第二章-02

一般的に広く知られているところの、日本一小さな県であるK県。

県庁所在地であるT市のへそにあたるところに、国立K大学工学部中央キャンパスがある。もともと古い飛行場のあった土地を県が買い取った場所で、様々な企業や大学の研究施設などが集約している。もっとも、関東の学園都市ほどの規模はないのだが、それなりにバランスよく機能しているようだ。


さて、俺はこの大学の中央キャンパスに所属している。一応ロボット工学やらなんやら専攻している事になってはいるが、難しいことは家庭的事情も込みで、先輩方に任せている。とはいえ、何もやらなかったら角が立つので、それなりに論文出したりプログラムを組んだりして研究室に居候させてもらっているのが現状だ。


で。

俺がいる研究室の教授の富野喜孝という人は人情家で有名な人ではあるのだが、一つだけ困った性癖がある。兎にも角にも、個人の性格は置いておいて『何らかの尖った才能の持ち主』に固執する。気がついたら、どこからか連れてきているのだ。勿論、よその研究室からトレードされてきた者もいる。


故に、『貧乏暇なし工学部』の筈が、『暇人の溜まり場』『才能のゴミ溜め』などと揶揄される結果となっている。通常ならば奮起一転すべきなのだろうが、俺も含め、そんな気はサラサラないと来たもんだ。こうして我らが研究室は、今日も『机を温めている』だけの研究室と化していた。


「今日こそは大学までついていってもいいですか?」

開口一番、メイが提案してきた。

「だって、ここ以外でのマスターを見てみたいんですもの」

「家以外の俺って言ってもなぁ…」

「一体どうしたってのよ、俊樹。何か困ることでもあるの?」

沙耶が口を挟んでくる。

「いや、別に困るようなことは… あるから困ってるんだけどさ」

「ほら、やっぱりあるんじゃない。メイちゃん、悪いことは言わないわ。是非ついていきましょ?」

にこやか且つ意地悪な表情をして、沙耶。


「ダメだって! お前、この間のストーカー事件覚えているだろ? あんな思いは二度としたくないだろ?」

「あら。それは研究室のみんなに、あたし・・・の存在を知られてなかったからじゃない。知られてからは、被害、全くないわよ? むしろ行く度にみんな親切にしてくれるわ」

「それなら、私、絶対に行ってみたいです!」


「どうしても付いてきたいのか?」

俺は被りかけのヘルメットもそのままに、ロングメイド服に身を包んだメイに問いかけた。

「ハイ! マスターが通っている『大学』というところに、私、行きたいんです! 後学のためにも、ぜったいに!」

「そんなこと言ってもなぁ…」

俺は空想を巡らせる。


…あの破綻した人間どもに接触させて、メイに悪い影響がでないとも限らないしなぁ…


女っ気もなく悪い意味で男臭いあの研究室での、あの顔・この顔・どの顔・その顔… の狂喜乱舞する姿が容易に想像できたのだ。そうでなくても『リア充の生態系について』などというストーカー論文を作成・バラ撒こうとした連中である。万が一にもメイを同行させた場合、どのような目に合わされるか想像もつかない。


「…そうよねぇ。研究室で俊樹のダメっぷりを見られるとマズいもんね~。本当、俊樹ってばカッコつけなんだから」

本日3限目のない教育学部の沙耶が、白のプリマヴェラ125に腰掛けながら一言。

…あの時の『リア充』って、俺とお前のことだったんだぞ? ストーカーされてたんだぞ、沙耶!

「ダメっぷりって言うな! ただ俺が一番年下だからやることも多いんだよ!」

「やることの多い人が、研究室でもプライベートなお仕事をするなんておかしいわよねぇ? どう思う、メイちゃん」

「それだけ皆さんに愛されているということなのでしょう。わたし、期待に胸いっぱいです!」

「そんな、期待するようなことなんてひとつもないぞ」


「どうしても行きたいのなら、あたしのベスパに乗ってく?」

突然の沙耶の提案だった。

「ちょっと待った! どうしてそうなる? 俺の話を聞いてなかったのか?」

「だって、もうそろそろ出ないと定時に遅れるわよ? 大丈夫、メイちゃんはあたしが責任持って工学部巡りさせてあげるから。それに…」

「それに?」

「そのバイク、座り心地悪いもの。エンジンがこう…突き上げてくるみたいだし」


セロー250はオフロード単気筒だから仕方ないだろ?

そんなに言うならサベージ650にでも乗っけてやろうか? 胃下垂起こすぞ。


「マスター…。私どうしても、今のマスターの、普段の姿を知りたいんです」

瞳をうるうるとさせながら、メイ。

「いいじゃない、俊樹。どうせ隠せるようなこと、ひとつだってないでしょ?」

ニコッと笑いながら沙耶。

二人の真っ直ぐな瞳が俺を突き刺してくる。


「ああ、もう。どうなっても知らんぞ」

ヘルメットを被り直して、俺はセローのセルを回した。


◇     ◇     ◇     ◇


『対象A、イチゴを2つ持って家を出た。繰り返す、イチゴは2つ!』

古いトランジスタラジオを改造した通信機が、短く要件を告げる。

「そうか。ここ2週間の行動パターンの異変は、それが原因か」

薄暗いカーテンの影の中で、その男はメガネのブリッジを中指で押し上げながら呟いた。

「イチゴが2つ、そうかそうか、なるほどねぇ… 俊樹ク~ン、なにしてくれちゃってんのかなぁ…?」

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