第三章-02

「それはそうと…」

朝餉も中盤に差し掛かった時、舞衣姉さんはメイの方をちらりと見た。

「メイちゃんのメンテナンス、そろそろ今日辺りやっとく?」

「そうですね。稼働を始めてから、時間がたちましたし…」

俺もまた、メイの方に目をやった。


舞衣姉さんに聞いたところによると、メイはハンドメイドの特注製らしい。

『らしい』というのは、それとわかる根拠が明示されてないからだ。これを作ったメーカーこそわかって入るものの、そこのどのセクションの誰によって作られ俺の元へメイを寄越したのか、それがわからないのだ。彼女が特注性だということは、ヒトと見紛うほどの精巧な作りや、最初はダメダメでもあっという間にマスターできるもの覚えの速さ・表情や表現の豊かさからも推測はつく。これだけの『作品』を一般的なメイドロイドと同じカテゴリーに入れること事態が間違いというものだ。


それだけに、普段からのこまめなメンテナンスが必要と判断してのことだった。


その上で、このあまりにもスペックの高いアンドロイドがなぜウチに来たのか? そこのところがどうしても知りたかったのだ。理由もなくこれだけの逸品を縁もゆかりもない人間に送りつけることなどあり得るだろうか?


メイが来ることになった経緯があったはずなんだ。あの日、俺が件のメールにパスワードを打ち込んだときから事の次第は始まっている。必ずなにかがあったはずなんだ。そのなにかが、まるで記憶にロックが掛けられているかのように思い出せない。


それに、あの歌。

起動時の、加えてメイが酔っ払ったときに口ずさんだときのあの歌。

記憶の奥底にこびりついたまま離れない、あの女性(ひと)の歌。

「俺もそろそろ、メイについて少し知りたいところなんです」


そうなのだ。メイが来て間もなくの頃、俺は俺でフロンティア・コーポレーションなる会社に問い合わせたのである。ところが、だ。

『その回答についてはお答えできません』

そのセリフの一点張りだった。メイが言うところの、

『禁則事項です』

と同じ対応だったのだ。これはあまりにもおかしい。しかし、梱包を開けてしまった以上、その決断を下してしまった以上、俺には責任がある。これは俺の自業自得だ。


「メンテナンス!!」

司馬が奇声を上げた。

「そんなこと言ってお前、メイさんをあられもない姿にして、ああ~んなコトやこ~んなコトや…」

「なんだって~!?」

「なんですって~!?」

男どもの声が一斉に上がった。

その中に沙耶の声が混ざっていたのは、一応気にしておく。


「大丈夫、みんな気にしすぎよぉ」

呑気な声で、舞衣姉さん。

「もともとメンテナンスボックスの中にに入っていたのよ。自動でメンテと更新がなされるような仕様なのよ」

「はぁぁぁぁぁぁあ」

男どもの安堵の声が漏れる。


「でも、そういう事なら、メイちゃんはいま着てる服を脱がなきゃってことじゃ…」

ハッとした表情で、沙耶が余計なツッコミを入れてきた。

「なんだとぉぉぉぉぉ!?」

また男どもの…もういいか。

「心配しなくていいですよ、俺はソッチのほうには興味がないですから」

「なによ、ソッチのほうって?」

沙耶のすごく棘のある声。

「いいか、沙耶。どんなに精巧にできていても、メイはアンドロイドだ。人の姿をした機械なんだよ」

「だから問題なんじゃないの」

沙耶の追求は止まらない。

「こんなに可愛くて、こんなに人間のようなロジックを持っていて、こんなにも人間の姿そのものなのよ? 俊樹はなんとも思わないの?」

「そうだよね~、外見上は見たまま人間そのものだもんね~」

舞衣姉さん、余計なこといい出さないでよ!

「アタシは何度かメイちゃんとお風呂入ってるけど… 大家権限でね。外見上の特徴も、人間そのものよ? あんた達の夢を壊すようで悪いけど、ちゃんと排泄もするし、感情の起伏も年相応の女性そのものよ」


「本物の女性ソノモノ… はぁぁぁぁ!?」

ブッシュぅ!

司馬が鼻血を吹きながら、卒倒した。そりゃそうだろう。ただでさえ女性に免疫がない上、幻想を抱いているのだから。その他一同もまた、ショックを隠しきれないでいる模様だった。当然だが、俺もビックリだ。そんなに精巧だったとはツユほどにも知らなんだ。舞衣姉さん、恐るべしっ!


「てか、いつの間にそこまで調べてたんですか。確かにふとメイがいなくなる時があったのは薄々知ってましたけど、舞衣姉さんのところへ行ってたんですか?」

「むしろ、アタシのほうがビックリよ。メイちゃんのマスターだってのに、そんなにも彼女に執着を持っていなかったなんてね」

呆れた顔をしながら、舞衣姉さん。

「そっかぁ、やっぱりそこが俊樹くんの悪いところかなぁ? 良くも悪くもね」


気がつくと、沙耶が俺の服の裾を掴んでいた。その顔は、どこかさみしげだった。

「沙耶?」

俺の問いかけに、沙耶は何も答えなかった。

「この朴念仁が。だから沙耶ちゃんが苦労するんだよ」

村川がぼそっと呟いた。


「とにかく」

舞衣姉さんは声を張り上げた。

「今日はメイちゃんのメンテナンスよ! 野暮な男どもはとっとと大学に行きたまえ!」

「あ、あの… あたしは残ってもいいですか?」

「なんだい、沙耶ちゃんも気になるかい? …なるよねぇ」

舞衣姉さんは沙耶のか細い声を聞き逃さなかった。

「おっけー! キミは残りなさい。多分、知っとかないといけないこともあるだろうしね」


「と、決まれば…だ」

司馬が俺の身体をガシッと捕まえた。

「俊樹の事情は知らん! あえて無視だ。これからお前を研究室へ連行する!」

「仕事があるなら、いつも通り研究室そこでやりゃいいんだよ」

野村が俺の足を持ち上げ、本格的に拉致モードに入った。

「あ、このファイルだね。俊樹クンのお仕事って」

一成が手際よくUSBメモリに途中だった仕事のファイルを取り込んだ。

「格安タクシーの手配はできてる。料金は当然お前もちな」

スマホのアプリを終了しながら、村川。

「お前ら、なんでそんなに手際がいいんだよ!」

抵抗むなしく、俺は研究室へと拉致られて行かれるのだった。

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