第一章-05
それから10数分も経っただろうか。
舞衣姉さんの部屋から驚嘆の声が響き渡った。
それは一度きりではなく、二度・三度。
キャー! 可愛い!
キャー! コレも似合うやん!?
…とまぁ、こんな感じで。
暫くすると、弾んだ声で舞衣姉さんがやってきた。
その後ろには、まだよく見えないが…おそらくさっきのメイドロイドだろう…が、真白な布をまとって付き従っている。
「さぁお披露目よ、マスターさん」
と、舞衣姉さんはドヤ顔でズイズイと俺達の前までやってきた。
「あの…」
澄んだ声が、メイドロイドから発せられた。
とても人工的ではない、自然な発声と声色。
歳の頃なら16・7を思わせるような声だった。
「じゃ、自己紹介。できるわね」
舞衣姉さんに促されて、そのメイドロイドが俺達の前に現れた。
「は、はじめましてマスター。私はM・A・I-5000 Type-X・メイと申します。私、この日を本当に心待ちにしてました! 本当に嬉しく思います。古川俊樹様、よろしくお願いします」
あれ? と思った。最初から俺がマスター登録されているのか? どこにそんな酔狂な会社があるんだ。
「ちょっと聞きたいことがある、M・A・I-5000。質問はいいか?」
「私の事はメイとお呼びください、マスター。質問は禁則事項に抵触しない限りお受けいたします。それでは、どうぞ」
ニッコリと微笑んで、このメイと名乗るメイドロイドは俺を見つめた。
深く青みがかった垂れ目がちの大きな瞳、透き通るような白い肌。その頭から溢れ落ちるような亜麻色でややクセのあるセミロングの髪をハーフアップでまとめてある。なお、髪留め意外の髪飾りは一切ない。カテゴリで言えば『幼顔の可愛い女の子』だろうか。ま、おそらくどこかの地下アイドルと言っても十分すぎるほど通用するな。それが俺の見解である。
「キミは…」
「メイとお呼びください、マスター」
「なら、メイ。一つだけ聞きたいことがある。どうして俺のところに来た?」
「禁則事項です」
「ならば質問を変えよう。何故俺がデフォルトでマスター登録されている?」
「禁則事項です」
メイはニッコリと微笑みながら、同じ言葉を繰り返す。
「禁則事項です」
「分かった分かった! 多分何を聞いても禁則事項なんだろ? OKだ」
「違います、そんな事はありません!」
メイのまっすぐな瞳が、俺を映し出す。
「例えば…」
「例えば?」
「私の好きなタイプとか、お花とか、スイーツなんかもいいですね! 私の好みなら何だって質問をお受けします!」
メイは指折り数えながら、にこやかに語り出す。俺は何だか目眩がしてきた。
てか、コレは本当にアンドロイドなのか?
「あ、そうでした。大事な事を忘れていました! たったひとつだけ、手続きが残っています」
「手続き?」
「そう。マスターとしての、最後の認証登録です!」
言うが早いかメイの顔が近づいてきて…
「!」
「!!!」
「!?」
奪われてしまった。俺の唇。
それはとても暖かく、やわらかで、頭が真っ白になってしまって…
「ごちそうさ…いえ、コレで最後の認証登録を終了です!」
と、恥ずかしげに微笑むメイ。心なしか、頬が、耳まで真っ赤である。
「そこ! なにやってるのよ!?」
声をひっくり返しながら、沙耶が鬼の形相でメイと俺とを引き剥がす。その勢いで、メイを覆っていた白い布が取り払われた。
「メイド服?」
俺の口をついて出てきたのは、その一言だった。
「そりゃそうよ。メイちゃんってば、こんなナリでも一応メイドロイドだもの」
「…それにしても、よくこんな服持ってましたね?」
沙耶が呆れた声で茶々を入れる。
「なんだってあるわよ。メイド服にナース服、キャビンアテンダントだってあるし、女子校の制服だって揃ってるわ」
「一体どこの風俗店ですか?」
とは、沙耶の言。
「ほら、アタシってこのナリじゃない? 宴会の度にコレ着てお酌すると盛り上がるのよ~」
確かに、メイの背格好は舞衣姉さんと同じくらいだ。それに加えて幼い顔立ちなだけに保護欲というか、小さい女の子への複雑な気持ちが沸き上がってくる。
あ! 断じて言うが、俺はロリコンではないぞ?
「ホント、男ってやつはみんな同じね」
沙耶はため息混じりに呟いた。
「とにかく、マスター認証は正常に終了しました。これで安心してマスターにお仕えできます」
「ちょっと待って!」
沙耶が割り込む。
「俊樹の世話は私がやってるの。あなたの出番はないのよ? それにちっぽけな2LDKにメイドなんて必要ないわ!」
「それを決めるのは、私のアルゴリズムを形成したプログラマーです。その方は今はもういませんが、あなたがマスターと出会う何年も前から決められたことなんです」
この状況って、いわゆるアレか? 修羅場ってやつ。
俺、こんなフラグ立ててたっけ?
覚え、本当にないんですけど?
「ね、メイさん。もしかして俊樹の部屋に住み込むつもりじゃないでしょうね?」
「勿論、一緒に住むつもりです。それが私のお仕事ですから」
メイと沙耶が火花を散らしている側で、のんきな声が割って入った。
「ね、忘れてない? この子、アンドロイドなんだよね」
そうだった。
かなり精巧に作られていたからって、メイはアンドロイドなんだ。
どんなに人間っぽくても、機械の塊なんだ。
故にプログラム上で動くだけの代物なんだよ。
「大丈夫だ。心配ない』
俺は極めてクールに沙耶に語りかけ…
「そんなわけあるか~!」
沙耶渾身の一撃を食らった俺は、不覚にもよろけてしまった。
「こんな美少女なのよ? オトコはオオカミなのよ? 気をつけなさいなのよ!」
と、大声で俺を非難した後、メイの方に振り返って、沙耶。
「いい? 襲われてからでは遅いの。自分を大切になさい」
俺は性犯罪者確定かよ。
「いえ、ご心配なく。私はマスターのことを誰よりも知っています。たとえ間違いがあったとしても、私は心からそれを受け入れる所存ですっ!」
あんぐり。
もう何を言っても聞かないだろう。
「では、提案ね」
ここで舞衣姉さんが助け舟を出してくれた。
「メイちゃんは暫くの間、ウチから通うこと。それなら沙耶ちゃんも安心でしょ?」
「いいんですか?ご迷惑かけても」
俺はつい心配になってしまった。
「大丈夫よ~。アタシもこの子に興味があってね、それにメンテナンスも時には必要でしょ?」
「私はメンテナンスフリー仕様になっていますが?」
「い・い・の。アタシがあなたのバックアップを取ってあげる。勿論、ブラックボックスや機密に抵触しそうな箇所は扱わないわ。とにかく、アタシはアナタに興味があるの」
むしろ、ソッチの方が問題ありそうだな。
仕方ない、俺がアクションを起こすか。
「わかりました。俺がメイを引き受けましょう。当然ですが部屋のひとつをメイにあてがって、同じ部屋では寝たりしないようにします。これは宣誓です」
「できるわけないじゃない! ならあたしだって泊まり込むわ」
「信用しろ。おれはピグマリオン・シンドロームじゃない」
「ピグマリ…何?」
「人工造形物に異様な興味や好意を寄せることだよ。そういう意味では、メイはどこまで精巧に人間をトレスしていても、所詮は作り物だってことだよ」
沙耶は何とも複雑そうな顔をしていた。さもありなん、である。それほどにメイは人間臭いのだ。
「それはそう決まったとしてさ~」
舞衣姉さんがニヤつきながら口を挟む。
「俊樹くんのお仕事、大丈夫なの?」
あああああ!
忘れてた!
こりゃ明日の朝まで徹夜だぞ!?
「メイちゃん、俊樹くんのWebの仕事は手伝ってあげられそう?」
舞衣姉さんがメイに話題を向ける。
「ハイ! コンピューターさん関係なら任せてください!」
「沙耶ちゃんは、お茶くみくらいはできるよね?」
「むしろ見張ってます!」
ムッとした表情を浮かべながら沙耶が答えると、舞衣姉さんは俺に言った。
「こういうことよ。安心してお仕事こなしてなさいな」
「ありがとうございます。沙耶、メイ! 頼んでもいいか?」
「当然よ」
「ハイ、マスター」
こうして俺達はいつもとは違う、新しい日々を送ることになった。
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