第二章-04
【はじめまして、ようこそメイちゃん!】
研究室の入口から廊下に伸びる、リボンで飾りつけられた横断幕。紅白の縁取りに、真っ赤な文字。入り口から覗くと、ご丁寧に色紙を繋いで作られた輪飾りまで天井から吊り下げられている。俺は思わず、軽い目眩を覚えた。
「大体だな!」
俺は抗議する。
「まだ紹介もしていないのに、何故メイの名前までわれてるんだ? 一体どこから…」
「そこはそれ、蛇の道はなんとやら、だよ? 俊樹くん?」
村川がキザに口を挟んで、続けた。
「世間の口に戸は建てられぬ、だ」
「いやぁ、本当に苦労したんだよ!」
小男の一成がねぎらいの声を望んでいるかのように声を上げる。
「大体だな、とは心外だねぇ…俊樹くん。君の纏っている雰囲気・日々の生活パターン・着ている服の一着一着まで、大きく変化したのは君の方だよ? それが、こんな可憐な美少女メイドロイドが原因とはねぇ…」
司馬がメガネの奥の瞳を爛々と輝かせながら、俺の足に軽いケリを入れた。
「痛ェよ、なにすんだよ」
「なにすんだとはよく言ってくれるじゃない、俊樹く~ん? キミは当富野研に於ける規約第三条第三項に違反して婦女子をたぶらかすだけに飽き足らず、こんなに可愛いメイドロイドまで雇い入れ、思うがままにその欲情を満たさんと欲している。これを史上の罪と言わずしてなんと云わんや! ええい、頭が高い、控えおろう!」
司馬がいつもの調子で口上を並べ立てる。
「よって、私刑に処さねばならんなぁ… いやぁ、残念だよ。我らが同志よ」
「誰も同志に加わった気など更々ないわ! そんな事より、なんだよ、この馬鹿騒ぎは!」
「あの…」
メイが恐る恐る研究室の面々に声をかけた。
「今回の一件、私が原因なのでしょうか? もしそうなら私が責められるべきものであって、マスターが皆さんから非難されるべきではないかと思うのですが…」
「何を言ってるんですか、メイさん。すべての元凶はコイツにあるのです! 最年少でありながら分もわきまえず沙耶ちゃんといいメイさんといい、オンナ…否、女性を惑わし連れ込んでイチャイチャするなど言語道断!」
野村が鍛え上げられた筋肉を披露しつつ、やっぱり俺を非難してくる。この脳筋が。
「ですから、あなたには何のひとかけらも・これっぽっちも罪はないのです」
司馬がメイに向き直って声をかけた。
「つまりね、このヒトが言いたいのはね」
沙耶もまたメイの耳元で囁きかける。
「あなたも私のときと同じように、歓迎されてるってことよ」
研究室の中は、それまでの例に漏れずキチンと整理整頓されているかのように見えた。いつもの男臭さはどこへやら、独特の匂いもきれいに処理されている。全く、こいつらの団結力の強さは半端じゃない。
それに加えて、机の上にはケーキとお菓子。それも女性に人気のルーヴという人気店舗のものだ。当然のように、飲み物も各種人数分が飾り付けられて揃えてある。
「大体おまえら、単位の方はいいのか? 論文の締め切り、後一週間切っているだろ?」
俺はこの光景に大きくため息を付きながら、髪を掻いた。
「ソコだよ、ソコ! 君は先輩に対しての態度がなってないのだよ」
司馬が声を金切り上げる。
「研究の時以外は全く俺たちを先輩として敬服してはおらんだろう! もう少し取るべき態度というものを考えたまえ」
「ハイハイ、すみませんでした。司馬先輩」
「ならば、よろしい!」
…一見、全く啀み合っているかのようにみえるだろうが、実のところ、いつもこのような感じである。気を使わなくていいという点においては本当に気楽でいい。俺がこの研究室に居続けられるのも、このような面々で構成されているからなのだ。
「それはそれとして…」
司馬はメガネのブリッジを直しながら、しげしげとメイを眺める。
「本当にメイさんはアンドロイドなのですか? それもメイドという作業に特化された… とてもそのようにお見受けられないのですが…?」
「はい! メイドロイドです! 自己紹介が遅れましたね?」
メイは佇まいを直し、一同の顔を一通り見渡してから続けた。
「私の名前はフロンティアコーポレーション社製のハンドメイド・メイドロイド:MAI-5000、Type-Xです。どうぞメイとお呼びになってくださいね」
潤んだ大きな瞳と澄んだ声で微笑む。メイド服の膝丈のスカートを軽くたくし上げ、軽く挨拶。その優雅かつ可憐な姿に、どうやらメイは一瞬にして一同を虜にしてしまったようだ。
「ハンドメイドかぁ… そりゃ、これだけのモンできてくるよなぁ…」
村川はしげしげとメイを見ている。しかし、決してメイは嫌がっていなかった。
「よくできているでしょ?」
そう言いながら、メイはいろいろとポーズを取ってみせる。
「いい子だ…」
司馬はその瞳を潤ませながら呟いた。
「うむ、素直で飾りっ気がなくて、本当にいい子だ」
野村も同意する。
「本物の人間だと言っても全く遜色ないぜ。むしろそんなこと言う奴は、俺が社会的に潰す!」
村川もまた、好意的に受け取っているようだ。
「メイドさん… メイドさん… メイドさん…」
落ち着け、一成! メイドは逃げやせん… いや、その調子では逃げるな、うん。
兎にも角にも、どうやらメイはこいつらに暖かく迎えられそうだ。
「よぉし、彼女を我々富野研のアイドルとして迎えることに決定するぞ。異議は!?」
「異議なーしッ!!」
司馬の提案に全員が乗った。俺の目眩はますます酷くなった。
「宴会… ですか? 一体何を?」
メイは首を傾げながら、問いかけてきた。
「今からメイをダシにして、大騒ぎしようってハラだよ」
「ええ! 私、出汁にされてしまうんですか? トロトロに煮込まれてしまうんですか? そんな、困ります。私の素肌はマスターだけのものなんです!」
ぶば…ッ!!
その一言を聞いて、司馬が豪快に鼻血を吹いた。威勢だけはいいくせに、オンナに対しての免疫がまったくないんだから困ったものである。
「アホの子か、お前は。ダシってのは、宴会をするための理由付けのようなものだ。メイが心配しているようなことはない」
「…そうなんですね、ホッとしました。私、てっきり服を脱がされて鍋の中に放り込まれ、美味しくいただかれてしまうのだとばかり…」
「どこの犯罪集団だ、俺達は! …まぁ、それに近いことはされてきたけどな」
「め…メイさん、ご心配目さらないでください。我々は紳士です。決してそのような目に合わすことはありません。むしろ…」
鼻の穴にティッシュを詰め込みながら、司馬の瞳がギラリ、と輝いた。
「この朴念仁があなたを泣かせるようなことがあれば、いつでも仰ってください。我らが研究室の規則に則り、ギッチョンギッチョンのメタメタな私刑に処して差し上げます!」
「そこんとこは余計だ! だいたいそういう趣味はない。俺は普段からそれどころじゃないって知ってるでしょうが!」
「まぁまぁ、それ位キチンとしてくれということだ。
こうして宴会の準備が始まった。その中にウキウキとした表情の沙耶の姿もあったことを俺は見逃してはいない。沙耶もまた、ノリノリなのである。沙耶は男たちの陣頭指揮を取り、配膳から簡単な盛り付け・配膳まで細かく指導、あっという間に宴会の準備を終わらせてしまった。
そして歓迎の宴が始まった。もうこうなったら、やりかけの研究もクソもない。俺は頭を抱えつつ傍にあったジュースに手を伸ばす。一方で、沙耶ははしゃぎながらメイのサポートに回っている。
もとから遊ぶつもりでついてきたな? メイまで巻き込んで。
今日はもう、沙耶には授業がなかった筈だ。体のいい時間つぶしになるのだろう。
もともと研究とはあまり縁のない富野研だもんな。舐められても仕方ない。
俺のため息は、ますます深くなるのだった。
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