第四章-04
到着した時から緊急を告げるBeep音が鳴り止まない。眼前は闇に呑まれて、真っ赤な回転灯が通路を不気味に照らし出している。その通路の奥、スパコン群が設置されている部屋へ繋がる大きな扉の正面に、”彼”はいた。一見ガリガリだが、その実しっかりと筋肉で覆われた細マッチョ、季節柄もあってか、腕をまくったままのピンクがかったYシャツにスラックス・パンツ姿。その前髪は以前と変わらず目にかかるほど長く伸ばしたストレートをキザに分けている。
私はこの男をよく知っていた。
「小原… 一馬。アンタ、よくもやってくれたわね…」
この場所はT市の中心に位置する仏生山という町の外れ、何十年も前から発見されて一部の住民ぐらいにしかその存在を知られていない仏生山クレーターの地下空洞の中。そこに密かに設置された、膨大なスパコン群を内包する施設である。この場所はいわば、フロンティアによって建てられたアタシ達の隠れ家… 否、今もアタシ達が研究のために使用している研究室へと通じる廊下だった。それはいつか迎えるべき覚醒の時に向けて、富野教授の指導の元構成された施設である。当然ながら、関係者以外は知り得ない、まさに秘密の場所だった。
「成すべきか、成さざるべきか…キミならどう答える?」
長い前髪をキザに掻き上げながら、彼は言った。
「一馬。あんた今、
Beep音の雑音の中から、コツ… コツ… とアイツの足音が近付いてくる。
「なによ、何か言いなさいよ?」
「では、リクエストにお応えして…」
一馬は胸元のポケットから、1枚のカード・ユニットを取り出した。
「メイの予備AAMY-ユニットは頂いた。有効に活用させてもらう」
AAMY…Attitude & Azimuth Modular Yield Unit『姿勢・方位角基準譲渡ユニット』ともいう。何故こんなまどろっこしい名称をつけたのかはアタシは知らない。ただ、MAI-5000の基本的な挙動は、主にこれで制御されている。
「アンタもその理解不能でお馬鹿な行動、今でも全く変わらないのね」
「変わらないのはキミたちの方さ。玄田先生の遺言を守って、古臭いアナログなやり方を貫いて… それで
「確かにアタシ達のやっていることは時間と労力がかかる。でもね、それを望んだのは玄田博士であって、アタシたちが判断すべきことじゃない!」
「技術は日々進展している。玄田博士の理論だって、こうする事で解決に導けるさ」
「そんなこと…」
「あるんだよ。
アタシの言葉を遮るように、一馬は指を鳴らした。
暗闇の中から、メタルボディの人型が現れた。その光沢が赤色灯の光を反射して、禍々しく光る。
「四菱とHIHが共同開発した新型アンドロイド、EVE-00だ」
言うが早いか、一馬はAAMY-UnitをEVE-00の首にあるスロットに差し込んだ。
「さぁて、これで舞衣とどれだけやりあえるか、実に楽しみだな」
アタシは気取られないよう、そっと忍ばせておいた電磁ロッドを手にした。富野研時代に設計・制作して以来何代目になるだろう? 万が一に備えて機能は強化いる。これを突いたり振り回して対象に接触させ、高圧電流を流すという代物だ。ただし、対アンドロイド戦となると、急所に突き刺してパルスショットを食らわせる必要がある。アタシはジリジリと間合いを詰めた。
ヴン…という音を立てて、ロッドは標的めがけて伸びていった。しかし…
「!」
ロッドは虚しく空を切った。通常のアンドロイドならこれで倒せるはずなのだが、いともたやすく避けられてしまった…! アタシの渾身の一撃がかわされるなんて…?
「おっと、舞衣が突きを繰り出すときに片目を瞑る癖… 相変わらず直ってないんだな。良かったよ、舞衣が部隊にいた頃のデータもインプットしておいて。今のうちにキミに告げておこう、無駄な足掻きはやめといたほうがいいと。無駄に痛い目にあうだけだからね」
一馬は人差し指をユックリと振りながら、不敵な笑みを浮かべる。
「ならば、…これはどうよ?」
アタシは攻撃対象を一馬に切り替えた。この電磁ロッドは伸縮するようにできている。手元で操作することで、間合いを自由に変化させることができるのだ。以前訓練でやり合った時のようにはいかないはず。
二撃… 三撃… 間合いを変えながら、ロッドが一馬を襲った。
ヴヴン… ヴン… …ヴン…!
「おいおい、俺のほうが戦績上だったの、忘れてないか?」
「チィィッ…!」
全て外れ! アタシの腕も堕ちたもんだわ。
「そうね。僅かな期間だったけれど、アンタとは一敗しただけだったはず。後は全部引き分けかアタシの勝ちだったと思ったけど?」
ヴン!
ロッドが火花を放ちながら弧を描いた。そのまま回転して足を蹴りに行く。しかし…
足取りも軽く、一馬は踊るように後ろへ飛びのいた。
「その技、覚えててくれてたんだな。感動モノだよ。その小さい体躯を利用しなって教えたのは、一体誰だったっけ?」
一馬はスッ… とEVE-00と入れ替わる。
「さぁ存分に相手をしてやっててくれ、EVE-00。適当に時間を潰したら、帰還するように。無駄な損害は被らないよう気をつけたまえ。いいね」
「了解しました、マスター」
いかにも自然な、人間の声。まさか…?
「そうだよ。玄田博士の構築したブラックボックスに、俺のシステムを同期させた」
「甘いね。博士は更に上を行ってるよ」
「どうかな? たった今俺が完成させたK-AAMY-Unitの力、存分に味わってくれ」
手を振りながら、一馬は出口へと向かった。
「…さて」
EVE-00が語りかける。おそらくはメンタルレベルでもメイちゃんと同レベルの自然さが再現されていた。
「あなたのお相手を承りましたEVE-00と申します。どうぞお見知りおきを」
EVE-00はうやうやしく頭を下げる
「これはヤバい…かな?」
アタシはジリジリと間合いを空けていく。真っ向勝負では勝ちを取れそうにない。
スキを見て、懐の
轟音一発、一瞬で周辺は一万カンテラという強烈な閃光に包まれた。目を塞ぎながら、アタシは全力で出口へと向かう。その後ろではEVE-00が声にならない悲鳴を上げていた。
…そりゃ、そうでしょ。彼女にとっちゃ、人生初の実戦でいきなりの奇襲ですもの。引っかかって当たり前だわ。
この場を後にしたアタシは、早速フロンティアに連絡をする。
「ああ、矢野さん? アタシです、鷲尾です。件の地下施設が一馬によって破られたの。至急対処願えるかしら?」
『鷲尾さん、お久しぶりです。まさか、彼に限ってそのようなことはしないでしょう…』
「いいえ、現に予備のAAMY-Unitを盗み出されたわ。そしてどうなったと思う?」
『どうって… アレはMAI-5000以外のアンドロイドには何の意味もなさないはずです。一体どうしたっていうんですか?』
「あいつが連れてきたアンドロイドがAAMY-Unitを受け入れたわ」
『そんなバカな! 普通ならオーバースペックでそのアンドロイドは潰れるはずです。私には信じられない』
「現に、たった今アタシと戦ったのがその機体よ。それでも信じられない?」
『…なるほど、承知しました。何名かを派遣して、施設の点検並びに補修を行いましょう。くれぐれも気をつけてください』
「お互いにね」
電話を終えると、アタシは春香と裕二に連絡を取った。
…出ない。出ないどころか、圏外か電源が入っていないと言う。
春香も裕二も、一馬の手にかかったのだろうか? 先日から二人と連絡が取れないのを危惧はいたんだけど、まさかこんなことになっているとは。完全に先手を取られてしまったわ。あのくそったれ!
…そうだ。これだけ派手なことしてくれてるなら、もう一箇所大切な場所があった!
兎にも角にも急がなきゃ…。
こうしてアタシはDucati Street Fighter 848のセルを回した.
◇ ◇ ◇ ◇
「おい、なんだかちょっとおかしくねぇか?」
村山がモニターの画面を覗き込みながら叫んだ。
「おいおい、何があった?」
休憩中だった俺達は、当番の村山達の元へと走る。
「あのさ~、人通りが減ったのはいいんだけどさ~」
心もとなし、といった様子の一成。
「なんだか不審な連中が集まってきてるんだよね」
「ちょっと待て、ここ一階の表玄関以外に出口らしい出口、ないぞ」
冗談交じりに、野村が思い出したかのように言った。
「ウソだろ~!? ちゃんと確認してなかったのか?」
司馬が叫ぶ。
「裏口は?」
「塞がってる。すぐには開けられんな」
村川が裏口に積み上げられた机の山を唖然として見つめている。
「マジかよ!?」
心細そうに、一成が叫ぶ。
「コレって、まさか先輩たちが…? いや、違うはずだ」
「わからん…わからんが、だ」
野村の言葉を受けて、司馬。
「モニターの音声にオシログラフを接続しろ、すぐに、だ!」
一成が支持を受けて準備をする。はたして、マイクからプロットされて出力された波形には…。
「130dB付近か… ボロいマイクの性能でわかりにくくなってはいるが、下手すっと人に害をなしちまう周波数の音がBGMに混ざってるぜ、こりゃ」
皆が司馬の次の言葉を待った。
「そっか、いよいよ本格的に仕掛けてきたか!
…一成はライオン通りの放送室を抑えてくれ。俊樹と村川は一成のアシストだ。万が一のときは俺と野村は活路を開く」
司馬は改めて、俺達の方に向き直って言った。
「場合にとっちゃ強行突破だ。これで敵どんな奴か、ハッキリするだろうぜ…」
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