第六章-02

その施設は、ちょっとした体育館くらいの広さがあった。施設内のこの広さを埋め尽くすようにスーパーコンピューターが配置されている。その窓の外を見ると、更に観客席を含んだ野球ドーム状のスペースが広がっている。この建物は、そのスペースの一角を間借りするように、建てられていた。建物の中はとても清潔で、涼やかな風が絶えず空調から吹き付けている。だが、その空調の風にも関わらず、この部屋の暑さは異常だ。もし空調が効いていなかったならば、相当の熱さになって一発でスパコン群がアウトだったろう。その更に奥… に、もう一つ大きな金庫を思わせる扉が見える。何にせよ、この小さな町の地下にこのような施設があるとは誰も知る由もなかった。


「これがメイの本体…」

「そうよ、俊樹クン。本体であり、バックアップ用の予備ユニットでもあるわ。メイちゃんにこれらの情報の開示を禁則事項として処理してあるけど、今回はアタシが許す」

「で、ここまで見せるってことは、相当行き詰まっていると見ていいんですかね?」

「アタリ。さすが司馬クン、察しがいいわね」


「私達にも開示しているというのは、これと同じ・又は同等のものを開発してほしい。そう受け取ってもよろしくて?」

「秋帆さんもよくわかってるじゃない。現在公開されている世界最高水準のスパコン『極(ごく)』並のシステムを構築する必要があるわ。商売敵とはいえ、可能な限りの情報提供をします。よろしい?」

「お時間をいただけるかしら。私一人の判断ではなんともなりませんもので」


「それじゃ、メイは自律型じゃなくAIを利用したドローン・アンドロイドなんですか? とてもそうは思えない挙動スピードですがね。ドローン・アンドロイドであるとしたならあの体重で、あれだけの大きさで、あのスペックを維持できるのも可能ですが…? ただ一点、さっき言った挙動スピードの理屈付けができない」

「まいったなぁ… 司馬くんの観点は結構核心をついてきてて、答えるのが難しいな」

と、髪をかきあげながら舞衣姉さんは続けた、

「メイちゃんは自律/ドローン切り替えが自由なアンドロイドでね。ケースバイケースで自分で判断しながら稼働してるのさ」


俺はメイの方を見た。辛そうな表情をしている。確かに、これが人間であれば聞いているだけでも辛い場面だ。しかし、この表情は所詮プログラムされているものなのか? それとも、自発的に発露そてくるものなのか?


「舞衣姉さん」

「なにかな? 俊樹クン」

「メイが… メイの表情に変化が現れているんですが、もし俺の想像が正しければ… これはかなりマズいのではないんですか?」

その場にいた全員が、ハッとメイに注目した。メイはただ、押し黙ったままだ。


「彼女も覚悟の上よ。それは話し合い済みだわ」

舞衣姉さんは続けた。

「では、本題に入るわね。メイちゃんを巡る計画から、ひとり、反旗を翻した人物でてきたの。小原一馬… 名前くらいは知っている人もいると思う。どうかな?」

「俺達の先輩の一人で、おそらくメイさんに関わっている人物… ですよね?」

「その通りだよ、村川クン。先日、富野研の同僚だった井上春香と三田裕二の二名が行方不明になった。どうやらその件に一馬が関わっているみたいなんだ。こちらからは全く連絡が取れない。…正直、行き詰まってるんだ。彼女たちの身が気がかりだし…」

そこにいた誰もが初耳だった。まさか、そのようなことになっているとは。

「メイちゃんのシステムの一部… プログラムの核心に当たる部分なんだけれど… AAMY-Unitのバックアップが盗まれたんだ。その上、四菱=HIH製の軍用… これは推測でしかないんだけど… アンドロイドに同期させてしまった」

「HIHって… 私、そのようなこと聞いてはおりませんわ」

秋帆は右京・左京の方を見た。彼女たちはかぶりを振った。

「だから、秋帆ちゃんたちにはそこのところを調べてほしいの。見返りは、用意しておくわ。きっとあなたに損はさせない」


「…」

秋帆たちは顔を見合わせた。舞衣姉さんは構わず続けた。

「これは小原一馬の単独行動とは考えられない。もし世間にこのデータが流れ出たら、HIHにとっても大変なスキャンダルになる筈。既に、EVE-00というAAMY-Unitに対応したアンドロイドが誕生しているんだ。それも戦闘に特化していると思われるモノが。メイちゃんはメイドロイドとして造られた。けれど、EVE-00は純然たる戦闘用アンドロイドだ。メイちゃんと同じようなスピードで、ありとあらゆることを学習し・吸収する。これは脅威に値するわ」


あれ? 俺は何か違和感を感じた。いつものことだが、具体的に何が、とはわからない。本能的な何か、なのだ。俺は再びメイを見た。メイはただ静かに俯いているだけだった。


「…だからキミ達には悪いけれど、くれぐれも注意してほしいんだ。アタシ一人になってる今、全員の安全をカバーできる保証はできない。四菱は確実に動いてくる。だから…」

「舞衣姉さん…」

俺は声をあげた。

「もしかして、…なんだけど、一馬さんが盗んだというバックアップ。これを動かすには、メイと同等かそれ以上の演算装置が必要となってくるわけですよね?」

「…そうだね。で、俊樹クン? 続けて」

「このメイの… 本体と同じ規模の演算装置というのはそうそう構築できないと思うんですが、いかがですか?」

「四菱なら、或いは可能だろう?」

「でも司馬さん、…俺は上手く言えないけれど、難しいんじゃないかと思う」

「HIHが協力していれば、あるいは… でもそんな報告は聞いておりませんわね」

秋帆の言葉に、右京・左京は頷く。


重苦しい空位が流れた。


「そうだ! お茶。お茶を入れましょう、マスター!」

先程まで黙っていたメイが口を開いた。

「…そうだな、少し熱くなった頭を冷やすのも、必要かもしれない」

「なら、場所も変えようか」

舞衣姉さんの提案で、俺達は富野研へと移動することになった。


◇     ◇     ◇     ◇


「ああ~、ここの空気を吸うのも随分と久しぶりねぇ!」

舞衣姉さんは伸びをして深呼吸した。この室内の空気、決していいものではないんだが、彼女にとっては懐かしいのだろう。

「アメリカンにミルクたっぷりのカフェオレ、ブルー・マウンテンに、ココア。司馬さんたちはそれでよかったですね!」

「異議な~し!」

「マスターと沙耶さんはダージリン、舞衣さんは?」

「昆布茶!」

「秋帆さんたちは…」

「普通にアメリカンでよろしくてよ。コピ・ルアクなんて、ここにはないでしょうしね」

「「…お茶で」」

「了解です! 今からご用意差し上げますね! 少々お待ちください」


この富野研の安全が担保されてからというもの、俺達はやはり冷房のある富野研に入り浸っていた。その間に、メイはお茶の淹れ方やコーヒーにもこだわるようになり、更に工夫が見られるようになってきた。その味たるや、今や絶品である。それ故に、来客があった時のお茶当番兼看板娘となっているのだった。


「それにしても、メイさんの入れるコーヒーは一味違いますわね」

「あは♪ 秋帆さん。ありがとうございます」

「「このお茶もとてもおいしい…」」

「右京さん、左京さん、嬉しいです!」

「うん、この一杯にドラマを感じざるを得ない…。 この司馬、飲む度に感動を禁じ得ない…っ!」

「異議な~し!」

「みなさんも、本当にありがとうございます」

メイはお茶を美味しそうに飲む皆の姿を見るのが、本当に嬉しいようだ。

「…昆布茶、おいしい♡」

舞衣姉さんがお茶をすすっている。一人だけ見栄えに反してお年寄りみたいですぜ。いや、それが悪いとは言いませんが。

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