第四章-01
K県T市の中央に、仏生山という町がある。古くは四国松平の墓地があり、法然上人に縁のある寺がある。現在においては重力異常が観測されている、一種のパワースポットとして有名だ。
あの頃のアタシは、よくこの付近をブラブラしていた。研究室が近いということもある。それ以上に、今は姿を消してしまったコロッケ屋の親父さんに会いに行くのが日課となっていた。牛すじコロッケ一個50円(税込み)。これほど安い買い物はないだろう。それより何より、美味いのだ。サクサクの皮、ホクホクのポテト。小さいながらも自己主張している牛すじが実にいい味を醸し出している。
地方都市の過疎化の中で頑張って営業しているこの店が、アタシは何より大好きだった。
「嬢ちゃん、いつもありがとうねぇ! 一個、オマケだ。持ってけ苦学生!」
「いいってことよ、おいちゃん! アタシはずっとここのファンだからさ、元気でやっててよね!」
コロッケ4つを包んだ紙袋を手に、研究室へと向かう。同期の春香、裕二、そして、一馬。今頃小腹を空かせているはずだ。
包みとは別に手に持ったコロッケをパクつく。うん、この味だ。
アタシは顔をニヤつかせながら、足を早めた。
「舞衣ちゃん、遅いぞ!」
裕二が待ちかねたように袋に飛びつく。
「もー、また長話してたんでしょ? 本当においちゃんが好きよねぇ」
と春香。クスクス笑いながら、コロッケに手を出した。
「それはそれとして…」
一馬が人差し指でアタシの唇に触れた。
「一個、食べてきたろ? 美味しかったかい?」
「あ、あったりまえじゃない! アタシ推薦のコロッケ屋さんよ? 美味しくないわけがないじゃない!」
カァ… と頬が熱くなるのがわかった。確か、部屋に入る前に、口周りはきれいにしたわよ?
「ほら、口の周りを気にしてる。ホント、舞衣はいつまでたってもおこちゃまだよな」
あれ? …しまった。墓穴、掘ってしまった。
「一体全体何すんのよ? これでもアタシは女だぞ!」
「ハハハ… いちいちカワイイよな、舞衣。いっぱい食べないと、大きくなれないぞ?」
「これでも第二次成長期は終わってます! 舐めんな!」
「舐めてない舐めてない。ホント仲いいわね、あなた達」
コロッケを食べ終わった春香は、その指を舐めながら呆れ顔。
それがアタシ達の日常だったのさ。
ロボット工学、と一口で言っても、結構いろんな分野がある。
軍事・産業用ロボットから愛玩用小型ロボットまで、実に様々だ。
中でもアタシたちは人型の、しかも複合的マルチタスク処理を可能とするアンドロイドの研究に力を入れてきた。複合的云々と言ってしまうと難しく感じてしまうだろうが、要はヒトそのもの・もしくは鉄腕アトムを作り出そうというのだ。そう、アタシ達の究極的目標は、マンガの天馬博士になろうとしていたのである。
玄田哲也博士が当校に現れたのは、そんなある日のことだった。
「君たち、天馬博士になろうというのかね? ハッハッハ… 実はね、このワシもなのだよ。君たちのことは富野君からよく聞いている。実に優秀な学生だそうじゃないか。仲良くしてもらえるとありがたい」
玄田博士は実に気さくな人柄だった。色々と学ばせてもらったし、また楽しい思いもさせていただいた。
「そうかね。やはりその部分は難しいと言わざるを得まい」
「それはどういう意味ですか?」
一馬はいつも積極的に博士とディスカッションを繰り返していた。
「倫理的な問題だよ。私もかつて、大きな過ちを犯してしまった。決して許しては貰えない所業をしてしまったのだ。だが後悔はしていない。次に繋がるものを作るためには、必ず先駆者となる者がいなければならないからだ」
「倫理的な… 問題?」
「そう、わしはね。かけがえのない家族を巻き込んでしまったのだ。故に、わしは大きな十字架を背負ったまま今も一人で暮らしている」
アタシ達は顔を見合わせた。
「深入りして申し訳ありません。ですが、博士は間違っていないと思います」
「…そう言ってくれるかね? 真実を知ったとしても」
「それは一体、どういう…」
「わしはね、研究のために故意に人を殺してしまったのだよ」
今となってはその言葉がズシンと重くのしかかってくる。
玄田博士のお孫さんにあたる
博士をただの殺人者にしないためにも、アタシ達が奇跡を起こさなくてはならないのだ。失敗は許されない。アタシは大きく伸びをしながら、メンテナンスボックスに向き直った。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで? メイちゃんは俊樹のこと、どう想ってるのよ?」
あたしは『ちきり神社』へ続く石階段を登りながら問いかけた。
「どう… って、沙耶さん。マスターのことですか?」
「決まってるじゃない。恋するアンドロイドなんて聞いたことないもの」
「恋するアンドロイドですか? なんだかアイドルの歌みたいですね」
今更だけど、どこかずれてるのよね。本当は人間なんじゃないのかしら。
「恋する~アンドロイド、気付いてほしいけど、禁則事項なの~♫」
「なによ、それ?」
「作詞作曲:私! …の唄、『恋するアンドロイド』です!」
「で、続きは?」
「そうですねぇ… 少し、直して…、と。
…恋する…アンドロイド、信じていいの? この想い
…プログラムされた 気持ちじゃ~ないの~
…気づいてくれないなら、リカバリー・しちゃうんだから~
…気をつけてよね♡♫
…こんな感じでいかがでしょう?」
それっぽい振りも付けて歌っている。一体どこで覚えてきたのだか?
「ねぇ、メイちゃん」
いや、かわいいんだけどさ…
「ハッキリ言うわね。ビミョー…」
「ひど~い! 私の渾身の一曲だったんですよ」
「アハハ… 冗談よ、冗談。でも本当に変わってるわね、メイちゃんって」
「一体どこが、ですか?」
「その、本当に人っぽいところ? だって、こんなメイドロイドなんて見たことないもの。それにものの覚えこそ早いけれど、メインコンピューターに直接アクセス、じゃなくってさ。いちいちレシピ本やタブレットで調べながら覚えるんですもの。非効率的でしょうに」
「それだけ私が高性能だってことですよ。人間に近いって証拠です」
「物忘れもね」
「それは、…ゴメンナサイ」
「本当、人間に近いんだぁ…。私ね、てっきり完全無欠のメイドロイドなんだって思ってた。でも違う。今でも時々包丁で手を切ってるし、初めてのお料理はまず成功した例がないし」
「実にメンボクないです」
「いえ、それはいいのよ。そういう仕様なんだって思えるようになったしね」
五円玉を賽銭箱に放り込んで、鈴を鳴らす。
二礼二拍一礼。ああ、これぞ日本の文化だわ。
「これぞ日本の文化ですね、沙耶さん!」
あれ?
もしかしてアタシの考えていることがわかった?
「ねぇ、メイちゃん。どうしてそう思ったの?」
「だって、沙耶さん今そう思ったんじゃないですか?」
「もしかして、考えていることがわかるとか?」
「違いますよ。細かな表情や顔のほてりなどからの推測です。でもね…」
「でも…?」
「マスターの考えていることなら全てわかります。ちょうど今頃は、休憩を入れながら紅茶を飲んでいることでしょう」
「それが俊樹の行動様式ですもん。それは『わかる』とは違うでしょ?」
「そこがミソ、なんですよ。沙耶さんだって、マスターのこと直感で理解しているじゃないですか。そっちのほうが凄いと思います」
「そ、そりゃ、長い付き合いだもの」
「つまり、そういうことなんですよ」
「?」
「人の思いは音叉のようなものです。大好きな人の考えていることは、必ず共振して理解できるものなんですよ。ここ、大事です。試験に出ますよ」
「アハハ… そういう冗談も言えるのね。これは強敵の登場だな…」
「ハイ、今でこそ私はアンドロイドですが、沙耶さんとはきちんと勝負ができるようになると思います。その時は覚悟してくださいね!」
◇ ◇ ◇ ◇
仏生山の古い町並みの中を歩く。あたしのお父さんが子供の頃にはまだまだ人通りが多かったっていうこの通りも、今では僅かにご高齢の方がチラホラと見えるだけ。それはそれで郷愁があっていいものだけど、正直言えば、やっぱり寂しいものだわ。
「私はね、沙耶さん。昔は保養施設から出たことがなかったんですよ。だからこの場所について何も知りません。でも、人通りが少ないのはやっぱり寂しいと思います」
あたしは、あたしが考えていることをそのままズバリと言い当てられた気がした。
「ねぇ、メイちゃん?」
「なんですか?」
「あなた、やっぱりあたしの考えてることわかってる?」
メイちゃんは少し、考えたように上を向くと、あたしの方に向き直って宣言した。
「私の将来のライバルのことぐらいは、ちゃんと理解していますよ。沙耶さん」
◇ ◇ ◇ ◇
「ああ…忙しかった…」
俺は目の前の画面に突っ伏した。やっぱりこういう時には一人が一番捗るな、うん。
仕事上がりの一杯の紅茶が、俺の喉を潤してくれる。
今日…? 今日の俺は… 一日仕事詰めで、特記すること無し!
こういう日があってもいいじゃないか。そうだろう?
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