第五章-01

夏だ! 海だ! 水着だ! レジャーだ!

そういう訳で、海である。俺達が住んでいるK県は日本一面積が小さいだけあって、山と海両方のレジャーが容易に楽しめる事で有名だ。そもそも高速なら一時間強で横断可能な県である。また日本昔ばなしに出てくる”おむすび”のような山々が多いことでも有名だ。日本一小さいくせに、話題性やネタだけは人一倍保有しているという、実に自己主張の強いお国柄でもある。繰り返すが、そういう訳で海なのである。


ことの発端は、舞衣姉さんの一言に尽きる。


「せっかく女の子増えたんだし、泳ぎにいかない? ちょうどいい穴場、知ってるんだ~。どう? 女の子たちの水着姿、見てみたくない?』」

この一言に、男どもは吠えた! 走った! 泣いて、悶絶した!


しかし、正直なところ俺は気乗りしなかった。

「何が面白いんです? 例の件で今はまだ警戒態勢でしょうに…」

「何を言うのかね、キミィ…。だからこそ我々が今、護衛で活躍すべきときだろうが! 無垢でか弱い女性たちを影で見守り、護衛する。それ以上の邪な心など持ち合わせていようか? 否! 安心してレディたちが楽しめるよう、今こそ我々が活躍すべきではなかろうか! どうだ?」

俺の言葉を司馬が遮った。男どもは一斉に声を上げて同意する。

「「異議なーし!」」

「なら、新しい水着買いに行かないといけないわね。あたし、体型変わっちゃったから、なんだか恥ずかしいなぁ…」

沙耶は満更でもない表情をしながら、それでも参加の意思を表明。

「私はたとえ海水中でも稼働可能です。問題ありません。マスター、私に似合う可愛い、水着選んで頂けますか?」

「ダメよダメよ、このヒト全くそういうセンス無いんだから。俊樹に選んでもらうくらいなら、あたしが選んであげるわ!」

メイの言葉を受けて、沙耶は水着選びをかって出た。

「メイちゃんなら、どんな水着が似合うのかねぇ…」

舞衣姉さん、腕を組みながら宙を仰ぐ。


「俺達も水着買わネぇとなぁ。高校時分から一度も海なんて行ったことねぇぞ」

一体何年泳ぎに行ってないんスか、司馬さん?

「俺もだ。ここはバチッとキメねぇとなぁ」

オトコの固太りの体なんて見たくもねぇよ、野村さんよ。

「しかも、女の子と一緒なんだぜ? ありえねぇ!!」

どんだけ縁がなかったんだ? 村川さん。

「ボク、ボクの人生に一片の悔い無しィ~!!」

泣くな! 更にカッコ悪いぞ、一成!


「…めんどくさいな、俺は行かない」

「ええええええええ!?」

男女両方からブーイングが上がった。

「俊樹が行かないんなら、あたしどうしようかな…。きっと楽しいわよ、海」

いかにも残念そうに、沙耶。チラッと俺を非難してみせる。

「そうだそうだ、お前が行かずしてどうなる! 繰り返し言うが、我々はあくまで女性陣の警護で行くんだ。決して浮ついた気分で海に行くわけじゃないんだぞ? 忘れたのか、俊樹よォ!?」

司馬が目を血走らせて説得してきた。アンタ、何がそれほどまで必死にさせるんだ?

「俺は仕事があるんです。特に夏季はお盆セールやらお中元セールやらで、広告の仕事が山積み。多忙だし、稼ぎ時でもあるんだってば」

「そうよねぇ…」

沙耶が残念そうな声を上げた。

「マスターが忙しいのなら、仕方ありません」

メイも沙耶に同調する。


俺の言葉にまず顔色を変えたのは、やっぱり司馬だった。

「…おいおい、俊樹クン! キミは自分が何を言っているのか自覚があるのかね?」

司馬さん、顔が怖いし近い近い近い!

「一日くらい仕事サボったって、どうということもあるまい!」

野村さん、苦しい! 首を絞めるんじゃねぇよ!

「間に合わねぇんなら、俺達がなんとかしてやらァ。ロハで請け負うぜ」

申し出は嬉しいんだけどさ。腕関節をキメるの、止めてくれないかな? 村川さん。

「そうだそうだ、ボクの青春を奪う権利が、キミのどこにあるっていうんだよ~!?」

泣かないで、一成。そのポカポカ殴るのって、身体よかメンタルに痛いからっ!?


「だぁぁぁもう、わかったよ! 行きます行きます行きますとも! 行きゃいいんでしょ、行けば!」

男どもから万歳三唱が上がる。ホント、実に疲れるわ…。

「ホント!? じゃ、早速ショッピングの準備しなくっちゃ!」

沙耶の声が踊る。

「私もご一緒できてとっても嬉しいです、マスター! 沙耶さんと一緒に私の水着、買ってもらえますか?」

「決まったようだね、あたしも同行するから、楽しみにしてなさい。大人の魅力、見せつけたげる」

舞衣姉さんもニカっと笑った。でもね、その幼児体型で大人の魅力ったってねぇ…。あなた、本当に年上ですか?

こうして翌週の日曜日、俺達は海水浴に行くことが決定したのだった。


◇     ◇     ◇     ◇


K県T市庵治町。良好な漁場と良質な庵治石を産出することで有名な場所である。その景色や風情もよく、時折実写映画などのロケ地として使われてきた。透明で遠浅な海、他の地域では信じられないだろうが… 真っ白な砂浜に透明な海。瀬戸内海に面しているだけあって、遊泳可能な穴場が数多くあるのだ。本当に、れだけ恵まれてるんだ、K県!? それだけじゃないK県!


「俊樹~! おまたせ~!」

幅の狭いストラップ付きのバンドゥ・ビキニに身を包んだ沙耶がやってくる。淡い若葉色の水着にその白い肌がとても健康的だ。その胸元は絞ってあり、胸元を強調している。同じ色のパンツも腰のところで結んであり、かなり冒険しているのが見て取れる。沙耶はおずおずとそばに寄ってくると、上目遣いで言った。こころなしか頬が赤い。

「あの… 似合ってる… かしら?」


おいおい、目線ぐらい合わせようぜ。それとも自信がないのか?

ここは力付けてあげよう! それが男の甲斐性ってものだ。

「ああ、かわいいと思う。自信持っていいぞ、沙耶」

言うが早いか、沙耶は後ろに振り向いて、うずくまった。あれ? どこか調子が悪いんだろうか?

「沙耶? 大丈夫か?」

「ーーーーーー!!!!!」

両手をブンブンと振って近寄るなといった風の沙耶。なんだか様子がおかしい。

俺は沙耶の前に回り込んで、顔を覗き込んだ。

瞳を大きく見開いて、真っ赤な顔をしている。熱でもあるのか? 俺は沙耶の額に手を当てた。

「ーーーーー!」

逃げ出した? 一体何なんだ、あれ。

あ、海に飛び込んだ。身体を慣らさずにいきなり水に入ると危険なのに、大丈夫か? ホント。

まぁ走って泳げるほど元気なんだから、まず心配することもないだろう。


「おまたせ、男ども。鼻血吹くなよ?」


ニカッと笑いながら舞衣姉さん。その青白のセパレートワンピースはあまりにも子供ですぜ。ネック部分はメッシュ、胸元と腰には可愛らしくフリルが付いている。確かに似合っているのだが、これはむしろ、特殊でマニアックな方々向けかと。その年に似合わない可愛さが周囲の目を引いています。

別の意味で、魅力的ですね(汗)。


「あら、あなた達、いたの? …偶然ね」


真っ黒なクロスホルター・ビキニに身を包んだ高校生風の少女が現れた。首元から伸びる紐状のストラップがトップスとパンツを連結させている構造。パンツの腰にはリングがデザインされている。これは…相当スタイルに自信がないと着こなせないタイプのデザインだ。

「神谷…秋帆」

俺は呟いた。

「あら、覚えていてくださったのね、俊樹さん! とっても光栄ですわ!」

秋帆は何故か嬉しそうに続けた。

「私のことは秋帆でよろしくてよ。それにしてもほんとうに偶然ですわね。これは何かの天啓としか思えませんわ。少しは期待してもよろしいのかしら?」

幼さを残した笑い方。どのように見ても高校生くらいか?

まぁ本人が申告するまで待つことにしよう。失礼に当たるからな。

「本当に偶然なのか?」

「ええ、本当ですとも。それはそうと、いかがかしら、この水着。似合ってますかしら?」

秋帆はニッコリと無邪気な笑みを浮かべる。こいつ、これで黙っていれば美少女… いや、モデルそのものなのにな… と思ったが、前半部分は黙っておく。沈黙は金、なのだ。

「ああ、とても似合っている。まるでモデルのようだ」

「まぁ、お上手ですこと! でも、悪い気はしませんわ! …ではまた、後ほど」

言葉以上に嬉しそうに、でも少し挙動不審気味に去っていく秋帆。あ、躓いた。

秋帆は慌てたげにこちらを振り向くと大きな声で高らかに宣言した。

「私、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる主義ですの。例えそれが物であっても、人であってもかわりありませんわ…!」


神谷秋帆の後に続いて、右京と左京がやってきた。なんだかバツの悪そうな表情をしながらも、バラ色のモノキニを隠すことなく纏っている。大きく胸元とお腹周りが開いたデザイン。これまたスタイルに相当の自信がなければ着こなせない代物だ。右京はこちらを一瞥するとそのまま、左京は軽く会釈をして秋帆を追いかけていった。本当になんなんだよ、一体。


「ま・す・た・ぁ! お待たせしました。いかがですか、私の水着、似合ってますでしょうか? …似合ってるといいな♡」


真っ白なホルターネックのビキニのトップ、フレアパンツのメイがやってきた。

ほぅ… 思わずため息が出る。こう… 清楚でありながら、上品な色気が伴って、実に似合っている。

「ああ、似合っているよ、メイ。本当に上出来だ。とてもかわいいよ」

「嬉しい!」

メイが抱きついてきた。胸の…その、むにゅっとした感覚が、その… なんとも生々しい。こいつ、本当にアンドロイドなのか?

「め… メイ、離れてもらえないか?」

「何故です? 私は今、マスターの言葉に感動しているんです。抱きついたままでいたいんです」

「しかしな… ちょっとよく周囲を見てみて欲しい」

「…ーーーーーー!!!」


そこには嫉妬に狂った男どもの血走った瞳が、俺をいつ血祭りにあげようかと鼻息も荒くして待機していた。

「これは…マズいですね」

「わかってもらえたなら離れてくれ、メイ。俺はまだ自分の人生を終えたくない」

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