第四章-05

このライオン通りはT市のアーケード街としては小規模な部類に入る。その割に人通りは一定数を確保できており、俺達のサンプル抽出に適しているとしてその場を借りていた。しかし、その調査も中盤に差し掛かって通りの様子が変化した。それはまるで『ヒトが入れ替わった』としか言いようのないものだった。たとえ衣裳を身にまとい楽しげに談笑していても、モニター越しでもわかる異様さが伝わってくる。俺達は荷物をまとめ隠しておき… この場からの脱出を試みようとしていた。


先頭には司馬が、殿しんがりには野村が控えている。俺と村川は手製の棒状の武器… 接触時に高圧電流が流れる『電磁ロッド』を握っている。俺と村川は武道の嗜みはない。が、俺は喧嘩ではちょっとした自信があった。逃げ足においてもだ。その自信が今、この場での冷静さに結びついていた。村川も… 幾つか危ない橋を渡ってきたんだろうな、存外に落ち着いている。ただ一人、一成だけが声を震わせていた。

「大丈夫、俺達が届けてやっから」

野村が、ガハハ… と笑う。


出入り口まで来ると、俺達にもノイズ音の影響を強く受けることになった。不快感や頭痛・気分の悪さが顕著に出てくる。だがここは我慢するしかない。俺達は大きく深呼吸を一つだけすると、呼吸を整えてアイコンタクトを取る。

「いいか… 行くぞ」

司馬の合図でホール入口から飛び出した!


通りにいる人影… いや、それはどれも人に似せた人形のようだった。余談だが、本来のリアルテイストなアンドロイドってのはこのレベルである。なにせ気持ち悪い。こいつらの数を数えてみる。五人… 十人 …二〇体はいるか? それらの人形が、首だけをぐるりと回し一斉にこちらを向いた。いくら慣れているとはいえ、なんとも異様な光景が俺達をビビらせた。


「どけどけどけ~! どかずば痛い目にあうぞ!」

叫びながら司馬はこれらの人形を軽く一撃で倒していく。時には肘打ちで、更に時には体当たりで、と実に多彩だ。その動きはしなやかな弧を描いていた。その動きはおそらく中国拳法の流れのものなのだろう。立ち向かってくる人形を軽々と捌き、まるで踊るように足を進めた。もし俺が拳法のウンチクに長けていたならば、ここで上手く表現できていたに違いない。しかし残念ながら、おれはそういうものに疎いのだ。


一方で、殿しんがりを務める野村は追いすがる人形共をジャイアントスイングで次々と投げ飛ばしている。これは実に解りやすい。襲い掛かってくる掴みかかった腕を逆に掴み、自らの間合いに引き込んでぶん回す。それだけでも周囲にいる人形共に大きなダメージを与えていた。そうして体を崩した人形の足をつかむと、ジャイアントスイングに持っていく。それこそ掴んでは投げ掴んでは投げ、という表現がピッタリだった。ナルホド、富野研の武闘派No.2というのも伊達ではない。


「ケッ… こいつら見かけより妙に硬ェぜ!」

「全くだ。ヒトと同じくらいの重量のくせに、人と違って重心が変に偏ってやがる!」

司馬と野村が叫び合う。


ここから放送設備のある管理棟まで、あと十数メートル。

「俊樹、村川、後は頼んだ!」

「おうよ!」

「わかった!』

村川と俺は応え、司馬と野村は迫りくる群衆に立ちはだかった。


「あいつら、自律思考型のロボットか? AIか何かで操作されてるドローン・ロボットか? …野村、お前… どう思う?」

「俺が思うに、ドローンだな。自律思考型のヤツより僅かなタイムラグがあるぜ」

野村の返事に、司馬はニィ… と笑った。

「ならば簡単だ。俺達の敵じゃねェ!

「おうさ!」

司馬は一気に『それ』との間合いを詰めた。司馬渾身の一撃がドローンを吹き飛ばしたのを確認すると、俺達は管理棟へと侵入を開始したのだった。


◇     ◇     ◇     ◇


「…先程から見させてもらったが、裡門頂肘りもんちょうちゅうか。お前、八極門だな?」

もう何分ほども戦い、人形を屠ったか、突然俺の背後で声がする。恐ろしいほどに気配がなかった。俺の頭の中で警報が鳴り響く。

女がいた。前髪は右に分け。後ろは肩までのストレート。チャイナ服が実によく似合っている。その切れ長の瞳には力強い輝きがあった。

「オンナ? 随分と美人だねぇ…。美人が凄んだら、なんて冷たい表情なんだ。怖ぇ怖ぇ…」

「戦いにオトコもオンナも関係ない。…名を聞こうか?」

凛とした涼やかな、それでいて力強い女の声。

「李氏八極拳、司馬繁…」

「尹福八卦掌、永井右京… 参る!」


◇     ◇     ◇     ◇


「…随分と力技なのね」

凛とした涼やかな、それでいて聞き心地の良い声が、俺の動きを止めた。

女がいた。肩までのストレートをなびかせ、前髪は左に分けている。柔らかな瞳がまっすぐ俺を見つめていた。

振り向くと、俺の後ろには、スクラップと化した人形共が山のように積み上がっていた。ガハハ、こりゃ敵さんの損害もでかいだろうな。

「お陰で当社の人型ドローンの損害がかなり出たわ。あなたの名前、教えてくださる?」

「野村信一だ。チャイナ服の姉さんよ、アンタは?」

「永井左京… そろそろその拳を降ろしてはいただけないものかしら? いかが?」

「俺としちゃ、むしろそっちに手を引いて欲しいものだが?」

「…そうね、あっちは既に始まっているけれど」

「司馬さんか… ソッチの姉さんも熱くなってるみたいだが、止められるのか?」

「わたくしは平和主義なの。試しに行ってきましょうか?」


◇     ◇     ◇     ◇


「お姉さま! お戯れはそろそろおしまいになさってはいかが?」

「ん~、なんだ?」

擦り傷だらけの司馬は、その声の主を見た。

「なぜ止める、左京! ちょうど今興が乗ってきた時だというのに」

これまた擦り傷だらけの右京が叫ぶ。

「それはお世話様。でもご覧になってください。当方のドローン・アンドロイド達が既にスクラップと化しています」

「だからこその直接対決だろう?」

「既に四千万を超える大損害です。この方々が威嚇だけでMAI-5000を諦めるとは到底思えません。ここは引くべきかと」

「ふむ、左京の言うことももっともだな。後は上がどうなっているかだが…」

「お嬢様がおられます。彼女がどう判断するか、見ものですわ」


◇     ◇     ◇     ◇


管理塔に入ると、放送室に通じる小さな電灯に照らされた薄暗い廊下があった。その奥にはスチール製のドアがぼんやりと見える。俺達は周囲に警戒をしながら、このドアの側までやってきた。

村川がドアの傍らに近寄って、耳をそばだてる。そして室内の様子をうかがうと、どうやら人の気配がする、と手でサインを見せた。


念のため、もう一度周囲を警戒する。…グリーン!

俺達は放送室の中へと踊りこんだ。そこには…。


そこにいたのは、高校生くらいの少女が一人。卓上ミキサーの前で気品よく椅子に座っていた。

「あら、室内に入るのにノックもないとは、随分とマナーのなっていないお客様だこと。一体全体どれだけ無教養なのかしら」

ツーサイドアップの髪に強気な瞳。整った顔立ちはモデルを想起させる。またその身に纏った服はどう安く見積もっても相当に高価なものだ。それが気にならないほど、彼女はその服を着こなしていた。


「お嬢ちゃん、その様子だと、事情は知っているようだな。…いい子だから、その場を開け渡してはもらえないか?」

村川が優しく、それでいて厳しく問いかけた。

「礼儀知らずのくせに、言うことだけは一人前ですのね」

少女はニッコリと微笑んだ。そしてクイクイッと人差し指で挑発する。

「この場を明け渡してほしいなら、実力でいらっしゃいな」

「本当はこんなことしたくはないんだけどな…」

村川と俺は、電磁ロッドの出力を最小 …スタンモードに切り替えた。

「悪い子にはお仕置きが必要だ、悪く思うなよ」

村川がフェイント気味に少女の死角へと滑り込んだ。そして軽く、ロッドを突き出した。


…ヴン…!

ロッドは少女にかすりもしなかった。それは鮮やかに、村川の攻撃を避けた。

「拳闘も我が家の嗜みのひとつですの。そんな甘い突きで私を止められるとでも思って?」

「そうかよ…」

村川と俺は改めて間合いを取り直した。

「しかしだね…」

この放送室の中な決して広くない。むしろ人数人が入れば身動きがとれないほどだ。その放送室内には現状、俺と村川、少女の三人がいることになる。これで一成が入れば同士討ちになりかねない。

「最悪、俺達はこの音が止められればいいわけだ」

ニカっと笑うと、村川は電磁ロッドをミキサーに突き立てようとした。


シュ…

空気を切る音がした。村川の電磁ロッドは宙に舞い、「ヴン」という音を残して床に転がる。

スキができた! 俺は一成の首根っこを掴むと部屋の中へと放り込んだ。

「甘いですわね!」

少女は一成に拳を当てようとした。

その時俺は、一成の首根っこを手離してはいなかった。

力の限り一成を引き戻し、ロッドを彼女の胴体に向けて突き出す!

しかし、それも裏拳で弾かれてしまった。俺はニヤリと笑った

「行け! 一成!」

弾かれた勢いを利用して、俺は俺を軸に一成をぐるりと回転させ、ミキサーの置いてある方向へと投げ込んだ。


「しま…ッ!?」

「うわぁぁぁぁぁあ!!!」

一成は投げられながらもミキサーにたどり着いた。そしてザッとコンソールを見渡し、ひとつのスイッチを静かに押した。

こうして思ったよりもあっさりと、俺達を悩ませた音は止んだ。


「よくもやってくれましたわね。この神谷秋帆、不覚ながら関心しましたわ! …あら? あなた、…お名前は?」

「…村川明」

「二俣一成」

「あなた方には聞いていませんわ。この秋帆を出し抜いた… そう、あなた。あなたのお名前です」

俺は少しためらって、それから一言。

「古川俊樹だ」

とだけ名乗った。

「古川… 俊樹様… ですのね。覚えておきましょう」


◇     ◇     ◇     ◇


「まずは、いきなり力に訴えた非礼を詫びるわ」

当初俺達がいたホールにて、機材に囲まれながら今回の関係者全員が集まっていた。先頭の秋帆に仕えるように、右京・左京が侍る。俺達は…というと、実に無秩序に、適当にあぐらをかいて座っていた。

「では古川俊樹さん。あなたにはアンドロイド・MAI-5000:Type-Xを手放す気はないのかしら?」

秋帆は実にストレートに、いきなり話を振ってきた。

「…その気はない。諦めてもらおう」

俺は至って冷静に答えた。

「聞いてのとおりだ。早速交渉は決裂だな。今度はこっちが質問させてもらってもいいか?」

司馬がその場を仕切る。

「あんたら、一体何処の回し者だ?」

「無礼であろう!」

司馬の言葉に切れた右京の声を遮るように、秋帆が右手を上げる。そしてゆっくりと口を開いた。

「失礼…。それにしてもこの神谷秋帆を知らないとは、とんだモグリですわね」

と、呆れた表情を浮かべなる

「そう… か」

思い出したかのように、村川。

「HIHの会長… が確か、神谷仁といったっけか?」

「あんた、まさか…」

「そう、神谷仁はこの秋帆の正真正銘のお祖父様!そして、秋帆は次期当主ですのよ。恐れ入りなさい!」

「ならば、宣言しておく。たとえ誰であろうが、メイは渡さない。以上だ」

俺はきっぱりと、そしてはっきりと宣言した。

「まぁ、この秋帆に歯向かうなんて、命知らずね」

「悪いことは言わない。命令には従った方がいい」

右京が秋帆の言葉に言葉を添えた。

「なんと言われようと回答は変わらない」

「そういうこった。諦めるんだな」

司馬が俺の肩を叩きながら、秋帆に宣戦布告した。

「そう。なら方法を変えるわ。この神谷秋帆、狙ったものは必ず手に入れる主義よ!たとえそれが物であろうと、人であろうとね!」

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