第六章-01
海水浴から2日経った。舞衣姉さんの呼びかけで海水浴に参加したメンバーが俺の家に集められた。
「まずは、皆に謝らなければなるまいね。キミ達のことを思ってのことだったんだが、…富野研のメンバーが危険に晒されないよう、監視してた。ごめん」
口火を切ったのは、舞衣姉さんだった。
「あんたたち無駄に有能だったからね、ハラハラしながら見てたんだ。当然、機密事項に関することは抵触できないよう細工もしてたし、会話も記録させてもらっていた。結構感心したよ、技量的にもね」
「それで、何度アタックかけても弾かれてたんだ」
一成が声を上げる。
「いやぁ、何重にもロックが掛けられているのは覚悟してたんだけどさぁ、フロンティアのサーバは異様なほどに複雑でね~ …メイちゃんを動かしているシステムがAAMY-Systemってところまでは把握してたんだけど…」
「なんだよ、それ?」
「村川さんにも調べてもらったんだけどね、司馬さん。結論から言うと、今までに該当する自立型アンドロイドやAIを搭載したタイプのドローン型アンドロイドには見当たらないシステムなんだよね。一応さぁ、富野教授に聞いてもみたし帝大の宮崎教授のサーバにも潜り込んでみたんだけど、アタリはなし。しらばっくれてるのか、本当に知らないのか…」
「私どもHIHの自立型/AIドローン型のアンドロイドにも、そのようなシステムは組み込まれてないはずですわ。そのような名前、聞いたこともないですもの。右京・左京…?」
「「存じ上げません」」
秋帆の問いかけに、二人の言葉がピッタリと揃った。
「詳しくは禁則事項に抵触しますのでお話できませんが、AAMY-Systemなるものは初耳です」
と左京。
「大体、お前らが先日の騒動で壊したウチのドローン・ロボット、あれは別のシステムで動いてるしな」
「大体ありゃ、アンタ達が仕掛けてきたんだろうが?」
右京の言葉を受けて、野村がツッコミを入れてくる。。
「…だそうですわ」
「そっか。そこまで調べてるんなら、皆に回答をあげよう。でなければ、協力も何もないからね」
覚悟を決めたように舞衣姉さんは口を開く。
「AMMY-System…姿勢・方位角強化基準譲渡システムとも言うんだけど、これだけじゃ何のことだかわからないでしょ?」
「関連しそうでなさそうな、おかしな言葉を連ねてるだけのような気もしないでもないですね」
野村がらしからぬ感想を述べた。
「だろう?でもそこがミソでね…」
裏表をひっくり返したスケジュール・ボードにいろいろと書き込みながら、舞衣姉さんは説明を続ける。
「簡単にいえば、実は感情をベースに姿勢制御や動作をリンクさせるものなのだよ」
あれ? なんか違和感がないか?
「感情…って、アンドロイドに、ですか?」
俺は疑問をぶつけてみた。
「現にメイちゃん見ててわからない? ちゃんと感情、あるでしょ?」
「いや、それはあくまで人の感情をトレスしているものじゃないんですか?」
「それは『擬似的に』といいたいのかな?」
「そうです。基本となる人格を構築して、人間社会と親和性をもたせる… そういうものじゃないんですか?」
「それは違うと思うわ」
間髪をいれずに、沙耶が口を挟む。
「メイちゃん、ちゃんと自然に、自分の意志でものを喋ったり考えたり… 行動してるもの。こんな行動、人が介在したプログラム上ではできないと思うわ。知らないけれど」
ああ… この『知らないけれど』と言うのは関西文化圏特有の『知らんけど』のことな。あまり深い意味はないから、スルー推奨で。
「そうなのか?」
俺は沙耶に聞いてみた。
「メイちゃんって、普通の女の子と同じでとてもおしゃべりよ。意見は曲げようとしないし強情だし、ちゃんと見るとこ見てる。そんな複雑なこと、ただのメイドロイドにできるっていうの?」
「そこのところなんですけれど」
と、秋帆。
「少なくとも軍事用としては『感情』は邪魔なものでしかありません。ですから、研究そのものは後回しですわ。むしろ介護用を始めとした民間用のアンドロイドに関して言えば、対象の感情を汲み取るためのプログラムが走ってますの。それらはAIによって更新されはしますが、感情を持つまでには至らない、というのがその筋の意見ですわ」
「それによ、俊樹。付け足すとだな」
「どうぞ、司馬さん」
「2010年代後半に行われたAIの実験では、ネットで集められた情報から擬似的な人格を構築しそうになったって事例がある。その時の記録だと、かなり攻撃的な人格を形成したってことだ。以来、人格に関わるAIは手を付けないってのが暗黙のルールになっててだな…」
「…つまり、感情(そちら)の方の研究は止められているはず、と?」
「そうさ、俊樹。あの時代、…お前は”可”狙いであまり詳しくは知らんだろうが…、改めて旧時代の『ロボット工学三大原則』が注目されることになったのさ。それを遵守させるには、結果、感情はいらない。そう結論づけたんだ」
「そろそろいいかい?」
舞衣姉さんが口を開いた。
「多分、アタシらの事を調べていて『玄田哲也』という名前の行き着いたと思うが… 違う?」
「そこまではたどり着けたんですがね? そこからがさっぱりなんですよ」
「だろうね、司馬くん」
舞衣姉さんは、一息置いて、続けた。
「今までの常識では感情抜きの、あくまでプログラムで動くモノこそが効率が良かった。しかし、記憶領域の容量が増え処理能力が格段に早くなってくると、複雑化したプログラムだけでは制御できなくなる。そこで、『感情』だ」
「でも、それじゃ逆に処理速度が遅くなるのでは?」
「良い質問だね、一成くん。でも運動性を簡略化・単純化してしまえば、感情に任せたほうが良い数値が得られるのだよ。それに早くから気付いていたのが、玄田先生なんだ」
つまり、と前置きして、舞衣姉さんは更に続けた。
「全活動を感情に委ねるシステム、究極に人間に近いアンドロイド。それがAAMY-Systemだよ」
「で」
司馬が声を上げた。
「とどのつまり、メイさんは何者なんですか?」
「メイちゃんは… MAI-5000:Type-Xは、ZE-AAMY-SystemっていうAAMYよりも上位クラスのシステムで動いている」
「もしかして、そこで仏生山の研究室が関わってきている?」
「あら、村川くん、さすがだね。いいトコついてるわ。…そうだね、なら、場所を変えようかな?」
◇ ◇ ◇ ◇
「ココが仏生山富野研究室別室。別名、『冷蔵庫』。ここにメイちゃんの全てを置いてあるわ」
「ここに…」
誰もがここで全てが解決できると思っていた。しかし…
コンクリートむき出しの平屋建て、思っていたよりも小さな建物。一見、プロパンガスの設備を思わせるこの建物の中央に、重厚なスチール製ドアがある。その扉のすぐ脇にセキュリテイのための装置があり、舞衣姉さんは網膜とパスコードの入力をしてセキュリティを解除した。そして、重いドアを開くと、誰もいない通路の奥に地下へと伸びる階段が続いている。
「一応、閉めておくのがルールだから」と舞衣姉さんは自動ロックをを確認し、俺達を地下へと誘導する。
「意外と寒いのね」
沙耶が身震いをしていた。俺は着ていたサマーシャツを沙耶の肩にかける。
「ここは仏生山クレーターの中… 天然の冷蔵庫の中のようなものだからね」
「なんですか? クレーターって?」
「大昔にね、隕石がぶつかった跡なのよ。そこが現在空洞になっていて、こうして利用しているってわけ」
「てことは、つまり…」
「そう、ここには超高速演算装置… スーパーコンピュータが設置されているわ。そして…」
舞衣姉さんが突き当たりのドアを開放する。そこにはだだっ広い空間いっぱいに設置された演算装置で埋め尽くされていた。
「メイちゃんの本体でもあり、バックアップ用の分身、…でもある、ZE-AAMY-Systemよ!」
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