第二章-03

俺達が住んでいるこの第二友引荘からバイクで約20分ほどのところに、K大学中央キャンパスがある。俺達が研究棟に到着したのは、丁度昼休憩も終わりに差し掛かったときだった。セローのエンジンを止めヘルメットを脱ぐと、どこからかなんとも芳しい香りが流れてくる。それは普段とは異なる、なんともいい難い…芳香剤の香り? だった。思い返せば、同じことが置きたのは一度や二度ではない。俺の後をノコノコ沙耶がついてきた時に…その現象は起こっている。

つまり、また…なのだ。


「あの連中、どこかで見張ってやがったか?」

俺はココロの中で呟く。

「あら、今日もキチンとしているのね」

沙耶はヘルメットを脱ぎながら、一言。

「キチンと? どういうことですか、沙耶さん」

「つまりね…」

沙耶はもったいぶりながら、キョトンとした表情のメイに向き直った。

「この富野研は、女性が来たときに限って、ちゃんとお迎えの準備が整っているのよ」


そうなのだ。きっと連中は大慌てで掃除をし、芳香剤を焚いて悪臭を消し、お菓子の準備の一つもしているのだろう。全く、どこで見張っていたのやら。バイクの駐車場までその香りが漂ってくるということは、おそらく、研究室はかなり強烈なことになっているということだ。俺は気持ちキョロキョロとあたりを見渡しながら、研究棟へと足を運んだ。


パーン!

ホールに入るやいなや、クラッカーの弾ける音が、俺達を出迎えた。

「当富野研へようこそ! かわいいお嬢様方。ささ、狭苦しい我らが研究室ですが、ずずいっと中へお入りください!」

大きな花束を抱えたむさ苦しい男どもが二人、俺達の…正確には沙耶とメイの前にやってくる。


「沙耶ちゃん、相変わらずお綺麗ですねぇ。ますます美しくなって、お迎えする我々も嬉しく思いますよ!」

うやうやしくも大げさに、あえて紳士的に出迎えたのは司馬繁という男。黒縁メガネをかけた、当研究室の牢名主である。普段のボサボサ髪はどこへやら、キチンとポマードでオールバックにまとめてあり、いつにもましてタキシードでキメている。


その隣でもう一つの花束を抱え、メイを出迎えているのが野村信一。司馬と並んで、富野研の武闘派No.2だ。彼は高校時代からレスリング特待生として名を馳せた猛者であったが、何分プロレス技を多用して失格。いつの間にか当研究室に流れてきた。一見小太りだが、その実、筋肉質の固太りであり、毎日研究はそっちのけでトレーニングに汗を流している。


その一方で、クラッカーを鳴らしたのが、村川明と二俣一成ふたまたいっせいだ。180を超えるひょろっとした体躯にパーマが特徴的な村川は、当研究室のスパイ担当をしている。大体においてコイツがあらゆる情報を仕入れてきては必要なときに換金していた。あらゆる研究室に顔が利くという稀有な存在であり、金さえ積めばありとあらゆる情報をかき集めてくる。おそらく、今回の一件もコイツの仕業だろう。


その村川に付き従っている小男が一成いっせいである。コイツは村川の手下であり、コンピュータ関連の技術に関していえば、この一成に並ぶ者は少なくとも当大学にはいない。いつもコソコソしている小心者であるが、得意分野ではしっかりと存在感を滲ませる逸物だ。


順番からいうと、5回生の司馬、4回生の野村と村山、3回生の一成、そして2回生の俺である。この他にも研究生は何人かいるのだが、不思議とあまり顔を合わせる機会が少ない。というか、俺達のあまりの奇行にあまり関わりたくないのだろう。それもそのはずである。大概俺はここで仕事をしているし、他の連中はと言えば遊びで電磁投射砲EMLの実験とか言っては大学共用の倉庫をほぼ独占して使用している。本来成すべきロボット工学の研究らしきことを何一つしてきていないのだ。


「そして…」

司馬は改めてメイに向き直った。

「始めまして、メイさん。お噂に聞いていたとおり、実に可愛らしい!」

と、これまたうやうやしく頭を下げた。


「司馬さん達、いつも大げさなのよね。毎度毎度これだと金銭的に大変でしょう」

花束を受け取って満更でもない沙耶。やはり女には花束が有効なのだろうか?

「いやいや、麗しきレディには何よりも可憐な花がよく似合う。我々の労働の対価として、ここに来て頂けるのであれば、毎日であってもご用意差し上げますよ」

「私にも…いいんですか? 私、ただのメイドロイドですよ?」

メイはビックリした表情で戸惑っていた。司馬はメイに向き直り、言葉を紡ぐ。

「いいんですよ。我々はあなた方を歓迎します! どうぞお受け取りください、可憐な華よ」


「あ、ありがとうございます…」

初々しい笑顔を浮かべて嬉しそうに花束を受け取るメイの姿を見て、一同はほぉ…と声を上げた。


「か、かわいい…」

誰もがそう思った。悔しいが、実は俺も同じ思いだった。

可憐で、そことなく儚げで。

小柄な体躯だったというのも一要素としてあげられるだろう。しかし、それにしても、だ。

「し…自然だ…」

とは、村川。ただただ呆然と見つめている。

「アンドロイド…なのか、メイちゃん? ボクの知っている範疇を超えているよ?」

二俣は口元をアワアワさせながら、言葉に詰まっていた。


「…何故だ! 何故俊樹のところばっかりにっ!?」

司馬はその憤りを俺にぶつけてきた。

「沙耶ちゃんといいメイさんといい、どうしてこの没個性的で大衆に紛れていそうなヤツのところにばかり集まるんだ?」

「知るか」

司馬の怒りは頂点に達した。

「そ…その優越感の滲ませる物言いが、物言いがぁ…!!」

「優越感?そんなものはない。むしろ迷惑を被っているのは俺の方だ」

「なんだとぉ~ッ!?」

四人の声が見事にハモった。本当に仲いいよな、こいつら。


「とにかく」

このピリピリした空間を引き裂いたのは、沙耶だった。

「研究室に移りませんか? ココではその…人の目が…」


そうなのだ。この一連の騒動はホールでの出来事なのだ。当山目立たないわけはない。

「そ、そうですね。では参りましょうか。 …おい、行くぞ。俊樹!」

見たかい? この司馬の身の変わりよう。

「ハイハイ」

おれは半ば呆れ顔で彼らのあとに付いていくのだった。


「よっしゃぁ、今日は宴会じゃぁ!」

野村の野太い声がホールに響き渡る。

「「異議な~し!」」

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