第七章-02

カチャ!

硬い音を立てて、俊樹の部屋の鍵がかかる。毎日舞衣さんのお宅でお世話になる訳にはいかないので、あたしは3日に一度に必ず自宅へ帰ることにしている。ひとつ目の理由は、両親… 特にお父さんが心配しているということ。ふたつ目の理由は、やっぱり女の子ですからね、これでも。洗濯物もあるしお掃除もしておかなきゃいけない。これは一人暮らしをする上での約束事だった。それから、みっつ目の理由。特に厳として言われているのが、お父さんに定期的に連絡を入れること。なんだかんだ言って娘が心配なのだろう。よく俊樹のことを聞かれるようになった。あたしはベスパのエンジンを回すと、通い慣れた道へと進路を向ける。


そういえば、あたしのスクーターは俊樹が勧めてくれたものだった。


中型免許を取ってすぐの頃、あたしはカワサキのNinja250かホンダのVTR250かで迷っていた。Ninjaはその流線型のデザインが格好良かったし、何より試乗した時のフィット感が良かったのだ。足のつき具合もちょうどいいし、取り回しもいい。くわえてパッションレッドとスターダストホワイトの色合いは、オーナーになった時の、乗っているあたしを気持ちよく想像させてくれる。


一方で、ホンダのVTR-250は舞衣さんが勧めてくれたというのと、これも乗りやすかったということ。舞衣さんはイタリアのバイクに乗ってて、デザインが似てるよ、とイチオシだったのだ。あたしが乗るにはちょっと無骨かな、とか思ったりもしたけれど、故障が少ないということと万能性に優れているということで迷っていたのだ。


そこで、俊樹に聞いてみたのだ。どっちがいいかな? と。


「沙耶、おまえ街乗りが多いだろ? それなら気軽に乗れて遠出もできる小型の125ccスクーターがいい」

「え… どうして?」

「確かにどちらもスペックがいいし乗りやすい。けれど、身の回り品にお金かかるぞ」

「そういうものなの?」

「お前、バイク見ながら『乗っている自分』を想像したろ? その時、沙耶は何を着て、何を装着してた?」

「そういえば、ツナギのライダースーツとかグローブ。ブーツなんかも履いてる…」

「多分、沙耶が想像してるライダースーツは一揃いで数万はかかるぞ?」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ」

「そっか…。でも、普通のスクーターって、なんだか壊れやすそうで。それに、250ccクラスのスクーターだとあたしには大きすぎるわ」

「NinjaやVTRと同じような金額を払うなら、だ。オススメがある…」

そうして勧められたのが今乗っているモデルのベスパだった。確かにおしゃれだし、デザインが洗練されている。

「本当ならば、もしも沙耶が男でメカ好きだったならPXを勧めてるところだ」

PX? 

「そりゃポンコツだし修理しがいのあるスクーターだぜ」

と一人でウケている俊樹、なんだかバカにされているみたい。

「いちいちそんな壊れやすいモノになんか乗らないわよ!」

「だから、さ。プリマヴェーラ125ならちょうどいい。なりに似合わずパワフルだし、足回りもいい。故障も少なくなっているし、何よりデザインがいい。街中で乗っていると誰もの目を引くぞ」


で、言われるままにそのモデルの試乗をしてみる。


「あれ?」

「いいだろ?」

思った以上に小型で軽い。取り回しも効く。それに公道を走るのに十分なパワーがある。何よりデザインというか、色がいい。これなら街中で気軽に走れる。結果、あたしは『永遠の白(モンテビアンコ)』? というカラーのベスパに決めたのだった。


そうこうしているうちに、あたしのアパートに到着した。

これも何の因果か『メゾン・ド・プリマヴェーラ』という。


◇     ◇     ◇     ◇


「もしもし、お父さん?」

あたしはいつもの調子で携帯に話しかける。

「…おう、沙耶か。元気でいるか?(中略)お金はあるか? 今度いつ帰る?」

これまたいつもの通りで、まくし立て気味に語りかけてくる。

「も~、毎回おんなじセリフね、お父さん。そんなに心配しなくってもいいってば。それに連絡はちゃんと入れてるでしょ?」

「週に二度三度では心配でいかん! やっぱり家に…」

「お母さんも言ってたじゃない? そろそろ娘離れしなさいって。…これでも他の友だちに比べたら、連絡回数はかなり多い方なんだから」

「そうは言ったって、なぁ…」

途端に口調が変わってる。娘にデレるなら、お母さんにデレてみせなさいって。


「ところで、沙耶」

「何?」

「古川さんとこの俊樹クン、最近はどうだ?」

「いつものとおりよ。相変わらずの僕人参」

「メイドロイドが来てから変わったところはないか?」

「…特にないわ。むしろ、どうしてお父さんがそんな事まで聞いてくるのか不思議なんですけど?」

「あ、…ああ、うん。俊樹クンのことはご両親から頼まれていたからな」

「本当にその通りなら、ご両親が亡くなった時にウチに来てもらってたら良かったんじゃない?」

「いや、本人の為を思ってだな、その…」

「お陰で性格が本当にひねくれてしまっているんだから。責任はお父さんにもあるのよ?」

「ま、まぁ、それはそれで、だな。変化はないのかね?」

「友だちが増えたわ」

「ほう、俊樹クンに友達が」

「そりゃぁもう、親友みたいな感じで仲がいいのなんのって、いつも誰かと絡んでるって感じ」

「そうかね」

「毎日のようにご飯食べに来るわ、いつもつるんで遊んでるわ、本当に楽しそうよ」

「それは興味深いな。…他には?」

「お父さん、どうしてそんなに俊樹のことばっかり聞くのかしら? お父さんのお仕事の関係?」

「いや、そんなことは… ないぞ」

「…あるのね。一体何をしてるの? お父さんはアンドロイドとか関係ない部署だったはずだったけれど?」

「仕事のことは関係ないぞ、沙耶。…あ、ああ、お前の将来のこととか考えると、だなぁ」

「またそれ? 最初のうちは騙されてたけど、今度はそうは行きませんからね!」

「お、おうおう、お母さんが呼んどる。それじゃ、な。オトコには騙されるんじゃないぞ!」

ぷつっ…つー・つー…

お父さんとの電話はいつもこの調子だ。何か関わっていそうなんだけどなぁ…。


島津斉彬(しまづなりあき)、私のお父さん。名前だけはどこかのお殿様みたいな名前だけど、本当は何やっているんだか。

また近日中に自宅に帰って、いろいろ聞き出してみようと思う。


◇     ◇     ◇     ◇


俺の名前は、司馬繁。そう、俺が尊敬して止まない作家の司馬遼太郎先生と同じ司馬、と書く。かつては文武両道の天才児とか麒麟児とかもてはやされた事もあったが、今は昔の物語だ。事ここに至っては、こうして留年して尚、落ちこぼれ研究生としての地位に甘んじている。


…否、むしろ都合が良いか?

この地位にいることで、我が人生において最大のイベントを迎えようとしているのだ。メイさんという特殊なアンドロイドに絡んだ実(まこと)しやかな陰謀、そして謎。行方不明の人物の捜索と、これほどまでに興奮し奮い立つようなイベントがかつてあっただろうか! …いや、ない。俺は今、壮大な歴史の変革期に、直に関わっている! これを喜ばずして、何を漢(オトコ)の本懐と呼ぼうや! これまでに集めた信頼できる情報とそのニュースソースを手繰れば、この事件が如何に大掛かりで豪儀なモノであるかが分かろうというものだ。この場に立ち会えるという喜びをなんと例えようぞ! そのことを考える度に、俺のこの胸は…

「おい、司馬さんよォ。そろそろ戻ってきてはもらえんかのう?」


「…お、おぅ」

無粋なこの野村というオトコにはわからんのだ。漢のロマンというものを!そしてっ…

「だからさぁ、戻ってこいって」


「…お、おぅ」

「ったくよぅ、こういう時には必ず自分の世界に浸るんだから。悪ィ癖だぜ」

人の気も知らずに…。俺は村山への言葉をぐっと飲み込んだ。

「それじゃ、行こうか。行方不明の先輩方と会いに!」

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