第四章-03

T市には日本屈指のアーケード街が展開している。かつて四国の玄関口として機能していた頃、港を中心として栄えた街だ。しかし、今はその頃の面影はない。再開発の名のもとに建てられたきらびやかな構造物と下りたままのシャッターの目立つ古いビルが乱立している、人通りもひとときの勢いはなく、漫然としたショッピング街と化していた。


そのアーケード街の中に、ライオン通りと呼ばれる通りがある。昔、ライオン館という劇場型の映画館を中心に発展してきた通りである。今は、その名残を残す獅子の造形物が、当時の繁栄ぶりを忍ばせるのみだ。その一角にある小さなホールで、俺達はサンプルの採取をしていた。


サンプルの採取… といっても大したことではない。通りを行き交いする人々を画面上でトレースし『人としての多様性』をアンドロイドに植え付けるためのデータを取っているのだ。それらはいずれ、アンドロイドの『個性』となる。おかしな話だが、わが富野研ではアンドロイドの存在に否定されがちな『個体の個性の再現』についてを主な研究材料としているのだ。


このような研究がある。

全く同じ材料、全く同じ単純な設計図で作られた小型の・複数のロボットに、全く同じ命令をインプットする。その内容は、こうだ。

『各自集合し、列を作って移動せよ』

さて、どうなると思う?

きっと各個体はランダムに、ほぼ平均的なデータを叩き出すと思うだろ?

でも、違った。


先頭を走るものは先頭ばかりを。最後尾を走るものは最後尾をと、まるで決められたように自分のポジションを維持しようとするのだ。その理由はいまもってわからない。製作時に生じたほんの小さな誤差が生み出すバグだ、という研究者もいる。


そもそもその構造が単純だから、という研究者もいる。だからその装置が高度になり複雑化するほど、そのロボットの行動が均一化するというのは皆知っての通りだ。


おっと、閑話休題。


そのライオン通りの一角… 昔小さなレコードショップだったという小さなホールで、俺達は機材に囲まれていた。アーケード街を見渡せる二階の大きな窓の位置に三方向にカメラを取り付け、行き交う人々の動向をコンピュータでデータ化する。その作業の傍らで、見つけたばかりの盗聴器を解体しながら、モニタリングをしていた。


「それにしてもさ」

盗聴器に細工を施しながら、珍しく一成が口火を切った。

「司馬さんが何を言い出すかと思えば、セグウェイを改造して両足に装着できないか、なんだもん。正直何を言い出すかと思ったよ」

「何か問題でも?」

司馬が何やら不服そうに一言。

「いや、そうじゃなくてさ。発想がすごいなって。モーターを大型化して出力を上げて、姿勢制御用のジャイロセンサーを強化してみた。これでスタビライザーと連動させられれば、言わんとしてるものが出来上がると思うよ。安全対策の意味も込めて、前部に補助輪を付けさせてもらうつもりではあるけどね」


「でもさ、一成よぉ。そんな代物、俺達で制御できるのか? 司馬さんが言ってる性能って、最低でも60km/hを叩き出さなきゃならんのだろう?」

野村がベンチプレスでフンフンと体を鍛えながら、一言。

「野村さん、スピードは全く問題ないと思うんだ。ただ乗る人の練度が問題でね」

「練度… かぁ。まァちょっと練習すりゃなんとかなると思うんだけどな」

一成の一言に、司馬は視線を泳がせながら答えた。その口元はこころなしか歪んでいる。どうやらあまり自信がないようだ。


「そういう司馬さんは自転車ですら乗れないじゃんか。本当に大丈夫?」

「ま、…まァ、なんとかなるだろうよ。人間、当たって砕けろ、だ」

「いや、砕けちゃダメだろ司馬さん」

「お、俊樹おまえだってバイク乗ってるんだ。うん、きっと、大丈夫」

「なんの根拠にもなってないじゃねぇかよ」

「う、うるせぇ。野村てめぇだってちゃんと乗れるかは未知数なんだぜ」


「そこでさ、一応試作第一号機を持ってきたんだけど…」

一成は大きな段ボール箱をふたつ、取り出してきた。

「これひとつが片足用ね。今の段階では両足をだいぶ開かないと装着できないんだけど、一応試着はできるようにしてある。スキーブーツのゴツいのを想像してみてよ。乗り方のイメージはまさにそれだよ」


なるほど、先程の一成の説明の通り、セグウェイの進行方向に大きな補助輪が取り付けられている。そして本来人が乗る辺りに足を入れるような仕様だ。これには右足用と左足用があるみたいで、それぞれ足の内側に当たる車輪の幅が小さくなっている。その補助輪の上にバッテリーが積まれていて、その分大きなモーターやジャイロ・スタビライザーが取り付けられているようだ。


「いきなり乗っても危ないから、10km/hでリミッタかけてある。どう? 一回でも乗ってみる度胸、ある?」

「じゃ、俺が乗ってもいいですか?」

「俊樹、大丈夫なのか?」

「リミッタ、かけてあるんでしょ? なら下手しても大きな事故は起きないだろうし、このホールも割りと空間でかいから物にぶつかることはないでしょ?」

「OK、じゃ、試してみよう」


「…本当にスキーブーツのように固定されてるんだな」

司馬が興味津々で俺の足元を見ている。どうやら自分の提案が実際に形になっていることが嬉しいようだ。

「そうじゃないと危ないしね。それに、WIFIで両足のパーツが情報のやり取りを行うようになってる。少なくとも、片方のパーツだけが暴走することはないと思うよ」

一成が簡単に説明を終えると、早速俺は体重をゆっくりと前にかけてみた。


キュゥゥ…ン

モーターの駆動音が鳴り響く。思ったより楽に前進できた。次は、同様に後退…。これも問題ない。では、いよいよ左右の足にかける体重の比率を変えてみる。

クルッと一回転した。これはなかなか面白いオモチャだ。

「ほう… 超信地旋回も可能なのか…」

「そうみたいですね、司馬さん。乗ってみた感触としてはローラーブレイドかローラースケートって感じですよ。なかなか快適です」

「ちなみに危険時にはパージもできるからね~」

「そんなもん、必要なのかよ!?」

思わず俺は叫んでしまった。

「だって、パージは男のロマンでしょ?」


そうこうしている内に、村川がコンビニから帰ってきた。

「おまたせ… って、なにやってんの?」

「秘密兵器のお披露目♡」

「何かわい娘ぶってんだよ。全く可愛くねぇよ、一成!」

「で、本来ここにいる筈のないお前が来たってことは、何か掴んできたとか?」

司馬の瞳がギラリ、と光った。

「ああ、ちょっと聞いてくれ」


◇     ◇     ◇     ◇


それは昔、まだ元号が昭和だった頃のことだ。1985年、ある軍需産業に携わった一人に、玄田哲也という男がいた。IT産業という言葉すらなかった時代に、その男はアンドロイドの基礎理論を構築した。

男は言った。

『そう遠くない未来、瞬時にPペタバイトやEエクサバイトを超える容量を処理できる演算装置ができるだろう』

『そしてそれは小型化、加えて広大なネットワークにつながれて、あらゆる作業を可能にするだろう』

『その時、アンドロイドは人間の依代よりしろとして置き換えられるだろう』


◇     ◇     ◇     ◇


「…つまり、そんな大昔に今の時代を超えるような言葉を残した人物がいた、と。だから、どうしたんだ?」

ハンドグリップをフンフンと握りながら、野村がやってきた。

「その玄田哲也の弟子が、帝大工学部教授の宮﨑駿馬・K大工学部教授ウチの富野喜孝・そして四菱重工で顧問を務める押井譲だ」

「そこまではボクだってわかってるんだよね~」

一成が割り込んでくる。

「その玄田博士を始めとする人物がメイちゃんとどう関わってくるのよ?」

「それを言われるとちょっと辛いんだけどな」


「メイちゃんが目的なら、当然俊樹のとこだってマークされて当然だ。違うか?」

村川は司馬に缶コーヒーを放り投げた。

「大体今のところ、実質的な被害というか… 損害は出てないんだろ?」

司馬はコーヒー缶のプルトップを開けながら、俺に問いかける。

「ああ、せいぜい牛乳が空っぽになっている時があるくらいだ」

「あ。それ、俺な」

「アンタかよ、野村さんよ!」

「ちょっとばかり空振り感がパねぇな」

「しかし、だ」

野村の言を遮るように、司馬は続ける。

「メイさんほどのアンドロイドは誰しもが狙っててもおかしくない存在だ」


沈黙が流れた。

それを破ったのは、やっぱり司馬だった。


「で、村川よぉ。三田さんとの接触はできたのか?」

「それなんだが、ここ数日前からの足取りが全く掴めねぇ。医学部で教鞭を取ってる井上先輩もだ。こりゃ、かなりキナ臭い展開になってきたぜ」

「そうなると、だ。後ヤバいのは舞衣さんと小原先輩… か」

「その小原先輩なんだがよ。全く経歴から何からが分からねぇ。一体全体何者なんだ、あの人は?」

「なんだかピン… とくるものがあるな。村川よォ。お前、もう一度小原先輩について洗いざらい調べてみてくれるか? 経歴から人間関係まで、何もかもだ」

「了解!」


「そんじゃまぁ、お預けもくらっていることだし昼飯にすっか!」

司馬の鶴の一声に、思わず俺も加わってしまった。曰く、

「「異議な~し!!」」


◇     ◇     ◇     ◇


薄暗い通路の中、真っ赤な回転灯の明かりだけが周囲を照らし出していた。

セキュリティは完全に破壊されている。おかしい。自室の警報機に反応があったから飛び出してきたのだが、この場所はフロンティア関係者とアタシ達くらいしか出入りできないはず。アタシは全神経をピリッと張り詰めながら、廊下の奥へと慎重に進んでいった。


スパコン室の扉の前、その中心に彼はいた。その人物には見覚えがある。

「一馬… あんた、やってくれたわね」

アタシはその人影に問いかけた。

「To be, or not to be… あの頃から変わらないな、舞衣」

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