第四章-06

Street Fighterを止めると、アタシは自室へと駆け出した。

嫌な気配がする、そんな直感にも似た不安が頭から離れない。

玄関… 開けられた形跡がある。

「お母さん! …いないか?」

アタシは慎重に上がり框の付近を観察する。一見きれいに清掃されているように見える、が…

「綺麗すぎる」

綺麗すぎるのだ。目隠しの衝立(ついたて)にホコリがまったくないのだ。天井、長押の裏まで、ホコリひとつない。

大雑把な母では考えられない徹底のしよう… 明らかに第三者によるものだった。


慌てて階段を駆け上る。二階の奥の部屋、私のホビー部屋として使っているそこにはメイちゃんのメンテナンスボックスが置いてある。もし細工などされていたなら… それ以上に、最悪盗まれていたのならどうしよう…。ますます嫌な思いが湧き出してくる。アタシは厳重に注意しつつ、自室の襖をそっと開けた。


結論から言おう。メンテナンスボックスはあった。しかし、メモ類の配置が違っている。普段の癖で、思いついたことや気付いたこと、技術的な仕様など、メモに走り書きして貼り付けてあった。それらが『一度剥がされている』のだ。

その勢いのまま、机にむかう。ノートの幾つかに触られた形跡…


「やられた…かな?」

アタシは呟いた。メイちゃんのバックアップもおそらくはコピーされて持って行かれている可能性がある。膨大なデータ量なので、おそらくは人格や記憶領域に関するデータだけしか持っていけないだろうとは思うが…。

「とにかく警察には通報できそうにないわね」

早速アタシはバックアップデータへのアクセス記録ログを確認してみることにした。


◇     ◇     ◇     ◇


「…やっぱり抜かれたようね」

データの改竄や消去は行われていない。だが、幾つかのデータに接触したというログが残っていた。人格… というより、経験に当たる部分のデータがゴッソリと抜かれている可能性がある。ここで言う経験とは、メイちゃんが失敗を繰り返しながら獲得した技術的なことから歩き方の癖まで、ということを指す。で、あるならばだ。EVE-00にもメイちゃんと同じ癖が出てくるということになる。


もっとも、MAI-5000としての性能とEVE-00との性能差によって、若干の誤差は出るだろう。とはいえ、万が一人間社会に出た時に個体を特定するには良いデータが得られたとも言えるのかもしれない。そう思うことにした。


それにしても。

春香、裕二。アンタ達、どこにいるのよ? そもそも無事なの?

最後に連絡を取れた日時を確認する。スマホに入れてあったアプリから、最後に連絡があった場所を特定する。時代の進歩とは恐ろしいもので、大体の位置ならわかるのだ。プライバシーも堪ったものではないが、こういう時には頼もしい。アタシは携帯を取り出した。


「もしもし、K県警ですか? 生活安全課の方に繋いでほしいのですが… ええ、実は知人が行方不明になってて… はい、捜索願は近親者にしか出すことができないんですか? 困ったな。どうしよう… そうだ、刑事部捜査一課の… 」


そんな訳で、受理された。昔のコネを使って、無理やり押し込んでやった。

果たして、上手く見つけ出してくれるだろうか?心配と不安ばかりが残る。


◇     ◇     ◇     ◇


ライオン通りではHIHのスタッフがどっと押し寄せ、ドローン・ロボットの回収を行っていた。

「それにしてもまぁ、大胆な手段に出たねぇ…」

司馬が半ば呆れたように呟いた。

「神谷秋帆はいつだって全力をモットーとしてますの。この度の交渉だって、勿論全精力をもって当たらせていただきましたわ」

「全精力の交渉ったって…」

村川もまた、呆れ顔。

「今日この日、この通りに関するすべての権利は買い取らせていただきました。住民や来客には被害は出ていないはずです」

左京が顔色ひとつ変えずに言った。

「勿論、損害が出た時には保険で支払うことになっている。当然のマナーだ」

とは、右京。どこか、感覚が違ってないか?


「ところで」

秋帆が俺の方を向いて言った。

「本当にこの秋帆を本気にさせるおつもり? 考え直したほうがよろしいかと思いますけれど」

「…応じる必要がない」

「額面のない小切手もご用意させていただいていますわ。…それでもお気持ちは変わりませんのね?」

「が、額面のない小切手だと!? …リアルでははじめて聞いたぜ?」

司馬が声を裏返らせた。

俺は秋帆の方に向き直って言った。

「聞くだけ無駄だ。メイはウチのメイドロイドだ。代わりなどいない。以上だ」

「信じられない!」

秋帆は声を上げた。

「今までに金で言うことを聞かなかったオトコはいませんでした。…面白い。面白いですわ! あなた、秋帆と呼ぶことを許可しますいつでも頼ってくださってもよくってよ」


◇     ◇     ◇     ◇


「全く、経験の差とは恐ろしいものだね」

俺は長い前髪を書き上げながら、視覚センサーを潰されたEVE-00(ダブルオー)を眺めていた。

舞衣も変わってなかったな… つい俺の口元が緩む。

「さて、始末書はどうしたものかな?」

今回の作戦では、MAI5000:Type-Xの再現が可能なアンドロイド制作と基本となるユニット、AAMY-Unitの奪取が目的だった。俺が開発したK-ver.と組み合わせることによって、EVE-00は生まれ変わった… はずだ。


「玄田愛衣(めい)…」

俺はのフォトフレームの中でほほえむ写真の中の少女に話しかけた。

「あなたは必ず、この俺が蘇らせてみせますから…」


◇     ◇     ◇     ◇


通報後のやり取りは簡単なものだった。書類の作成と、経緯の説明。それだけだった。一馬のことだ、春香達の命に別状はないだろう。せいぜい軟禁されているだけに違いない。

「それにしても…」

アタシは即興でメンテナンスボックスに改良を加えていた。

もう予備のAAMYはないんだ。メイちゃんのコアになるZ-E-AAMY… 富野教授から理論だけは教えてもらってるけれど…

アタシの頭の中で、様々な葛藤が廻りに廻る。


それにしても。

何故一馬は離反した? アタシ達4人で愛衣ちゃんを蘇らせる。そのためには、アタシ達の一人として欠けることは許されなかったはず。

「あー、もうわからないことだらけだ~!!!!」

アタシはメンテナンスボックスの改良の手を止めて、大きく深呼吸した。



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