物だ。何らかの関わりがあったとしてもおかしくない」
「…」
「なんでも疑ってかかって正解だよ。特にこういう問題はね」
「でも、なら一成は今何をやっているんだ?」
「ふふ…それは今からのお楽しみだよ」
そして、一成はPCのキーボードを嵐のように叩き始めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ボートを岩場に繋船すると、俺達はそれぞれ装備を再確認した。ここから施設まで数百メートル。それぞれ被っているスターライトスコープ越しに何人もの人影がみえる。この岩場からだと、岩場づてに木々が生い茂っているのがわかる。ここまでは調査済みだ。俺達は岩場づてに移動しながら、施設へと接近する選択を取った。
「おい、あれ…」
村川が指で合図する。
「あのフォルムからすっと、M-31辺りかねぇ… こりゃ厄介なモノ持ち込んでやがる」
「まぁ平和国日本だから金属スラグ弾は使用してないとは思うが… それでも当たったら痛ェではすまねェぞ」
俺は木陰に身を潜めながら野村に話しかけた。金属スラグ弾とは普通の鉄砲の弾のことだ、それもM-31というのは、わかりやすく言えばショットガンの一種。たとえ散弾であっても十分な殺傷能力があり、有効射程は約50mに及ぶ。ここで少しだけ俺が希望的観測をしているのは、ここまであからさまにやって見せている以上その行為はあくまで威嚇目的であると見たせいだ。故に、敵さんは万が一にも侵入者を生かしておく必要があると分析している。
と、なると。
おそらく込められているのはプラスチックないしはゴム弾の可能性が強い。
「だからいいな、お前、頭から突っ込んでいきがちだから要注意だぜ」
「解ってる」
「ホントにわかってんのか、野村よォ。いくら金属スラグでなくとも、至近弾食らったらお前の頭くらいかぼちゃの頭並みに吹き飛ぶぜ」
「だから、そん時のためのスタン用のアイテムだろうが」
「そうか? まァいい。それがわかっているのならいい。それじゃ、いくぜ…」
「「異議なし!」」
眼前の見張りは二人。少し遠いところにいる敵さんにテイザー銃(これは舞衣姉さん手作りのコンパクトなものだが)を慎重に向けた。俺はもう一人の近くの草むらの方へ移動して、スタンバる。
Go!俺は合図を送った。
パスっという音とともに、ぎゃッ!?という短い悲鳴が聞こえた。同時に俺はもうひとりに飛びかかる。男はショットガンを俺に向けると発砲の体制に入った。
試しに、ここから少し細かい描写をしてみよう。
俺は左足を進め左虎口で男の右肘をねっとりと突き上げ体を崩し、震脚とともに頂肘をキメて吹き飛ばす。
八極拳や中国拳法に詳しい方ならおそらく状況は掴めただろうか?
そうでない読者の諸君のためにわかりやすく書くと、つまりはこうである。
ショットガンの持ち手を跳ね上げ、相手の懐に入って肘打ちで突き飛ばした。
つまり、そういうことである。
悶絶しているこの二名を野村が衣服を脱がし声も出ないよう縛り上げ、草むらへ隠した。
「よし、行くぞ!」
ここから正門まで200mほど、か。そろそろ一成が上手くやってくれているはずだ。
俺達は警戒を厳にしつつ施設正門へと足を進めるのだった。
アンドロイド・イヴ(改訂版)~あるメイドロイドの一考察~ しかのこうへい @Shikano_Kouhei
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