第二章-01

「マスター! できました。今日こそ完璧な目玉焼きです!」

朝も早くから、嬉しそうなメイの声が響き渡る。

「味噌汁もいい感じに出来上がっています。ねぇ、マスター! 起きてください」

「ね、メイちゃんの成長ぶり、興味ない?」

沙耶は沙耶で耳元から囁きかけてくる。以前の剣呑ぶりからは取って代わったような変わりようだ。


どうしてこうなっているのか、賢明な諸君には説明せねばなるまい。

あの出会いから既に2週間が経っている今、メイの存在はある点において認知されてきている。


ある点って何かって? 

実は彼女、全てにおいてダメダメなメイドロイドであるって事でだ。


例えば、だ。今現役で稼働している一般的なメイドロイドが家屋を統括するメインコンピュータと情報を共有して各作業を一般家電で行い、メイドロイドはあくまでその補助的役割を担当する。これが通常のメイドロイドの役割だ。

そう、本来なら。


◇     ◇     ◇     ◇


ことの始まりは5月某日、朝のことだった。


「マスター、ご飯ができましたぁ!」

元気のいい声が部屋中に響き渡る。

「だから俺は朝いらないって… 何だ、これは?」

底にあったのは、俗に言う『サザエさん盛り』になった、真っ黒な物体…。


「メイさん、ちょっとここにお座りなさい」

「座ってます、マスター」

「この茶碗の中のものは何だ? まさかコメとは言わないだろうな?」

「え!? …さすがマスター! 私のことをよく分かってますね! 私、愛情のすべてを込めて一生懸命に作ってみました。さぁ、召し上がれ♡」

「さぁ、召し上がれ♡ じゃない! 可愛く言っても許されるもんじゃないぞ、これはッ! 一体何だよ、この所業は?」

「?」

ちょっぴり首を傾げながら、メイ。

「あの… マスターが何故気分を害されているのかが理解できないのですが…」

「いや、普通わかるだろう? コメなんてもんは炊飯器使えばどんなに料理下手でもマトモなもんが作れるはずだ。なのに、これは何だっての!」

「…あの、マスター? 『すいはんき』ってなんですか?」

「ちょ… チョット待ってくれ。そこからなのか、お前は?」

「……?」

ほ、本気で悩んでいる。悩むか、普通!

「…メイ、ひとつ聞きたい。この黒い物体を、メイはどうやって作った?」

「はい! まずはお米をふたカップ分取り分けまして…」

実に元気でよろしい! …じゃない、そこは省けよ。

「遠い昔に聞いたお話ですと、お米は研ぐものだと教わりました!」

うん、ここまでは間違いではないな。

「ですから私、クレンザーでこう… ゴシゴシと…」

「待て。」

「はい?」

「なんだ、その『クレンザーでゴシゴシ』ってのは?」

「いえ… 最初は普通に洗っていたんです。でも何回洗っても白っぽいにごり・・・が残りまして…」

「それで?」

「で、最初は洗剤を使って洗ったんです! なんて名案! って思っちゃいました!」

「め… メイさん?」

「でも、今度は泡がアワアワと、なかなか泡が消えてくれませんでした。そこで、これの登場です!」

メイはクレンザーと金束子を取り出した。

「おい… お前、それを今どこから取り出した?」

「どこって… スカートの中からですが?」

こいつ、全く動じる気配がない。

「…なんだか頭痛がしてきたよ。で、そこから?」

「これでスッキリ泡も消えちゃいました! そこで、今度はご飯を炊かないといけない訳ですが…」

またスカートの中をゴソゴソと探している。

飯盒・・さんの登場です!」

パチパチ… と拍手をするメイ。お前、炊飯器も知らないくせに、よくそういう物を知ってたな。

「はじめちょろちょろなかぱっぱ、あかごないてもふたとるな~♪」

「…なんだ、それは」

「美味しいご飯を作るための、魔法の呪文です! 知らないんですか、マスター?」

「違うだろ? それは呪文じゃなくて、あくまでご飯を炊く時間の目安の話だ!」

「そうなんですか? …と、とにかく、ですね。これで香ばしい香りがするまで飯盒を焼きまして…」

「今焼くていったな、焼くって!?」

「そうやってできたのが、こちらでございます♪」

ごちゃ…。メイの指差す先には、中まで炭化しきった飯盒の山…。

「それでですね、マスター」

「それでじゃない! 一体どうしたんだ、この飯盒の数は…」

「そこはそれ。世の中とっても便利なもので、ここに取り出しましたる『ぱそこん』でポチッと…」

「したんだな、ポチッと。つまり、これだけの飯盒をポチったんだな!?」

「はい! おかげで失敗しても大丈夫でした!」

「何が大丈夫なんだよ! 全部失敗してるじゃないか?」

「朝の1時から、随分苦労しましたっ!」

「なにキメ顔してるんだよ! そこ、そういう顔するところじゃないから!」

「で、ですね。ようやく飯盒から取り出せるものができまして、こうして配膳した次第なのです。さぁ、召し上がれ!」

「ちゃうし! なにサラッと流してるんだよ! それにいつの間にしゃもじ用意してんだよ、意味分かんないよ!」

オンナ・・・のスカートの中には、秘密がいっぱいですのよ♡」

「完全にイミフだよ! もういい、俺が教えてやる!」


つまり、だ。メイは家屋のメインコンピュータに全くアクセスしないどころか、家事一切の全てをアナログで、しかもあやふやな記憶を頼りに行おうとするのである。調理のレシピや経験などのストックなどひとつもなく、いきなり調理や家事一切をイメージだけで実行しようとする。


これではいくら俺が温厚でも神経が持たない。

そこで、再び白羽の矢が立ったのが沙耶なのだ。


俺は頭を下げてメイの面倒を頼み込むと、沙耶は二言返事でOKを出した。それは自らの優位性を見出したというのが正解かもしれない。何にせよ、メイへのあたりが柔らかくなった。というか、メイに対しても何かと世話を焼くようになった。なるほど、第三者視点から見ると、沙耶の行動原理もわからないでもない。


だがひとつ、…家事一切に関しても、なのだが… このケースとは全く異なる事がある。それは、メイが不器用である一方で、物覚えが異様に速いということだ。乾いたスポンジが水を吸収するが如く、ひとつひとつの工程を確実に吸収していく。そのことが更に沙耶を喜ばせているのかもしれない。まるで親方が愛弟子に接するように、沙耶がメイに向けるその眼差しが優しいのだ。


◇     ◇     ◇     ◇


時を現在に戻そう。

これらの過程を経て、ようやく今日、この朝に、完成した目玉焼きと味噌汁をアピールしてきているのである。メイからすれば成長の証であるし、それをマスターさせた沙耶にとってはその貢献度を認めてほしいのだ。突っ伏した俺の顔を指で持ち上げて、満面のドヤ顔で見つめてくる。こうなったら今までの抵抗は通用しない。


「ね、起きなさい。俊樹。お料理はできたてを食べるのが一番よ。…違うかな?」

「それはそうだけどさぁ…」

「マスター、今日の出来は本当に素晴らしいんですよ? …食べてはもらえないんですか?」

「そういうわけじゃないんだけどさぁ…」

「じゃ、どういうわけなのよ、俊樹!」

「ねぇ、マスタぁ~!」

ああ、これじゃもう寝ていられないじゃないか。

「…わかったよ、起きる」

「やった♡」と女子2名のハイタッチ。

こうして、以前とは比べものにならないほどグレードはダウンしつつも、家事におけるメイの成長ぶりが楽しみな朝餉を迎えることになるのだった。


「マスター、マスター。今の課題はですね」

食卓を囲みながら、メイが嬉しそうに報告してくる。

「目下キャベツさんの千切りを習得することなのですよ」

そう言って、絆創膏だらけの左手の人差し指を見せながら、舌をペロッ出してみせる。そんなメイのテヘッとした笑顔に釣られて口元が緩みそうだ。そんな気持ちをぐっと堪えながら、俺は一言。

「何度も聞いてるけど、その怪我は本当に自然治癒するんだろうな?」

「それなんだけどさ」

沙耶が口を挟んでくる。

「結構ザックリ怪我しているのよね、それも出血が半端じゃなく。でも止血すればちゃんと血は止まるし、一日もあれば完治してるのよ。不思議ね、アンドロイドなのに」


出血が半端ない? アンドロイドなのに?

確かにメイは時として顔を赤らめたり青ざめたりと、実に表情が豊かだ。それこそ俺が専攻しているロボット工学においても信じられないほどの表情の豊かさ。それはおそらく、表皮を覆っているスキン部分の、人で言う血流の関係なのだろう。


それにしてもである。

人工的なスキンであれば、未だに自己再生するなんて話、聞いたことないぞ。もしかして、血液の代わりにナノマシンでも入っているのか?


「なぁ。メイ。その… 傷口が治るってのはもしかして…」

「ええ、そうですよ。マスターが思っていらっしゃるとおりです。私も詳しくは知らないんですが…」

まっすぐな笑顔でメイが答える。それにしても、『思っている通り』って、何故わかる?

「私の身体は”そういう仕様”なのだそうです。この皮膚はナノマシン技術の集大成と聞いてまして…」

「ほほぅ… で、どうなっているんだ?」

「そこから先は、ですね」

俺と沙耶は身を乗り出してしまった。


「そこから先は、禁則事項・なのです!」


元気に言い放つメイに、毎度のことながら立て肘から崩れ落ちる俺だった。


「…それにしても、今思っている通りって言ったよな。まさかとは思うが、メイには俺が考えていることがわかるっていうのか? それはあまりにもナンセンスだろう?」

「でもさ、介護用ロボットとかは要介護者の気持ちを組んで作動するって言うわよ?」

「いや、沙耶…。それはだな、あくまでコミュニケーションを円滑にするために、幾つかのパターンをAIが学習して施行しているにすぎないんだよ。ヒトの考えていることを完全に察するなんてことは、今の技術では難しいのが現状だ。それこそメイのボディはこんなにもコンパクトにできている。もしもメイの母体が何処かにあるとしても、これだけ早い反応を返すのは無理だってことだ」

「…そうなの?」

沙耶は意外そうな表情で俺を見つめてくる。

「あのですね~。」

そこへメイが割って入った。

「確かに、私は端末にすぎない・・・・・・・かもしれません。でも、私には分かるんです。マスターが考えてること」

「じゃ、さ」

俺は少し意地悪を試みた。

「今考えていることがわかるか?」


俺は昔からポーカーフェイスが得意だ。…と思う。何があっても、弱みを見せられない過去が、今の俺をそのようにさせた。

さて、今回はいかに?


ところが、である。想像していた以上にメイは耳たぶまで真っ赤になっていた。

その様子を見ていた沙耶が一言。

「俊樹…。あなた、まさかとは思うけど…」

「ああ、この前見られなかったメイのヌードを想像してた」

「と~し~き~…!」

「冗談だよ、咒弾。まさか本当に通じてるわけじゃないだろ? 偶然当たっただけだよ、きっと」


「…ますたぁ… の、…えっち!」

突然、メイが口を開いた。

「へ?」

「一体どういうこと? メイちゃん」

「少なくとも、マスターの好みが理解できました。どうせ私はちっちゃいですよ…だ」

「小さい… って、俊樹まさか?」

「いや、まさか、…なぁ? 偶然だよ、偶然」

「偶然じゃないです! 確かにマスターが連想したのは、わがままボディな女の子の… ヌード… でした」

最後の方はゴニョゴニョと小さくなっていた。

「このスケベ! 変態! あっちいけ!」

沙耶の攻撃が身体に、胸に突き刺さる。取り敢えず、話の方向を変えよう。

「しかし、何故わかった? 確かに一例として解りやすい連想をしてみた。これは間違いない。しかし、そこまでハッキリと俺の考えていることがわかったっていうのかい?」

「…マスター、話をすり替えようとしてる…」

「俊樹!」

「い… いや、本当に、純粋な実験だよ。まさかここまで察することができるとはね… ハハハ… ハハ」

「…今回はそういうことにしておきます、マスター。女の勘を舐めたらイカンですよ?」

「全くしょうがないわね。メイちゃんがそう言うなら、そういうことで」


こうして、ようやく女子2名の追及から逃れることになったのだった。

それにしても、女子を敵にするのは得策ではないな。いや本当に。

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