第四章-02

◇     ◇     ◇     ◇


夏である。本格的な夏の到来である。

雨が少なく日照時間の多いこの土地柄か、K 県ではオリーブが特産品だったりする。かつては弘法大師空海によってもたらされたと云われる『うどん』が実に美味しいのである。この点についてだけは他県に負けてはいない。いや、むしろ自慢している。

それは日本の総理大臣をして

『夏向きにざるうどんを』

の一声で『ざるうどん』が作られてしまった、そんなウソのような本当の話が残る、通にとっては伝説の地なのである。当然梅雨の終わりは早く、早々に暑い暑い夏がやってくる。


当然ではあるが、当富野研にも夏はやってくる。エアコン代をケチっている俺のような学生が涼みに… 否、勉学に勤しみにやってくるのだ。準備室も含め3部屋を与えられている富野研だが、件の先輩方以外の学生も入れ代わり立ち代わりやって来ては涼んでいる。


で、だ。

研究室生としてははじめて立ち入る夏の研究室なのだが、何故か当然のように沙耶とメイが部屋のど真ん中にちょこんと座っていた。

「沙耶?」

「なによ」

「お前、講義はどうした?」

「ちゃんと出ているわよ? だから、なに?」

「今は確か、教育心理学じゃなかったか? 必須科目じゃなかったか?」

「今日は教授が出張で、休講よ」

いつの間にか手にした麦茶を飲んでいる。

「次の講義もあるんじゃないのか?」

「教養学科で、去年の内に修了したわ。どこか問題、あるかしら」

座布団が増えてるぞ、おい。


「今日の講義は…」

「もう残ってないわよ。後は長い夏休みを待つだけだわ」

セットされたちゃぶ台にはケーキが乗っている。

「おいお前ら!?」

「なんだ? 我々が彼女たちを歓迎(もてな)して、何か問題でも発生したか?」

司馬が動きを止めて、いけしゃあしゃあと言い放った。

「メイさんたちを警護するのに、これだけうってつけの場所はあるまいに」

「そうだぞ? おかげで俺様は警護しながらトレーニングができる」

と、バーベルをフンフン上げながら、野村。黙れこの筋肉バカ。

「まぁいいじゃないか、ボクもある程度一段落ついてきたところだし」

一成がトレイにガトー・ショコラを載せてやってきた。

「まったく、ちゃんとやってるのは村川さんだけか」

ピロピロピロ…

司馬の携帯が鳴った。

「おう、俺だ。 …うん、 …うん、そうか。わかった」

司馬は携帯を閉じて、真剣な顔に戻った。ということは、村川から何らかの連絡があったか?」

「…村川だ。聞いてくれ」

おれはつばを飲み込んだ。


「駅前のスロット屋、今が出放題のタイムセールだってよ!」

「アホかお前ら!」

俺は偏頭痛がひどくなったのを感じた。


「落ち着けよ。果報は寝て待て、だぜ」

司馬が俺の肩を叩く。そして一成に顎でクイッと合図をした。

一成の手にはマルチバンドレシーバーが握られている。一成はそっと周波数を調整しボリュームを上げていく…


ピィィィィ…ン!

これは、ハウリング?

しばらくウロウロとした一成が、ある一点で立ち止まった。ドライバーで時計を分解する。そこには小さな部品が埋め込まれていた。

「…盗聴器…」

声が出そうになった俺を、司馬が制した。そっと取り出して、ハンマーで砕く!

「…そういうこった。この件、想像以上に根が深いぜ。お前、一体何に関わった?」


「という訳で、だ」

司馬はいきなりまとめに入る。

「今は下手に動けんのだ。一体どこで探られているか正直いって分からん。ただな」

「ただ… なんです?」

「お前のアパートは、何故か監視対象外になってる。一体どういうこった?」

「そんなの、こっちが知りたいぐらいですよ。でも、村川さんが言うとおり三田先輩達が”敵”でないとするならば、ふたつの考え方ができると思います」

「ほほう…。じゃ、それを聞かせてくれ」

駅前から帰ってきた村川が、ブルマンをすすりながら聞いてきた。

「ひとつは、三田先輩達からの本当マジな警告。俺達で処理できるような盗聴器の仕掛け方をしてるぐらいなら、『お前たちの行動は見張っている』的な? 要はやりすぎるなと言うこと。そしてもうひとつは、『別の組織・または団体が狙っているということを教えてくれてる』んじゃないかと思う」

「ナルホドな。多分、俊樹の意見は的を射ていると思う。俺が更に言うならば、『今提示された意見両方だった』としたならば、どうだ?」


「どっちにしても、売られた喧嘩は買うしかないぜ」

珍しく野村が明瞭な発言をした。

「たとえそれが見知らぬ団体だとしても、だ」

「おいおい、『己を知り敵を知らずんば百戦危うからずや』、だぜ。物騒なことを言うなよな、この脳筋が」

「ガハハ、すまねぇ」


「と、言うことでだ」

司馬が再び主導権を取った。

「越智研に壊れたセグウェイがいくつかあったよな。あれ、貰ってこい」

「おい、司馬さんよォ。一体何を始めようっていうんだ?」

村川が不安そうに聞いた。

「一成。お前、そいつでオモチャ造れるか?」

「どういうレベルのオモチャかはわからないけれど、スペックさえ提示してくれたらそれに近いものは造れると思うよ」

「それは後で説明するさ。それから村川」

「おうさ」

「なんとか三田先輩と連絡を取れねぇか? こんな回りくどいことされてたんじゃ、先手先手を取られてハイ、おしまいだ。それだけはなんとしても避けなきゃならねぇ。できるか?」

「やってみよう」

「野村よォ」

「おう」

「お前は俺と一緒に、引き続きお嬢ちゃん達の護衛だ。できるか?」

「やってみせるさ」

「俺は…?」

「俊樹、お前は普段通りにしていたらいい。何よりお嬢ちゃんたちを不安がらせるんじゃねぇ。それが俺からの絶対命令だ。いいか?」

「それだけで… いいのか?」

「それだけ? 甘えんじゃねぇよ。いっちゃん難しくてキーになる仕事だ。それだけたぁ、随分と偉くなったもんだな」

「そう… なのか?」

「これでも頼りにしてるんだぜ。理解わかれよ」


そして、司馬は全員を見渡して言った。

「今回のこの件、かなり厄介なことに巻き込まれるだろう。覚悟しておくことだ。だがな、若人よ。その先には彼女たちの甘~い感謝の意が告げられるだろう。それだけがために我々は立ち上がるのだ! いいか? 慎重に行くんだぜ。くれぐれもつまらん怪我なんかするんじゃねぇぞ…」

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