配列02-4 / 偶像セカンド

「休憩ごちそうさまでしたー」

間延びした声がキッチンに聞こえてきた。日比谷アカネの休憩時間が終わったサインである。いただいたものにはごちそうさまを返すというのが本人のルールらしい。

入れ替わりで、学生アルバイトの少年が休憩に入っていった。

「さ、あと3時間、がんばっていきましょうっ」

東京都内ならばどこにでもあるようなチェーン業態のカフェは、その土地に住まう人によって日中の混み具合が異なるという。

ハイソサエティな土地柄――表参道、代官山あたりだ――では、女子の、女子による、女子のための空間が出来上がっており、店全体がさながらガールズトークの温床と化している。

一方で虎ノ門、新宿西口方面などのオフィス街近辺はというと、使用頻度に見合わないハイ・スペックなノートPCを持ったスーツ姿の青年が忙しそうにキーボードを叩く音が響いているものだ。

さらにその一方で、日比谷アカネこと飯村朱穂はというと。

「へいおまち! アイスコーヒーとキャラメルタルトケーキひとつ!」

ご覧の調子である。

「キャラメルタルトケーキって毎回噛んじゃうんだけど、やっと噛まずに言えた」

一時期はロボットアニメを一気見したテンションで「カタパルトケーキ」と言い間違えたほどである。イチゴか何かが射出されるのだろうか。

そんなアカネのテンションに驚くこともなく、いつも元気だねえ、と初老の女性はニコと笑みを浮かべながらトレイを受け取った。

そう、このアカネの接客態度は今に始まった事ではないのだ。最初こそ他のアルバイトや社員に冷ややかな目線を向けられもしたが、他店では味わえない接客によってか何故か来客は他店舗と比べても増加傾向にあった。名物店員として日比谷アカネがSNSに晒されたことについても、当然この店では知らないものはいない。食物や店内の備品を粗末に扱って悪名ばかりが広まってしまうよりかはよっぽど良い、というのは店長の言い分だ。

とはいえ、小ぶりな帽子を被り制服に身を包んだその姿を、地下アイドル日比谷アカネとして認識できるものはいなかった――知名度の低さは置いておくとして、だ――。

「アカネさーん。ちょっとお願いがっ」

17時。その日の所定のアルバイト時間を終え、アカネが更衣室で着替えていたところだった。声をかけてきたのは、ちょうどその時間から出勤の一つ下の後輩だ。

「あのっ、再来週の土曜日なんですけど。夕方のシフト代わってもらえませんか? その日予定が入ってて」

再来週の土曜日はアカネも用事があった。それも本業の方だ。地下アイドルのたまごを取材する、という趣旨のもので、今回その取材対象にめでたく抜擢されたのが日比谷アカネと千代田アオイだ。メディアに露出できる機会は逃すわけにはいかない。

「再来週の土曜日ってことは、えーと」

日付を念のため確認するアカネ。自身のスケジュール帳にも、その日は【取材】と大きく書かれていることを確認した。

「ちなみにそれってデート??」

「いえいえ、違いますっ。友達と出かける予定で」

「友達以上恋人未満の異性と出かける、と」

「~~っ」

どうやら図星だったらしく、それ以上を彼女は言わなかった。

「それはデートと言うんだァ!」

「ひ、ひゃい」

声が上ずっていた。

「というわけで、気にせず行ってくるといいさ」

「代わってくれるんですか!?」

「うむ!」

「わあ~ありがとうございます! 今度何か奢らせてください!」

「ほんとっ? じゃあ、あそこのフルーツパーラーのいちごパフェでどうかな?」

1800円するという噂のパフェだ。

「オッケーです、今度バイト終わったらそこ行きましょう!」

言うと、後輩は着替えた制服を整えてからホールへ入っていった。それを見送ってから、アカネは携帯電話を取り出した。

「あ、もしもし。再来週の取材のスケジュールなんですけど、お昼頃からにしてもらえませんか?」

やると決めたことはしっかりやり遂げるのが、日比谷アカネのモットーだ。

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