第一章-04

それは既に15時を回っていたかもしれない。

玄関のチャイムが鳴って、つまりは大家さんが来たのだ。

彼女の名は鷲尾舞衣。正確には大家の娘である。


我々店子はマイマイとか舞衣姉さんとか呼んでいるが、本人は全く意に介していない。むしろそう呼ばれることで楽しんでいるフシもある。いつもふんわりとした雰囲気をまとい、我々店子のアイドルとなっていた。そんな舞衣姉さんが何の用だかでやって来ているのだ。声のトーンから察するに、彼女にとって楽しいことがやって来ているのだろう。


「ねぇ、いるのはちゃんとわかっているのだ! 早く開けてくんないと、お荷物ここでバラしちゃうぞ? …いいのかな?」

いかにも楽しそうな舞衣姉さんの口調を聞いていると、なにか俺にとってまずいものが送られてきた模様だ。しかし、一体何が送られてきたのだろう。


…覚えがない。全く覚えがないのだ。

たしかに俺は時としてネット通販も利用する事もあるのだが、今回ばかりは何も利用していない。

何かの間違いじゃないのか? そう想いながらも、とにかく玄関を開けて舞衣姉さんを招き入れることにした。


扉の向こうには、舞衣姉さん一人が立っていた。年齢の割に幼い顔立ち、加えてクリっとした特徴的な瞳。その長い黒髪はゴムでふたつに束ねられ、毎度お馴染みなPIYOPIYOと書かれたヒヨコのロゴマークが入ったエプロンを身に着けている。


「待っていたよ~! 二人で何かマズいことでもやっているのかと思っちゃった! まぁ、あながちアタシがお邪魔虫だったって所は当たっているかな?」

ニパッと笑いながら、舞衣姉さんはおどけてみせた。

「余計なことは言わなくてもいいです!」

「マズいことなんて、このニブチンにできるわけないわよ」

「沙耶も余計なこと言わなくてもいい …で、荷物って一体何なんです?」


「沙耶ちゃんがいるけど、いいのかなぁ…。まぁ、いいんだろうけど。でも俊樹クンの名誉のためにも、ここは一旦帰ったほうがいいのかなぁ~」

やおら勿体ぶる舞衣姉さん。小柄な体躯に似合わず、結構な力持ちだったりする。その彼女がわざわざ呼びに来るほど大きな荷物とは? 若干の不安にかられた俺は確認のために聞いてみた。


「大体それ、どこからの荷物なんです? 舞衣姉さんがいうほど大きな荷物なんて、全く覚えがないんですけど」

「それなんだけどね、あまりにも大きいから、今ウチで預かっているのよ。アタシ一人じゃ持ち上げられないからさ、応援、呼びに来たわけさ」

にぱっとした笑顔が本当によく似合う、そのくせ長い髪を後ろにふたつ束ねて”年上感”を演出しているのだと、いつかのときに聞いた。そんなアラサーに似合わぬ童顔と幼児体型。それ故に我々大学生にナメられたくない、というのが一番の理由だという。


「とにかく、すぐに応援に来てね! ああ、沙耶ちゃんは心の準備、しといたほうがいいわよ?」

言うが早いか、舞衣姉さんは階段を駆け下りていく。

待て、沙耶。そんなジト目で俺を睨みつけるんじゃない。


「どういう意味よ? 俊樹、なんか私にナイショで変なモノでも買ったんじゃないでしょうね?」

「だから、覚えがないって言ってるだろ? 信じろ。行くぞ、手伝え」

こうして俺達は舞衣姉さんの家へと向かうことになった。


舞衣姉さんの家はこのアパート…第二友引荘という…の裏に位置する。古風な日本家屋で、結構大きい。初めて行くわけではないのだが、今回ばかりは胸騒ぎがしてならなかった。


今日届いた怪しいメールと、開いた時に流れたメロディ。そして、打ち込んだパスワードの『DAISY』。そのどれもが一本の糸でつながっているように思えた。加えれば、最近になってよく見るようになった夢。これもまた、何らかに関係があるのだろうか? 


もう少し考えてみよう。

あの時、夢の中の女性と俺は、どのような約束を交わしたのだろう?

今回のこの一件、まず間違いなく一連の騒動とつながりがある… と思う。そう考えるのが自然だ。ではなぜ今になって? その答えこそが、今届いたという荷物にあるのかもしれない。ならば、俺にはそれが何であるかを確認する義務がある。


第二友引荘を出て、坂道を駆け上がった。そこに舞衣姉さんの実家がある。


到着すると、舞衣姉さん早速のお出迎え。よっぽど置き場に困っていたのか、玄関の脇にそのまま放置していた。


「アタシだってね、若い男の子がこういうモノに興味をもつことにはやぶさかではないわ。でもね、いくらなんでも限度ってものがあると思うのよね」

クックック… と笑いながら、実に楽しそうな舞衣姉さん。『そう』ではなく、あなた、確実に楽しんでいるでしょう!


「ちょ、ちょっと待って下さい! だから覚えがないんですってば。それに一体何なんです? この荷物。やたら大きいですよ? こんな大きなもの発注したこともポチった覚えもないですよ!」


訝しい目で見ながら、沙耶は舞衣姉さんのもとへ。そして荷札に書かれた文字を読み上げ始める。

「送り主は、フロンティアコーポレーション…? どこかで聞いたことある名前ね。 …何だったかしら」

「沙耶ちゃんちは、あの四菱の関係者ですもんね。多分この荷物の覧を見れば、もっとビックリするわよ」

「内容物…メイドロイド? リアルテイストな女性型メイドロイド!?」


この時代、簡単なメイドロイドと称するアンドロイドは結構浸透していた。ただし外見はどう頑張ってもリアルな人間の表情には程遠く…然して、故意にロボット的な方向にデザインされていた。当然だがこれらアンドロイドに性別はなく、外見上”風味”レベルのボディラインの違いしか設定されていなかった。


故に、である。あからさまに”女性型”を謳ったメイドロイドなどありえないし、ましてや人間そっくりなものなど存在しないはずだった。俺はてっきり、写真でしか見たことのない、出来の悪いリアルドール的なものを想像していた。


「どういうことよ? そんな『高級そう』なもの、買うだけの余裕があったとでも言うのかしら?」

沙耶のジト目が更につり上がった。

「まて、本当に覚えがないんだってば!」

「む・むむ~…!」

完全に俺の信用ゼロかよ。まぁ、それはそれでいいか。


いや、良くない! こういう問題はちゃんとして置かなければ、あとあと大事件にも発展しかねない。

俺は事の真相を聞くことにした。

「で、そんな高価そうなメイドロイドが何故俺のところに?」

「知らな~い。でもメーカーの人直々に置いていったから、てっきり俊樹くんが小金溜め込んで買ったのかと思ったわ。それに、沙耶ちゃんは家事機能付きの、俊樹くん専用のメイドじゃないのよ? てっきり気を利かせたのかとばかり思ったわよ」


ふと、沙耶の方を見た。なんとも困ったような、複雑そうな顔をしていた。


「とにかく、買った覚えがないものを開ける訳にはいきません。返品します」

「そうなの? アタシ、どんなメイドロイドが入ってるのか気になるなぁ~。いち研究者の端くれとして、だけど。それに開封しても一定期日以内ならクーリングオフも効くわよ」

舞衣姉さんはとかく中身にしか興味が無いようだ。


俺は、といえば、確かに俺も興味はある。

メカには愛情を持っていると言ってもいい。なぜなら、扱う人さえ間違わなければ、メカは決して過ちを犯さないからだ。これは遠い昔、エンジニアだった爺ちゃんがそう言っていたそうだ。俺はその受け売りでしかないかもしれないが、確かにこの木枠に囲まれた箱の中身に興味が湧いていた。


それに。

俺に囁きかける声が聞こえたのである。

『早くあなたに会いたいの… 早く開けてくれなきゃ、怒っちゃうんだから…』

「!?」

「どうしたの、俊樹?」

不思議そうな顔をして、沙耶。俺はとにかく聞いてみた。

「い、いや。今聞こえなかったのか? 女の子の声…」

「オンナ… オンナですってぇ…!?」

沙耶の不機嫌さに拍車が掛かる。ここは流しておくか。

「い、いや。なんでもない。単なる俺の空耳だろ、気にすんな」

「む~…」

沙耶が俺の顔を覗き込んでくる。俺は視線をかわすので精一杯だった。


「で、どうすんの?」

舞衣姉さんが待ちきれないといった風にせっついてくる。


さぁて、どうしたものか…。


「よし、開けてみよう!」

開口一番、俺は決断した。中身を見ることで何らかのヒントを得られるかもしれない。これは俺の仕事に必要なことである。


「決まりね!」

舞衣姉さんは既にバールのようなものを手に、スタンバっていた。

「もう好きにやってれば?」

沙耶は半ば呆れ顔で、いつの間にか遠巻きに見ている。


木枠のサイズは1mx1mx70cmといったところか。木枠を外し、分厚いダンボールを丁寧に解体していく。

やがて、中から最後の箱が出てきた。箱にはこのように書かれている。


”Machinery Active Interface - 5000 type - X"


Type-Xってことは、コレは試作品なのか? そんなのを消費者に送りつけるなんてこと、果たしてあるのだろうか。


まぁいい。この箱の重さは約40kg超えるくらい…かな。サイズは人一人入れる位のスペースが確保されているようだ。俺達は引き続き丁寧にダンボールから中箱を取り出していく。すると、何らかのスイッチが幾つか付いた、樹脂製の箱が出てきた。そこには、こう、書かれている。


「M・A・I-5000 Type-X Maintenance Box…?」

「開けてみようか。俊樹くん」

舞衣姉さんが促してくる。

「…わかった、開けてみよう」

メインスイッチらしいマークを押し込み、この箱に火を入れる。

暫くの間小さく起動音が鳴り、隙間という隙間から蒸気が吹き出した。


「うわ!」

俺はビックリして二・三歩後ずさる。


と同時に、聞き覚えのあるメロディがこの箱から流れ出してきた。


ズンチャッチャ・ズンチャッチャ…

ズンチャッチャ・ズンチャッチャ…

Daisy Daisy,

Give me your answer do

I'm half crazy,

All for the love of you

It won't be a stylish marriage,

I can't afford a carriage,

But you'll look sweet, upon the seat,

Of a bicycle built for two...


そしてゆっくりと、箱は開かれた。

途端に目の前いっぱいに肌色成分が…?

そして、髪の色・その髪の長さこそ違うけれど、何処かで見たような… 顔…?


「俊樹、ダメー!!」

言うが早いか、沙耶は俺の目を塞いだ。

「アンタ、なんてもの発注すんのよ。この… ラブ… ドールみたいな、こんな、こんなっ!」

俺は、沙耶がラブドールなんて単語知ってることにビックリだよ。

「ほほぅ…これは随分とリアルに造られてるねぇ。表情なんか、本物の人間みたいじゃない」

麻衣姉さんはしげしげと、そのメイドロイドを眺めているようだ。俺の目は沙耶の手のひらで塞がれてるし、その手を振り払ったりすると面倒なことになりそうなので、あえてそのまま聞いてみる。


「舞衣姉さん、そんなに精巧な出来なんですか? 俺の知っている限り、そんな精巧なメイドロイドなんて聞いたこともないんですがね。何分今こんな状態なので、確認したくても出来ないのですよ」

「いやいや俊樹くん、コレは半端じゃないよ。ここまでの再現率なら、童貞男子の俊樹くんにはちょっと目の毒かな?まぁ衣服でも着せてくるから、完全に起動するまでちょっと待ちなさいな」


舞衣姉さんの気配が消えた頃になってようやく、俺の目は開放された。

「で、どうだった? そんなに再現率高かったのか?」

俺は沙耶に問いかける。

「そんなこと言えるわけないじゃない、このバカ!」

こうして俺の頬には大きく真っ赤なもみじマークがつくこととなった。

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