第13話

 急いで着替えてると、外で何か話し声が聞こえてきたような気がした。でも、そんなことを気にせず、着替えて外に出た。

「ナナ、お待たせ!って、え……?」

「お疲れ、竹田さん」

 え?な、何で、先輩がいるの……?

「会長、涼に用事があるんだって。そう言うことらしいからわたしは先に帰ってるね」

 え?ボ、ボクに……?って、ナナ、帰っちゃうの……?先輩と2人っきり……?嬉しいけど、すっごい緊張しちゃうよ……。

「えと、ボクに用って……?」

「この前話してた勉強の話。本当は今日は早く終わらせて来るつもりだったんだけど、時間かかっちゃって……」

 先輩、覚えてくれてたんだ。でも……、

「もしかして、無理、とかですか?」

「違うよ。約束だし、ちゃんと教えてあげる」

「ぜひお願いします!」

 でも、それじゃ用って何だろう……?この確認?

「うん、こちらこそ。とりあえず、帰りながら話そっか?」

 ボクは先輩の後について歩き始めた。

「あの、それで、用って……?」

「どの教科が苦手なのかなぁって。得意なのよりそっちを教えた方がいいでしょ?」

「に、苦手なの、ですか……?えと……、ぜ、全部、です……」

 ぜ、全部とか、自分で言ってても何かヘコんじゃうよ……。

「ふふっ、じゃぁ、その中でも一番苦手なのは?」

 うぅ、先輩に笑われちゃったよ……。

「数学、かな……?」

「それじゃぁ、数学からやろうか?」

「はい!お願いします!」

「はい、お願いされます」

 笑顔で言ってくれた。やっぱり、先輩、優しいよ。それに、笑顔もすっごい素敵。ますます好きになっちゃいそう……。

「それで、わたしから竹田さんへ宿題」

「え……?宿題、ですか……?」

「そう、宿題」

 ずっと笑ったままだけど、何か、怖いよ……。

「ふふっ、そんな怖がらなくても大丈夫。テスト範囲の確認と、分からないところを明確にしてきてくれればいいだけだから」

「え……は、はい……」

 分かんないとこ……たぶん、全部だよ……。そんな事言ったら先輩……。

「そんなに難しく考えなくてもいいよ?」

「でも、たぶん、全、部……」

 うぅ、言っちゃったよ……。先輩に呆れられちゃったかな……。先輩の顔、見れないよ……。

「それでもいいよ」

「え?」

 驚いて、先輩の顔を見上げると、笑ってた。いつもの、素敵な、ボクの大好きな笑顔だった。

 でも、ボクは顔が赤くなるのを感じて、思わずまた目を逸らしちゃったけど……。

「それでも分からないとこが分からない、よりはずっといいよ。その代わり、ちゃんとテスト範囲全部を見直すこと。そうやって見直すだけでも少しは勉強になるんだから」

「はい、分かりました。やってきます」

 先輩がボクなんかのためにやってくれるんだから、頑張らないと!

「うん、しっかりと、よろしくね」

「はい!」

 そうやって、先輩と色々話しながら歩いていると、駅に向かう道と家に向かう道の分かれ道が見えてきた。もうすぐ先輩と別れる、そう思ったら何か、寂しくて、歩くのがゆっくりになってきちゃって……。

「竹田さん?どうかした?」

 あ……、先輩に心配させちゃった……?

「えと、何でも…ないですよ。その、そこの角でボクは……」

「あ、ここでお別れ?」

「は、はい……」

「じゃ、また明日。授業終わったら……、うん、竹田さんの教室に行くね」

「は、はい。お願いします」

 先輩は手を振って駅の方に歩いて行っちゃった。ボクはしばらく先輩の方を見てたけど、家に向かって歩き出した。

 明日からは先輩と2人っきりで勉強……。勉強はイヤだけど、先輩と2人っきりなら……。あうぅ……、想像しただけで顔が熱いよ……。

 そんなことを考えながら家に着くと、ボクはテスト範囲を確認して、教科書を開いた。

 う……、やっぱり分かんないよ……。そもそも、数学って何?こんなの勉強して将来何か使うの?絶っっっ対使わないよ!その自信あるよ?

「涼、ご飯だから……って珍しく勉強してたの?」

「お、お母さん!来週からテストなんだから勉強するのは当たり前だよ!」

 先輩との約束がなかったらきっと、ううん、絶対にしてないと思うけど……。

「去年までは全くやらなかったのにね。これもナツキちゃんのおかげかしら?それとも、好きな子の?」

「ち、違うから!も、もう出てって!着替えて行くから!」

 確かに、先輩が言ったからだけど……。うぅ……。って、早く着替えないと!

 その後のご飯の間もお母さんはボクの好きな子がどんな人なのか聞いてきた。そのたびにボクはいないって否定するんだけど……。うん、先輩、何かごめんなさい……。

 それで、ずっと聞いてくるからボクは逃げるように(実際、本当に逃げたんだけど)自分の部屋に行った。

 全部分かんない、って明日答えるのもイヤだし、少しくらいは分かるように、うん、勉強しよう!って、思ってもやっぱり勉強はヤだよぉ……。でも、分かんないことが多すぎると先輩も呆れちゃうかなぁ……?じゃぁ、やっぱり、今から勉強、するの……?でも、先輩との約束だし、頑張ろう!

 そう思って、教科書にある問題をやろうと思ったんだけど……。

「全っ然分かんないよぅ……。もうヤだ……」

 そんな風にボヤいて、机に突っ伏すと携帯が目に入った。この前一緒に買った先輩とお揃いのストラップも。

 それを見ると、思い出すのは先輩のこと。

 初めて見た入学式での壇上の凛々しい姿の先輩。長い黒髪を後ろで束ね、部活に汗を流す先輩。街で偶然会ったメガネ姿の先輩。

 笑った顔。真剣な顔。寂しそうな顔。恥ずかしげな顔。

 ボク、先輩のこと、やっぱり大好き!

 だから、頑張らないと!

 さっきの問題をもう一度やろうとしたけど……、うん、やっぱり無理。他の問題は……、あっ!この問題ならできそう!

 そう思って解き始めたら……あれ?できない……?何で……?

 じゃぁ、こっちの問題は……あっ!でき……ない……。

 じゃぁ、こっちのだ!これなら……やった!今度はできた!やったぁ!

 その後も何問かやってみたけど、分かんなかったのの方がすっごい多かった……。

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