第三章-04
◇ ◇ ◇ ◇
「ところでさ…」
俺は研究室まで連行される道すがら、村川に問いかけた。
「村川さん、さっき車内で意図的に話の順番を替えませんでしたか?」
「なんだよ、今頃気づいたのか?」
呆れた顔も隠さずに、司馬は言う。
「全く注意力がないって言うか、本当に自分以外には興味が無いのな」
「村川、ちゃんと注意を促してたろ? 指をこう…ゆらゆらとさ」
あの時、車内で村川がやった指真似をしながら野村。
「そういうときは、必ずなにかあるんだよ。コイツの行動には」
「車内で最後に触れた四人の先輩達… 富野研の懐刀、覚えてるか?」
村川が指をゆらゆらさせながら聞いてくる。
ということは、だ。
その事がいかに重要かを試されている?
「ええ、覚えてますよ。確か…
鷲尾舞衣
井上春香
三田裕二
小原一馬
…の四人でしたよね」
「…合格だ。さすが富野研に招かれただけのことはあるな」
村川は上機嫌気味に俺の肩を叩いた。
「その三田裕二先輩が仕掛けてきた」
「そうなのかよ!」
「ああ、司馬さん。間違いない。どんなに帽子で顔を隠そうと、たとえ暗がりで顔を隠していたとしてもだ。タクシーのドライバー証に間違いなく書いてあった。俺達がどこまで出来るか、おそらく試されているんだろうな。初歩中の初歩だ。故に、三田先輩は …おそらくだが、”敵”じゃない」
「おいおい、”敵”たぁえらく物騒だな。そこまでは流石にわからなかったぞ」
「野村よォ、もうちっと冴えてくれよ。俊樹に負けてんぞ」
「ガハハ…、村川よォ。そういう難しいことはお前らに任せとくわ」
「とにかく、だ。繰り返し言うが、三田先輩が仕掛けてきた。問題は、この事が何を意味するか、だよ」
「それは、ただ単なる偶然じゃ…」
「俊樹、そう思うか? メイちゃんがお前んとこに来てから、かれこれ半月になる。その間に何も起こってないと思うか?」
「そりゃ…」
俺は二の句が継げなかった。
「いいか? メイちゃん程のアンドロイドは、この世にまず二体とあるまい。彼女はいわば、それほどのオーバーテクノロジーと機密事項の塊だ。そのメイちゃんが、何の疑いもなく普通にお前ンちにいる。この事を俊樹はどう思うよ?」
「異常事態、だな」
「だろ?」
村川の言葉に熱が籠ってくる。
「で、舞衣さんの登場だ。立場上、彼女は大家の娘でお前が店子。果たして、それだけの関係か?」
「と言うと? 具体的にどういうことよ?」
「まぁまぁ司馬さん、慌てなさんな」
村川は司馬を掌で静止すると、尚も続けた。
「俊樹。お前、入学時に入るべきアパートがなかなか決まらなくて困っていた。違うか?」
「ああ、でも結局今の大家さんの好意で保証人がいなくてもいいって…」
「さて、ここで問題。何の後ろ盾もない一介の少年を、なんの理由もなく店子にするだろうか。いや、百歩譲って大家さんの好意で入居できたとしよう。その大家の娘が富野研の懐刀の一人だった。これは偶然か? 加えて言うなら、メイちゃんのメンテを行えるだけのノウハウを彼女が持っていた。これも偶然だろうか?」
「…違うね。ふたつまでなら単なる偶然と片付けることも出来る。でもそれが3つ重なるとなれば、それはもはや偶然じゃない。明らかな意図によるものだ」
「…一成、ビンゴだ!」
「ナルホドな。そもそも今回の一件ははじめから仕組まれたもの、というわけだ」
「その通りだ、司馬さん」
村川は一同を見渡すと、更に続けた。
「おそらくだが、舞衣さんは味方だ。これはほぼ断言できる。でなけりゃ、こんなリスクの高いことに首を突っ込もうとは思わないだろうからな。それから、三田先輩もだ。もし本気で仕掛けてくるなら、車内でいる時に何らかの手を出してきてただろう。それが今のように日の高い時間帯であってもだ」
「つまり、本気で仕掛けようと思ったら、いつでもヤれるってこと… か?」
「珍しく冴えてるじゃん!。野村、お前の言うとおりだよ」
「なら、三田先輩は”敵”なのか?」
俺はさっきから思っていたことを口にしてみた。
「俺はさっきなんて言ってた? 俊樹」
「三田先輩はおそらく”敵”じゃない、と… でも、あくまで推論だろ?」
「そうだ。でもあれだけ解りやすい警告を、本気で襲おうという人物が俺達に手の内を見せてしまうだろうか? 否、あれは意図的なものだ」
「つまり、近いうちに何かが起こる、と?」
「さすが司馬さん、そういうことだよ」
「ふう… ん。この一件、大きな話になりそうだぜ。なんだか面白くなってきやがった!」
司馬の口元が『ニィ…』とつり上がった。
「さて、部屋に到着だ。俊樹、お前は仕事でも何でもしてろ!
…じゃ、始めるか? 村川は引き続きレジェンド4名の動きを調べてくれ。当然、現在の所属もだ。一成はメイさんを作ったっていうフロンティアのことについて、洗えるだけ洗っておけ。なに、遠慮はいらん。徹底的に、だ。…今のところ俺達にゃ、それくらいしか出来ねぇ…」
司馬は手早く指示をだすと、俺の方へ向き直って言った。
「俺達は大変なものに関わったかもしれん。俺と野村は出来る限りメイさんと沙耶ちゃんを守ってやりたいが、どこまでできるか正直どこまでできるかわからんのが実情だ。そんときゃ、わかってるよな?」
そのあまりの迫力に、俺はただ「ハイ」としか答えることができなかった。
「どうして… どうしてそこまでやれるんです?」
「メイさんは、当然沙耶ちゃんもだが… 出会って数週間とは言え俺達のアイドルで、仲間だからだ」
そう言って、司馬はニカッと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
数時間が経った。
研究室内には、仕事がはかどらない俺とパソコンに向かったままの一成だけが取り残されていた。
「俊樹クン、ホントとんでもないことに巻き込まれちゃったようだね」
「どういうことですか?」
「なんていうか、…司馬さんがああ言う時って、今までに一度しか見たことないんだよね。それこそこの富野研の存続に関わるようなときにさ。彼、ドロップアウト組だったんだよ。ああ、当然学業についていけてなかったってわけじゃないんだ。ただね、富野教授が派閥争いに巻き込まれて廃業まで追い込まれそうになったときがあったのさ。一昨年だったかな? 拾われた恩は返さなきゃならねぇ! そう言って相手のスキャンダルを次々と暴き立てて、…結果、富野研は守られたけれど、司馬さんは一年間の休学を言い渡されたんだ。それだけで済んだのは、富野教授の働きかけもあったんだけどね」
「そんなことが…あったんですか?」
俺は、その途方もない話に唖然とした。
あのハチャメチャでどうしようもない人格破綻者が、その実、それだけのことをやってのけたのか。
俺は、俺の心の中にモヤモヤとくすぶっているものを感じた。
「その時にすべての責任をかぶったのが司馬さん、当時一緒に行動した村川さんと野村さんにはお咎めなし。で、司馬さんたちは同学年なんだよ」
それだけのことがあったなんて、俺は全く知らなかった。ただ毎日のように宴会をしていて研究もいい加減な論文を提出していて、付け加えるなら、この富野研が当大学のゴミ溜め・もしくは巣窟とさえ思っていたからだ。同様に富野教授に拾われた俺も同じ穴のムジナとは思っていたが、全然違う。連中がこれほどまでの団結力を見せるのには、それなりの訳があったのだ。
ふと、思う。
もしメイが来なかったら、果たして俺はこの事実を知ることが出来ただろうか?
「一成…先輩。なにか俺にできることはありませんか?」
「その言葉を待っていたよ、俊樹クン。キミは優秀なヒトだ。ボクには出来ないことが必ずあると思うよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「は~ッ、は~ッ、は~ッ」
…何やってるんだろうねぇ、この娘たちは。
「一旦休戦よ。また俊樹たちが帰ってきたら、ご飯の用意しとかなきゃいけないからね」
沙耶ちゃんが高らかに宣言した。
「了解です。どちらがマスターのことを想っているかの論戦は一旦終わりですね。ホッとしました」
メンテナンスボックスのゲージは間もなくグリーンを表示しようとしている。後小一時間で、メイちゃんはこの狭苦しい箱から出られるだろう。そのボックスの傍らでへたり込んでいる沙耶ちゃんも、相当疲れているようだ。
そりゃ、そうよね。暖簾に腕押しだもの。
「さぁて、今夜のメニューは何にするんだい?」
アタシは話題を振ってみた。さて、どんな回答が返ってくるか…?
「今日は洋風カレーと、温野菜のサラダ。付け合せに甘めのピクルスで」
と、沙耶ちゃん。なんだかんだ言って、ヨユーじゃない。
「では私は材料のお買い物をしてきましょうか?」
「いいわよ。それよりも、俊樹を迎えに行ってやって。多分余分なお金持っていないから、今頃どうやって帰ろうか思案してると思うわ」
「いいんですか?」
「いいわよ。それくらいのハンデは付けてあげる」
「ありがとうございます!」
「では話がついたところでさ…」
アタシはナイスなタイミングで口を挟んだ。
「今度はどんなコスチュームにする? そうね… ミニスカポリスさん? それともナース服もいいなぁ。ピンクのか~わいいナース服ってば、俊樹クン、萌え萌えよ♡」
「舞衣姉さん… 随分嬉しそうだけど、俊樹、引くわよ」
◇ ◇ ◇ ◇
俺は仕事を手早く終わらせると、キャドで図面をひいた。
「俊樹クン。多分、これくらいは必要になるよ?」
一成の話によると、今回は身の危険が伴う可能性もあるという。最低限自分の身を守るだけの装備は作っておく必要がある。
「過去にさ、こういう図面があるんだよね。改良できたら相当なものだよ?」
手渡された図面と計算式を見比べながら、唸る。
一通り設計が完了したときには、陽も暮れかかっていた。毎度思うことだが、夢中になっている時には実に時間とは早く過ぎ去るものだ。一成に新たな数枚の図面と数式を確認してもらう。一成はニッコリしながら「OK!」と言った。
「マースタ~!」
遠くから、聞き慣れた声がする。
パタパタとかけてくる音。
そして、ノックもなく扉をは開かれた。
そこには、ピンクのナース服に身を包んだ… メイ… か? 息を整えながら、言葉を繋いだ。
「マスター、お迎えに上がりました! 沙耶さんが『きっと俊樹はおかねもってないだろうから』って。」
はぁ、そう… ですか。
「メイちゃん、メイちゃんメイちゃんメイちゃんか~わいい~~~♡」
これまでにないほど興奮した声で、一成。やっぱり本性はソレか? 感動して損したぜ。
「あ、マスター笑ってる! よかった、気に入って頂けたんですね?」
え? 俺は笑ってなんか…
「ホントだ。キミもスケベだね~! て、ボクも同じか」
俺、笑ってるのか?
戸惑いながら、俺はメイを部屋の中へと迎え入れたのだった
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