俺だけが蘇生魔法を使える!

AW

第1話 俺だけが蘇生魔法を使える!

 あれはいつの事だっただろうか。

 息苦しさで目覚めた俺の目に、首に何重にも巻かれた延長コード越しに、号泣する母さんが映ったのは。


 何度聞かされただろうか。

『お前は要らない子だよ』という嫌味を。なら、何故俺を産んだ? 俺は幸せを求めてはいけないのか?


 嵐の中、山間の墓地で手を合わせる。

 結局、母さんから『お前を産んで良かった』という言葉は貰えなかった。貰えたのは『ごめんなさい』という最期の言葉だけ。


 マザコンと言われようが、俺は母孝行を尽くした。文句一つ言わず家事をこなし、母さんの具合悪くなった時には学校を休んで看病し、入院が決まった時には高校を中退する決意さえした。


 俺にとって、友人や他の女より、当然見たことも聞いたこともない父親なんかより、ずっと母さんが大事だった。俺に生きる“目的”を与えてくれたから――。


 気付いたら三十路の階段を上っていた。いや、正確には高層ビルのエレベーターのように、止まることなく一気に上昇していた。


 振り返ると、何と虚しい人生か。


 精一杯生きてきた筈なのに、結果を得られなかった途端、全てが脆くも崩壊していった。残ったのは、半年ほど生き残れるかという僅かなお金と、心身共にボロボロな己のみ。


 その時、ゴゥゴゥという爆音と共に、天を切り裂くような雷光が見えた。


 一瞬、視界が光で満ちた後、魂を突き刺すような電気が走った!

 同時に、脳裏に刻まれるメッセージ。


“汝に蘇生魔法を与える”


 力が湧いてくるのを感じた。


 歓喜? いや、違う。


 興奮? 間違ってはいないが正確ではないな。


 使命感? 少し違う。


 目的? そうだ、生きる目的だ。


 そして、俺の第2の人生が始まった――。


 ★☆★


 ネカフェ店員の冷たい視線を無視し、びしょ濡れの身体をソファに沈める。


 PCを起動すると、まずはフリーメールのアカウントを取得した。次に、あちこちの掲示板を飛び回り、メッセージを書き込み続けた。


『死者蘇生承ります。報酬は応相談、連絡はメールで。angel_wing@freexxxx.co.jp』


 数分でメールが届いた。


『通報しました』

『精神科にどうぞ』

『誰が低脳詐欺にひっかかるか、バーカ! 』


 10通単位で同類のメールが届いたが、俺でも同じように送るだろうから笑ってスルー出来た。


 その中に埋もれるように、このメールがあった。


『奇跡が本当に起こせるのでしたら何でもします、助けてください! 』


 それは、詐欺師に対して詐欺を働くような悪質なものではなく、真に切羽詰った者の、魂の叫びに似ていた。俺は躊躇うことなく返信した。


『何処に行けば良いですか? 』


 駄メールを挟むことなく、返事はすぐに来た。


『東京都江戸川区のA病院の救急口でお待ちします』


 近い……まさか、警察の罠じゃないだろうな? そもそも詐欺じゃないし、病院なら証明は容易い。魔法を試す良い機会だし、行ってみるか……。


『では、1時間後に』

『お待ちしています』


 ★☆★


 雨の中、電車とバスを乗り継いでそこに着いた時には、既に日が沈みかけていた。意外と大きい。住宅街に聳える白亜のそれは、母さんが居た所とは雲泥の差だった。


 人通りの多い入口を避けて大回りをする。顔も体格も普通だと思うが、なるべく目立たない方が良いだろう。まぁ、気にし過ぎると逆に怪しいんだが。


 救急車が停車する脇を抜け、“救急用”と書かれたドアを開ける。

 すると、本当に居た――。


「どうも」

「貴方が例の方ですか? 」

「はい。ここではアレなので――」

「あ、そうですね。部屋まで案内します」


 40代、いや50代だろう。やつれたその姿に、俺は無意識に母さんを重ねていた。


 階段を下りるにつれ、ひんやりとした空気が頬を撫でる。俺たちは無言で歩き続けた。


 薄暗い部屋には、布を被せられた遺体が横たわっていた。その傍に居た初老の男性が口を開く。


「私は信じちゃいないが、信じたいと思っている。騙されても構わないが、もし娘を冒涜するような真似をしたら……」


 俺も自分が魔法を使えるだなんて信じきれずにいた。あの啓示を、ただ自分の生きる目的だと信じてここまで来てしまったのだから。


「報酬の件ですが……」


 極力無感情を装って切り出す。


「着手で100万円、万が一娘が生き返った場合、君の望む物を与えよう」


 正直、魔法の使い方なんて分からない。とりあえず、目を閉じ、内に蠢く力を左手に集めるイメージをする。すると、俺の左手から銀色の光が溢れ出してきた。


 その瞬間、脳裏にあの感覚が過ぎる。


“死者の心の臓に触れ、魂を呼び戻せ”


 心臓?

 でも、この人って女性だけど……どうにでもなれ!


 俺は布を払い、左手を胸部に当てる。


 粘土を触るような微妙な感触。


 一種の罪悪感からか、女性の顔を見てしまった。


 息を呑むような綺麗な顔――死因は分からないが、惜しまれて亡くなったであろう事は感じ取れた。


「この者の魂よ。再び肉体に還れ! 」


 光の奔流が彼女を優しく包み込んでいく――そして、俺の左手に彼女の鼓動と体温がしっかりと伝わった。


「まさか本当に……」

「奇跡だ……」


 その時、俺の頭を激痛が走った!

 割れんばかりの頭痛で意識が飛ぶ――脳裏にはこう刻まれていた。


“汝の1年間の命と引き換えに――”


 ★☆★


「大丈夫ですか? 」

「あ、ありがとう」


 初めて見る天井。ここは病室じゃないな……この子の自宅?

 あの激痛を思い出し頭を掻き毟り、残像をなぞる。蘇生魔法の代償、それは俺自身の寿命か。命は命で償えと――。


 俺が蘇生した子がベッドの横に居る。改めて見ると若くて可愛い子だ。その隣には彼女の母親も居た。


「何と言えば……とにかく、ありがとうございました。私は――」

「名前は言わないで。君自身の事も」

「どうしてですか……」

「俺の力にかかわるんだ」

「えっ!? わ、分かりました……」


 嘘だよ。本当は興味がないだけ。でも効果覿面だったようで、彼女は口を閉ざしてしまった。代わりに母親が口を開く。


「お名前もお訊きしない方が? 」

「はい、申し上げられません」

「そうですか。報酬の件、ご希望はありますか? 」

「報酬……」


 考えていなかった。欲しい物なんて無いな――。


「こちらから提案させて頂くことは可能でしょうか」

「提案? 」


 ★☆★


「社長、ここにサインをお願いします」

「うん、これで良い? 」

「大丈夫です。次はこっち――」


 あの日から4日、まさか俺が社長と呼ばれる日が来るとは。柔らかいソファにふんぞり返り天井を見上げる。


 提案はこうだった。

 夫婦が経営する子会社に俺を社長として迎え入れる。社員は現場に直行直帰し、都内の事務所は月例会議で使う程度。そして、娘を俺専属の秘書(アルバイト)として働かせる、というものだった。


 最初は、俺を金儲けに利用するのかと憤った。

 しかし、聴けば聴くほど俺自身の底が見えた気がして、お世話になることを決意した。要するに、税金対策と安全対策だ。蘇生によって金品を貰う場合、今のままだと脱税の謗りは免れ得ない。それに、魔法のことがバレてしまうと、俺を拉致する輩も現れよう。そのW対策として、既存の会社を隠れ蓑にし、裏でこっそり動くということになった。


「社長、依頼が入りましたよ」


 リストを机に並べ真顔で吟味する彼女は、都内の進学校に通う高校2年生。部活も生徒会も予備校も辞め、俺ごときの為に週7日も付き添ってくれている。


「離れていますね。飛行機にしましょうか」


 ふとリストを見る。


・82歳男性、山口県在住の政治家

・12歳女性、京都府在住の中学生

・54歳男性、北海道在住の企業家


「あのさ、全員を生き返らせるの? 」

「え? 生き返してほしいって希望ですけど? 」

「誰の希望? 」

「誰って――」

「依頼人でしょ? 本人ではなく」

「だって、本人は依頼出来ないもん! 」

「皆が皆、生きることが幸せなのかな」

「それは……でも、力があるのに使わない理由にはならないよ! 」


 俺の命を削っても……か。俺には命を選ぶ資格なんて無いな。幸せになる資格も。凄い力だと思ったけど、ある種の罰ゲームじゃん。良いよ、受けてやる。どうせ惰性で生きる余生だ。他人に全てくれてやる。


「社長命令な。蘇生対象はお前が決めろ。報酬だけ俺が決める」


 ★☆★


「社長、今の報酬は何ですか! 」

「いやぁ、可愛かったから……」

「中学生とデートとか、ただの変質者でしょ! それ以前にそんなの命と釣り合わないじゃない! 」

「お前に命の価値なんて分かるの? 」

「お金で計れない事くらい理解してるよ! 」

「そか。次行くぞ。初北海道だ」

「私は……」

「ん? 行ったことあるの? 」

「ううん、何でもない……」


 週末毎に全国を飛び回るという生活が2週間続いた。


 京都観光(JCデート)は、音信不通の為、傷心旅行に変更となった。秋の嵐山を歩く俺の頬を熱い涙が伝う。裏切られた悲しみからではなく、母さんと何度も歩いた記憶がフラッシュバックしたからだ。


 我慢仕切れず、新幹線でとんぼ返りした俺を、彼女は笑って迎えてくれた。女子中学生に振られて泣いて帰ってきた俺を。


「しょうがないなぁ、私がデートしてあげるから元気だしなよ」


 彼女の無邪気な笑顔に、俺は救われた気がした。



 緊張で睡眠不足のまま、朝10時に駅前の時計台で待ち合わせ。


 20分前に着いた俺に、彼女は笑顔で手を振る。


 地味な俺に対し、清楚な美少女は不釣り合い過ぎた。肩より少し長いサラサラの黒髪がそよ風に靡く。慌てて髪とスカートを押さえる手は白魚のように透明感がある。膝上のスカートから覗く白くて細い脚に、俺の目が釘付けになる。


 通り過ぎようとした俺の腕を抱き寄せる彼女。腕に伝わる柔らかな感触が、間近にある飾らない笑顔が、俺の赤面度をMAXにする。


「見たい映画はある? 」

「恋愛モノ……」


 デート自体は普通だった。映画を見て、ファストフード店で感想を語り合う。ゲーセンで遊び、服や本を物色した後、ファミレスへ。


 でも、人生初のデートはとても新鮮で楽しかった。いつの間にか手を繋いで歩いていた。可愛い子なんてどうせ俺とは無縁なんだからと、興味を持たないようにしてきた。映画の影響か、彼女のせいか、恋愛感情というものが少し分かった気がした。


 でも、俺にはここまでだ。これが限界。


「今日はありがとな。楽しかったよ」

「ほんと? 私もすっごく楽しかった! 」

「お前、かなりデート慣れ――」

「初めてだよ! 男の人と手を繋ぐのも」

「え? そりゃ悪いことしちゃったな……」

「別に悪くないし! 」

「お前、勘違いしてるだろ」

「何を? 」

「自分の心に訊くんだな」


 俺には分かってる。彼女は彼女なりにお礼をしたいんだと。もし、万が一俺を好きだと言ってくれたとしても、それは異質――俺自身ではなく、俺の力を好きになっているだけなんだと。


「よし! 早く帰らないと明日遅刻するぞ」

「帰りたくない――」

「帰れ」

「……」

「送っていくから、帰ろう? 」

「また今度デートしてくれるなら」

「お互い、生きていればな」

「約束だよ? 」

「分かっ――って、おい! 」


 俺に飛びついてきた彼女を何とか抱き留めることに成功したが、その隙をついて唇を奪われてしまった――俺の1stキスが。


 ★☆★


 彼女は翌日から朝食を作りに来るようになった。会社と学校は1駅しか離れていないので、途中まで一緒に通い始めた。


 そんな生活が始まってから2か月と経たないうちに、転機が訪れた――。


「ねぇ、これ見て」


 彼女が持ってきた紙を見る。


・16歳男性、R王国皇太子(スイス在住)


「海外? どうやって広まったんだ? 」

「もう27人も蘇生したからね」

「海外か、一度は行ってみたいな。でもさ、お前学校あるだろ」

「1週間休みとってある」

「え? 」

「学校も、両親にも許可貰ったもん」

「この依頼のために? 」

「――うん」

「試験とか、大丈夫なの? 俺みたいに中退するなよ? 」

「赤点も無いし、出席日数も大丈夫! 」

「じゃ、行くか」

「うんっ!! 」


 午前10時の便に乗る。直行便でも所要時間は12時間を超える。人生初の飛行機に、俺のテンションは上がりっぱなしだ。


「ふふっ、興奮しすぎ」

「これが空を飛ぶってのがホント信じられないんだけど」

「確かに、ちょっと怖い気がするよね」


 照明が点灯し、安定飛行に入ったことを知らせる放送が流れると、俺はやっと緊張から解放された。彼女の手を握りっぱなしだったことに気付き、焦って手を離す。クスクス笑う彼女の息が、火照った俺の頬を冷ます。


 羞恥心から逃げようと、小さな窓から外を見やる。


「雲海だ……」

「綺麗ね。下から見るのとは大違い」

「歩けないかな? 」

「歩けたら魔法でしょ」

「そっちの方が良かったな」

「私はこっちがいい」


 逃亡中の俺の手が彼女の両手に包まれる。


 この左手が無ければ俺はどうなっていただろう。


 生きる目的を失い、野垂れ死んだかもしれないし、逆に、のらりくらりと長生き出来たかもしれない。


 でも、今感じているこの温かさを知ることは決してなかっただろう。寄り掛かられるこの重みを感じることは決してなかっただろう。

 

 知らず知らずのうちに、俺たちはまどろみの中に溶け込んでいった。長く、幸せな夢を見ていた。



 異変は突如起きた――。


 内臓を抉るような感覚で目覚めた後、鳴り続く爆音と鳴り止まぬ悲鳴が、俺の耳朶を叩く。現実と非現実的との境界線を曖昧にする。その不確かな、信じ難い現実の中にあって、手を伝わる彼女の温かさだけは確実にここに在った。


「しっかり俺に掴まってろよ!」


 蒼白な顔で涙する彼女を強く抱き締める。


 乗客の声は聞こえなくなっていた。祈りを捧げているのか、それとも、真の恐怖は人に沈黙を強いるのか。しかし、墜落という悪夢へと誘うが如く、けたたましく鳴り響く警報音が、乗務員の指示を妨げる。


 そんな中、辛うじて聞き取れた単語は『テロ』『マスク』『シートベルト』の3つ。俺は、天に吊されたマスクを彼女に装着し、シートベルト越しに彼女をぎゅっと抱き寄せた。


 時間がスローモーションのように過ぎていく。


 機体が45度に傾(かし)ぐと、何かに衝突して大きく跳ねる。


 上下に激しく揺れながら再び轟音を上げて衝突する。


 先頭部が爆発炎上して吹き飛び、機内に雪崩が押し寄せてくる。


 何度も回転とバウンドを繰り返した後、何かにぶつかって止まった――。



 生きてる――。

 恐らく、俺の腕の中の彼女も――。


 激しい頭痛の中で、天に昇って逝く数多の魂が見えた。

 そして、覚悟する。


 薄れる意識の片隅に、最後のメッセージが刻まれる。


“汝の全ての命を以って、全ての魂を蘇らす”


 ★☆★


 スイスのとある教会で鐘が鳴り響く。


 新郎不在の結婚式――新婦が赤く染まった手紙を大切そうに抱く。


『俺はきっとそう長くは生きられない。もし俺が居なくなった時、これを読んでほしい。嘘偽りのない、俺の気持ちをここに捧げます――。

デートの約束を果せなくてごめん。愛してるって言ってあげられなくてごめん。一緒に生きていけなくなって、本当にごめん。でも、幸せをくれて……心からありがとう。君と出会えて良かった』


 再び泣き崩れる彼女にそっと寄り添う母。

 そして、新婦は澄みきった空を見上げ、精一杯の笑顔を作って叫ぶ。


 あなたに出会えて良かった、と





後書き


★幾つかのネタバレ★


・京都JCデートを破綻させたのはヒロイン。

・最後、ヒロインは数回主人公に蘇生されている。

・そもそもスイスへは結婚式のつもりで行った(蘇生はついで)。

・会社経営側として主人公の情報は筒抜け。

・印鑑を押したのは婚姻届だった。

・テロリストも生き返ったけど、彼らの目的(皇太子の蘇生阻止)が成功したうえ、命まで救われたので更生したかもしれない。

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