第三章-03
俺は両脇を司馬と野村に固められたまま、タクシーで連行されようとしていた。前の座席には村川。唯一の車持ちである一成はバモスで俺達の後に付いてきている。司馬が行き先を手早く告げると、一種異様な雰囲気も気に介さずドライバーは発車した。
「それにしてもよォ…」
司馬が口を開く。
「あの大家さん、なにげに凄いのな」
「だよなぁ。いくら自動でメンテされると言っても、メイさんほどのメイドロイドを扱えるなんてな」
「ソコなんだけどさぁ」
野村の言を受けて、村川が口を開いた。
「あの大家さん… 鷲尾舞衣さん… ってさ。どっかで見たことあると思って調べてみたら、俺達の先輩なんだよな」
「どういうことだ?」
俺だけでははなかった。全員の声が見事に揃った一瞬だった。
「つまり… さ。これは一成が調べてきたことなんだけど…」
村川は俺達に人差し指をゆらゆらと見せながら、続けた。
「ああ、そうそう。ところでな。フロンティア・コーポレーションのことなんだが、ここ二十数年前からモバイル事業で急成長した企業なのさ。いくらなんでもモバイル事業とアンドロイドとでは普通、関連がないように思うだろ?」
「そうだねぇ」
司馬が相槌を打つ。
「モバイル事業と云や、一時期家庭用コミュニケーションロボットを作ってた企業があったな…。あれが確か、フロンティアじゃなかったっけか?」
「ビンゴだよ。流石だねぇ、司馬さん。当時はそういう最先端のものを作ってたんだが、今じゃあまり名前すら効かなくなってる。てか、お前ら知ってたか?」
「いンや、俺にゃ分からん」
「野村よォ、お前はなんにも知らないんだな。まぁいい、それがお前だわ」
「そのフロンティアとアンドロイドとの関連性は何だっての、村川よォ?」
「それなんだが、司馬さん。今のアンドロイド技術には殆どの製品にフロンティアの技術が使われてるんだそうな。知ってたか?」
「いンや、俺にゃ分からん」
「分かったから、野村はただ俺達の話を聞いておいてくれ」
「うむ、分かった」
「ふう… ん、フロンティアの技術がねぇ…。俺たちゃそのアンドロイドを作るための勉強をしてたはずだよな。でもそんなこと、聞いたことないぞ」
「そこなんだよ。いろんなメーカーに名前を変えて、特に軍事用のアンドロイドのシェアの9割を握っている。だからフロンティアはモバイル事業も手放したのさ」
「軍事用… かよ?」
「で、そのお零れが我々庶民の生活の中に落ちてきているってわけだ。当然だが、それらにもフロンティアの技術が入ってる。俊樹、お前だってデルタって会社名は聞いたことあるだろ?」
「ああ、デルタなら知ってる。ジャンク屋でもパーツをフツーに置いてるくらいだもんな。富野研でもチップとかよく使ってるじゃないか。それだろ?」
「その通り。それがフロンティアのもうひとつの名前だ」
「しかし、だ。何故わざわざ会社名を変える必要があるんだ?」
「もともとデルタはアメリカの会社だ。それをフロンティアが買い取ってる。何故か。答えは簡単、軍事転用できるパーツを今の日本は輸出制限されているからだ」
「で、それとさっきの舞衣姉さんの話とどう関係があるんだ?」
「と~し~き~…、まぁいい。そろそろ大学に着くし、話を戻そう。舞衣さんは俺達の先輩に当たる。しかも伝説の、富野研の護り刀の一人だ」
「護り刀って? 一体どういう意味だ」
「正直、どういう意味家は分からん。だが、鷲尾舞衣、井上春香、三田裕二、小原一馬の四人が俺達の大先輩であり、つまりは大家さんも俺達より数年以上遡る、レジェンドの一人だという事だ」
「えええええええええ!」
そこにいた全員が声を上げた。
「この富野研に女性(オンナ)がいついたことがあったのか!?」
「な? 信じられんだろ?」
真面目な顔で、司馬と村川が向き合った。
「到着しました」
無造作に言い放つドライバーの声に促されて、俺達は車を降りた。
「またのご利用をお待ちしております」
これまた無造作に頭を下げるドライバーにお金を払い、俺達はキャンパスの中へと足を進めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「舞衣さん、メイちゃんって本当は何者なんですか?」
アタシの部屋の一角、メンテナンスボックスの前で、沙耶ちゃんが聞いてきた。
「何って… 私はただのメイドロイドですよ?」
衣服を脱ぎながら、メイちゃんが答える。
「そんな訳ないでしょ? どう見たって、ただのアンドロイドじゃないもの。あたしのお父さんだって、事あるごとに聞いてくる。あのアンドロイドはどうだ、って。あからさまに興味を持って聞いてくるの。普通、そんなことありえないもの」
「ご心配ありませんよ?」
メンテナンスボックスに座ったメイちゃんが、ゆっくりと語りかける。
「私はマスターのためだけに作られた、ハンドメイドのアンドロイドです。確かに普通じゃないところもありますけど、特注製ゆえのスペックを誇っています」
メイちゃんのドヤ顔が目に浮かぶわ。
「ソコよ、ソコ!ソコが気に食わないのよ!」
おやおや、沙耶ちゃんもホンネが出はじめたかな?
「あなたのせいで、なんだか俊樹があたしの知らない俊樹になりそうで、怖いのよ」
「大丈夫ですよ?」
「マスターはマスターですし、沙耶さんは沙耶さんです。以後も何も変わりません」
「変わってるわ」
「へぇ…どのように? よかったら、アタシにも教えてよ」
このままだと沙耶ちゃんが泣き出しそうだったので、とりあえず聞いておこう。
「俊樹はあたしが面倒を見てきてるの。まだ小さい頃からよ? あなたは知らないでしょうけど、あの『誰も自分の殻の中に入れなかった俊樹』が、あたしも含めて、みんなの輪に入ろうとしてる。今まで見られなかったことだわ」
「まぁまぁ。それはそれで、いい事じゃないの」
「よくない!」
ああ、本当にオンナって面倒くさいなぁ。ま、アタシも女のはしくれだけどね。
「私には、今の沙耶さんの気持ちが理解できます」
暫くの沈黙の後、メンテナンスボックスの中から声がかかった。
「理解できないわよ!」
「できます」
落ち着いた声で、メイちゃんの声。
「いつか…」
アタシたちはメンテナンスボックスを見つめた。
「いつか… ですが、私の本当の姿をお見せできる時が来るでしょう。それはきっと、そう遠くない時だと思います。今は
女の子だねぇ。データとして聞いてはいたけれど、ここまで再現できているとはねぇ。
玄田博士。アンタは凄いよ。この世にいれば、どんなにか苦笑いしながら、この光景を見てただろうねぇ…。
ピピピ…、とアタシの携帯が鳴った。表示には『三田裕二』とある。
「ちょっと外すわね」
そう言ってから、アタシは携帯の受信ボタンを押した。
『どうも、ご無沙汰だね』
「本当ね。富野教授から集合がかかった時には、何事かと思ったわ」
『たった今、後輩たちを降ろしてきたよ。なかなか面白い逸材ばかりじゃないか』
「そうでしょ? 今頃アタシ達の話してるだろうね」
『ああ、既に正体が割れてしまってたよ。勿論、キミもだ。本当に笑いを堪えるのが大変だったよ』
「あはは… それで、アンタはこれからどのように動くつもり?」
『そりゃ当然、春香や一馬とも連絡を取るさ。キミから一馬の方へは…?』
「終わったことよ。今じゃ、ビジネスライクな付き合いだわ」
『そうか。 …ところで、例の俊樹クン。なかなか落とすのは大変そうじゃないか?』
「そうでもないみたいよ。少なくとも、彼の幼馴染ちゃんにとっては、随分な変わりようだそうよ」
『成功… するといいな』
「そうね。本当に、奇跡が起こせたらいいわね…」
『それはそうと、ちょっと気がかりなことがある』
「なによ」
『あの押井譲が動き始めたらしい…』
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