第三章-01
「いっただっきま~す!」
男どものハーモニーが部屋中に響き渡る。
「お前らなぁ…」
その声で叩き起こされた俺は、睡眠不足の頭をかきむしりながら呟いた。
「俺は苦学生だって言ってんだろ? 仕事の締切は今日の17時なんだぞ?」
「まぁいいじゃんかよォ。折角の出来たてなんだから、一緒に食べようぜ」
司馬が猫なで声で促してくる。
「大体なんでお前らがここで毎日のように、当たり前に飯食ってんだよ? ここはあくまで俺ンちであって、大衆食堂じゃない!」
「そう言うなよ。しっかりわれてんだぜ。お前、仕事も単位と一緒で要領よくやってるだろうによ」
俺の渾身の抗議は村川によって軽くいなされた。
「そうなのか?」
司馬の一言を待たずして、全員の目が村川に注がれた。
「残り半年分と少しの単位が取れりゃ、いつだって大手を振って卒業できるご身分なんだよ、コイツは」
村川は指を揺らせながら続ける。
「大体そんなに急いで単位取りまくって、お前は大学院でも目指すのか? それともとっとと社会の荒波に揉まれたいのか?」
そう言いながらも、こいつは知っているのだ。俺が必要最低限の単位数を、それも優もなく良もなく可を狙いに行っていることを。それらの単位の正体がありとあらゆるコネと取引と友情の結果、危うくもなんとか成立している単位数だということを。
そう、卒業するだけなら努力と根性でなんとかなるものなのだ。
あのメイの歓迎宴会から一週間。俺の大切な睡眠時間は、あろうことに、むさ苦しい男どもの襲来によってかき乱されてしまっている。確かにこの男どもはありがたくも食費こそ入れてはくれている。しかし、だ。それを契機に毎朝メイと沙耶の作る朝食… 実質、メイの料理の試食なのだが… を喰らいにやってくるようになった。
「それにしてもよォ」
司馬が感心した風で問いかける。
「ほんの数日で、こんなに人の作る料理って変わるものなのか?」
「いや、ヒトじゃないし。アンドロイドだし」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
「確かに来たばっかの時にはダメイドだったよ。でもかなり変化したよな」
「本当ですか、マスタ~♡ 嬉しい!」
お玉を握ったままで、嬉しそうにメイが顔を覗かせた。
「『本当ですか、ますた~♡』ってなんだよ、いい雰囲気作ってんじゃないよ」
村川がメイの一言を受けて、俺に抗議してくる。
「知るか! 大体メイはウチに来たの。…なんでかは知らんが、ウチで預かってる大事な娘なんだ。お前らのおもちゃじゃない! さっさと食って、帰った帰った!」
「まぁそんなに釣れないことを言うなよ。俺達とお前の中じゃないか」
「司馬さんよ、この間もそう言って俺の貸した3000円、まだ帰ってきてないでしょうが。あれは一体どうなってる?」
「クラウドならぬ、直接ファンディングだよ。投資だと思いな」
「それ、返す気ないよね? 絶対、全く返す気ないよね!?」
「ちゃんと返すって。たかだか3000円位、富野研のオモチャを売ればあっという間に返せるってば」
「村川さん… そのオモチャって、この間爆発した
「あんときゃ如何にコストを抑えるかを前提に作ってたからね、ああなる事だって計算のうちさ♪」
「一成… そこまで計算できて、なんでこいつらに加担する?」
「詳しいことは分からんが、まぁ失敗は成功のもととも言うしな!」
「アンタが一番分かってないよ、野村さん!」
「あなた達、本当に仲がいいのね」
沙耶が汁物を入れた鍋を持って、台所から現れた。
「俊樹も高校の時とは比べ物にならないほど活き活きとしちゃって、ありがたいやら何とやら」
「ああ、沙耶ちゃん。いただいてますよ!」
「おそまつさまです」
ニッコリと笑いながら、沙耶は全員の椀に味噌汁を注いでいく。
「話はもとに戻すけどな」
村川が閑話休題を告げた。
「浅漬けにしたって、このビミョーな塩加減がたまらなくいいんだよな!」
「そうでしょ?」
村川の一言に、何故か気を良くした沙耶が応える。
「メイちゃんって、ファジーな部分がとても覚えが早いのよね。普通なら、この材料に対して塩何グラムでしょ? でも、天気やその日の疲れ具合によって塩加減を変えるなんてこともマスターしちゃってるんだもの。このままだと人の出る幕、ないわ」
「後は萌え要素だけなんだよなぁ~」
一成が恨めしげに俺を見つめる。
「萌え要素禁止令を出したのはたしかに俺だけどさ、そんな目で見ないでくれよ。一成は一応、先輩だろ?」
「だって、メイドさんだよ? 尽くしてくれるんだよ? マスターの言う事なら、なんだって受け入れてくれるんだよ?」
「そりゃ、何処のメイドさんなんだ? 二次元に帰れよ」
「お待たせしました! 鯵のひらきですっ!」
「待ってました~!」
男どもの声に続いて現れたのは、焼き物をトレイに載せて運んできたメイ。紺色のピナフォアに真白のエプロン。膝丈のスカートからはペチコートが見え隠れしている。胸元の棒タイには…おそらくフェイクだろうが…赤い宝石がはめ込まれている。髪はいつものハーフアップ。ゆるく内側に巻いているのが仕様だそうだ。
そんなメイのいでたちに、歓喜の声が上がった。
それに加えて、配膳された焼き物はおそらく、ただの鯵のひらきではない。軽く、しかし絶妙な火加減で炙ってあるのだ。鼻腔を通り抜ける芳醇な香りが、そのことを裏付けている。調理と配膳は沙耶とメイの二人、あっという間に準備が整った。
「改めておはようございます、マスター。今日の朝餉は、前菜にほうれん草のおひたしと浅漬、メインディッシュには鯵のひらき。そして大根と玉葱のお味噌汁をご用意してあります」
メイは丁寧に膳のひとつひとつを説明してくれる。ここまでされたら、朝飯はいらないとは言えない。しかも、先程のやり取りでしっかりと俺の目も覚めてしまった。仕方なく俺は定位置に座ることにする。
「それにしてもさ」
俺は皆を見渡していった。
「全員の配膳が終わるまで、食うのを待てないのか! この餓鬼どもが!」
「ほっとけ。俺たちゃ育ち盛りなんだよ」
いつもの司馬の台詞が飛び出した。二十四にもなって、何が『育ち盛り』なんだか。
「やぁやぁ、ご盛況だねぇ! 今日もメイちゃんの朝飯目当てかい?」
舞衣姉さんがいつものように騒がしくドアを開けて入ってくる。
「当然だが、アタシの分もあるんだろうねぇ…?」
もう、好きにしてください。
こうして俺の日常は非日常と化して、日を追うごとにカオスの様相を呈するのだった。もう好きにしてくれ…。
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